第139話 シンジが生きていた
「……なんで全裸の人が。って死鬼か。なんか見覚えのある人ばっかだな。……保育士のお姉さんまでいるのか」
ジムの中で、全裸でランニングマシンを動かしている、軽く、挨拶を交わした覚えがあるような人たちを見て、シンジは少し困惑した。
中には、かなり印象に残っている人もいる。
コタロウのおっかけをしていた保育士の女性だ。
おっかけというか、半ばストーカーと化していたが。
綺麗な人だったので、コタロウも適当にあしらっていたような思い出がある。
「エロ……い、かな。でも、知っている人ばかりだとちょっと気持ち悪いな。さすがに。気持ち悪いというか……いたたまれない」
シンジは悲しそうに眉を寄せる。
「あー……やっぱり。可愛い子って大変だよな。ゴメン、今助けるから」
豚のような男に押し倒されているセイを見て、シンジはセイと豚のような男、カズタカに、腰に差していた双剣を抜きつつゆっくりと近づいていく。
「な……なんだお前! お前、三十三階から落ちただろうが! 何で生きてんだよ!!」
突然現れた男子高校生、シンジを見て、少し放心していたカズタカは、思い出したように声を張り上げた。
邪魔をするなよ。あり得ないだろ。
怒りと困惑がちょうど半分ずつ混ざったような声だ。
「いや、木の上に落ちて死ぬわけないだろ」
興味が無さそうにシンジは答える。
「き……木?」
人が落ちたとき、その人が死ぬかどうかは、その人が落ちた高さよりもむしろ落ちた場所の方が重要になる。
十メートル以上の高さから落ちたとき、地面がアスファルトなど堅い場所の場合、その死亡率はほぼ百パーセントに近くなるが、土や植え込みになると生存する確立も出てくる。
衝撃が吸収されるからだ。
特に、木はすごい。
飛行機から落ちた人が木に引っかかって生還した、という信じられないような話があるほどだ。
ましてや、シンジは空気を操作して落ちるスピードを軽減出来る上に、身体的な丈夫さも一般人より遙かに高い。
これだけ条件がそろっていれば、死ぬ要素はないだろう。
「とりあえず、常春さんからどけよ、可哀想だろ」
もちろん、こんな事をカズタカに詳しく教える義理はない。
シンジはカズタカにセイから離れるように促す。
「ど、どけ?」
「ああ。だいたい、アンタこそなんだよ。昨日いきなり襲って来たのも、アンタ……」
「え……偉そうな口を聞くなクソガキがぁあああああ!! このゆとりが、ナメるなぁ!!」
突然、カズタカの感情のスイッチが入る。
年下のくせに、ゆとりのくせに、タメ口を聞く。
命令する。
ましてや、『アンタ』と呼ぶなど言語道断。
自分は支配者なのに。
そんな自分に対して偉そうな態度を取るなど、許せるわけがない。
「死ねぇええ!」
銃口をシンジに向け、カズタカは引き金を引いた。
銃声が鳴り響く。
銃弾は、正確に、シンジの脳天に向かって発射された。
「……な、な」
だが、カズタカは、言葉を失っていた。
目の前で、信じられない出来事が起きたからだ。
「……持っている銃はダメか。まだまだ知らない事が多いな。後で掲示板とか確認してみるか……」
カズタカが撃った銃弾は、全て当たってはいた。
シンジ……の前に、彼をかばうようにして立った、白銀のミスリル人形。
『ミスリルタロちゃん』に。
「……な、なんで、なんでタロが! 邪魔するなよ、バカタロ! くそっ! そうだ、バカタロ! そいつを殺せ! 殺してしまえ!」
カズタカは、白銀の人形に命令する。
だが、今までカズタカのあらゆる命令を遂行してきた人形はただうなづくだけだ。
「なにしてんだよ! さっさと殺せぇえええ!!」
カズタカが喚くのを聞きながら、シンジは思い出したように手を打つ。
「ん? ああ、そうか。忘れてた。よし、もう、うなづかなくていいぞ」
そう、シンジが言うと、白銀の人形はうなづくのを止めた。
シンジに言われるがままに。
「なっ……ぐ……」
その様子を見て、カズタカは絶句した。
なぜ、自分の人形がシンジの言うことを聞いているのか。
「お前、まさか、タロちゃんに『命令』しているのか!?」
答えに思い当たったカズタカは、シンジに問いつめる。
「さぁ、どうなんだろうな」
シンジは、そう言って答えをはぐらかす。
「『命令』出来ていたなら、なんでさっきしなかったんだよ……だいたい、このマンションを支配しているのは……」
