第151話 ユリナとマドカが死鬼と戦う

「私たちが、ですか?」


 ユリナが、眉をひそめる。


「うん。今なら氷で身動きとれないし、死鬼は角を切るだけで倒せるから、二人でも簡単に出来るよ」


 ユリナとマドカが、互いに見合う。


「……確か、死鬼は生き返らせる事も出来るんでしたっけ? 蘇生薬というモノを使えば」


「そう。ポイントで買えばね」


「一万ポイント……百万円で、生き返る死体」


 マドカたちには、一通り、話をしている。

 死鬼は、生き返らせる事が出来る死体。

 二人は、死鬼の状態から、元に戻ったのだと。


 マドカとユリナは、うなづき、そして歩き始める。


 二人がセイの横を通り過ぎる時、セイは少しだけ胸が締め付けられた気がした。


 セイは、知っているのだ。

 マドカと、ユリナが、どのような人物か。

 二人がどれだけ優しい人物であるのか、を。


 マドカの趣味は、ガーデニングだ。

 その趣味が高じて、学校でも、誰も利用していない花壇を借りて、花を育てていたのだが、一度、マドカが育てていた花壇の花が全て枯れてしまう事があった。

 その時、マドカは枯れてしまった花たちの事を思い、泣き続け、そのマドカをユリナは慰め続けていた。

 その光景はとても愛に溢れてて、別のクラスでその出来事を端から見ていたセイにも、印象深く、残っていた。


 二人とも、本当に優しい人物なのだ。

 そのことを考えると、セイの胸はさらに締め付けられていく。


 彼女たちが向かっている先にいるのは、氷で拘束された死鬼たち。

 スーツを着た、四十代の男性の死鬼と、五十代の男性の死鬼だ。


 二人とも、今は唾をまき散らし、人を喰らおうと暴れているが、生前は、家庭を持っていたのかもしれない。

 平日は仕事をこなし、休日は家族とゆっくり過ごす。

 平凡で、平和な、暖かな日常。


 そんな日常に戻れる事は、もう無いかもしれないが、だが、死鬼の状態なら、生き返る事が出来るのだ。


 生きていれば、きっと良いことがあるだろう。


 友人の意外な一面を見て、心が穏やかになったり。

 暖かなミルクココアを飲んで、美味しいと感じたり。

 そんな些細な幸せは、訪れるはずだ。

 百万円。一万ポイントさえあれば。


 マドカとユリナは、死鬼の男性たちの前に立つ。

 数時間前まで、自分たちも同じ様な状態だった、死鬼の前に立つ。


 二人とも、震えていた。


 少し、遠目で見ていたセイにも、痛いほどその震えは伝わってくる。

 同じ体験をした、セイだからこそ、かもしれない。


「……できません」


 震えながら、マドカが、そう言った。


(……しょうがないよね)


