第183話 シンジがツッコむ

 シンジの手のひらにいるグレスは、腹部に注射器が深々と突き刺さり、羽がぼろぼろにちぎれ、見るも無惨な姿だ。

 シンジの険しい顔は、グレスをそのような姿に変えた者に対する怒りなのだろうか。


『シ……シンジ様』


 グレスの呼吸は、やけに激しい。

 まるで、命の最後の炎を燃やしているかのような、荒々しさ。

 グレスは、残り少ない魔力でスライムを操作し、言葉を紡ぐ。


『お……お願いが、あります』


 シンジは、グレスのお願いを黙って聞いていた。


『お願い、します。シンジ様の手で、私の腹部に刺さっている注射器を抜いてください!! シンジ様が、私に刺さっている! 堅いモノを! 抜く! シンジ様が! 手で! 抜く! ヌク! ふへへ……!』


「アホかお前!! そんな事でベリスの治療を拒んだのか!!」


 シンジは、ツッコミながらグレスの腹部に刺さっている注射器を抜いた。


『くはっ……! 抜かれたぁ……シンジ様に、私が……』


 グレスが、ビクビクと震える。


「はぁ……『カーフ』」


 そんなグレスに呆れつつ、シンジは回復魔法をグレスにかける。


「たく、悪いって思って損した。ボロボロにされて喜んでじゃねーよ」


『私が何かをされて喜ぶのはシンジ様かコタロウ様だけです。あんな男に何をされても、嫌なだけですよ。そういえばシンジ様、申し訳ありません』


 腹部も、ちぎれた羽も治ったグレスは、シンジに頭を下げた。


「ん? どうした? 百合野さんはちゃんと守っているし、謝る事なんて何もないだろ?」


 シンジの言葉に、グレスは、頭を横に振る。


『いえ、私は大切なモノを守れませんでした』


「大切なモノ?」


「はい……」


 グレスは、本当に、辛そうに、顔を伏せ、言う。


『大切に……大切にしていた、私の大切な『ファースト羽むしり』を、あんな男に奪われるなんて……!』


「何それ怖い! え? お前等そんな風習があるの?」


 シンジ様に奪って欲しかったーとわめくグレスを無視してシンジはベリスを見る。

 元々、ベリス達は自分たちの身体を食べるかどうかでその生き物に力を与えるか決めるという、なかなかアレな生態を持っている。

 なので、念のためシンジはベリスを見たのだが


「フェ!? フェスス!」


 ベリスは、全力で首を横に振っている。

 やはり、そんな風習は無いようだ。


『と、いうわけでシンジ様。お仕置きしてください』


「何が、と、いうわけ、なんだよ。というか、ちゃんと百合野さんを守ったお前をお仕置きするわけないだろうが」


『そんな! お願いですから、お仕置きを! もう一度、シンジ様の手で私の羽を……!』


「やんねーよ、そんなこと! それより、アイツの情報を教えろ! そろそろオレスの魔力が尽きるから!」


 一階では、まだ激しく爆発の音が鳴り響いていた。


 ゆるふわな見た目のオレスは、普段はその見た目どおりほわほわとした緩い性格の子だが、友達が傷つけられると、過激な一面を見せる。

 得意の爆発魔法を使い、高笑いをしながら周囲のモノを破壊するのだ。

 その魔法の一発一発は、レッドオーク程度の魔物なら一撃で葬れるほどの威力で、攻撃的な魔法の威力は、シンジ達の中で一番強いだろう。

 そんな彼女は今、病院の一階で、落ちたイソヤに向かって爆発魔法を浴びせ続けている。


『……かしこまりました。マドカ様を拐った男は、イソヤ、というそうです。会話の内容から、何かのグループに所属しているようで、おそらく、そのグループの上にまだ数名います。出てきた人物の名前は、ガオマロ、ヤクマ』


 残念そうに、しかし、どこか満足げに息を吐いたあと、グレスは、入手した情報をシンジに告げる。


『彼の職業は、戦士。固有技能の『神盾』は、もう消費させました。これから数分は少なくとも使えないはずです。そして、彼が持っている武器の数々』


 グレスは、おなかをさする。


『先ほど、私のおなかに刺さっていた注射器は、どうやらヤクマという人物のモノのようです。能力の詳細は分かりませんが、彼が言うには、投げたら回避不能ということ、あと、おそらく、なんらかの薬物が複数入っているようです』


「薬物……か」


 シンジは、さきほどグレスのお腹に刺さっていた注射器を見る。


 注射器、と言っても、それは、例えるならそうだ、という形で、正確には、液体を密閉出来る杯に針がくっついている形状をしており、それぞれをよく見れば、蛇が巻き付いている。


