第163話 妖精達が騒がしい

 時折吹き抜ける風が、冬はすぐそこまで来ていると告げる中、少女と妖精は会話をしている。


 その後、体育館と小学校を調べ終えたシンジ達は、一度セイ達と合流するために、河川敷の近くにある公園にいた。


「明星先輩のレベルが高いのには、そんなわけがあったのですか…… じゃあ今までベリス達は、先輩の中にいたのですか?」


『そうよ! こっちは待っていたのに、シンジったら私たちを全然呼び出さないで……このっ!』


「痛てぇ!?」


 ベリスが、シンジの髪の毛を思いっきり引っ張る。


「こら! ベリス! 髪の毛だけはやめろって言っているだろうが! 抜けたらどうするんだ!」


『ふーんだ。しーらない。回復魔法で治せば? まぁ、怪我も、毛が無くなるのも、泣いていたら回復魔法じゃ治せない、ってことわざがあるけどね』


「なにそのおっそろしいことわざ!? どういうこと?」


 シンジは青ざめながらベリスが引っ張っている髪の毛を庇うように掴んでいる。


「……おそらく、時間が経過した、傷跡のようなモノは回復魔法では消せないということなのではないですか?」


「ああ、なるほど……って、ベリス、マジでしつこいな! いつまで引っ張っているんだよ!」


「フェスー」


 うるさーい、とでも言っているかのように、ベリスはさらに引っ張る力を強くする。


「……仲が良いですね」


「どこが!?」


 シンジとベリスの、ある意味不毛な戦いを見ていたユリナが、こぼすように言う。


『まぁ、私とシンジは、一緒にダンジョンを攻略した仲だからね』


「えっ? そんな事をしたのですか?」


「してねーよ! なんの話だ!」


『そんな……捕らわれた私を凶悪なガーディアンから助けてくれたのに……覚えていないの?』


「覚えてねーよ! てか、それは最初に呼び出した時にオレスに巻き込まれたケイドロの話じゃねーか!」


「……ケイドロはしたのですか」


「三人が稽古をしている間にな。呼び出してどんな奴らなのか確認していたんだよ」


 シンジは、ベリスとの終わらない戦いを続けながら答える。


「そうですか……では、良かったら、他の妖精さんたちは、どんな感じなのか教えてもらえないですか? ここ一週間、私たちが稽古している間、妖精さんたちとキャッキャウフフと遊んでいたんですよね?」


 若干、ユリナのトゲのある言い方にシンジは顔を困らせる。


「遊んでったって……結構大変だったんだけどな、こっちはこっちで。見てのとおり、コイツら簡単には言うこと聞かないし。……まぁ、ベリスは良いとして、オレス……ゆるふわな感じの、ストレートヘアの子は、見たまんま、天然だよ。遊び好きで、一度でも会うと、だれでもお友達、みたいな。だから常春さんたちにオレスを同行させたんだけど」


『そうね。オレスは友達は守るから。それに私たち三人の中で一番強いのはオレスだし』


 と、ここで、ベリス。


「そうなのですか?」


「ああ。オレスの得意な魔法は爆発を起こす爆炎魔法で、破壊力だけならレッドオークも一撃で殺せる威力はあったな。逆に、回復系や補助系の魔法を使わせるとグレスが一番上手だった……うん、上手……」


 シンジは、そこで口をつぐむ。


「グレスとは、あの、メガネをしている肩口までの髪の子ですね。真面目そうな。攻撃と回復補助の面を補助することで、セイとマドカの足りないところ補強していたわけですか。なるほど、なるほど……どうしました?」


