第140話 カズタカが逃げる
「……なんのマネだ?」
カズタカは、セイの額に拳銃を押し当てる。
「ひ……人質だ。何かしてみろ。お、俺様に何かしたら、この巨乳JK、死ぬぞ」
JK。
その響きには、セイを人として扱っている様子が一つもない。
カズタカにとって、JKという記号がセイの価値で、JKという言葉でしかセイを認識出来ていないからだろう。
おそらく今までセイを人質にしようとしなかったのも、そのためだ。
人として見ていない。
そして、自分が追いつめられて、何か使える『モノ』が無いか探し、セイを思い出した。
そんなカズタカにシンジは少し腹が立ったが、だが、すぐに動き出す事は出来なかった。
セイの様子をよく見ると全身から血が出ている。
特にヒドいのは両腕と両太股だ。
おそらく、カズタカに撃たれたと思われる。
通常のセイならば額に銃弾を喰らっても、きているだろうが、今のセイは死んでしまうだろう。
死んでも、生き返らせる事は出来るが。
「……先輩! 私の事は気にしないで……」
「黙ってろぉお!」
セイの声を、カズタカがかき消す。
「……うーん」
死んでも、生き返らせる事は出来る。
だが、そうすると、『楽しく』はないだろう。
『楽』でもない。
シンジも、セイも。
それは負けだな、とシンジは思う。
「分かった。どうすればいい?」
「先輩!?」
「……ぶひゃひゃ……やっぱり可愛い彼女が大切ですか」
笑うカズタカを無視して、シンジはその場で立ち止まる。
シンジとカズタカの距離は七メートルほど。
一足飛び、というには、今のシンジには遠い距離だ。
今のシンジは職業を『自宅警備士』変えてステータスが減少しているのだ。
歩くのでさえ、正直しんどい。
「で、何をすればいいんだ?」
表情を変えずに、シンジは言う。
「ぶひゃひゃ……そうだな。まずは、僕ちゃんの人形たちの支配をやめろ」
「分かった……」
そこで、ふとシンジは思う。
「やめろ……ってそういえば、どうやってやめるんだ?」
シンジは、今まで支配をやめた事がない。
試そうと思った事さえないのだ。
どうすればいいのだろうか。
「それは……」
カズタカも、シンジに言われて困惑し始める。
「知らないのかよ」
ぽつりと、シンジはつぶやく。
「う……うるさい! くそゆとりが! 少しは自分で考えろ!僕ちゃんの命令を聞くように命令するとか、方法はいろいろあるだろうが!」
「ああ、なるほど。じゃあ、皆あの豚の命令を……」
「カズタカだ! カズタカ様だ! あんまりナメるなよ? その気になれば、すぐにグロJKが出来上がるんだからな……」
分かりやすい性格だなと思いながら、シンジはカズタカに言われたとおりに人形と死鬼に命令する。
「とりあえず、カズタカ……様の命令を聞け」
シンジの命令を聞いた人形や死鬼に、一見変化はない。
「ぶふふ……さて、じゃあまずは……」
カズタカは、嬉しそうに舌なめずりをする。
「ミスリルタロちゃん、ソイツを殴ぐ……るのは無理か。蹴飛ばせ」
シンジのすぐ横にいたミスリル製の白銀の人形に、カズタカは命令する。
カズタカの命令を聞いた白銀の人形は、足を上げてシンジを蹴ろうとした。
「うおっ!?」
その蹴りを、上体を反らしてシンジは避ける。
避けた後、武器を構えて、防御の姿勢をとる。
「な……なに避けてんだ! 蹴られてろバーカ!」
普通に避けたシンジに、カズタカは憤る。
「えー……そんな事言われてないし」
「空気ってモノがあるだろうが! これだからゆとりは……」
そんなやりとりをしている間に、カズタカの周りを囲んでいた死鬼や人形たちが、シンジの後方に移動していた。
「いいか? 何をされてもその場から動くな。抵抗もするな。それと、僕のモノを支配して命令しようとするなよ? じゃないと、このJKちゃんが本当に死ぬからな」
「わかった」
シンジは、うなづく。
もうすでに、人形と死鬼は支配しているのだが。
命令は、声に出さなくてもする事が出来る。
ちなみに、シンジが人形と死鬼に命令した内容は『カズタカの命令を聞け。だが、命令の内容がシンジやセイに危害を加える内容の場合、動作を大きく、ゆっくりして威力を弱くしろ』
というモノである。
だが、からの部分を心の中で思って付け足した。
ゆえに、シンジは、ミスリル製の白銀の人形の攻撃を避けることが出来たのだ。
他人の命令に従うフリをするように命令出来るのを、シンジは知っていた。
そもそも、この部屋に入ってきたとき、白銀の人形が、カズタカの言うことにただうなづいていたのは、シンジがカズタカに命令されたらうなづくように命令していたからだ。
