第158話 ユリナ達が選んだ職業は
「……やっぱり、寝ていただけでしたか」
「はぁ。よかったね、セイちゃ……」
「うわぁああああん!」
「何事!?」
目をこすりながら起きあがろうとしていたシンジに、セイがタックルをするように抱きつく。
「へ、返事、返してくれないから、先輩、どっかにいっちゃったと思って……」
「あ、ああ。温泉に入るって言うから、その間に寝ようと思って……」
セイの頭を撫でつつ、シンジはユリナと、マドカを見る。
その目は困惑と、そして、少しばかり別の感情が混ざっている。
「戻ってくる直前まで、忘れていたようですけどね。思い出したら、このざまです」
「……そうか。ありがとう」
ユリナの返事を聞いて、シンジの目から、別の感情が消え去る。
それから、セイが泣きやむまで、三人は夕食を待ち続けるのだった。
「じゃあ、二人とも、しばらくここにいるんだ」
夕食を食べ終え、デコポンとヨーグルトを混ぜたデザートを食べながらシンジは言う。
デコポンは倉庫から持ってきた缶詰を使用している。
ちなみに、夕食は豚汁に、トンカツだった。
「ええ、本当は、家族の安否の確認などをしたいところですが……」
「まだ、遠くに出歩くのは危ないですよね?」
ユリナとマドカの意見に、シンジが頷く。
「そうだね。ここなら魔物の数とか間引けるけど、街まで移動するとなるとそうもいかないからね。もう少しレベルを上げた方がいいと思う」
「どれくらい上げればいいでしょうか? 」
「うーん……レベル10。いや、15くらいは欲しいかな? そのレベルまで学校で戦いまくって三日くらいだったから……一週間あれば、そこまでいけるかも」
「シシト君の所に行くには?」
マドカの質問に、シンジの回答が止まる。
「えっと、あのですね」
「すみません。どうしても、マドカが彼に、セイにした事を謝らせると……もちろん、私達だけで行くつもりです。謝らせるにしても、彼を連れて来て、です。それが礼儀でしょうし……」
「ああ、いや、それは別にいいけど、シシト君の所か……」
別に、マドカ達がシシトの所に戻る事にシンジとしては異論はない。
ただ、問題は別にある。
「えっと、シシト君は、ロナって子の所にいるんだよね?」
「おそらく……」
「うーん、そうなると、ちょっと時間がかかるかも」
シンジの答えに、ユリナが疑問を返す。
「どうして、ですか?」
「あそこ、山に囲まれているんだよな……結構高くて、冬になると交通止めになるくらい普通に積もるし。これからしばらくは行けないかも。ただでさえ徒歩で山を越えるのは大変なのに、今の状況だとな……」
冬の山ほど危険な場所はない。
ましてや、今は至る所に魔物がいるのだ。
そんな場所を移動すれば、命がいくつあっても足りないだろう。
「……じゃあ、シシト君の所に行くには……」
「まぁ、ヘリでも手に入れば別だろうけど、運転出来ないし、春になってから、だろうね」
「今は十一月ですから……あと四ヶ月か五ヶ月は待たないといけない、という事ですね」
ユリナの言葉に、マドカが大きく息を吐く。
「そうですか、それはしょうがないですね」
そんな事を言いながら、食器を片づけ終えたセイが戻ってくる。
「山越えは危ないですからね。ここは諦めて、春まで待ちましょう」
言っているセイの顔は笑顔なのだが、黒い何かが、はっきりと現れていた。
「……春までの間に死んでいるかもしれないし」
ぽつりと、セイがこぼす。
それは小さな声であったが、確実に、この部屋にいる者全員に聞こえる声だった。
「……常春さん」
シンジは、伺うようにユリナとマドカを見る。
ユリナは平然としているが、マドカは、悲痛な表情を浮かべている。
セイの事情は察しているが、だからといって、辛いのは変わらないだろう。
「……ところで、職業は決めたの?」
あまりに重くなった空気を変えるため、シンジが話題を変更する。
