第162話 ユリナとシンジが公民館へ
「公民館にも誰もいないですね……いや、誰もいなくなった、ですかね」
ユリナが、辺りを見回す。
そこには机やイス、カップめんやペットボトルなどの大量のゴミ、それに人の血がこびり付いた衣服が散乱していた。
壁には、黒く変色してしまっている大量の血痕が残っている。
「そうだな……問題は、避難する前にこうなったか、避難した後にこうなったか」
ユリナの近くで,iGODを操作しながらシンジが言う。
二手に分かれて行動することになったシンジ達は、ユリナ達の家から一キロほど離れた公民館に来ていた。
公民館についたシンジ達はさっそく公民館を調べ始めたが、中に生きている人の気配はなく、なにやら荒らされ、ヒドい状況になっていた。
なので、今は念のため、ユリナ達の両親に関する情報がないが調べている最中である。
ちなみに、分かれる寸前まで、セイは幼子のように泣いていて、二手に分かれる事に抗議していた。
そんなセイを、シンジがなんとか言いくるめる事で行動を開始できた、という話があったりする。
「その問題も興味がありますが……先輩も大変ですね」
ユリナが、シンジが持っているiGODを見ながら言う。
「ん? 何が?」
「いえ、セイのご機嫌を取るために、ずっとiGODでやりとりしないといけないなんて……」
「まぁ、こまめに連絡を取り合う、って約束したしね。こうしないと常春さんも動けないだろうし」
シンジが、iGODを胸にしまう。
セイへの返信を終えたのだろう。
「先輩がそれでいいならいいですが」
ユリナが、呆れたように息を吐く。
その呆れは、iGODでの連絡をちゃんとすると約束するまで頑なに動こうとしなかったセイに対するものか、それとも、それを許諾したシンジに対するものか。
「……話を戻しますか。先輩はどっちだと思いますか?」
「ん? 何が?」
「さっきの話ですよ。この公民館の状況、どう思います? 避難する前に襲われたのか、避難して、襲われたのか」
「ああ、その話か。……まぁ、後者。じゃないの?」
「それは、なぜ?」
ユリナに言われ、シンジが辺りをぐるっと見回す。
「カップめんとかのゴミがあるからね。大量に。公民館の管理者さんのゴミだとすると、多すぎる。多分、数日はここで避難していた人がいたはずだよ」
「なるほど。いやぁ、さすがですね、先輩。すばらしい」
「いや、水橋さんもそれくらいは分かっていたでしょ?」
シンジの言葉にユリナは少しだけ頭を傾け、否定するように振る。
「いえ、全然。私なんて、そんな事、考えもしなかったですよ」
そして、笑顔をシンジに向ける。
「……無理に媚を売らなくていいよ」
シンジは息を吐く。
「別に、媚を売ったつもりはないですけどね」
そう言って、真顔に戻ったユリナが肩をすくめた。
「……まぁ、先輩のおっしゃるとおり、私もそれくらいは予想してましたけどね。これでも洞察力には自信がある方なので」
「じゃあ、なんで知らないフリを」
「単純に、先輩の方が上だと思ったからです。それと、ご機嫌をとっておこうかと」
「なんでそんな事……」
シンジが呆れたようにユリナを見ると、ユリナはメガネの位置を直しながら、クスリと微笑みを返して、言う。
「だって、機嫌を損ねて、襲われたりしたら嫌じゃないですか。二人きりですし」
いいながら、ユリナは自分を守るように腕を交差させる。
「そんなことしねーよ!」
「えー本当ですかぁ? そんな事を言って、実は……」
クスクスと笑いながら、ユリナは背負っていたリュックから飴を取り出し、口に入れた。
飴を口に入れたユリナは美味しそうに目を細める。
「先輩もどうです?」
「いや、いいよ。ソレ変な味ばっかりじゃん」
「変な味だから美味しいんですよ。皆が好きな味なんて、つまらないじゃないですか。人に忌避されるくらいじゃないと、私は好きにならないですよ」
チュッと音を立てながらユリナは飴から口を離し、また入れる。
目を細め、音を立てて飴を舐めるユリナは、飴を味わっているだけかもしれないが、少し蠱惑的に見えた。
「そういえば、あの子はどこにいったんですか?」
「あの子って?」
そんなユリナを見ていたシンジは、ユリナの質問に疑問で返す。
「先ほどまで先輩の頭の上に乗っていた子ですよ、確か、ベリスとかいう髪の毛が長くてまっすぐな……」
「ああ、ベリスなら外で警備をお願いしたんだけど……」
そんな会話を二人がしている時、
「フェスー」
と、部屋の外から声が聞こえてきた。
「噂をすれば、だな」
二人が声が聞こえた方を見ると、黄金に輝く小さな妖精が慌てた様子でこちらに向かって飛んできている。
「フェス? フェス!」
「……ん?」
そして、そのまま勢いを止めずに黄金の妖精、ベリスはシンジの頭……髪の毛の中に突っ込んだ。
髪の毛に突っ込んだベリスは、シンジの髪の毛を掴み、ブレーキをかける。
「痛っ!!? やめろバカ! 引っ張るな! 抜けたらどうするんだ!!」
「フェスゥ……」
シンジの髪の毛を使い、止まる事に成功したベリスは抗議するシンジを無視し、シンジの頭の上でホッと息を吐く。
「……いやぁ、本当に可愛い妖精さんですね」
