第186話 悲鳴が響く

 ピクピクと痙攣しているイソヤを見て、シンジはふぅと息を吐く。

 これで一段落、したはずだ。

 マドカを助けに行く時に、周囲を簡単にではあるが確認している。

 この集落の周辺に、人はいない。

 イソヤには仲間がいるようだが、どうやらイソヤは単独行動していたようだ。


(いない……なら、正直助かるな。コイツは『低能』だったけど……たぶん、少なくとも一人は、『低能』じゃない)


 グレスから聞いているイソヤの仲間は、あと二人。

 ただ、イソヤがシンジの想定している場所から来ている場合、まだ、多くの仲間がいるはずだ。

 その中の何人、イソヤ以上の人物がいるか分からないが……それは、一人でも厄介な問題に変わりはない。


(……とりあえず、情報が必要だな。でも、その前に、コイツを完全に動けなくしておくか)


 シンジはかがみ込んで、近くに落ちていた鎖を手に持つ。

 カズタカが『グレイプニル』と名付けた、『ミスリルの鎖』だ。


 カズタカが偉そうに語っていた神話ほどの強度はないが、この鎖は一度縛られると、技能無しではシンジでも動けなくなる程度の強さがある。

 それで、イソヤを縛ろうとしたとき、ふと、シンジはある事が気になって後ろを振り返った。

 気になったのは、視線。


「……どうしたの?」


 振り返ったシンジが見たモノは、顔を真っ赤にしてこちらを凝視しているユリナとセイ。

 それに、じたばたと暴れているグレスとベリスの二人。


 グレスとベリスはフェスフェス言い合いをしている。


『ちょっと、いい加減に落ち着きなさいよ! グレス!』


『離してください! シンジ様が……シンジ様が! くそ、こんな時にMPが切れているなんて……動けぇ!! 私のスライムゥウゥウ!!』



「なにしてるんだ? というか、グレスは怪我は治ったけど、まだMPは万全じゃないんだから、あんまり無理は……」


 皆の様子がおかしいのは気になったが、とにかく、グレスとベリスは止めた方がいいと思い、二人にシンジは近づいた。


『こ、こら、それ以上すると死んじゃうかも……』


『本望です! 私は! 今! このときに! 命をかける! シンジ様が……シンジ様が……裸で鎖を持っているなんて、こんなチャンスは無いのです!!』


 近づいた事で、二人の会話の内容が目に入ったシンジは、動きを止める。


「……あ」


 それから、自分の現状を確認し、さきほど顔を真っ赤にしていたユリナとセイの方をシンジは改めて見てみる。

 すると、まだ顔を赤くしたままのユリナが口を開く。


「……ごちそうさまです」


 手を合わせ、ペコリとユリナが頭を下げる。


「……キャーーーーーーーー!」


 病院内に、やけに乙女チックな悲鳴が、響き渡った。








「……くそ……服が脱げていることを忘れていた」


 いそいそと制服に袖を通していくシンジ。


「いやぁ……しかし、こんなうら若き清純な乙女に、あんなモノを見せるなんて……これはセクハラですよ? 何か賠償をしてもらわなくては……」


 ユリナが、頬を染めたまま、ニコリと笑う。


「清純な乙女は『ごちそうさまです』とか言わねーよ! だいたい、覗きまでしたくせに、何が賠償だ!」


「覗きの主犯はマドカですし」


「違うよ!? 言い出したのはユリちゃんじゃん!」


 突然、とんでもない容疑をかけられ、マドカが叫ぶ。

 そんなマドカは、いつの間にか、きっちりと制服を着ていた。


 それを見て、シンジはうなだれ、床を殴りつける。


「……ぐっ!? まさか、全裸を見られただけでなく、小さくなった女の子が全裸のまま大きくなって、恥ずかしくて叫んでしまうというお約束を逃してしまうなんて……!」


「……そこまで悔しがることですかね?」


「……まぁ、私も大きくなったとき、誰も私の事を見てなくて、ユリちゃんに制服だけ渡されて、あれ? とは思ったけどさ」


 シシト関係で似た状況はあったが、そのときはちゃんと皆マドカに注目していた。


「ほう。つまり、マドカは皆に裸を見てもらいたかった、という事ですか? この清純覗き魔露出狂」


