第152話 お腹が空く
「さて、これからこいつらを倒す前に……」
シンジは、凍らせた五体のゴブリンの前に立ちながら、セイ、マドカ、ユリナの三人を見る。
「なんですか?」
と、ユリナ。
「これ、あげる」
そう言って、シンジはユリナとマドカの二人にあるモノを投げる。
「……っと。これは?」
「う、うわわっ!?」
それを、ユリナとマドカは慌てて受け取る。
それは……
「百万円。まずはそれをポイントに変換して」
シンジは、さきほど投げた百万円の札束を指さしながら、ユリナとマドカに言う。
「……いいんですか?」
ユリナは疑うように顔を歪ませ、シンジを見る。
「うん。まずは、それで技能を覚えないとね」
やけにあっさりとしたシンジの返事を聞いて、ユリナとマドカは、お互いに見合うと、それぞれiGODを操作して、百万円をポイントに変え始めた。
「先輩」
その間に、セイがシンジの所までやってきて、マドカとユリナの二人に聞こえないようにそっと話しかけてきた。
「……いいんですか?」
と、ユリナとまったく同じ事をセイは聞く。
「大丈夫だよ。まだポイントには余裕はあるし、それに、新しいメンバーが入ったら、そのメンバーの強化を優先するのが、まぁ、ゲームのコツみたいなモノだしね」
苦笑いをしながら、シンジがセイの心配に答える。
「でも……」
そのシンジの答えに、セイが不安げな表情を返していると、ユリナが話しかけてきた。
「あの、ポイントに変えましたが、どの技能を習得すればいいでしょうか?」
「何でもいいよ。って言いたいところだけど、まだ分からないよね。とりあえず、『ウルトラ』ってポイントで色々なモノを購入出来るアプリの、『技能』の項目で技能が買えるから、そこの『その他』の項目にある『麒麟児』って技能が一番のオススメかな」
ユリナとマドカは、シンジの説明を聞いて、iGODを操作していく。
よどみなく、順調にiGODを操作していた二人だが、だが、ある程度操作した所で、動きがおかしくなった。
指を何度もiGODから離したり付けたりしながら、困惑した表情を浮かべている。
「……どうしたの?」
「あの、無いんですけど」
「え?」
そう返事をしたユリナの所に、シンジとセイは近づく。
「おっしゃっている項目の所を何度見ても、そのような技能は無いのですが……」
シンジとセイはユリナのiGODを後ろからのぞき込む。
そこには、確かに『麒麟児』という技能の項目は無い。
「おかしいな。俺の時は、ステータスの増加率を上げる技能の一番上にあったんだけど……」
「私もそうですね」
「今、検索をしてみましたけど、『麒麟児』という技能は、表示されませんでした」
iGODを睨むように見ながら、マドカが言う。
「……百合野さんもか」
「なぜなんでしょう?」
それから、ユリナとマドカの技能を一通り確認してみたが、『麒麟児』の技能は見つからなかった。
「うーん」
シンジが、腕を組んで、考える。
「何が原因なんでしょうか?」
シンジの様子を見ていたセイが、話しかける。
「分からない、ね。掲示板に何かあったかな……」
シンジは、掲示板の内容を思い返してみた。
そういえば、『麒麟児』という技能について、何も書かれていなかった気がする。
「あの、どうしましょう?」
と、聞いてきたユリナと、その後ろにいたマドカが、不安げな表情を浮かべている。
「とりあえず、『麒麟児』は今は諦めようか。次のオススメは、『レベルアップ適性』と『職業適性』かな。それはあったよね?」
「はい。ありました。……他の、ステータス増加率上昇系の技能ではなくていいんですか?」
「うん。その系統の技能は重複出来ないみたいだし、保留で。あとで『麒麟児』が習得出来るようになったときが困るしね」
「わかりました」
ユリナとマドカがiGODの操作を始める。
「本当に、何が原因なんでしょうか」
セイが、不思議そうな顔でシンジに話しかける。
「何だろうね。百合野さんと水橋さんがダメで、俺と常春さんだけ習得出来た……職業も、人によって違うから、それが原因かも……ん?」
言いながら、セイの様子が気になったシンジは、セイの顔をマジマジと見始める。
「なんでうれしそうなの?」
「え?」
セイの顔は、先ほどの不思議そうな顔から一変、ヘラヘラとにやけていた。
シンジに指摘され、セイは慌ててシンジから顔を逸らす。
