第181話 マドカが倒れる
「……あっ」
息を吐いたあと、マドカはまるで糸が切れたように、力なくその場にへたり込む。
『大丈夫ですか?』
それを見て、すぐさまグレスはマドカに駆け寄った。
「だ、大丈夫。ちょっと、ふらってしただけだから」
『魔力欠乏。MP切れですね。そのまま、安静にしてください。これほど強力に植物を操ったのです。無理もありません』
グレスはマドカを支えながら、赤い血を滴らせているマドカが作り出した手の形の植物、葛をみる。
葛はまだ動いており、明らかに、品種の限界を越えて成長しながらイソヤを潰している。
植物の内部からは、ゴキゴキと、砕ける音が絶え間なく流れていた。
『……凄まじいですね。これなら、黒いワイバーン程度は絞め殺せるかもしれません』
「そ、そうなんだ。それより、ちょっとゴメン。無理しすぎたかも。何回かMPを使い切った事はあるけど、こんな風になった事ないよ」
マドカは、そのままグレスに寄りかかる。
食料を確保するために、野菜などにMPを使いきって成長させた事はあるが、その時と今では、マドカの疲労度は全然違う。
『……確か、マドカ様は戦いで、MPを使い切った事はありませんよね? おそらく、それが原因かと』
「……確かに、ないけど。いつもレベル上げでは半分くらいしか消費してなかったし。でも、こんなに……」
『それが戦いというモノ。生死をかけているのです。それが当然でしょう』
グレスは再び、マドカが作り出した葛の手のひらをみる。
『しかし、まさか本当に倒してしまうとは。こちらも疲労困憊とはいえ、相手の方が格上だったのに……』
「グレスちゃんが頑張ってくれたからね。あの葛も、グレスちゃんが協力してくれたから、あそこまで強くなったんだろうし」
『いえ、私の魔力はそこまで影響はないと思いますよ。そもそも、私は、シンジ様が勝てるように情報収集と相手の戦力を削る事を主に考えていましたから。まぁそれも無駄になってしまいましたがね』
元々、グレスはイソヤを倒すことは考えていなかった。
今回、二人で決めた作戦は、まずグレスが入手したいと考えていた情報、イソヤの小さくさせる能力が武器の能力なのか確定して、イソヤの職業が何なのか調べ、可能ならばその技能を使用させる。
次に、天井に道具と一緒に張り付けていたマドカをイソヤの近くに落とし、マドカの技能でイソヤを倒す。
大雑把に言えば、こんな作戦。
ちなみに、マドカが使用した葛はマドカがiGODを呼び出して、アイテムボックスから取り出したモノだ。
iGODは案の定元の大きさから変わっておらず、非常に使いにくかったが、隠れていた病室の中で使用したのでなんとか使う事が出来た。
その葛は、道具と一緒に天井のスライムの中に漬け込まれていて、イソヤに降り注いだのちに、発芽。
マドカの技能と、グレスの魔力を十分に吸った葛は、爆発的に成長し、イソヤを捕らえ、倒した。
コレが、今回の戦いのあらましである。
(……確かに、私が力を貸した部分は、あるにはある。しかし、それでも、この植物は強すぎる)
グレスは、マドカをみる。
マドカは、疲労困憊といった様子だが、どこかはつらつとした感じだ。
今、人を一人殺したのに。
(それほどだった、という事なのでしょう。限界を超えてしまうほど、強烈な殺意をマドカ様はあの男に抱いていた)
イソヤがした事を考えれば、それは当然の思いかもしれない。
だが、それは、良いことなのだろうか。
特に、シンジにとって。
『……しかし、疲れましたね。私も、限界が近いです』
グレスは、支えていたマドカを動かしながら、自分も地面に座り込む。
「うん、グレスちゃんも休みなよ。私も動けないし」
『ええ、本当に、限界です』
グレスが、指を鳴らす。
すると、マドカが着ていた、金色のメイド服が消えてしまった。
つまり、マドカが全裸に戻る。
「……え? ええ、ちょっと、なんで服が!?」
『限界なので、消しました。ふぅ、ちょっと休みますね』
「え? これってそんなに疲れるモノなの? 刃物とかと一緒に落とすから、念のためにって着せてくれたけど……」
『……もうすぐ、シンジ様がこちらに来られます。真っ裸のマドカ様を見たシンジ様の反応……想像するだけでたまりません』
「そんな理由!? というか、それはグレスちゃんになんのメリットがあるの? もう、グレスちゃんの性癖が分からない!」
『これを機会に、シンジ様も私たちに劣情を催していただければ……あれ?』
そこで、グレスは気づく。
『……マドカ様。小さいままですね』
「え? そういえば、元に戻らない……」
グレスと、マドカは、同時に、植物の方をみる。
「……使い手を倒せば、元に戻れるんだっけ?」
『ええ、そのはずです』
「あの、小さくさせる木槌はそこに。技能も、グレスちゃんが使わせた……あの人が、別の技能を使えるって事は?」
『考えられなくはないです、が、複数の職業の技能を使うには、最低でも一つは職業を極めないと使えないのです。そして、それは、時間がかかります。普通は一ヶ月では無理です』
シンジのケースは、例外だ。
色々と。
「じゃあ、売っている技能を使うとか……」
『それも、職業の技能ほどのモノは無いはずです。特に、戦士のような基本職で覚えられるモノは。少なくとも、あの植物の拘束から逃れられるようなモノはないはず……』
そのとき、突然、手のひらの形をしたイソヤを拘束している植物が爆ぜた。