「……はい。私は、『園芸士』に」
「私は、悩みましたが『魔法使い』にしようかと」
マドカとユリナが、その話題に乗っかる。
先ほどの話題を続けても、碌な事にならないからだ。
「そうか。まぁ百合野さんは妥当だろうけど……なんで水橋さんは、『魔法使い』に?」
「お二人の話だと、魔法系はそこまで劣っていないようでしたので……そうなると、『治療士』か、『魔法使い』かな、と」
「そっか……でも、『治療士』の方が何かと便利じゃない? 怪我を治せるって、凄いよ?」
マドカが、不思議そうにユリナに聞く。
「私もはじめはそう思いましたが……ゲームとかでも、まずは回復役を安定させるのが基本ですからね。でも、聞いたところ、回復は先輩も出来るようですし、アイテムもありますから。……それに、怪我をしたくないな、と」
ユリナが、顔を少しだけゆがめて、答える。
「これはゲームではなく現実ですからね。怪我はしたら痛いですし、怪我を見たくもないですし。だったら、怪我を受ける前に敵を倒せる『魔法使い』の方がいいな、と」
「なるほどね……」
武器と防具の話ではないが、やはり、攻撃を受ける、という事自体を無くしたいと考えるのが、基本的な人間の心理なのだろう。
やられる前にやる。
当たり前といえば当たり前の話だ。
人の欲望を反映するi GOD。
iGODのガチャに、防具は無い。
「そういえば、怪我、といえば……」
ユリナが、思い出したように、話題を変える。
「私たちの体に、傷が一つも無いようなのですが、何かわかりますか?」
「へ?」
ユリナの質問に、シンジが意外そうに声を上げる。
「どういう事?」
「だから、傷が無いのですよ。正確にいうと、傷跡ですね。昔、ここを切ったはずなのですが、跡形もなく綺麗さっぱり消えているのです」
そう言って、ユリナはジャージをめくり、右腕を見せる。
「傷だけじゃなくて、ニキビとか、シミとかも無くなっているよね。嬉しいけど、なんか自分の体じゃないみたいで……」
マドカが、不安そうに、言う。
「……そうなのか。そういえば、皆やけに肌が綺麗だね。常春さんも?」
気づかなかった事に、シンジは戸惑いつつ、セイにも確認する。
「え……はい! い、いいえ! いや、そう、です」
シンジの問いかけに、セイはパニックになりながら返す。
顔も赤い。
「……なに、どうしたの?」
「……自覚が無いのですか?」
「先輩が付けたんじゃ……」
「わーわーわー!」
なぜセイが困惑しているのか分からないシンジに、その原因がシンジだと告げようとするユリナとマドカ。
その二人を、セイが止める。
「……マジでどうしたの?」
「な、なんでもないです!」
セイは二人の口を押さえていた。キスマークの件など、シンジの耳に入れたくないのだ。
「そうか、それならいいけど。でも、傷跡か……もしかしたら『リーサイ』のせいかも」
傷跡が無いというユリナの疑問に、シンジはその原因に思い当たる。
「『リーサイ』、というと……」
セイの手を退けながら、ユリナが質問する。
「モノを修繕する魔法だね。その魔法を使うと、モノを綺麗に、新品同然に戻せるから、もしかしたら、これが原因かも」
三人とも、死鬼の状態から生き返らせる前にシンジから『リーサイ』を使われている。
確かに、そのとき、怪我などは綺麗に治っていた。
「なるほど……そうですか」
「ちょっと心配になってたから、原因が分かってよかったね」
その心配の内容は、確認するまでもないだろう。
傷跡に、思い出のようなモノがあっても、不思議ではない。
「……ゴメンね、余計な心配かけさせて」
「い、いえいえ。大丈夫です。むしろ、綺麗になれて嬉しいですから」
「そうですよ。正直、傷跡やニキビが消えて嬉しくない女の子はいませんから。むしろありがとうございます」
頭を下げたシンジに、ユリナとマドカは慌てて、手を振る。
「……そういえば、先輩にもお礼を言っていませんでしたね」