「いえ? べ、別に、先輩と私だけ覚える事が出来た事が、うれしいわけじゃないですよ? そんな、二人だけの特別な技能だ、なんて思っていないですよ?」
「……ふーん」
シンジは目を細め、セイを見る。
しょうがない事かもしれないが、それは、どうなのだろうか。
「出来ました」
そんな話をしているあいだに、ユリナとマドカが技能を習得したようだ。
「よし、じゃあ、レベル上げを開始しようか」
意識を切り換えて、シンジはユリナとマドカの方に向きを変える。
「とりあえず、『一般人』の熟練度を上げて、職業を変えられるようにするところまで頑張ってみようか。魔物を見つけたらドンドン凍らせていくから、頑張ってね」
「はい!」
「じゃあ、これ」
シンジは、二人にそれぞれ棒状のモノを渡す。
「『ダマスカス鋼の槍』。ゴブリンとかの魔物は死鬼みたいな簡単な弱点は無いから、それで倒して」
この武器も、カズタカから奪ったモノだ。
他にもいくつか重複していた武器はあったが、槍はリーチも長く、突くだけなので、初心者にも使いやすいだろうとシンジは『ダマスカス鋼の槍』を二人に渡したのだ。
「槍ですか……なるほど、これは良いですね」
「綺麗だね。それに、そんなに重くないよ」
「それは、レベルが上がったからでしょう」
槍を持った二人は、キャイキャイとそんな会話をしていく。
「二人とも、話はやめて、そろそろ倒そうか。もう、ゴブリンの氷も溶けちゃいそうだし」
そんな二人に、シンジは早くゴブリンを倒すように促す。
シンジの背後にいるゴブリンたちは、今にも動き出しそうだった。
「そうでしたね。では、いきますよ!」
「うん!」
シンジに促され、ユリナとマドカはゴブリンたちの前に立つ。
「えい!」
「やっ!」
そして、あっさりと、二人はそれぞれ二体ずつ、ゴブリンの額を突いて、倒してしまう。
残りは、一体。
「やりましたね! じゃあ、余りの一匹は私が……」
「あ、ユリちゃんズルい! 私も倒したい!」
残ったゴブリンをどちらが倒すか揉めているユリナとマドカを尻目に、シンジは遠くに見つけた新しい魔物の群を凍らせるために動き始めていた。
「はぁっ!」
「えいやっ!」
ユリナの振るった槍が、醜い、薄汚い白色の犬の様な化け物、コボルトの頭を両断し、マドカの槍が、ゴブリンの胴体に突き刺さる。
ゴブリンを倒した後、ちょこちょことやってくる死鬼や弱い小型の魔物をシンジが凍らせ、それを倒してマドカたちのレベルは上がっていった。
そして、彼女たちのレベルが4になり、一般人の職業の熟練度があと一体魔物を倒せば5に上がるという時、シンジは魔物を凍らせるのをやめた。
マドカとユリナの二人が、自分たちだけで、戦えるのかを確認するためだ。
結果は、見事だった。
二人とも、ちゃんとコボルトとゴブリンを倒してのけたのだ。
「……よし、じゃあ、そろそろ戻ろうか」
マドカたちに、怪我が無い事を確認しつつ、シンジは告げる。
もう、太陽は一番高いところを越していた。
「はい。分かりました」
と、セイがシンジの意見に賛同する。
「もう終わりですか。私は、まだいけますけどね」
「そうだね。まだまだ頑張れるよね」
と、ユリナとマドカがそれぞれの武器を握りしめ、不満げにシンジに言う。
「ちょうど、職業を選べるようになったし、一度戻って、落ち着きながら何の職業を選ぶか決めた方が……」
「なら、今すぐ決めましょう。どうせ、こういったモノは選ぶパターンが……」
と、ユリナがシンジに反論しかけた所で、
きゅるるる、
と可愛らしい音が、ユリナから聞こえた。
それは、誰がどう聞いても、お腹の音。
「……え、えっと」
ユリナの顔が、赤くなる。
「あ、あははは。もう、ユリちゃんったら」
と、笑い出したマドカのお腹からも、
ぎゅるるる
と、ユリナと同じ様な、いや、ユリナよりも大きな音が聞こえてきた。
「う……ううう」
マドカも、お腹を抑えて、顔を赤くした。
「じゃあ、戻ろうか。お昼は過ぎているし、お腹も空いたし」
「……はい」
完全に大人しくなったマドカたちは、素直にシンジの意見に従った。
「う……うう、なんて、なんて凶悪な」
ユリナが、震えながら、つぶやく。
「うん、これは、まるで、拷問だね」
焦燥しきった声で、マドカがユリナの意見に賛同する。
そして、二人から、同時に聞こえてくる、あの音。
きゅるるるるる。
その音と同時に、ユリナとマドカは、目の前のテーブルに突っ伏した。