「ああ、あと、その生意気な武器も床に置け」
カズタカは、シンジが両手に持っている剣、紅馬と蒼鹿を目線で示す。
「……分かった」
素直にうなづきながら、シンジはカズタカに呆れていた。
(……コイツ、よく今までこの場所を支配出来ていたな)
カズタカは、あまりに不用心すぎるとシンジは思った。
狙って武器を構えたのだが、こんなに簡単に引っかかると、正直、マヌケとしか言えない。
何も、見ていなかったのだろうか。
シンジが双剣を、蒼鹿を床に近づけるという事がどういうことなのか。
距離は七メートル。
一瞬の内にセイの周辺に氷の壁を作り、銃弾から守るには十分な距離だ。
白銀の人形の動作を疑問に思っていないし、警戒すべき事を警戒していない。
だが、相手がマヌケに越した事はない。
本来なら、自分の思い通りになっているとカズタカを油断させて、その間に『
シンジは、カズタカの要求に従おうと、しゃがみ始める。
その時だった。
「なっ!?」
突然、シンジの両足を白銀の手が掴んだ。
「ぶひゃっ! グレイプニル! 伸びろ! アイツを拘束しろ!」
その、突然現れた白銀の手にシンジが意識を奪われている一瞬の間に、カズタカはセイの足を拘束していた鎖に命令する。
「くっ!」
セイの足に巻き付いていた鎖は、瞬く間にシンジの全身にぐるりと巻き付いてしまった。
「ぶひゃひゃ。ナメるなよ。俺様はここの支配者なんだ。ゆとりのガキが何を考えてるかなんて分かるんだよ」
カズタカは、拳銃を持っている手でセイを抱き抱える。
「どうせ、氷で何かしようとしてたんだろうが。低脳のゆとりの浅はかな知恵で、この俺様を出し抜けるわけないだろ?」
「……まだ人形がいたんだな」
勝ち誇っているカズタカを、シンジは見る。
予想外の反撃。
そもそも、シンジはカズタカがもう一体人形を所持していることも、セイを拘束している鎖が、特殊なモノであることも、知らなかったのだ。
(思ったよりもやるな……ちっ。伊達に五日もこのマンションを支配していたわけじゃない、か)
「ぶひゅひゅ……切り札は最後までとっておくんだよん。最初に切り札を見せるのは、負けフラグなんだよ、バーカ」
ぶひゃひゃと、カズタカは笑う。
切り札、というなら、シンジはまだ切り札を見せていないのだが、それをカズタカは知らない。
「ちなみに、その鎖は、グレイプニルっていう、ゆとりのバカは知らないかな? 神話に出てくる鎖で、フェンリルって狼を拘束するために……」
自慢げに、カズタカが語るのを聞き流しなら、シンジは『
後ろにいる人形たちに狙撃させようにも、カズタカとセイの距離が近すぎて無理だ。
だが、それは『
すぐに発動は出来ない。
「で、要はその鎖はどこまでも伸びて、拘束するんだよ。分かった? 難しいかな?」
小馬鹿にしているカズタカの声を、シンジは半分以上聞き流していた。
だが、カズタカの後方から、聞き流せない音が聞こえてきた。
それは、何か、硬質のモノが割れていく音。
「ぶひゃひゃ、気が付いた? この僕ちゃんのたくましすぎる体で見えなかったかな? 最初に言ったよな? 伸びろって! さて何を伸ばしていたんでしょうか?」
カズタカの後方にある大きな強化ガラスに、ヒビが入っている。
作っているのは、セイの腕から伸びている鎖。
鎖が、少しずつ丸まりながら大きくなり、ガラスを圧迫している。
「忠告は覚えているかな? その場から動くな、命令はするな、って。今お前を拘束している鎖は、JKちゃんの右足に。あっちのガラスに向かって伸びているのは、JKちゃんの左手に、それぞれ巻き付いているんだけど」
ガラスに入っているヒビが、どんどん大きくなっていく。
『
仮に発動できても、その効果はすぐに消えるだろう。
ガラスは、もう持たない。
「分かる? お前が拘束を外したらどうなるか、お前の足を掴んでいるタロの手を離させたらどうなるか。ちょっと考えてみようか。このJKちゃんがぐちゃぐちゃのグロJKになってもいいなら動いてみなよ。ちなみに、あの方向は玄関だから、木、なんて都合の良いモノは生えていないよん」
ガラスが、割れる。
同時に、突風がジムの中を襲い始める。
外と中の気圧差によって生じる風。
その風は、中から外に向かって吹き出される。
「せんぱっ……!」
「じゃあバイバーイ」
その風に従うように、落ちていく鎖に導かれながら、カズタカとセイは外に放り出された。
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