「そういえば、そうだね」
ユリナとマドカの二人は、互いに見合い、そしてシンジに頭を下げる。
「このたびは、私たちを生き返らせていただきまして、ありがとうございます」
二人が、言う。
「……どうも」
突然、頭を下げた二人に、シンジもつられて頭を下げる。
「生き返らせていただいた恩は、これからしっかりと返したいと思います」
次に、ユリナが、しっかりとした口調で言った。
「うん。分かった」
別に、恩など返さなくもいいのだが。シンジには別の思惑もあったことだし。
だが、ここで返さなくていいと答えると、セイが不満を覚えるかもしれないので、シンジはとりあえず頷いて置くことにした。
「ちなみに、この恩なのですが……」
「ああ、別に、いつでもいいよ。返せそうになったら……」
「もし、体で払え、とか言うなら、マドカは止めてあげてくださいね。彼女は好きな人がいますから……」
「ユリちゃん!?」
「ちょっと!?」
突拍子もない事を言い出したユリナに、マドカとセイが顔を赤くしてツッコむ。
「……冗談ですよ。冗談。何本気にしているんですか」
「冗談でも、言って良い事と悪いことがあるよ」
マドカが、睨むようにユリナを見る。
「……まぁ、でも、時間はかかると思いますが、恩は……蘇生薬と、いただいた百万円の分は、少しずつでも必ず返すので、お待ちいただけたらと思います」
「うん。わかった。よろしくね」
そこまで話して、シンジは時計を見る。
もう、時計は十時を回っていた。
「……っと、もうこんな時間か。そろそろ寝ようか。明日も朝からレベル上げだし」
「早いですね……と言いつつ、もう眠いですけど」
「体を動かしたからね……私も眠い」
ユリナと、マドカが体を伸ばす。
「そういえば、二人はどこで寝る?」
シンジは、思い返したように、二人に尋ねる。
「え?」
「いや、今このマンション全体を使えるからさ。使いたいなら、好きな部屋を使ってもいいけど……」
ユリナとマドカの二人は、確かめるように見合う。
「あの……出来れば、お邪魔ではなければ、ここがいいのですが……」
ユリナが、下を……シンジの家を指さす。
「ああ、別にいいけど……」
「そうですか、良かったです。正直、まだお二人と離れると怖いのですよ」
「レベルが上がっても、まだ弱いしね」
「……なるほどね」
言われて、シンジも気づく。
生き返ったばっかりで、一人になる方が、色々辛いだろう。
「……じゃあ、三人で一緒に寝る? 布団は用意出来るけど……」
「えっ!? 先輩とですか?」
ユリナが、驚いたように声を上げる。
「何でだよ!」
シンジのツッコミに、ユリナは満足げに頷く。
「いやぁ、皆良い反応を返してくれますね」
「ユリちゃん。楽しそうだね」
「ええ、本当に、生き返って良かったと思います」
しみじみと言ったユリナの言葉に、皆、静かになる。
「……じゃあ、寝ようか。俺は布団を敷いてくるから、その間に歯でも磨いていて」
「はーい。……そういえば、歯も綺麗になってますよ」
キャイキャイと話しながら、三人がリビングから出ていく。
セイも、自然に二人に付いていった。
「……はぁ」
三人が出て行ったリビングで、シンジは大きく息を吐く。
リビングには、女の子の良い香りが、ほのかに残っていた。
「……頑張るか。自分のために。まずは、レベルを上げて……」
リビングを出ながら、これからの計画を立てていくシンジ。
二人の要望は、ほとんど予想していたとおりだった。
そのことに、問題は無い。
「あとは……」
シンジは、通りすがりながら、セイ達がいるお風呂場をチラリと見る。
歯を磨いているだけなのに、声が聞こえ、実に、楽しげだ。
こちらの問題を解決するのにも、時間が必要だろう。
そう思いながら、シンジは階段を上るのだった。
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