第184話 シンジがイソヤと戦う

「はぁ……はぁ、はぁあ……ナメたマネしやがって……ぶっ殺してやる」


 イソヤは、ゆっくりと見せつけるかのように、手にしている木槌、『打出の小槌』をシンジ達に向けながら近づいてくる。


「全員、ちぎってやる! すりつぶしてやる! 死んでも、生き返らせて、何度でも、何度でも! 許すと思うなよクソガキども……がっ!?」


 激昂し、怒鳴り始めたイソヤが突然のどを押さえ始めた。


「がっ……!? ぐ……がぁあああ!」


 苦しそうな表情を浮かべたイソヤは、小槌を振り回して暴れる。


「か……はぁ、はぁ、何しやがった?」


 そして、のどから手を離した。


「まぁ、そうするか。しかしすぐに気絶してもおかしくないのに……気絶も、身体の異常だから治療できるのか。まだ、その薬とやらの効果が残っているんだな」


 イソヤの疑問を無視して、シンジは独り言のようにつぶやく。

 単純に、今イソヤが苦しんだのは、シンジが『|笑えない空気(ブラックジョーク)』を使いイソヤの周りの空気を薄くしたからだ。

 ハイソでさえ気を失った攻撃だが、イソヤはそれに耐え、あっさりとその空気の空間を小さくして、破ってしまった。

 酸欠や、その他もろもろの症状も、すでに回復してしまっているようだ。

 すさまじい回復力だ。


 でも、それでも、シンジは確信する。


「やっぱり、低能だな」


「……さっきから、低能って言っているのは、俺のことか? ああ?」


 イソヤの額に、血管が浮かぶ。


「……ほかにいるのか?」


「殺す」


 イソヤの身体が、消えた。

 次の瞬間、シンジの身体がくの字に折れる。

 そのすぐ近くには片足を上げているイソヤの姿。


「男の趣味はねーからなぁ! その姿のままなぶり殺しにしてやる!!」


 そのまま、イソヤはシンジに対して執拗に攻撃を加えていく。


「……先輩!?」


 マドカが声を上げる。

 イソヤの拳がシンジの顔に、蹴りが腹部に、次々と激しく当たっていく。

 そのイソヤの攻撃は、強化された葛のツタを音もなく一瞬で破壊できるほどの威力がある攻撃だ。


「……た、助けないと!」


 それを目の当たりにしているマドカは、慌ててユリナとセイの方を向くが、二人は慌てた様子もなく、じっと立っている。


「ど、どうしたの? 先輩がピンチなのに……」


 マドカの言葉を聞いて、ユリナは、セイに目線を移す。


「……ピンチ、なのですか?」


「いや、全然」


 セイは、あっさりと言ってのけた。


「え? いや、ピンチじゃないって、あんなにやられているのに……」


「……やられていない。一発も、先輩は攻撃を喰らっていない」


「え?」


 マドカは、再びシンジ達の方を向く。

 イソヤの拳がシンジの右頬を打ち、シンジの顔が見えないほどにぶれて動く。

 それは、マドカからはどう見ても、シンジが激しく殴られているようにしか見えないのだが。


「ほ、本当に殴られていないの? 大丈夫なの?」


「……マドカはもう少し、観察力を身につけた方がいいですね。よく見てください。先輩の身体、そのものを」


「か、身体?」


 ちょっと、恥ずかしくなるが、言われて、マドカはシンジの身体そのものに意識を向ける。


「あ……」


「気づきましたか? そうです。先輩の身体からは、血が一滴も出ていません。痣さえないです。あんな速度でまともに殴られたら、いくら先輩でも怪我くらいしそうなモノですがね」


