第156話 露天風呂が綺麗

「そろそろ、露天の方に行きますか」


 それから、しばらく会話をしたあと、ユリナが提案する。

 これからの事など、ある程度意見のすり合わせは出来た。

 後は、温泉を楽しむだけである。


「そうだね。なんだかんだ、もう夕方みたいだし」


 いつの間にか、空の色が青色から赤色に変わっていた。


「青空の下の温泉は、また今度ですね」


「でも、夕焼けを見ながら入るのも、素敵だよ」


 三人は、外に出て、露天風呂に入る。


「……なんか、こうしていると、今までの出来事が嘘みたいですね」


 お湯につかり、沈んでいく太陽を見ながら、ユリナが独り言のように言う。


「うん……でも、嘘じゃないよ。だって、普通だったら、こんな素敵なお風呂には入れないんだし」


 マドカも、太陽を見ながら、独り言のように、返事を返す。


「そうですね。こんな体験は今までの生活だと……常春さん?」


 太陽を見ながら、視界の隅に、立ち上がっているセイを確認したユリナ、そちらに目を向ける。

 セイは、太陽を睨みつけるようにして見ている。


「どうしたんですか?」


「……来る」


「え?」


 セイが答えて、少ししてから、ユリナとマドカも、セイが見ているモノを視界に捕らえる。


 それは、鳥。


「カラス、ですか?」


 言いながら、ユリナはそれが、カラスでは無いと理解した。

 ユリナが知っているカラスよりも、その鳥は何倍も大きいからだ。


「……タカ、みたいね。オオタカかしら。普通よりもかなり大きいけど」


 こちらに向かってくる大きなタカ。

 羽を広げているその姿は、二メートルは軽く越えている。

 それから、かばうようにして、セイが二人の前に立つ。


「あの、どうすれば……」


「二人はそのまま座っていて。アレは私が倒すから」


 近づいてきたオオタカの額に角が生えている事を確認したセイは、タカが生き物でも、魔物でも無い事に少し安堵する。


「死鬼なら、お湯を汚さないですむわね」


「ビギィイイイイイ」


 死鬼と化し、巨大化したオオタカが、三人に向かって一直線に突っ込んできた。


「『分身』」


 そのオオタカを迎え撃つように、セイは『分身』を生み出す。


『分身』を利用して跳躍し、オオタカを空中で倒す。

 そんな計画をセイは立てていた、のだが。


「……あ」


 マドカが、呆気にとられたようにつぶやく。


「え?」


「おや」


 遅れて、セイとユリナも続く。


「ビギィ……?」


 突っ込んできた死鬼のオオタカは、三人の元に来る前に、マンションの屋上付近から飛んできた大量の氷の矢に全身を貫かれて、落ちてしまった。


「……倒されてしまいましたね」


「……うん」


 急に、静かになってしまった空気から逃げるように、セイは『分身』を消しつつ、露天風呂につかり始めた。


「……まぁ、その、カッコよかったですよ?」


「うん。常春さんが前に出てくれた時、ドキドキしたし。凄いな、って思ったよ」


「……ありがとう」


 お礼を言いつつ、セイはお湯に顔を隠していく。

 二人のフォローが、セイをより苦しめていた。


「……でも、これでいろいろ実感出来ましたね」


「何を?」


 触れてほしくなさそうなセイの様子を察して、ユリナが話題を変える。


「いろいろ、ですよ。さっきの話ではありませんが、世界が変わってしまった事や、化け物がいること。それに、ここが、どれだけ安全で、便利な場所か」


 言って、ユリナは先ほど矢が発射された部分を指さす。


「そうだね……警備もあって、食料もあって、温泉やプールもあって……良い所だね、ここ」


「……そういえば、お礼を言っていませんでしたね」


 思い出したように、ユリナがセイを見て言う。


「お礼?」


 そんなユリナの視線を感じて、セイが怪訝そうにユリナを見る。


「ええ。生き返らせていただいた上に、こんな素敵な所に連れてきてくれて、ありがとうございます」


 ユリナがセイに頭を下げる。


「え? そんな……」


「本当だね。ありがとね。常春さん」


 マドカも、セイに笑顔で言う。


「そんな……私は何も……それに、生き返らせたのは、先輩だし」


「でも、ここに来れたのは、常春さんのおかげですよね? おそらく、常春さんが何も言わなければ、私たちはロナさんの家に行っていたはずでしょうし」


「……そうだと思うけど」


 当たっているユリナの予想に頷きつつ、セイが答える。


「たぶん、ロナさんの家に行った所で、ここまで安全で便利では無かったと思うのですよ。あそこも豪邸でしたが……広いですし、それに、人も多いでしょうから。この人数で、これだけの設備を自由に使えるのは、本当に、贅沢な話です」


「そうだよね。なんでも貸し切り状態だからね」


「まぁ、マドカは愛する彼の元がよかったかもしれませんが」


「ユリちゃん!」


 ユリナの茶化しに、マドカが抗議の声を上げる。


「冗談ですよ。でも、改めて言いますけど、ありがとうございます、常春さん。こんな素敵な場所に連れて来てくれて、助かりました」


「ありがとうございます」


 ユリナと、マドカが、改めて、セイに頭下げる。


「う……うう、本当、いいから、頭を上げて……あれ?」


 手を振り、二人の頭を上げさせようとしていたセイは、そこで、あるモノに気が付いた。


「あれ、あれ?」


 自分の頬に伝う、お湯以外の液体。


「……どうしたんですか?」


「また泣いているの?」


 セイの様子がおかしいことに気づいた二人は、頭を上げてセイを見る。


「ど、どうして……」


「……ふむ」


 自分でも、なぜ泣いているか分からなくなり、パニックになっているセイを、ユリナが観察しながら近づいていく。


「なるほどなるほど……そりゃ!」


 そして、近づいて、頷いた後、ユリナが急にセイに飛びかかった。


「きゃっ!? な、何を」


 ユリナに飛びかかられ、セイが一瞬お湯に沈んで上がってくる。


「いえ、先ほどはこちらが飛びかかられたので、逆に飛びかかってやろうかと」


 セイの首に巻き付くようにくっつきながら、ユリナが言う。


「な、なんで……」


「……そうだね。今度はこっちの番だ!」


 ユリナに続き、マドカもセイに飛びかかる。


「きゃぶっ!? ちょっと、やめて……」


「いいじゃないですか、お互い一度死んだ者同士。仲良くしましょうよ」


 セイの右側に、ユリナ。


「そうだよ。一度死んだ者同盟、だね。……そうだ、せっかくだから、お互い、名前で呼び合おうよ」


 セイの左側に、マドカ。


「いいですね。では、私たちは常春さんの事をセイと呼ぶので、セイも私たちの事を下の名前で呼んでくださいね」


 二人に抱きつかれ、半ば沈み掛けているセイ。

 涙は、お湯に隠れて消えていた。


「そ、そんなことより、二人とも一回離れて……きゃう!?」


「おお!? 凄い弾力ですね。マドカも触って見て下さい」


「え? あ、本当だ! なにこれ、気持ちいい……」


「どこ触っているの!?」


 二人に、いいように体を弄ばれながら、セイが叫ぶ。

 そんな談笑と共に、太陽は静かに沈んでいった。

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