 蛇。


 それに、その注射器のようなモノが黄金色である事が、シンジに嫌な予感を告げてくる。


「……それで、何か身体に異常はおきていないか?」


シンジは、注射器のようなモノを床に置き、凍らせて固定してから、周囲に落ちていた床のがれきをかぶせていく。


『はい、それは大丈夫です。注射器の刺さった部分は、薬が回る前に、自ら切り捨てましたから。彼が、薬を浴びて肉体が強化された、と言っていたので、回してみても良かったのですが……どうも、違う予感がしたので』


「いや、それはいい。そこまでしなくていい。じゃあ、あと、小さくする能力は……」


 シンジは、立ち上がる。


『それは、小槌の能力です。固形物だけでなく、液体まで、おそらく、気体も小さくすることができる、強力な能力、ですが、それは、シンジ様の予想通り、なんですよね?』


 グレスの問いに、シンジは軽くうなづく。


『……流石ですね。しかし、なぜ、オレスの爆発魔法が通用すると思ったのですか? ここまで足止めが成功している以上、本当に通じているのでしょうが、彼の能力はおそらく気体をも小さくするのに……』


 爆発とは、簡単に言えば気体の膨張だ。

 ならば、爆発も小さく、無効化されてしまいそうなモノだが。


「まぁ、そのイソヤって奴も、小さくしようと思えば爆発は小さくできるんだろうけどな……ただ、アイツ、グレスの魔法を一回は当たったんだよな? 病院に濡れた足跡があったから」


『はい、確かに、不意打ちの一発は小さくされずに当てる事が出来ましたが……』


「つまり、アイツの小さくする能力は、アイツが反応しないと小さく出来ない、ってわけだ。小さくする、って思わないと出来ない。だったら、反応出来ないような早さの攻撃。例えば、爆発は無理だろうな、って思ったんだよ」


『……なるほど。さすがですね。シンジ様ならどうにかしてしまうと思っていましたが、本当にどうにかしてしまいそうです。しかし、オレスの魔法が尽きたら、今度は何を……』


 ちょうど、そのとき。

 一階から聞こえていた爆発の音が止む。


 それから、空いていた穴からまたふよふよと二人、飛んでくる者がいた。


 それは、魔力を使い果たして倒れているオレスと、そろそろ倒れると思って迎えにいっていたベリスだ。


「フェ、フェスゥ」


 力なく、オレスがつぶやく。

 スライムを操作して、文字を作ることも出来ないようだ。


『『チ、チクショウ、倒しきれなかった、悔しいー』だって。どうするの? アイツ、こっちに向かって来ているけど』


 オレスの言葉を代弁したベリスが、シンジに聞いてくる。


「どうするって、戦うしかないだろうけど……あ、水橋さん」


 シンジは、ユリナの方を向く。


「もし、話していたとおりにならなかったら、さっき渡したの使ってね」


「分かりました」


 ユリナが、うなづく。


「……さっき渡したのって?」


 マドカが、ユリナに聞く。


「それは、使わなくてはいけないときに言います。しかし、使う必要はありそうですか?」


 後半は、シンジに向けて言った言葉だが、その言葉にシンジは軽く肩を上げる。


「うーん、たぶん大丈夫だとは思うけど……そういえばグレスに一番大切な事を聞いてないや」


 シンジの手から離れ、近くを飛んでいたグレスの方をシンジは見る。


『何ですか? 私にとってシンジ様とコタロウ様に折檻される事以上に大切な事は無いのですが……』


「……そんな事は起きないからな、念のために言っておくと。って、そんな事より、アイツの武器、小槌の名前は、何かわかるか?」


『え? えっと、それは……』


「『打出の小槌』って言っていました。でも、それが、いったい……」


 すぐに答えられなかったグレスの代わりに、マドカが答える。


「『打出の小槌』か。なるほどね……」


 マドカの答えに、シンジは頭を掻く。

 それは、予想通りの答え。


「はぁ……はぁ……は、ははぁ!!」


 階段の方から、荒い息づかいの声が聞こえてきた。

 イソヤだ。

 オレスが、上半身を集中して爆破したのだろう。


 イソヤは、上半身が裸になって、皮膚から煙が出ている。

 ただ、怪我はない。

 治してしまったのだろう。

 どのような薬かわからないが、凄まじい治癒能力だ。


 そんなイソヤを見て、シンジは確信する。


「コイツ、低能だ」

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