第182話 シンジが来た

「カズタカ……じゃないな。ほかに人の気配もない」


 シンジは周りを見渡す。

 倒れている、小さくなったマドカに、羽がちぎられ、腹部に注射器が刺さっているグレス。

 そして、口からは涎を垂れ流し、表情が絶え間なく変化している、派手な見た目の男性。


「……あ? なんで、あのガキが? まだ、三十分も時間が……あれ? くへ? くへへ……」


 男性が、イソヤが笑い、そして、その手を凍らせていた氷が、砕けた。


「へっひゃぁああ!!」


 同時に、イソヤの身体がぶれる。

 動く。

 シンジに向かって。


「……まぁ、予想通りか」


 だが、一歩踏み出した所でイソヤの身体のバランスが崩れた。

 いや、崩れたのは、イソヤのバランスではない。

 床が、イソヤの足下の床が、完全に崩壊している。


「水分もあったし、凍らせてもろくしておいた。二階の床も空けておいたから、ごゆっくり」


 そのまま、イソヤは落ちていく。


「うおおおおおお……!?」


 その光景を最後まで見ずに、シンジは倒れているマドカの所に向かう。


「せ……先輩……」


「大丈夫……ではないね。魔力、MPの使いすぎか。とりあえず、回復するね」


 シンジは、マドカに回復魔法をかけた。

 すると、マドカから出ていた鼻血と吐血が止まる。


「あ、ありがとうございます」


「まだつらいと思うけど、我慢してね。さすがにその大きさだと、MPの回復薬を飲むのは大変だろうし」


 マドカの様子を確認したあと、シンジはマドカに洗浄魔法をかけていく。


「あ、あの、私の事より、グレスちゃんは? グレスちゃん、あの男の足下に……」


 イソヤの足下が崩れた、という事は、その近くにいたグレスも、一緒に落ちたという事である。

 そんなマドカの心配をよそに、シンジは平気そうな顔で言う。


「ああ、大丈夫。ちゃんと回収しているから」


「回収?」


 突如、床下……おそらく、病院の一階から、大きな爆発音が聞こえてきた。


「な、何ですか?」


「始まったか」


「フェスー」


 マドカが爆発の音に驚いていると、先ほどイソヤが落ちた穴から、何かがフヨフヨと飛んできた。


『シンジー、無事に回収したよー』


 それは、グレスを背負った、妖精、ベリス。


「グレスちゃん! ベリスちゃん!」


「お、ナイス。グレスは無事か?」


『ヒドい怪我だけど、無事よ。けど、ちょっと困った事が……』


「困ったこと?」


 ベリスとシンジが会話をしているのを、どこか遠くに見ながら、マドカは、ほっと息を吐いた。

 まだ、イソヤはいるが、なぜかシンジが来ただけで安心が、マドカの心に広がっていく。


「へー……本当に小さくなってますね」


「ひゃい!?」


 後ろから話しかけられ、マドカは飛び上がる。


「ユリちゃん!?」


 そこにいたのは、顔を真っ赤にしたユリナと、どこか不機嫌そうなセイだった。


「大丈夫ですか? マドカ? まったく、心配させて……」


 ユリナは、マドカをそっと手に包むと、そのまま自分の顔の近くまで持ち上げる。


「たく、このバカ。怪我は? ヒドいことはされませんでしたか?」


「私は大丈夫。ごめんね、心配させて」


「ごめんね、じゃないですよ。先輩が対策をしていたくれたから良かったものの……」


「それは、そうだね。本当に、そうだよ」


 シンジがもし、グレスをマドカに付けていなかったら。

 どんな事になっていたのか、想像もしたくない。


「……そうだ、アイツ! アイツ、グレスちゃんの話だと、何でも小さく……キャッ!?」


 再び、一階から大きな爆発の音。

 それから、絶え間なく爆発音が続いていく。


「何でも小さく、ですか。それは、先輩の予想通りですね」


「そ、そうなの?」


 マドカは爆発の音にビクビクしながら聞いた。


「はい。それに、爆発は無理だろうともおっしゃっていました。だから、オレスちゃんが、一階に待機して戦っているのです」


 連続で鳴り続ける爆発の音。

 それは、小さくなる事無く、マドカの鼓膜を揺らしていく。

 その事実に、マドカに疑問が沸いてくる。


「なんで、爆発は無理なの?」


「さあ? 一階に濡れている足跡を見つけて、そんな事をおっしゃっていましたけど」


 ユリナが肩をすくめる。


「あ、といっても私たちはすぐに来ましたからね? マドカ達のところに向かいながら、偶然足跡に気づいたというだけなので」


「そんなこと、気にしてないよ……そういえば、来るのが早くない? まだ三十分くらいしか時間は経っていないのに」


 この場所が、ネネコが言っていた病院だとすると、徒歩で一時間はかかる距離のはずなのだが。


「ああ、単純な話ですよ。走っただけです。先輩が言っていたのは歩いてかかる時間ですから」


「……なるほど」


 話を聞けば、それはたしかに単純な話だ。

 だから、ユリナも顔が赤いのだろう。

 自分たちを助けるために、一生懸命急いでくれたシンジやユリナ達の事を考えると、何か暖かいモノがこみ上げてくる。


「本当に、ありがとう。ユリちゃ……」


「といっても、私は走っていないんですけどね」


「え?」


 ユリナは、頬をさらに赤く染め、ほほえむ。


「マドカ……男の人の身体って、堅いんですね」


「どうゆうこと!? え? 何があったの!?」


 ユリナの言葉に激しく食いついたマドカは、続いてセイの方を見る。

 セイは、先ほど見たときと変わらず、不機嫌そうに、唇を真一文字にしている。


「……もしかして、ユリちゃん。ここまで、先輩に……」


「はい。だっこされながら来ました。私が走ると、どうしても遅れるので。約三十分、お姫様だっこで。いやぁ、大変でしたよ」


 大変、という割には、ほくほくとした笑顔で、ユリナは語る。


「え、ズ……いや、え、っと確かに、私たちは先輩やセイちゃんより遅いけど……」


 一瞬、出掛かった言葉を飲み込んだモノの後に続く言葉が出なくて、マドカはしどろもどろになる。


「まぁ、この話はもういいじゃないですか。それより、私たちが無駄話している暇は無いですね。先輩は……」


 笑顔のまま、ユリナはシンジの方を向く。


 シンジは、手のひらにグレスを乗せて何やら険しい顔をしていた。

 

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