第168話 ガールズトーク(恐)が始まる

「……ふぅ、何だか疲れましたね」


「疲れたって、誰のせいで、あんな目に……」


 疲れた、という割には、なにやら満足げな雰囲気さえ見せるユリナに、マドカは本当に疲れたような目を向ける。

 二人がいる場所は、普段二人がセイと一緒に眠っているシンジの家の二階の部屋。

 ちなみに、セイも二人の横で寝る準備を始めている。

 温泉でシンジに覗きがバレた後、何やかんやあって、二人とそして気絶していたセイとシンジは、シンジの家に戻ってきたのだ。

 シンジは、もうすでに自分の部屋に戻って眠っている。


「まぁまぁ、良かったじゃないですか。変な事はされなかったんですし……マドカがコケて、マジ泣きしたおかげで」


「そうだけど! というか、私が言っているのは、そのことだよ!」


 マドカは、叫ぶように抗議する。


 シンジに覗きがバレた時、シンジがユリナとマドカにスライムを体に纏わせて襲いかかってきたので二人は逃げ出したのだが、そのときマドカが思いっきり転んでしまったのだ。


 痛みと、シンジに覗きがバレてしまった恥ずかしさなどが入り混じって、マドカはつい大泣きしてしまったのだが、そのあまりの泣きっぷりに、シンジも襲いかかるのを止めて、その場は収まった。


 というのが、何やかんや、の部分である。


「いやぁ、変わったと思いましたが、まさか涙で物事を解決するなんて……女の武器を使いこなせるようになったんですね、マドカは。スゴイスゴイ」


「なんでちょっと性格悪い女みたいに言われているの!? 私好きで泣いたんじゃないんだからね!」


 覗きがバレて、泣いている姿を見られるなんて、かなりの黒歴史である。

 正直、今日の一件は、記憶から消したいとマドカは思っている。


「まぁまぁ、落ち着いて、こんな夜中にあまり大きな声を出すものではないですよ」


「ユリちゃんが声を出させているの!」


 マドカの声は、止まらない。


「まったく……でも、良かったじゃないですか。明星先輩の裸を見れたんですから」


「そうだね……ってならないよ! 私、別に先輩の裸を見たいなんて、思ってないからね! それなのに、あんな事して……ああもう、思い出しただけで恥ずかしくなる。自分がなさけない。なんでユリちゃんに付いていったんだろう。ちゃんと自分だけでも拒否していれば……」


「あはは。まぁ、大丈夫ですよ。むしろ、もっとなさけない人がいますから」


「ん? 誰、それ?」


「それは、先輩の裸を見ただけで気絶していた人でしょう。ねぇ? セイ?」


「……うっ!」


 マドカ達の横で、知らない顔をして髪を梳かしていたセイが、反応する。


「……わ、私は別に……それに、前は先輩の裸を見ても気絶なんてしなかったし」


「以前見たことがあるんですか?」


「……ううっ!」


 言ってしまった余計な事をユリナに拾われ、セイはさらに動揺する。

 ただ、そんなセイの様子を見て、ユリナは大きく息を吐いた。


「これは、思ったよりも重傷ですね。先輩が私たちを生き返らせたのも、納得出来ますよ」


「……ねぇ、ユリちゃん。前から思っていたんだけど、明星先輩が私たちを生き返らせた理由を、ユリちゃんは知っているの?」


 以前もそのような事をつぶやいていたとマドカは思い、ユリナに聞く。


「知っている、というより、察しているだけですよ。というか、マドカは分からないんですか? 明星先輩が私たちを生き返らせた理由」


「……セイちゃんと二人だけだったら寂しかったから、とかじゃないの?」


「そんな理由で先輩が人を生き返らせたりしませんよ。まだ、そこまで余裕があるわけではないのに。あの人はちゃんと考えて行動する人です。ちゃんと、自分に得があるように。あの人の行動には、全て理由があります。特に、人を生き返らせるなんて大きな行動では」


 マドカの答えに笑いを浮かべて、ユリナが言う。


「明星先輩が私たちを生き返らせた理由は、セイが明星先輩の事を好き過ぎるからですよ。返事が無いだけで泣きわめいたり、それこそ、気絶してしまうくらいに。この程度、先輩を良く見ていたら分かるはずですけどね。生き返らせてもらってから十日もあったんです。それだけあれば、人がどんな関係にあるのか何となくわかるでしょう?」


