第141話 逃走が失敗
「ぶっひゃあ!」
久々の外気を浴びながら、カズタカは清々しい気持ちになっていた。
「ひゃーひゃひゃひゃ!」
外に出ることが、こんなに気持ちいいとは、カズタカ自身も思っていなかった。
いじめられ、引きこもり、自宅とコンビニしか往復してこなかった頃は、太陽と風をうっとおしいとさえ思っていたのに。
(バカが……所詮はゆとり。学校なんてバカ製造機に通っているガキが、僕ちゃんのような天才に勝てる訳ないんだよん)
なぜ、心地良いのか。
それは、おそらく勝ったからだろう。
他人を出し抜き、自分が望む展開に持ち込めた。
そのような勝者にのみ、太陽は栄光の光となるのだ。
(やっぱ、この世界は僕ちゃんの世界だ。僕ちゃんが支配する世界だ。ババアも消した。あのガキも同じようにすぐに消してやる)
シンジの方が、カズタカよりも支配力が上だ。
拳銃を撃てたことから、手に持っているモノは同じように例外のようだが、それ以外のモノは距離に関係なく、シンジの支配下に置かれてしまう。
それでも、カズタカにはシンジを殺す策がある。
(僕ちゃんもそうだけど、あのガキも自分が命令していないモノは支配出来ない。存在さえ知らないモノには、無防備にならざる負えない)
八体の銀色の人形は、初めは確かにカズタカの言うことを聞いていた。
シンジの足を掴ませた人形も、カズタカの命令を聞いてシンジの足を掴んだのだ。
命令していないものは、認識していないモノは支配出来ない。
それは、当たり前だ。
(どうせ、あのゆとりは僕ちゃんのタロちゃんがあれだけだと思っている。そこをついて……)
カズタカが支配している人形、正式名称はタロースという。
青銅の人と言われているこの自動人形は、カズタカがガチャで当てた武器だ。
青銅の人、というだけあって、タロースには青銅で出来たタロースがいる。
ブロンズタロース。
カズタカが他に操っていたシルバータロースや、ミスリルタロースよりもランクの低い自動人形。
ちなみに、ブロンズがガチャで言えば白色で、シルバーが赤色。
ミスリルが銀色に分類される。
シルバーとミスリルの間にゴールドもあって、それは赤色の中でもレアな当たりに分類されるモノだ。
話を戻して、このブロンズタロース。
シルバーやミスリルを持っているように、カズタカも持っている。
十五体。
ブロンズタロースの力が、せいぜいレベルを上げていない一般男性と同じくらいなので、カズタカはこのブロンズタロースを主に罠の設置に使っていた。
シンジ達が階段を上っている時に階層が上がるにつれて設置されている罠が増えたのは、このブロンズタロースたちが使わなかった下の階の罠をせっせと運んで設置しなおしたからだったりする。
罠を仕掛け終わった後は、二十階付近で大人しく待機していたブロンズタロース。
おそらく、シンジはその存在を知らないだろう。
(見えないモノに命令する事は出来る。けど、それはいると思っているモノだけ。想像も出来ないようなモノには、命令出来ない)
この知識も、カズタカは掲示板で知ったのだが、『超内弁慶』を使うのには、認識がとても重要なのだそうだ。
例えば、自室にいる死鬼に命令する場合、見えなくてもいると思っているモノには命令できる。
その掲示板では、マンションの中で死鬼は死ねと命令で殺した後、ネズミの死鬼に襲われてびっくりしたと書かれていた。
ネズミが身近にいると、認識出来ていなかったのだ。
他人が持っているモノに命令できないのも、同じように認識の問題であると掲示板では考察されていた。
他人が持っているモノを、自分のモノだと認識しにくいだろう。
このように、『自宅警備士』の『超内弁慶』にも、死角がある。弁慶の泣き所があるのだ。
(後ろから他のタロちゃんたちに紛れてブロンズタロちゃんを潜入させて、『魔雷の杖』の一撃で殺してやる。そのために、わざわざ飛び降りたんだ)
『魔雷の杖』
魔力に満ちた電気を帯びている魔法の杖。
人の意識を奪えと思えばその威力の電撃を流して意識を奪い、殺せと思えば絶命する威力の電撃を流す事が出来る。
セイの意識を奪ったのも、この杖だ。
持ち主に魔力が無くても杖自体に充電する事で使用でき、その充電は終わっている。
カズタカが飛び降りた事でシンジの意識は完全にカズタカに向かっているはずだ。
後ろに新しく潜入してきたモノに気づける訳がない。
あとは、タイミングさえくれば、杖を持ったブロンズタロちゃんがシンジを殺してくれる。
カズタカは、そのタイミングを待つ。
シンジに巻き付けた鎖が伸びきり、シンジの体を完全に拘束してしまうそのタイミング。
飛び降りたカズタカの落下が停止する、そのタイミング。
飛び降りたセイを守るために、しかたなくシンジ自身がその体を使ってセイの(カズタカも)落下を止める、そのタイミング。
(……あれ?)