「そんな感想!? 今の突撃を見てそんな感想!? てかベリス、おまえ飛んできたけど、何があった?」
そんなツッコミと確認がシンジから出されるが、ユリナは無視してシンジの頭の上に乗っかっているベリスに話しかける。
「お疲れみたいですね。飴は舐めますか?」
「フェス?」
ユリナに話しかけられたベリスは、少し悩んだ様子を見せた後、その黄金に輝く羽から何か液体のようなモノを出し始めた。
その液体は、ぐねぐねと動き、
『ええ、いただくわ。ありがとう』
と、文字に形を変えた。
「わぁ、すごい。文字を書けるのですか? じゃあ、これ、どうぞ」
「……おーい」
ユリナから飴を受け取ったベリスは、包み紙を取り自分の頭のサイズはあるだろう飴に口をつける。
「フェスフェス……フェス?」
最初は美味しそうに飴を舐めていたベリスだったが、急に難しそうに顔をゆがめだした。
『……なに、この味』
「どうですか?『きつねにすっぱいと思われたブドウ味』は? 酸っぱいですか? それとも美味しいですか?」
『……なんとも言えないわ』
あいまいな返事をして、ベリスは再度飴を舐め始める。
マズくは無いのだろう。
「ふふ、気に入ってくれて良かったです」
『疲れているだけよ』
「……あの」
「……なんですか? 明星先輩」
ベリスとの会話に夢中になっていたユリナが、ようやく、シンジに反応を示す。
「なんだ、ってよくこんな状況で会話出来るな」
言いながら、シンジは部屋の入り口を見ていた。
そこには、群がるように十数体のゴブリンや死鬼達がいて、今まさにシンジ達に襲いかかろうとしている。
「あーもしかして、ベリスはコイツ等に追われきたのですか?」
『そうそう。いやぁ、大勢で追っかけてきてさ、気持ち悪い気持ち悪い』
「お前ら余裕だな!!」
魔物の群を見ても平然と会話を続けだしたユリナとベリスに、シンジのツッコミが飛ぶ。
「余裕って、普通のゴブリンと死鬼でしょう? これくらい余裕じゃないですか」
『そうだそうだ。ちゃっちゃとやっつけろ! ご主人様!』
「そりゃそうだけどさ……ていうか、召喚したんだから、お前がちゃんと戦えよ、ベリス。お前の魔法ならあれくらい楽勝だろうが」
『やだ。メンドい』
シンジに見せつけるように、ベリスが文字を大きく作り出す。
ソレを見て、シンジは、ふてくされながら双剣を構えた。
「あぁ、そう。じゃあ水橋さんは戦わなくていいの? 経験値は?」
「んー気分じゃないので」
「気分って」
「さらに言うと、こんな部屋の中で魔法を使うと色々大変でしょう。経験値も、普通のゴブリンや死鬼だと大してもらえないですし。なのでここはとても頼りになる先輩にお任せします」
そう言って、ユリナは小さくガッツポーズをしてシンジの後ろに回る。
「……媚か」
「へへへ……ガンバです」
語尾にハートでも付きそうな口調で、ユリナは言う。
「まぁ、いいか」
「グギャギャギャ!……ギャ?」
一番最初に襲ってきたゴブリンの頭を蒼鹿ではね飛ばしながら、シンジは言う。
「そういえば、水橋さん。この中の死鬼に知り合いはいない?」
「……いませんね。見たこと無い人たちです。あ、そうそう。先輩。知り合い以外に、もしイケメンの死鬼がいたら、殺さないでもらえますか?」
「……なんで?」
「そりゃあ、イケメン好きですし。イケメンが死ぬのを見たくはないでしょう」
「でしょうって言われてもな」
「まぁ、言ってしまえば、先輩が女の子の死鬼を殺したくないのと、一緒ですよ。私たちも、女の子の死鬼は見逃した方がいいんですよね?」
「あー……別に、そこら辺は自由なんだけど……まぁ、分かった。ちなみに、この中に好みの男はいる?」
「んー……いません」
「じゃあ、終わらせるか」
そう言って、シンジは残っていた死鬼達の角を切り飛ばす。
もう、魔物は一匹も残っていない。
会話の間に、全て倒してしまったのだ。
「お見事ですね。さすが先輩です」
『ひゅーひゅー』
ユリナがパチパチと手を叩き、ベリスが飴を舐めながら文字をぶらぶらさせシンジの目の前に表示させる。
「わざとらしい賞賛の声をどうもありがとう」
言いながら、シンジは部屋から出ていこうとする。
「おや、もう行きますか」
「ああ、一通り見たけど、何も無いし、知り合いの死鬼もいないってことは、ここには手がかりになりそうなモノはないだろう?」
「そうですね、行きましょうか」
ユリナが飴を口に入れたままテクテクとシンジの後ろについて行く。
「次は体育館ですね。あそこもこんな感じでしょうか」
特に感情を感じさせずに、ユリナは言う。
「……冷静だよね。水橋さんは」
シンジの感想に、ユリナは表情を変えずに答える。
「……冷静というか、望まないようにしているだけですよ。これ以上を。この町に来たときから……いえ」
カリッと、飴が欠ける音が、響く。
「……生き返ってから」
その返事に、シンジは、何も返すことが出来なかった。
無言のまま、シンジは体育館に向かって歩いていく。頭にベリスを乗せて。
その後ろで、ユリナは新しい飴を取り出して舐め始めていた。
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