ぶつぶつとカズタカはつぶやく。
その独り言は、実にうるさい。
その間にシンジは、一歩一歩ゆっくりと歩きながらカズタカに近づいていた。
距離は、あと十メートルほどだ。
「……ふぅ」
カズタカの声がうるさくて、シンジは思わず息を吐いた。
シンジは、少し、自分が落ちた後の事を思い出す。
…………
白銀の人形と共に三十三階から落ちたシンジは、落ちる場所に木々の存在を見つけると、そこに落ちるように『
ただ、いくら空気の抵抗と木々を使って衝撃を和らげての着地といえども、百メートルの落下からの着地だ。
おそらく骨折しているだろう痛みと共に立ち上がったシンジの前に立ちふさがったのは、一緒に落ちた白銀の人形だった。
『
物理的にバラバラにしても平然と動くのだ。
傷ついた体に回復魔法を掛けながら、シンジはとりあえずマンションの中に逃げ込んだ。
マンションの一階に罠が無いことは確認済み。
だが、マンションの中が敵の支配下にあることに変わりはない。
このとき、シンジにはいくつかの選択肢があった。
一つは、どうにかしてこのまま白銀の人形を倒してしまい、そのままマンションを支配している者も倒す。
ただ、この選択肢の欠点は、そもそも白銀の人形の倒し方が分からないということだろう。
氷付けにしてしまい、人形を動きを封じてしまう方法も考えられるが、それは通用しないとシンジは判断した。
それは、白銀の人形が、壁を通過出来るからだ。
これが、白銀の人形固有の能力か、鉄の人形達が持っている能力か分からないが、壁を通過出来るということは、凍り付けにしても、その氷を通過して無効化してしまう可能性は高い。
それに、氷を透過しなくても氷を蹴り砕く程度の力もあるのだ。
白銀の人形を凍らせることは出来ない。
となると、もう一つの選択肢。
白銀の人形を一度シンジの自宅まで誘導し、そこで支配して無力化してしまう。コレが考えられる。
シンジの自宅なら昨日の内にシンジの支配下になっている。
問題は、白銀の人形を支配できるかどうか。
『超内弁慶』の効果でモノを支配するとき、相手の方が強いと支配出来ないという条件がある。
その条件に、白銀の人形が当てはまるかどうか。
おそらく、白銀の人形と、今のシンジは、ほぼ互角……いや、若干、白銀の人形の方が強いかもしれない。
武器を使えばバラバラに出来たが、素手では何も出来ないだろう。
そう考えると白銀の人形が上である。
(けど、たぶん、俺の家にさえ連れ込めば、あの人形は支配できる)
シンジは、そう考えていた。
その根拠は、人形が生きていないからだ。人形が、完全にモノだからだ。
『超内弁慶』の能力は、自室だと思った場所にある生きていないモノを支配する事が出来る。
それが基本的な能力。
例外的に、支配出来なくなるモノがあるが、それは例外的なのだ。
その中の一つが、自分より強いモノ。
しかし、その強いモノ、というのは、何なのだろうか。モノに強さがあるのだろうか。例えば、自動販売機と金庫、どちらが強いか、と区別できるのだろうか。
できるとは、到底思えない。
ならば、やはり例外なのだ。
例外的に、自分より強いモノは、支配できないのだ。
その例外とは、支配しようとする対象。
自分より強くて支配出来なかったのは、実は一つしかない。
そう、死鬼だけ。
シンジが支配出来なかったのは、死鬼の蜘蛛だけだ。
そもそも、死鬼をモノという扱いにすること自体、無理矢理な解釈だと思われる。
死鬼は、生物のように気配もあるし、蘇生薬で生き返らせる事も出来る。
怪我も自力で治せるし、捕食行動もするのだ。
ほとんど生物に近いと考えていいだろう。
ただ、生命反応はない。
だから、ぎりぎり、例外的にモノ扱いになり、そして例外的に、支配をするさいに、強さの条件が加わるのだ。
生物なら、強い弱いという区別がつきやすいから。
なので、おそらく、人形は支配できる。
人形に生命的な反応はいっさいない。
人形はただのモノ、道具だ。
自分の家まで連れこめさえすれば、問題なく、白銀の人形を無力化出来るだろう。
だが、この選択肢の問題点は……
(時間がかかりすぎる。あんまり時間がかかると、常春さんが……)
シンジが感じていた三十六階にいたおそらく敵だと思われる者の気配は、あまり良いものではなかった。
敵が仮に男で、セイがその敵に捕まってしまったら、ロクな事にならないのは目に見えている。