「うーん、私は分からなかったな」


 マドカは、苦笑いを浮かべる。

 この笑いは、別に自分を生き返らせてもらった理由が分からなかったからでも、その理由がショボ過ぎるからでもない。


 今、ユリナはシンジをこの十日間見続けていたと言っていた。

 シンジの裸を見たいと言い始めたのもユリナであり、そのことから何となく嫌な予感を覚えたのだ。

 もちろん、その予感をマドカは口に出さない。

 今は、セイもこの場にいるからだ。

 そう思いながら、マドカはセイの方を見た。


 そのセイは、顔をうつむかせて、辛そうな表情を浮かべている。


「……好きな事は、ダメなの? 先輩を好きになっちゃ、いけないの?」


 つぶやくように、セイは言った。

 顔は上げていなかったが、その言葉を向けたのは、ユリナだろう。


「……そんな事は言っていません。人を好きになるという事に、それ自体に悪い事はありませんから。でも、程度の問題です。セイは、先輩の事を好き過ぎるんですよ」


 毎日、セイがシンジの寝室に向かい、寝顔を見ていることを言おうと思ったが、ユリナは止めた。

 それを言っても、セイの答えは変わらないからだ。


「だって! でも、好きなんだもん! 独りになって、見捨てられた私を生き返らせてくれた先輩が好きなんだもん! 優しくて、守ってくれる先輩が好きなんだよ!」


 自分の恋愛を否定されて、高ぶったのか。

 それとも、先ほどの覗きで高ぶっていたのか分からないが、セイは、アツく、自分の気持ちを語った。

 そのセイの言葉には、気持ちが、想いが、込められている。

 込め過ぎて、いる。


「……分かりました。そうですね。せっかくなので、整理しましょうか。色々、この十日で分かった事も分からない事もあるでしょうし。」


「……整理?」


「ええ。なぁなぁのまま約十日過ごしてきましたけど、そろそろ整理するべきでしょう……とくに、恋について。恋愛について。女子達の大好きな恋愛トーク。ガールズトークを始めましょうか」


 乾いた拍手をしながら、ユリナはマドカに目を向け、そしてセイを見た。


「早速、先ほどは素晴らしい恋の気持ちを語って頂きまして、ありがとうございます。さて、そんなセイに質問です。セイは、なんで明星先輩に生き返らせてもらったと思いますか?」


 ユリナの問い。

 その問いにセイは、言葉を詰まらせた。


「……それは」


「明星先輩のことが好きなんですよね? だったら、分かるのでは無いですか? 彼が、好きな人が、どんな考えを持っているか」


「私が生き返らせてもらったのは……」


 セイは、自分の両手で、自分の体を握りしめる。

 まるで、絞り出すように。


「先輩は、私の体を目当てに……」


 そして、答えを出した。

 その答えは、以前セイがシンジに聞いて、シンジ自身がセイに返した答えだ。

 おっぱいが気持ちよかったから、生き返らせたと言っていた。

 だから、それは正解のはずだ。


 なのに、セイはそれを言うのがとても恥ずかしかった。苦しかった。

 その恥ずかしさは、苦しさは、性的な事が答えだからではない。


「本当に、そう思いますか?」


「……分からない。違う、と思う」


 その答えが、おそらく間違っているだろうと、セイも分かっていたからだ。

 もし、シンジが本当にセイを性的な目的で生き返らせたのなら、もう、二人は結ばれていることだろう。


「そうですね。さきほども言ったように、明星先輩はおそらく、セイが先輩の事を好き過ぎるから私たちを生き返らせています。明星先輩も男で、それなりに性欲もあるようですが、そういった理由で、人を生き返らせる人では無いですね」


「ユリちゃんは分かっているの? その、先輩がセイちゃんを生き返らせた理由も」


 マドカが、ユリナに聞く。


「ええ、なんとなくですが。共感はしないですけど、理解は出来ます。納得もします。明星先輩が私たちを生き返らせた理由と一緒に考えれば、すぐに分かることですがね」


 そう言って、ユリナはマドカを見た。


 シンジがマドカ達を生き返らせた理由は、ユリナによればセイがシンジの事を好き過ぎるからだ。

 そこから、推測できる、シンジがセイを生き返らせた理由とは、何だろうか。

 マドカと、それに、当然、セイも、頭を抱えて考える。


「ヒントを出すと、私たちと同じように、セイにも、明星先輩はある事を期待しています。期待された役割があります。それは、先輩が得をすることです。少なくとも、先輩はそう考えているみたいですね」


 ユリナは、セイを見て、言った。

 セイは、ずっとうつむいていた。涙が出そうなほど、顔を歪ませている。


「……分かりませんか? 明星先輩が、セイに期待したこと」


「……料理とか」


「それもあるでしょうけど、それは無くても良いですし、そもそも、先輩はそこまで欲に身を任せるタイプでは無いですよ」


 セイは、無言でうなづく。

 このユリナの問いは、実は、セイが、悩んでいた事でもある。


 なぜ、自分は生き返らせてもらったのか。

 だが、この悩みは、避けてきた事でもあるのだ。

 考えなくてはいけないと思いつつ、考える事が怖くて、逃げてきた事だ。

 そんな事の答えが、今、急に分かるわけが無い。


「そうですか……じゃあ、考えておいてください」


「教えてあげないの? 私も聞きたいんだけど」


 同じように分からなかったマドカが、ユリナに聞く。


「教えたら、意味が無いんですよ。セイが自分で分からないと。気づくためのヒントは、明星先輩は出していると思いますけどね……せっかくなので、マドカも考えていてください。貴方も、知っておいた方が良いことかもしれないので」