 ユリナがシンジの異常に気付く。

 なぜか、シンジは汗をかき、震えていた。


「いや、何でも無い」


「何でも無い、というには、あまり見過ごせる様子では無いのですが……」


「いや、本当に、何でも無い。ただ思い出しただけだから、大丈夫」


「……はぁ?」


 そうして、シンジはまた黙ってしまう。


「……何があったのですか?」


 なんとなく、このシンジの様子の原因をベリスは知っていると思い、ユリナがシンジの頭の上にいるベリスに聞く。


『あー……聞かない方がいいよ。あれは、私もドン引きだったし』


 シンジの様子に、ベリスも髪の毛を引っ張るのを中断していた。


「ドン引きって……とても気になるのですが」


 しかし、シンジは口を堅く閉ざしたまま、何も語ろうとしない。

 そのまま、数分、静かな時が流れていく。


「……えい」


「痛いっ!?」


 突然、静寂が終わる。

 終わった原因は、ユリナがシンジの襟足の髪の毛を引っ張ったからだ。


「なんで急に髪の毛を引っ張るんだよ!」


「いえ、なんか気まずいですし、それに、ベリスが面白そうに引っ張っていて、私もやりたいな、と。それにしても、先輩の髪の毛気持ち良いですね、柔らかくて、さらさらして……引きちぎりたくなります」


