第180話 マドカが潰す

「……こんな所にいたんっすか」


 マドカたちを探して、走り回り、疲れたのだろう。

 額に少しだけ汗をかきながら、イソヤが歩いてくる。

 場所は、病院の三階。

 受付や待合い室がある広いホールの中心に、彼女はいた。


「いやぁ、こんな世界になった時、君みたいな子がいたらいいな、と思ったんっすよ。まさか、マジで妖精がいるなんて……で、百合野って可愛い子はどこにいるんですかね?」


 中心に、一人だけいた、グレスに向かってイソヤは聞く。


「……フェス」


 イソヤの問いかけに、グレスは、腕を上げた。

 それに合わせて、グレスの周囲に水の流れが生まれる。


 水の魔法。

 グレスが使える、最強の攻撃魔法が、イソヤへの返答。

 会話は、しない。したくなかった。

 グレスは、水の魔法を、イソヤの腹部にめがけて放つ。


「っとぉ!」


 グレスの放った魔法を、イソヤは持っていた小槌を振って簡単に消してしまった。

 いや、小さくしてしまった。

 すぐに蒸発してしまうくらいに、小さく。


「さっきもそれはやったでしょうよ、妖精ちゃん。無駄な事はしないで、おとなしく捕まってほしいなぁ。大丈夫、殺しはしないから。殺しても、生き返らせてあげるし、問題ないっすよ」


「フェス!」


 イソヤの言葉を遮るように、グレスは水の魔法を次々に放っていく。

 しかし、そのどれもがイソヤが持っている小槌に触れると、小さくなり、消えてしまう。


「あーあ。メンドクサいっすね。人みたいな見た目しているけど、頭悪いんすか。無駄だ、っていうのに、何をしたいんだか」


 イソヤが、苛立ちを見せる。

 確かに、グレスがしている行為はイソヤにとっては無駄に見えるだろう。

 だが、これが、グレスの狙いだ。

 グレスは確認したかったのだ。

 イソヤの小さくする能力。それは、どれの能力なのか。

 イソヤ自身なのか。

 持っている小槌の能力なのか。

 それとも、それ以外か。


 確実に突き止めるために、今一度、グレスは魔法をイソヤに放っていた。

 そして、結果、グレスはそれを確定する。


 イソヤの小さくする能力は、小槌の能力だ。

 グレスの魔法が小さくなるとき、イソヤの小槌に魔力が流れている。


(……よし。これは予想通り。なら後は……)


 マドカがイソヤを潰すと宣言した後、グレスはマドカにお願いした。


 マドカが戦う前に、自分が戦いたい、と。

 イソヤについて確認したい事と、やっておきたい事があるから、と。


 それは、マドカが確実にイソヤを潰すためにも必要な事であり、それから、マドカとグレスはイソヤを倒すために作戦を練った。

 ここまで、その作戦は予定通りに進んでいる。


「……そろそろ三十分。こっちはあまり時間がないんすよ。ガオマロさん怒らせると怖いっすから……しょうがないっすね」


 絶え間なく放たれるグレスの魔法に苛立ったのか、小槌を振りながらイソヤが、ポケットから何かを取り出す。


「ヤクマさんからもらったコレ、使いましょうか」


 それは、一本の黄金に輝く注射器だった。


「あんまり数はないっすけど、まぁ、心優しい百合野ちゃんなら、妖精ちゃんがこれに刺されたらまた叫んで現れてくれるでしょ。どうせそこまで遠くにはいないんだろうし」


(……あれは、マズい!)


 注射器から感じるのは、凶悪すぎる魔力の気配。

 以前シンジの内部から見た、ドラゴンと同じような気配に、グレスは、水の魔法を放つのを止めて、身構える。


「お? この注射器のヤバさは分かるんすか。でも、無駄っすよ。この注射器は避けられないんすから……」


「フェス!」


 グレスはイソヤから距離を取るように飛び出した。

 グレスが飛び出したのを見たイソヤは、片足を上げ、大きく振りかぶり、注射器を思いっきり投げ……ようとした。


「だから、無駄……っすよおぉ!?」


 注射器を投げる前に、イソヤは、盛大にずっこける。


「いってぇ……何っすか、コレ?」


 イソヤは、手をつき、地面に撒かれている液体の存在に気が付いた。


「ローション? なんでこんなモノが……」


 ヌルヌルとしたモノが、イソヤの体にまとわりついている。


(いや、それはスライムなのですが……)