「キャッ!?」
「フェス!?」
パラパラと、散らばった葛のかけらが、マドカ達に降り注いでくる。
「あー……あ、やっと抜け出せたっすよ。いやぁ、危なかったっす、マジで。ヤクマさんの薬がなかったら、死んでたかもしれないっすね」
植物があった所に、イソヤが立っていた。
平然と。
全身が血で赤く染まり、破れたパーカの所々から、白いモノが、骨が突き出ているにも関わらず、平然と。
イソヤは、笑いさえ浮かべて、立っている。
「胸ポケットに入れていた注射器が壊れて助かったっすよ。中に入っている薬が体にかかって……普通に打ち込むより時間がかかったっすけどね」
ピキピキと、イソヤの体から音が聞こえてくる。
イソヤの体から突き出ていた骨が、音を立てながらイソヤの体に戻っていく。
「あー……でも、ヤバい。これは、マジでヤバい。ヤクマさんの薬、キメたくなかったんすよ、だって」
「……え?」
イソヤの体が、突然消える。
「ど、どこ……っ!?」
すぐに、イソヤの姿をマドカたちは捉えた。
イソヤは、すぐ近くの、小槌と注射器を捉えていた葛の近くにいた。
だから、イソヤは大して、移動はしていない。
ただ、問題は、イソヤが小槌と注射針を、すでに手にしているということである。
いつの間にか、それらを捉えていた葛のツタをズタズタに引き裂いて。
「あ……落ち着け、俺。落ち着け、マジで、ヤバいから、ふぅふぅふぅ……」
イソヤの呼吸が、荒くなる。
「あ……」
一瞬、イソヤの動きが止まる。
そして、笑い始めた。
「あ……ああああははあははっははっははっははっははああはっはははっはははっはははっははっははっはははっはっは」
大きな声だった。
奇妙な声だった。
どこから出しているか分からないような、声がイソヤから聞こえてくる。
それは、聞くだけで、背筋が寒くなるような、声。
「あぁ……幸せ」
そのとき、マドカは気づいた。
イソヤが手にした武器の一つ。
注射器が、無くなっている事に。
「グレ……」
とにかく、動かないとマズいと思ったマドカは、グレスの方を向く。
「……フェス?」
グレスも、今気が付いたのだろう。
グレスの腹部に、イソヤが持っていた注射器が、深々と突き刺さっている事に。
グレスの大きさを考えれば、それは、槍が突き刺さっているのと、変わらない。
「グレスちゃ……!?」
とっさに、マドカはグレスに駆け寄ろうとするが、グレスの体が消える。
「はぁ……幸せ、マジで、ハッピー……」
遅れて吹いた風が、マドカにグレスの居場所を教えた。
恍惚の表情を浮かべたイソヤの手に、グレスが捕まっている。
「この状態で、絶対にやべぇ……妖精の羽、可愛い、金色、羽、ちぎる、小さな女の子、ちぎる、ヤバいイキそうだぁ……」
イソヤの呼吸が、さらに危なく、荒くなっていく。
「こ……の……!」
マドカは、ほどんど残っていない力を振り絞った。
鼻と口から、血が出始める。
それでも、マドカは何とか、イソヤが今しようとしている事を、止めたかった。
「う……ごけぇええ!」
そして、ちぎられた葛のツタの一本が、マドカの願いに答えて、動き出した。
そのとき。
「ひゃっはああああああああああ!」
イソヤの手が、動いた。
一瞬のうちに、グレスの右の羽半分と、左の羽の全てが、彼女の体から、消える。
その羽は、イソヤの手の中で、グシャグシャに、崩れてしまった。
「あ……」
その光景を、マドカは呆然と見ていた。
ゆっくりと、グレスの体は床に落ちていく。
「おっ……くぁああ……はぁぁあああ……最っ高ぉおお……たまんねぇえ」
イソヤが、ブルブルと体を震わせる。
「つ、つつ次は、……手、手だな。はぁ……手、足、全部、すりつぶして、もう一人いるし、でも、そろそろ時間、ガオマロさん、でも、もう一人、とりあえず、手……」
思考……いや、欲望を、そのままたれ流しているかのように、イソヤはつぶやき、床に落ちているグレスを見つめている。
イソヤの口から、涎も、垂れて落ちてくる。
「う……うぐぐぐぐうううう」
それを見て、マドカは、泣きながら、唸る。
グレスを守ろうと、思っている。
葛のツタを、動かそうと、思っている。
でも、もう無理だと、体の全てが、マドカに教えてくる。
さきほど、動かしたので、本当に、0なのだ。
いくら唸ろうと、思おうと、もう、マドカに残っている力は、0。
鼻血も、涙も、むなしく床に落ちていく。
「手、手、手、手、ぐちゃぐちゃにぃ……」
グレスを、怖がらせるためだろうか。
見せつけるかのように、ゆっくりと、イソヤはグレスに手を近づけていく。
その手には、バラバラになった、グレスの羽がこびりついている。
沢山の女性を不幸にした欲望が、染みついている。
「フェ……フェ……」
それを見て、グレスが青ざめ、少しでもイソヤから距離を取ろうと動き出す。
「良い顔だぁ……あははは……は?」
そんなグレスに、さらに機嫌を良くしたイソヤの手が、止まる。
いや、止められる。
止めたのは、氷。
透明な、氷の壁。
「ちょっと、遅かったか」
「……フェス!」
黒い外套を羽織った少年が、広間の近くの階段にいた。
少年の手には、蒼い短剣。
腰には紅の短剣や、杖の様なモノなど、いくつかの武器が下がっていた。
「先輩!」
マドカが、叫ぶ。
「……悪い、待たせた」
少年が、シンジが、到着した。
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