そのタイミングが、いつまで待っても来ない。
いい加減、伸ばした鎖の長さ分は落ちたはずだ。
カズタカは、鎖に目をやる。
その鎖は、伸びている。
伸びていて、伸びていて、そして、途中で曲がっていた。
その先に、何かいる。
「……よっ!」
シンジが、鎖から抜け出して飛び降りていた。
「こ……の……! バカがぁ!」
カズタカは唾をまき散らしながらシンジに吼える。
「お前も落ちたらこのJKも死ぬだろうが! このくそゆとりが!」
シンジが鎖から抜け出したということは、カズタカと一緒に落ちたセイの落下を止めるモノが無くなるという事である。
つまり、このまま、カズタカも、セイも、シンジも、落ちるしかない。
「バカはアンタだろ。死なせたくないから、落ちてきたんだ」
シンジは、どんどんカズタカに近づいていく。
『
「とりあえず、常春さんを離せ。可哀想だろ」
「く……そがぁああああああ」
カズタカが、シンジに銃を向ける。
「あの豚を拘束しろ!」
その前に、シンジは持っていた鎖に、そう命令する。
すると、シンジが持っていた鎖がカズタカに向かって伸び、体に巻き付き始めた。
「なぁっ!?」
「俺が持っている、って事はコレは俺のモノだよな」
シンジは、鎖を思いっきり引っ張る。
「離れろ!」
「ぶっひゃあああ!?」
そのまま、シンジはカズタカを放り投げた。
うるさい声を出しながら、カズタカが飛んでいく。
「……ふう、思ったより面倒だったな」
シンジは、鎖に縮むように命令する。
「やっと確保っと。大丈夫? 常春さん」
鎖が運んできたセイを、シンジは受け止めた。
「……先輩?」
少し霞んだ目で、セイはシンジを見る。
やはり、助けに来てくれた。
そのことが嬉しくて、嬉しくて、たまらない。
しかし、申し訳ないという気持ちもある。
セイを助けに来たことで、シンジも落ちているのだ。
百メートル以上の高さから、何も身につけず。
地面は、堅いコンクリート。
木は残念ながら生えていない。
いくらシンジでも、助かるのだろうか。
いや、シンジならどうにか出来るだろう。
(……私は……たぶん)
セイは、自分の事は諦めていた。
銃弾が貫通するようになったのだ。
おそらく、肉体の強度はレベルを上げる前の状態と同じくらいに下がっているのだろう。
ならば、100メートルの高さから落ちたら、待っているのは、死。
(でも……豚に抱きしめられて生きているより、先輩に抱きしめられて死んだ方が、マシ)
セイは、少しでも体をシンジに預けて、言う。
「……先輩は、生きてください」
「え? 何? 聞こえない?」
そろそろ、終わりだ。
地面に落ちる。
セイは目を閉じた。
これが、死の音だろうか。
何か、硬質なモノが割れる音が聞こえてくる。
周囲は、冷たい。
冷たさから逃れるため、セイはシンジの胸に顔を埋めた。
「……あれ?」
いつまで経っても、衝撃が来ない。
地面に激突して起こる、体が砕かれるような衝撃が。
「おーい。常春さん、無事に着陸成功だよ。起きてー」
ぺちぺちとセイは頬を叩かれる。
セイは、恐る恐る目を開けてみた。
「お、良かった。生きてた。大丈夫?」
どこか暢気な、シンジの声。
やすらぎを感じると同時に、疑問も生じる。
「あの、せんぱ……」
「とりあえず、体を治すね。銃弾は『ジョーキー』で取り除けるかな……」
シンジは、浄化魔法の『ジョーキー』と、治癒魔法の『カーフ』を使い、セイの体を治す。
魔法を受けたセイの体は、元通りに治った。
治したセイの体を、シンジは地面に立たせる。
「よし、どこか体に異常はない」
「はい、大丈夫……ですけど」
少し体を動かすセイ。
そのとき、自分が立っている周辺を見てみた。
大量の氷が散らばっている。
これは何だろうか。
「あの、先輩」
「なに?」
「えっと、私たちはどうやって助かったんですか? いくら先輩の道具を使っても、百メートルから落ちたら、ものすごい衝撃がかかるんじゃ」
「ああ、それは『
簡単そうに、シンジは説明する。
「えっと……よく分からないです」
だが、セイにはよく分からない。
「まぁ、まず蒼鹿でこんな形の氷の槍を作るでしょ?」
シンジは蒼鹿を発動させ、蒼鹿に氷柱を纏わせる。
その氷柱は、まさしく木の枝のようないびつな形をしていた。
「で、これを地面に刺していくと……」
シンジは、その氷柱を地面に刺していく。
すると、地面に刺さった氷柱は、ある程度の力を加えると、節々から折れていき、ドンドン短くなってく。
「こんな感じで落ちるときの衝撃を氷に分散させたんだけど……分かった?」
「……え? はい! もちろん!」
セイはやけに元気よく返事を返す。
「……よし」
分かってないな、と思いつつシンジはスルーする。
とにかく、助かった、という事が大切なのだ。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
シンジが歩き出すと、セイもすぐ脇に身を寄せる。
「いや、移動する時は……」
「えへへ……」
嬉しそうなセイの笑顔を見て、シンジは忠告するのを止めた。
さすがに、無粋だろう。
「……そういえば、どこに向かっているんです? マンションの玄関は向こうですけど」
「ああ、とりあえず、アイツをどうにかしないとな」
「アイツ?」
少し歩き、マンションの正面玄関から外れた場所に行くと、そこには木々が立ち並んでいた。
高級マンション、明野ヴィレッジにある木だ。
その一本一本が、綺麗に刈り込まれ、地面に生えている芝生には、ゴミ一つない。
ある場所を除いて。
そこには、大量の枝と葉が落ちていた。
そこには、汚い豚が……人が落ちていた。
「ぐごご……」
明野ヴィレッジの支配者。
カズタカは生きていた。
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