「違うよ!? というか、流石にヒドくないその言葉!?」


 ギャイギャイとマドカが抗議をするのを聞き流し、ユリナはシンジの方を向く。

 シンジは、未だに床を殴りつけていた。


「そろそろ立ち直ってもらえないですかね? あのイソヤ、でしたっけ? あの男は、着替える前に鎖で動けなくしたようですが、チンタラしている暇もないと思いますし」


 シンジが着替える前に放り投げて命令した『ミスリルの鎖』で簀巻き状態にされてるイソヤを、ユリナは一瞥する。


 ちなみに、ベリス達妖精三人組は、シンジの中に戻っている。

 魔力を消耗しすぎたため、休憩させているのだ。


「うん……いや、そうなんだけどさ。なんか、期待に応えられなかったというか、俺の裸に何の価値があるのかというか、そんな反省点が沢山脳内に寄せられてきていて……」


「何を言っているのかよく分かりませんが。まぁ、でも、別にいいでしょう。マドカの裸なんて、あの子を治療したときに見たでしょうし」


「ユリちゃんこそ、何を言っているの!?」


 確かに、シンジは、マドカを助けた時に、彼女の裸を見ているはずである。

 ただ、そんなユリナの意見に、シンジは立ち上がり肩をすくめる。


「本当に、何を言っているんだよ、水橋さん。そりゃあ、確かに、小さくなった百合野さんの滑らか肢体は見れたけどさ」


「先輩も何を言っているんですか!?」


 マドカのツッコミを、ユリナもシンジも完全に無視して、会話は続く。


「ここで重要なのは、状況だよ。感情、と言ってもいい」


「感情、ですか?」


 ユリナが、怪訝な表情を浮かべる。


「ああ。あんな緊迫した場面で裸を見ても、興奮も何もないよ。裸を見られて、『きゃあ』と羞恥する。そんな感情が何よりも大切なんだよ。感情が無い百合野さん達の裸なんて見飽きているし」


「……まぁ、言いたいことは分かりますが」


 ユリナは、シンジの言葉を一つ一つ吟味して、うなづく。

 そして、気がつく。


「……ん? ですが、最後になんて言いました? マドカの裸を見飽きている?」


 シンジの余計な一言に。


「……さて。とりあえず、状況を整理して……」


 シンジはユリナから目をそらし、イソヤの方へと向かおうとする。


「その前にこっちの会話を整理しましょうか。どういうことですか? まさか、先輩、マドカと関係が……?」


「ないよ!? というか、本当にそれどういう意味なんですか? あの言い方だと、さっきの事じゃないみたいだし……」


「……先輩。まさか、あのとき、そんな事も?」


 今までシンジの裸の余韻に浸っていたセイが口を開く。

 そのセイの言葉に、ユリナとマドカの二人が食いついた。


「あのとき、って、セイちゃん何か知っているの?」


「セイが知っていて……そういえば、先輩『百合野さん達』と言いましたね? マドカ以外……感情……もしや……?」


「そ、そそそそ、その話は後にして、マジでこっちをしようよ。こっちは命に関わるしさ!」


 裏返った変な声を大きく出して、シンジがイソヤの事を指さす。

 真面目な話、イソヤが目を覚ます前に、話しておきたい事はある。


「……確かにそうですね。では、その話は『後』で。きっちりと話しましょうか」


 やけに『後』を強調し、ユリナがシンジに微笑みかける。


「お、おう」


 その笑顔に、シンジは震えながらうなづいた。


 ちなみに、マドカはまだセイに何があったかを聞き出そうとしていて、セイは答えるかどうか悩んでいた。

 セイ自身も、見たのは事後で、シンジが証拠を隠滅した後のカフェの店内であり、実際にシンジがそこで何をしていたのかを知りはしないのだ。

 なので、答えに困っているのだろう。


「じゃあ、これから大切な話があるから常春さんたちもよく聞いて……アイツが……」


 その隙に、シンジは話題を提案する。

 これは、もちろん、本当に大切な話で、先ほどのイソヤが目を覚ます前に話しておきたい事ではあったのだが……


「う……あ?」


 話をする前に、イソヤが、目を覚ましてしまった。

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