第176話 マドカが気付く

「……ん?」


 真っ白い、壁のような景色に、黒や赤や茶色や青など、色々な色が混ざっていく。

 そして、混ざって、色が形になり始めた頃、マドカは、自分が気を失っていた事に、文字通り、気が付き始めた。


(……えっと、なんで気を失って……なんだっけ、確か、私はネネコちゃんと歩いていて……)


 大好きな人、シシトの妹。

 ネネコ。

 彼女の事を、マドカは大好きなシシトと同じように好きになっていたし、仲良くなっていた。


 本当に、ネネコは良い子なのだ。


 シシトの家に遊びに行ったときは、いつも美味しいお茶やお菓子でおもてなしをしてくれ、シシトとお出かけした時は、シシトとマドカがいい雰囲気になるように、協力してくれた事もある。


 以前通っていた学校の先輩と後輩、という間柄でもあり、色々、相談に乗ることもあった。


 本当に、本当に、ネネコは、良い子、なのだ。


 なのに、そんなネネコを親友であるユリナと、それに、命の恩人であるシンジは、まるでネネコが悪者のような、信用できない人物であるかのような扱いをし、警戒していた。


 確かに、マドカも思ってはいたのだ。

 ネネコが、まだ小学生の、幼い、か弱い女の子が、一人で、夜中に、今の世界を出歩いた、という事が、どんなことか。


 思っていた。


 でも、それでも、マドカはネネコを信じたかったし、信じたのだ。

 ネネコを背負っていた時も。

 ネネコに肩を貸して、地下通路を歩いていた時も。


 大丈夫、そう思っていた。

 本当に、ネネコは、良い子、なのだから。


(……ネネコちゃん)


 微かにある頭痛と、節々の痛みから、何が原因か分からないモノの、自分が気を失っていた事が事実であると認識しながら、マドカはゆっくり体を起こす。


 周囲は、非常に薄暗い。

 明かりはあるようだが、それは何か壁のようなモノで遮られていて、そこから漏れている光によって、視覚を確保できている、そんな状況のようだ。


「……って、裸!?」


 痛みはあるが、体は動かせる。

 そう思い、立ち上がろうとしたマドカは、自分が今、何も身につけていない事に気が付いた。

 慌てて両手を使い自分の見られたくない場所を隠す。


「ど、どうして、私、服を……」


「フェス」


 なにやら、聞き覚えのある声とともに、光が漏れていた場所から、一人の少女が出てきた。

 背丈はほとんどマドカと同じ。

 年齢も同じか、やや幼く見える。

 金色のメイド服のような服を着ていて、メガネをかけている金髪のボブヘアの少女。

 比較的、美少女とよばれるような容姿の整った女子と交流を持つ機会の多かったマドカから見ても、十分に美しいと思えるその少女が、マドカに微笑みかける。


『気が付いたようですね』


 金髪メガネの少女の体から、そんな文字が現れた。


「えっと、あなたは……」


 もう、文字が現れた時点で、マドカは少女が誰であるのか分かりかけていたが、その名を口に出来なかった。


 そう。

 目の前の少女が、彼女であるわけないのだ。


 彼女であるならば、ある彼女の特長が、この少女と大きく違いすぎている。


『動けそうなら、こちらに来てください。今の状況を言葉で説明するより、そちらの方が色々早そうなので』


 金髪ボブヘアの少女がマドカに向かって手招きする。


『こちらから、のぞき込んでください。声はなるべく出さないように。音を聞こえにくくする魔法を使ってますが、相手の声を聞けるようにしていますので、かなり弱くしています。大きな声で叫べば、聞こえてしまいますので』


 相手とは、誰だろう。

 分からないが、マドカは少女の手招きに従って、おそるおそる、ゆっくりの少女の元へと歩いていく。

 少女がいた場所から、壁が無くなっているようで、マドカは、そこから、壁が無くなった先。光が漏れている場所をゆっくりとのぞき込んだ。


「……っ」


 声を出さないように、と事前に言われていたからでなく、単純に、目の前の光景に、見たモノに、マドカは声を出せなくなる。


 それは、巨大な人だった。


 百メートルはあるだろう、以前遭遇したオレンジ色のドラゴンよりも、さらに巨大な、人。

 マドカは、少女に目線を移す。


「こ、これって……」


 マドカは、間違いに気づいていた。

 巨大な人。

 それは、違う。

 人が巨大なのではない。


『そうです。今、マドカ様は小さくなっています。私と同じくらいに』


 少女が、答える。

 金髪の肩口までの、ボブヘアの、メガネの少女。

 いや、妖精。


 妖精のグレスが、手のひらと同じくらいの大きさであったはずの女の子が、マドカとほとんど同じ背丈で、立っている。


 その事実を確認しつつ、マドカはもう一度巨人……いや、普通の大きさの人を見た。


「くそ……どこに行ったんすか。せっかく小さくして連れてきたのに」


 その人は、ブツブツとつぶやきながら、周囲をキョロキョロと見回している。

 様々な色が散らばっているトレーナーを着ているその人は、背格好から見ても、男性だろう。

 二十歳半ばの、男性。

 髪の色は色素が薄い金色で、その見た目から、どうやらまっとうな人物ではなさそうだとマドカは感じる。

 状況から考えて、彼がマドカの現状に関わっているのは間違いはなさそうだ。

 何を叩き潰したいのか、彼は木で出来た小さな槌を持っている。


『……そろそろ、こちらに来てください。マドカ様が気絶している間に何があったか、お話しますので』


「……うん、分かった」


 見たところ、部屋の中にいたのは、男性だけだった。

 そのことが気になりつつも、マドカは黙って、グレスの後をついて行った。




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