「何それ……」


 本当に分からないのにと、マドカはうんざりしたような表情を浮かべる。


 一方、ユリナの言葉に、セイは、うつむいてしまっていた。

 ユリナが言っているようなヒントを、セイは思い当たらなかったからだ。


「……っと、言い過ぎましたかね。まぁ、セイは明星先輩が期待している自分の役割についてもう一度考えていてください。でも、あまり時間がかかるようだと……」


 ユリナは、セイの方を見て微笑む。


「私が代わりにその期待された役目をする事になるでしょうね」


「ユリちゃん……!」


 それは言い過ぎだろうと、マドカが諫めるようにユリナを見つめた。

 案の定、セイは、まるで絶望したかのように、目を開いていた。


「さて、次の話題に行きましょうか。次はマドカの番ですよ」


 そんなセイの姿を無視しつつ、ユリナが手を打つ。


「次は私って、私は別に……」


「そうでしょうか?……マドカ。貴方は今誰が好きですか?」


 ユリナの質問に、マドカと、セイも、止まる。


「え……えう? そ、それは……」


「貴方、まだ駕篭くん。駕篭獅子斗くんの事が、好きですよね?」


 ユリナははっきりと言った。

 ユリナがその名前を出したとたん、セイから、刃のような冷たい空気が発せられる。


「ユリちゃん……!」


 その空気を察し、咎めるように、マドカはユリナに言う。

 だが、ユリナは恐れる様子も悪びれる様子もなく、続ける。


「言いましたよね? このガールズトークでは恋について色々整理したいと。私たちは、現在四人という、非常に狭いコミュニティで生活しています。恋なんて国さえ滅ぼす厄介な種は、ちゃんと整理しておかないと。それに、先ほども言いましたが、人を好きになる、という気持ちに、悪い事はありませんよ。例え、相手が極悪人でも、好きになってしまったらどうしようもありません。どうしようもできません。相手が極悪人でも、その本人には、関係の無い事です。そうですよね? セイ?」


 ユリナが、セイの方を見る。


「……そうね」


 ユリナに見られ、セイはシブシブと言った様子だが、ユリナの意見に肯定した。

 元々、先ほどの件で考えすぎて精神的に少し疲れていたのだ。

 セイからあふれ出ていた刃のような空気が、若干和らいでいく。


 そんなセイの様子を見た後、マドカは、決心する。


「……うん。好きだよ。私は、シシト君が、好き」


 マドカは、はっきりと、セイを見て、言った。


「ごめん。聞いた話を疑っている訳じゃないし、セイちゃんに、シシト君がしたことは許されないと思うけど……けど、まだ、私の中のシシトくんは、優しいシシト君なの。皆の事を、ちゃんと考えることが出来る、シシト君のままなの」


 心の中を切り取るように、マドカは続ける。


「だから、多分、私はシシト君ともう一度会うまで、シシト君を好きなままだと思う。やっぱり、聞いただけじゃ……分からない」


「……そう。分かった」


 マドカの答えに、セイもマドカの目を見ながら、そう答えを返した。

 と同時に刃のような空気がセイに戻っていく。

 セイも、マドカがまだシシトの事を好きな事は、分かっていたことなのだ。



「……ごめんなさい」


 マドカは、小さくつぶやくようにセイに言ったが、セイは返事を返さなかった。

 返事を返さず、また考え事をしている。

 もう、シシトの事は忘れて、自分が生き返った理由。シンジの事で頭が一杯になっているようだ。


「ふぅ、良かった良かった。整理したい事はこれで一通り解決ですね」


 暢気な様子で、ユリナが言う。


「ユリちゃん……」


 マドカは、睨むようにユリナを見た。

 先ほどの二つの話題は、全てユリナは当事者ではない。それは気楽だった事だろう。

 そんなユリナに、マドカは少々苛立ちを覚えた。


「……そういえばさ、次はユリちゃんの番じゃないの? 私やセイちゃんに聞いたんだから、ユリちゃんも自分の話をしないといけないよね? ユリちゃんの好きな人は誰なの?」


 だから、マドカは聞いた。

 それは、やり返してやろう、という軽い気持ちではあった。


 どうせ、そんな人はいないと、ユリナは返すだろうから。

 先ほど、少しだけ生じた予感は、あった。

 あったが、ユリナなら、例えそうであっても上手くはぐらかしてしまうだろうという信頼があった。


 だが、ユリナは、目線を動かしてマドカの目を見た後、その後ろにいる、セイの姿をのぞき込み、言った。


「それもそうですね……では、私の好きな人を言いましょう。私の好きな人は、明星先輩です」


 そのとき、マドカは空気が止まったように感じた。

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