「それに、あの男が右手に持っている小槌の攻撃。それだけは、先輩は当たったフリさえせずに、完璧に避けている。相手の攻撃を見切っている証拠ね」


 セイがユリナの解説に補足する。

 それを聞いて、マドカは、改めて、感心した。

 シンジという男を、評価した。

 しかし、だ。


「で、でも、なんで先輩はそんな事を……見切れているなら、反撃した方が……」


 マドカには、シンジの考えがわからない。


「それは、もう少ししたら分かりますよ」


 そう答えたユリナの言葉に、マドカは少し、疎外感を感じた。


 一方。そのころ。


(……また、左の大振り、か)


 イソヤのパンチを、頬に軽く当てながら受け流し、シンジは思う。


(次は、右手の『打出の小槌』の振り下ろし。コレは念のために当たらないで……本当に、コイツは)


 イソヤの攻撃は、確かに早い。

 それに、重い。

 一発でもまともに喰らえば、今のシンジでも大怪我を負うだろう。

 だが、イソヤの攻撃は、当たる気が一切しない。


(……身体が開きすぎている。キックもパンチも、小槌を使っての攻撃も、大振りの見え見えで、テレフォンばっかりだ。やっぱりコイツは……)


 シンジの脳裏に浮かぶ言葉。


『低能』


 その言葉について、親友のコタロウと会話したきっかけは何だったか。

 シンジは思い出す。


(……確か、二年生の学年末試験が終わった頃だったかな)


 二年生の学年末試験を、ギリギリ、留年も補修もしなくていいという結果で終えたシンジを、同じクラスの、ある女子生徒が罵倒したのだ。


『低能のくせに、コタロウ様と話をするな!』と。


 その女子生徒は、中々成績がよく(それでも、コタロウやマオとは比べられるようなモノでは無かったが)それで、コタロウと仲良くしているシンジが気にくわなかったようである。


 そんな女子生徒は、シンジに言うだけ言った後、コタロウになだめられて引き下がったのだが、その後、二人でこんな会話をした。


『シンジを低能って……低能の意味を分かっているのかね、あのマヌケは』


『マヌケ……って。でも、あの子からしたら、俺は低能なんじゃねーの? お世辞にも良い成績とは言えないしさ』


『いや、成績なんて、関係ないよ。むしろ、シンジの成績は、低能とは真逆の結果だと思うね、俺は』


『……それ、どういう意味だ?』


『シンジは、ゲームをしつつ、必要最低限の箇所だけ勉強して、その成績だろ? シンジの場合、それで留年どころか、補修の必要もないわけだし。学校の試験なんて、卒業出来ればどうでもいい。その考えは、賢い選択だと俺は思うね』


『……あんまり褒められている気がしねーな。全教科満点男に言われても』


 シンジの返事に、コタロウは笑う。


『シンジがその気になれば、それくらい出来るだろ? それより、シンジはさ、低能って言葉、どんな意味だと思う?』


『ん? 低い知能、とかじゃねーの?』


『まぁ、そうだね。だいたいそのとおりだよ。でも、知能の高い低いとか、何を持って決めるんだろうね。学校の勉強が出来ないからといって、知能が劣るとは限らないだろ? 世界的に有名な天才が、学校では劣等生だった、なんてありふれた話だし』


『……まぁ、そうなの、かな?』


『だから、俺は、低能って言葉の本当の意味は、こうだと思うんだよ』


(……自分が使える能力を、使えない奴。だっけか。本来発揮出来るはずの能力を、考えもしないで、工夫もしないで、努力もしないで、無駄にしている、低くしている奴。やりたいと思って、やっている事にもかかわらず。それが、コタロウの言う、『低能』。能力を低いままにしか出来ない奴。コイツは、まんま、それだ)


 薬によって引き上げられた高い身体能力も回復力も、そして、『打出の小槌』も、イソヤは、それらの能力を何一つ活かし切れていない。

 イソヤの目的が、客観的に見ても、暴力的な事にもかかわらず。

 イソヤは、それらの能力を発揮していない。しようとしていない。


 だからこそ、そのおかげで、シンジには勝機がある。


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