何事もなくシンジの家に戻ってきた四人は、すぐに食事をすることにした。
シンジもセイも、昨日の夜から何も食べていなかったが、マドカとユリナは、ついさっきまで死んでいたのだ。
彼女たちに関してはその時から換算するとほぼ一週間、何も食べていなかった事になる。
ユリナとマドカの空腹は限界に近く、シンジの家に到着してから、ずっと先ほどのような音が、鳴り続けていた。
ちなみに、ユリナとマドカの体についていた返り血などの汚れは、マンションに入る前にシンジが魔法で綺麗にしている。
「……ここまでお腹が空いたのは、生まれて始めてかもしれませんね」
ユリナが、心底疲れ切った顔で、つぶやく。
「うん、空きすぎて、お腹が痛いね」
「マドカは食いしん坊でしたから、特にそうでしょうね」
「……ツッコむ力も出ないよ」
二人とも、突っ伏したまま、はぁ、と息を吐く。
「ああ……まだですかね。というか、この凶悪な匂いは何なんですか。出汁ですか? そうですね? 魚介系の出汁ですね? そうですか? そうなんでしょうね?」
「なんでそんなに喧嘩腰なの、ユリちゃん」
キッチンの方を向いてうなり声を上げているユリナに、マドカが力なく反応する。
今、全員の昼食をセイが作っている。
とてもじゃないが、ユリナとマドカは料理を作る元気が無い。
「辛そうだね、二人とも」
ユリナとマドカほど、お腹が空いていないシンジは、二人の正面に座っている。
「ええ、とっても。辛すぎて、なんか、その先輩の余裕そうな笑みにイラついています」
「ちょっと、ユリちゃん」
お腹が空きすぎて、シンジに突っかかるユリナ。
空腹は、人をイラつかせるモノだ。
「まぁ、もう少し待っていようよ。そろそろ出来上がるはずだし。常春さんの料理は美味しいよ」
「……先輩は、料理はしないのですか?」
ユリナが、恨めしそうに見ながら、シンジに質問する。
「ん? なんで?」
「いえ、先輩が座ったまま、手伝いもせずに全て常春さんに任せているので……まぁ、動いていない私が言う事でもないと思いますが。でも、普通、優しい男性なら、お腹が空いている可愛い女の子のために手料理を振る舞ったりするのではないかな、と。ねぇ? マドカ?」
ユリナは、マドカを見る。
「え? そんな事……でも、確かに、シシト君の手料理は美味しかったね。お野菜が沢山入ったシチューとか……」
ぽーっと、マドカが、上を見上げて思い出に耽る。
「へー、シシト君は、料理が上手だったのか」
「ええ、マドカなどは、彼の料理に胃袋を掴まれてしまったようなモノですし」
「うう……思い出したら、またお腹が……」
マドカが、辛そうにお腹を抑える。
「とにかく、こんな可愛らしい女の子たちが、お腹を空かせているのです。先輩も、男だったら、駕篭君のように、手料理を振る舞って、私の胃袋を掴むための努力を……」
「先輩を、あんな男と同類にしようとしないでもらえない?」
マドカ同様、辛そうな表情を浮かべながらシンジと話していたユリナに、セイの冷たい声が突き刺さる。
「と、常春さん?」
「別に先輩が料理をしなくてもいいでしょう? 私が出来るんだし。料理が出来るからって、何の意味も……」
セイは、ブツブツとつぶやきながら、お盆に載せていた器を机の上に置いていく。
「……常春さんも、彼のシチューを美味しく食べていたような……」
そうつぶやいたユリナの言葉を遮るように、ガンっと、激しく彼女の前に昼食の器を置くセイ。
今日の昼食は、あまり濃い食べ物を食べて、二人の胃がびっくりしないように、うどんだ。
ただ、先ほどのセイの置き方で、ユリナとその横にいたマドカをびっくりさせてしまっているし、さらに出汁も跳ねて少しユリナにかかっている。
「……食べようか。常春さんも落ち着いて」
食器を置いた後、ユリナを睨みつけているセイをなだめつつ、シンジが箸を配っていく。
だが、セイは立ったままだ。
「……ほら、こっちに座って。常春さん」
シンジは、自分の横の椅子を引き、その椅子を叩く。
「……はい」
その、シンジの行動に、顔をほころばせながら、セイも椅子に座る。
「じゃあ、いただきます」
シンジが手を合わせる。
「……いただきます」
それに続いて、セイと、マドカたちも手を合わせ、若干空気が悪いまま、会話の無い昼食が始まった。
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