第150話 ユリナとマドカが死鬼に出会う

「ふぁああ……」


 セイが大きく口を開いて、あくびをする。

 場所は、マンションの一階のロビー。

 そこに、シンジと、セイと、マドカたちの四人はいた。


「眠っていても良かったのに。画像を見た感じだと、大した相手じゃないみたいだし」


 眠そうなセイの様子を見て、シンジが心配そうに声をかける。

 人形から連絡を受けたとき、シンジはマドカとユリナの三人だけで行こうとしていた。

 だが、玄関から出ようとしたとき、気配に気づいたのか、セイが慌ててシンジたちの元へと走ってきて、結局四人で行くことになったのだ。


「嫌です。私は、先輩と……ぐー……」


 立ったまま、目を閉じ船を漕ぎ始めるセイ。

 すぐに目を開けるが、また目を閉じ、それを何度も繰り返す。

 玄関からロビーまで終始この様子で、見ようによっては微笑ましいセイの様子に、マドカとユリナは少々困惑している。


「なんか、常春さん、本当に変わったね」


「ええ、幼児退行というか、健気というか……」


 そんな二人と同様、シンジも少し困っていた。

 いくら雑魚が相手とはいえ、こんなコンディションで戦いには連れていけない。


「……しょうがないか。『セクイカ』」


 そうシンジが唱えると、淡い光がセイを包む。


「ぐー……はっ!」


 その瞬間、セイの目がぱっちりと開いた。


「意識をはっきりさせる魔法だよ。今、常春さんが眠たいのは生理現象だから、あんまり使わない方がいいんだろうけど」


 目をパチパチと開いたあと、セイはシンジに頭を下げる。


「あの、ありがとうございます」


「いいよ。それより、今日の夜はしっかり寝ること。分かった?」


 はい、とセイがうなづく。


「先ほどの光が、魔法、というモノですか」


 一連のやりとりを見ていたユリナが、シンジに質問する。


「うん。治療士っていう職業で覚えられる、回復系の魔法だよ。さて、じゃあそろそろ外に出ようか」


 シンジは、マンションの玄関に向かって歩き出す。

 そのすぐ後ろをセイがついて行き、さらに後ろからマドカとユリナが続いてくる。


「先に、言っておくね」


 玄関まで到着したシンジは、言いながらセイの方を向く。


「はい。何でしょうか?」


「外の敵とは、俺が一人で戦うから、常春さんは、二人を守ることを優先して」


「一人で、ですか」


 シンジの指示に、セイが、不満そうな顔をする。


「うん。まぁ守らないといけないような状況にはならないと思うけどね。でも、まずは、二人にはレベルを上げてもらわないとさ。分かるでしょ?」


 意味ありげに、最後の言葉を強調したシンジ。

 その意味を考え、すぐにセイは答えを導き出す。


「……なるほど、わかりました」


 答えが分かったセイの表情は、あまり良いモノではない。

 それは、自分が経験した事だからだ。


「え……っと」


「水橋さんと、百合野さん。そのまま二人は、常春さんの後ろからついてきて」


 シンジとセイのやりとりに、不穏なモノを感じたユリナに、シンジは笑顔で指示を出す。


「じゃあ、行くよ」


 自動扉が開き、シンジが歩き始める。


「はい」


 そのあとに、セイが続く。


「……行きましょうか」


「そうだね」


 まるで、散歩にでも行くような足取りで歩き始めてシンジたちの後ろを、マドカたちも歩き出す。

 彼女たちの手には、それぞれ、小さめのナイフが握られていた。

 カズタカから没収した、武器の一つだ。

 セイが持っているミスリルの短剣とは比べるまでもないほど、他愛のない普通の金属で出来た短剣だが、それでも、シンジはその武器を彼女たちに持たせた。


 その短剣で、十分だからだ。

 これから、彼女たちがしなくてはいけない事は、その剣で十分事足りる。

 玄関から出て、数十メートルも歩かずに、シンジたちはマンションに向かってきていた敵を視認する。


「うぁあああああ」


 それは、死鬼だった。

 スーツに身を包んだ、なんの変哲もない、サラリーマン風の男性の死鬼が二体、並んで、こちらに向かってきてる。


「あれが……」


 ユリナとマドカは、歩いてきている死鬼の男性を、しっかりと見ていた。

 一度、学校で死鬼には襲われているが、その時は逃げるのに精一杯でじっくり観察など出来る状況ではなかったのだ。


「傷などはあまり無い様ですね。ゾンビとは違うと聞いてましたが、確かに、角が一本額に生えているようです」


「でも、着ているスーツはボロボロだね。血塗れで、傷だらけで。せっかく高そうなスーツなのに……」


 セイの背後で、二人は近づいてきている死鬼を見ての感想を述べていく。


「じゃあ、常春さんはそこにいて」


 そんなマドカたちの様子を一瞥したあと、シンジは死鬼の男性に向かって駆け出した。


「しっ!」


 そして、蒼鹿で、あっさりと二人の男性の死鬼の手足を凍らせてしまうシンジ。

 倒していないが、これでこの死鬼は行動する事が出来ないだろう。


「おお……!」


 そんな、シンジの動きを見て、ユリナとマドカが感嘆の声を上げる。

 一瞬のうちに、鮮やかと言える動きで、二人の死鬼を行動不能にしたのだ。

 しかも、その時に使った氷が、キラキラとシンジの周りで瞬いていた。

 朝日に煌めく氷の結晶も相まって、今のシンジは格好良く見えなくもない。


「先輩が強い事は知っていましたが、それでも正直、先輩が凶悪な魔物を倒してきたとおっしゃっていたのを話半分で聞いていました。あの動きが出来るなら、本当なのでしょうね」


「格好良かったね。バシュってして、キラキラーって」


 キャイキャイと、ユリナとマドカの二人が、素直にシンジを賞賛している中、しかしセイの顔色は良くなかった。


 その表情は、シンジを二人に取られてしまうのではないか、と心配になっているから、という訳ではない。


 セイが、知っているからだ。


 これから、二人がしなくてはいけないことを。



「ありがとう。でも、今から二人も、同じ事が出来るようにならないとね」


 シンジの言葉に、ユリナとマドカの動きが止まる。


「この死鬼たちは、二人がとどめを刺して」


 そうシンジが言ったとき、朝日に反射して、マドカたちの手にある短剣の刃が、鈍く輝いていた。

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