 その言葉が聞こえた時、セイは素直にそう思った。自分も、そうだったのだから。


 だが、次の瞬間。


「……すみません、明星先輩。ちょっと、この人たちの頭の動きが激しすぎて、角が落とせないです」


 真面目な顔で、マドカが告げる。


「……はぁ?」


 マドカの言葉に、セイは呆気にとられた。


「……ん? ああ、ごめん。これでいい?」


 マドカの申し出に、シンジは二体の死鬼を首まで凍らせて、頭を固定した。


「はい。ありがとうございます」


 マドカとユリナは、そうシンジのお礼を告げると、実にあっさりと、二人は二体の死鬼の角を切り落とした。


「……おお! 本当に耳にゲームのレベルアップの音が!」


「スゴいね……どこから聞こえてくるんだろう? あっ、箱も落ちているよ! これがiGODなんだっけ?」


 死鬼を倒し、初めてレベルを上げたユリナとマドカは、キャイキャイとどこからか落ちてきたiGODの箱を開け始める。


「え……? ええ?」


 楽しげにしか見えない二人の様子に、セイは困惑し続けている。

 今でこそセイは死鬼を殺せてしまうが、初めは、とてもじゃないが死鬼を殺すなど、出来ない事だった。

 特に、死鬼が生き返る死体だと分かったら、それを殺すなんて、出来なかった。

 なのに、ユリナはともかく、花が枯れた事に涙していたマドカさえ、ほとんど躊躇無く、死鬼を殺してしまった。

 一応、殺す前に体が震えていたようであるが。


「いやぁ……ちゃんと角を落とせるのだろうかと緊張してしまいましたが、一撃で出来てよかったですよ」


「ホントだね。最初は頭が動いていたから、狙いも付けられなかったもんね。緊張したー」


 震えの理由は、単なる緊張だったらしい。


「それで……これがiGODですか。本当にタブレット端末のような形をしていますね。私の色は水色ですか」


「私は濃い桜色だよ。これは、どう使えばいいんだろう?」


 少しだけ手元のiGODを操作したマドカは、すぐにシンジの方を見る。


「あの、使い方、教えていただけませんか?」


 上目遣いで、両手で、まるで懇願するように自分のiGODを持ちながら、マドカはシンジにお願いする。


「……よし! お兄さんが優しく教えてあげよう!」


「常春さん! 貴方が教えてください!」


 シンジとマドカの間に入り込みつつ、ユリナがセイを呼ぶ。


「え……ええ」


 まだ、セイはマドカたちが死鬼を殺せてしまった事に対する衝撃が抜けていなかった。

 マドカの可愛らしさにやられているシンジに反応出来ないほどだ。

 様々な困惑を抱え、セイは二人の元へと向かう。


「え……っと、私も、詳しくは知らないんだけど」


 ちらりと、セイはシンジを見るが、シンジはうなづいて距離を取り始めた。

 セイがこのまま教えていいようだ。


「じゃあ、とりあえず基本的な項目から」


 セイは、自分が知っているiGODの機能や、使い方を教えていく。

 それを、マドカたちは、先ほどとは打って変わって、真剣に聞き始めた。

 キャイキャイと、年相応な明るさは、消えている。


「……ねぇ」


 一通り使い方をレクチャーしたセイは、思い思いにiGODを操作し始めた二人に質問する。


「……なんで、二人とも、死鬼を殺せたの?」


 セイの問いに、二人は、iGODを操作していた手を止める。


「なんで……と言われましても」


 困ったように、ユリナはメガネを上げる。


「え……っと、常春さんは、死鬼を殺していないの?」


 マドカが、不思議そうな顔をして、セイに聞く。


「……殺した、けど」


 セイの言葉が詰まる。

 セイは、確かに、死鬼を殺してきた。

 だが、最初は出来なかったのだ。

 最初、先ほどと同じように、シンジが死鬼を拘束して動けなくした時、セイは死鬼を殺せなかったのだ。


「じゃあ、多分同じ理由ですよ」


 ユリナが、答える。


「同じ?」


「ええ、私が死鬼を殺したのは、殺さないと私が殺されるから。これ以外の理由がありますか?」


 当然だ、とばかりにユリナが言い切る。


「生き返る、と言っても、百万円かかるし、百万円も、見ず知らずの人には払えないから」


 マドカが、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「でも、百合野さんは、花が枯れて泣いていた、よね? そんな貴方が、そんな理由で……」


 まだ、セイが持っているマドカのイメージに、違和感があり、セイは聞いてしまう。


「泣いていた?」


「ああ、あの時の事じゃないですか? ほら、入学したばっかりの頃、ロナさんが撒いた除草剤で、貴女が育てていた花壇の花が枯れてしまった事があったじゃないですか」


 セイの話に、すぐにピンと来なかったマドカに、ユリナが補足する。


「そういえば、あったね、そんなこと」


 ユリナの補足で、マドカも思い出す。


「確かに、マドカは泣いていましたけど……常春さん、良いこと教えてあげましょうか?」


「良いこと?」


 セイが、首を傾げる。


「ええ、マドカは、花が枯れたら泣きますけど……その花に止まる害虫は、容赦なく潰しまくるのですよ。それこそ、親の敵のように、鬼の形相でブチブチと、時には素手で……」


「ちょっと!? ユリちゃん!?」


 突然、暴露された自分の裏の顔に、マドカが叫ぶ。


「そ、そうなんだ……」


「それと、一緒だと思いますよ」


「え?」


「死鬼を殺すのも、害虫を潰すのも、極論は一緒なんでしょう。大切なモノのためなら、私は泣きますし、殺します。それでも、前の私たちなら、死鬼を殺せなかったと思いますが……」


 ユリナの顔が、暗くなる。


「もう、私は死にたくありません。あんな惨めな思いはこりごりです。大切な命を、二度も失いたくは無いのです」


 ユリナの言葉に、マドカもうなづく。


「……あのおじさんたち、スーツに血がついていたんだよ。その血が、おじさんたちの血なのか、別の誰かの血なのか、分からなかったけど、でもアレを見たとき、私は、殺さなきゃ、と思ったよ。殺さないと……殺されるから」


 そう、言ったマドカの表情は、険しく、堅い。

 まるで、強固な意志を、示すように。


「……そっか。そうだよね」


 二人の言葉に納得し、セイはうなづきながら、iGODの操作に戻った二人から距離を取った。


 少しだけ、心が軽い気がした。

 重たかった事にさえ、セイは気がついていなかったが。


「俺も死ぬのは嫌だな……死んだこと無いけどさ」


「せ、先輩!?」


 そして、横で、シンジが苦笑いをしながら立っていた事にも、セイは気がついていなかった。

 セイは隣にいたシンジに驚き、飛び上がる。


「そんなにビビらなくてもいいじゃん」


「だっ……だって、急に!」


「急にも何も……ここは外だよ? あんまり油断していい場所じゃないよね?」


 そう言って、シンジは、駅の方。

 シンジから見て、ちょうどマドカたちがいる方角を指さす。

 そこには、緑色の体表を持った、小さな生き物。


 ゴブリンがいた。

 数は、五体。


「あれが、魔物ですか?」


 シンジが指を指しているのに気がついて、マドカたちが警戒しながら戻ってくる。


「うん。ゴブリンっていって、強さは死鬼と大差無いけど、武器を持っているし、二人じゃまだ大変だろうから、とりあえず凍らせてくるね」


 二人が、セイの背後に隠れた瞬間、シンジはゴブリンに向かって駆けだした。


(……やっぱり、殺したか)


 駆けながら、シンジは思う。


(なんとなく、殺せちゃうだろうな、とは思っていたけど)


 正直な所、セイのように葛藤してもらっても良かったのだが、マドカたちはあっさりと、死鬼を殺してしまった。


(いや、あっさり、というのは俺の主観か。実際二人が体験した事を考えると、そんなに簡単な話じゃないし)


 それに、あの殺した後の明るさも、おそらく、きっと、逆なのだろう。

 明るさで、誤魔化しているのだ。


(……どっちにしても、俺に出来ることは、これくらいだな)


 シンジは、ゴブリンに肉薄し、蒼鹿で凍らせる。

 ちゃんと、止めは刺さないように手足だけ凍らせた。

 首は凍らせていない。ゴブリンを殺すために、必要な場所だからだ。


「よし……じゃあ、次はコイツらを倒そうか」


 シンジは、三人を呼び出す。

 三人とも、素直にシンジの所へ向かってきた。


 セイ、マドカ、ユリナ。

 皆、可愛らしい、美少女たち。

 だが、彼女たちの手には、しっかりと白銀に輝く刃が握られていた。

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