「やめろ! なんて物騒な事を! 俺の親父は薄毛なんだから、髪の毛に手荒なマネは……」


『でしょでしょ? 気持ち良いよねー』


 ユリナが引っ張り始めた事で、ベリスも中断していたシンジの髪の毛引っ張りごっこを再開する。


「やめて!? 頭頂部と襟足のコラボレーションなんて! 守れないから! 髪の毛を守れないから!」


「だったら、何があったか教えてください。ほらほら……」


「いやぁああああああ」


 シンジの悲鳴が、響きわたる。

 そんな悲鳴を聞きつけたのか、シンジ達の元に、駆け寄ってくる者達がいた。


「……先輩!? どうしました? 先輩!?」


「なんか、悲壮感の割には、重大さはまったく感じない悲鳴だったけど……何があったの?」


「フェス?」


 それは、中学校と近所のホームセンターなどの施設を調べ終えた、セイ達だった。





「……そっちも何も無かったの?」


「はい。何も……誰も、いなかったです」


 マドカが、若干うつむきながら答える。


「……もちろん、魔物や死鬼とは何回か戦いましたけど」


「知り合いはいなかった、か。そういえば、どうだった? オレスやグレスは? 役に立った?」


 シンジは、自分の頭の上を見るようにしながら、言う。

 そこには、ゆるふわなオレスと、メガネのグレスの二人が乗っていた。

 二人は、気持ちよさそうにシンジの頭の上で横になっている。


「はい。オレスちゃんは魔法で敵を倒してくれて、グレスちゃんは、オレスちゃんの魔法で壊れた町を直してくれたりしました」


「そうか……変な事はされなかった? 主にグレスに」


 シンジは、こっそり、耳打ちするようにしてマドカに聞く。


「え? そんな事は無かったですよ? 二人ともとっても良い子で、お友達になれましたから」


 ねー、と笑顔で、マドカはシンジの頭の上にいるオレスとグレスに話しかける。


「フェスー」


 と、上機嫌な様子で、オレスとグレスは返事を返した。


「そうか……ならいいけど」


 元々、このことに関して、そこまで危惧していた内容ではない。

 グレスの本性は、マドカ達には発揮されないだろうとは思っていた事だ。


「それより、先輩。あれはどうしますか?」


「ああ、あれか……」


 マドカが指を指している方向には、正座しているユリナとベリス。

 そして、それを睨みつけているセイの姿があった。


「……あの、そろそろ、足が……」


「フェス……」


「はぁっ?」


「ひぃ!?」


 セイの威圧たっぷりの声に、ユリナとベリスは恐怖たっぷりの声を返す。

 二人は、合流してから、ずっとセイに正座をさせられ続けていた。

  理由はもちろん、シンジの髪の毛を引っ張っていたからだ。


「そうだね……そろそろやめさせようか。常春さん」


 シンジは、ユリナ達を威圧し続けているセイの背中に向けて声をかける。


「……はい」


「その辺にしてそろそろいこうか。もう行かないと、暗くなるし」


「……分かりました」


 不服そうに、声を溜めた後、セイは言った。


「いい? 今度先輩の大切な御髪にあんな事をしたら、この程度じゃすまさないからね」


「はいぃ」


「フェスゥウ」


 二人は、正座したまま、頭を下げる。

 それを見て、セイは二人を睨みつけるのをやめ、シンジの方に向き直る。


「先輩……大丈夫でした?」


 向き直った途端、セイから先ほどまでの威圧感が抜け、まるで飼い主が帰ってきた子犬のような弱々しさと愛くるしさが溢れてくる。


「ああ……私がいたらあんな事はさせなかったのに……」


「お、おう。そうだね」


 そんなセイの変わり身にシンジは若干引きつつ、セイの後ろにいるユリナとベリスを見る。

 二人は、正座をしたまま、頭を地面につけていた。


「……なに? 二人とも土下座? そこまで謝らなくても……」


「違います。足が痺れて動けないのですよ」


「フェスゥ……」


 妖精……それもスライムでもあるベリスまで足が痺れるのか、という疑問を抱くシンジ。

 まぁ、痺れている以上、そうなのだろう。


「……じゃあ、あの二人の痺れが抜けるまで、これからの行動を確認しようか。あと行っていないのは、リバーモールだけだよね?」


「はい、そうですね」


 マドカが、頷く。


 リバーモール。


 山門町に流れる川沿いに建てられた、ショッピングモールだ。


 様々なブランドショップの他に、スーパーまでも出店しているこのショッピングモールは、山門町の住民が日常的に訪れるスポットの一つである。


「……たぶん、誰かいるなら一番の本命だよな」


「おそらく……指定されている避難場所ではないですけど」


 リバーモールは、衣食住、全てをそろえる事が出来る場所だ。

 このような状況で、どこかに向かうことが出来れば、まず行ってみたいし、居たい場所だろう。


「でも、そんな本命なら、なんでまずそこに向かわなかったのですか?」


 二人の会話を聞いていたセイが、不思議そうに聞いてくる。


「本命だから、ですよ」


 まだ足の痺れが抜けないのか、土下座のような体勢のまま、ユリナが言う。


「本命だから?」


「本命の場所を最後にしておけば、ちゃんと調べる事ができるじゃないですか。悔いがないように、思い残しがないように、しっかりと、時間をかけて」


 言っているユリナの表情は、はっきりと見ることは出来ないが、ただ、その声は妙に力がこもっている。


「……まぁ、そんな感じかな。じゃあ、そろそろいこうか。水橋さん、立てる?」


「無理です」


 シンジの問いに、先ほどよりもさらに力強くユリナは答える。


「あ、そう。じゃあ『カーフ』はい、これで立てるよね?」


 ユリナとベリスにシンジは回復魔法をかける。


「……ありがとうございます」


 立ち上がりながら、ユリナはシンジに頭を下げる。


「いいよ、これくらい。じゃあ行くか。あ、ベリス達はそろそろ元に戻ろうな」


「フェス!? フェスー!」


 抗議の声を上げながら、ベリス達三体は、金色の粉に変わり、シンジの体内に戻っていく。

 金色の粉がシンジの体内に戻る瞬間、粉は金色の文字に変わった。


『ぐ……我々は消えない。お前がいる限り、我々は不滅なのだ。必ずやこの封印を破り、お前の髪の毛を……』


「どこの魔王だ! お前は! ベリスか、これ。さっさと戻れ!」


 シンジはその文字を掴むと、無理矢理自分の胸に押し当て、体に入れる。


「……ふぅ、まったく、しつこい」


「あー妖精さん達が……」


 マドカが悲しそうな声を出す。


「呼び出せばいつでも会えるよ。あいつ等はこっちの様子を把握しているし」


「ベリスたちを戻したのは……」


「MPの温存と……あとは、あいつ等を見られたらマズいだろ。生きている人たちにさ」


 シンジは、少しだけ疲れたように息を吐いて、少しだけ、笑った。


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