 グレスの得意技の一つ。

 スライムの操作。

 イソヤに魔法を放っている間、密かに、スライムを床に撒いていたのだ。


 しかも、この部屋にある全てのスライムは、グレスが魔力を練り込んだ特別製。

 シンジでさえ、このスライムからは簡単に抜け出せず、グレスに新しい可能性(性癖)を与えた事もあるのだ。


(あの時の、スライムでパニックになっているシンジ様は可愛かったですが……)

「く……、こんなモノ、小さくすれば……」



 イソヤは、コケた際に手放してしまった小槌と注射器を起きあがって取ろうとする。


「ぐへ!?」


 しかし、あまりに滑るグレスのスライムに、なすすべなくイソヤはコケてしまう。


「く……っそ……うん?」


 盛大に転び、後頭部を打ったイソヤは、気づく。


(しかし、この男がコケても、気持ち悪いだけ)


 天井に、大量の銀色に輝くモノがくっついている事を。

 それがなにであるか、ここが病院であることを考えれば、すぐに察しがつく。

 それは、刃物。

 メスやハサミや、その他、手術に使う、人を切り裂ける、スライムを駆使して集めた病院中の道具たち。


(すぐに、終わらせましょう)


「……フェス!」


 グレスの得意技その二。

 補助魔法の一つである隠蔽系等の魔法を駆使して隠していたその武器たちが、倒れているイソヤに向かって降り注ぐ。


「く……っそ!」


 イソヤの手元に、小槌はない。

 装備は、基本的に、装備して、手に持っていないと使用できない。

 だから、イソヤは降り注ぐ道具を小さくして、回避することは出来ない。

 道具たちは、天井に張り付ける際に使用したスライムによって勢い付けられ、銀色の豪雨となる。


「……フェス……フェス」


 荒い呼吸が、グレスの口から漏れていく。

 スライムの操作には、魔力を使う。

 スライムに流し込んでいる魔力の量も含め、そろそろ、グレスの限界が近い。

 これが、グレスの最後の攻撃。

 数十秒、降り続けた銀色の雨が止むと、まるで、機関銃の掃射を浴びたかのように、床には、大量の穴が空いていた。





「ビビったぁ……」


 だが、一カ所だけ、空いていない場所がある。


「マジで、これはヤバい。くそ、マジで……」


 その場所の中心にいたイソヤが、グレスの方に目を向けた。

 イソヤの周りには、なにやら透明な膜が展開している。

 それは、戦士の技能、『神盾』。

 これが、先ほどの銀色の雨を防いだのだろう。

 イソヤの周りにある『神盾』が、自然と無くなっていく。

 イソヤが、立ち上がる。


「ふっ……ははぁ、床に穴が空いて、ローションが無くなっているじゃねーっすか。マヌケっすねぇ」


 そこで、イソヤは息を吐いた。


「……マヌケのくせに、舐めやがって。まずは、羽をちぎる。次に手、足、ぶっ潰した後に、瓶に入れて尿詰めにしてやる! 死んでも許されると思うなよぉ、コラァアアア!!」


 イソヤが吠える。

 憤怒の感情を、むき出しにして。


「まずは、この『打出の小槌』を使って……」


 イソヤは、さきほど落とした小槌に向かって、手を伸ばした。


「……はぁ?」


 だが、伸ばした手は、そのままで、止まった。

 小槌と注射器に、いつの間にかツタのような植物がからみついていたからだ。


「……許さないのは、こっちの方よ」


 イソヤは、突然聞こえた声の方を向く。

 足下、イソヤから二メートルほど離れた場所に、彼女はいた。

 いつの間にか、そこにいた彼女はグレスと同じ様な金色のメイド服を着ている。


「……ネネコちゃんが味わった苦しみを、味わえ!!」


 彼女、マドカは叫ぶ。


 すると、イソヤの周りの空いた穴から、人の腕ほどの太さのある植物が生えてきて、イソヤを襲い始めた。


「うぉお!? 何っすか、コレ……!?」


 植物は、瞬く間にイソヤの体を被ってしまう。。

 植物のツタは、それぞれ絡み合って、大きな集合を五つ作っており、それは、まるで、人の手のようになっている。


「葛(くず)よ。ネネコちゃんにヒドいことしたあなたには、ピッタリの名前……いや、それは、この子に失礼か」


 イソヤを完全に包み込んだ植物の手を、実に冷めた目で見た後、冷徹にマドカは言う。


「……潰れろ」


 その瞬間、植物の内部から、ゴキッと何が折れる音が聞こえてきた。

 それから、少し経って、植物の手のひらから、赤い血が溢れてくる。


「……ふぅ」


 グレスの方を向き、マドカは、目を閉じて、息を吐く。

 それは、まるで黙祷のようだった。

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