そもそも、この選択肢だと、根本的な解決になっていない。
もし、敵が他に同じような人形を使ってきた時、そのたびに地下の自分の家に戻るのだろうか。
そんな事、出来ると思えないし、それに、それはただの逃げ、だ。
マンションに逃げ込んだシンジを追って、白銀の人形もマンションに入ってきた。
自身の上半身を下半身に乗せて迫ってくる白銀の人形は、一言で言ってホラーだ。
怖い。
その姿を確認したシンジは、人形から距離を取るために走り出す。
シンジは、柱や曲がり角を使い、マンションの中を駆け回る。
このマンションは、シンジの庭だ。
完成し、まだ誰も入居していない時から、父親やコタロウに連れられて隅々まで歩かされているのだ。
だから、支配出来るはずなのだ。
このマンションにいる全てのモノを。
五階まで駆け上がったシンジは、エレベーターの前で自分のiGODを取り出す。
選択肢は、もう一つあった。
だが、それは、危ない賭けでもある。
成功する確証がない上に、それをしてしまうと、シンジは満足に体を動かせない可能性もある。
あの白銀の人形相手に、それは死を意味する。
でも、シンジはその選択を選ぶ。
シンジはiGODを操作し始めた。
なぜ、危険な選択を選んだのか。
その答えは、決まっている。
(……楽しくないよな、逃げの選択は)
シンジが、iGODの操作を終えると同時に、白銀の人形が階段を上ってきた。
シンジは倒れそうになりながら、白銀の人形を迎える。
「止まれ」
そう命令して。
…………
「なんで……そうか、わかったぞ!」
ゆっくりと、たどたどしく歩いているシンジの姿を見て、カズタカは答えにたどり着く。
「お前、職業を変えたな! 『自宅警備士』に! わざわざステータスを下げてまで!」
自信満々に、カズタカはシンジに指を指す。
「『超内弁慶』は、『自宅警備士』同士じゃないと上書き出来ないからな! ぶひゃひゃひゃ! どうだ! そうだろう!!」
勝ち誇ったかのように、カズタカは笑う。
「……」
シンジは、答えない。
シンジの頬に、汗が伝う。
カズタカの推理、答えは合っているのだ。
ちなみに、カズタカのこの知識は、iGODの掲示板によるものだ。
iGODの掲示板には、いくつか、職業や技能について考察している板がある。
そこにあった『自宅警備士』についての検証をカズタカは思い出したのだ。
「わざわざ1000ポイン消費して、馴れない職業になって、バカじゃねーの? これだからゆとりは」
カズタカは、笑いながらシンジに銃を向ける。
「『超内弁慶』の支配力は、ステータスと、職業の熟練度と、距離で決まるんだよん。特に距離は重要で、手で触れたモノは、他の二つの大きさに関わらず、支配できる。大方、『ミスリルタロちゃん』に触って、無理矢理支配したんだろ」
カズタカの背後から、人型のモノが浮かび上がってくる。
それは、銀色に輝く人形達。
計八体。
白銀の人形の前に、シンジたちに襲いかかってきたミスリルではない金属で出来た人形だ。
人形達は、皆氷の弓を構えている。
「驚いた? タロちゃん達は『リーサイ』で元に戻せるんだよ。これだけの数は、いくら『ミスリルタロちゃん』でも防げないからな」
カズタカの笑いは止まらない。
「こっちのタロちゃん達は、僕ちゃんの方が近い。どうやってもお前の命令は受け付けない。残念でしたぁあ」
愉快そうに、カズタカは笑う。
「じゃあ、終わりだ。散々偉そうなマネしやがって、全身穴だらけになりながら……」
「撃て」
シンジの声が、カズタカの声を遮る。
「あ……? あ、あぎゃぁああああああああ」
そのあとに、何か風切り音が聞こえたかと思うと、突然カズタカが叫び始めた。
「痛えぇえええ!?」
カズタカの腕には、氷の矢が刺さっていた。
その氷の矢を撃ったのは、カズタカの後ろに立っている、銀色の人形の一体。
「なんで……なんでぇ……!?」
カズタカの疑問に、シンジは答えない。
答える義理は無いからだ。
カズタカの推理、答えは合っていた。
だが、理由が違う。
カズタカは、シンジが『超内弁慶』を使うために職業を変えたと思っていたが、シンジは職業を変えなくても『超内弁慶』を使うことが出来る。
『自宅警備士』を極めているからだ。
ならなぜ職業を変えたのか。
それは、職業にはどうやらステータスに書かれているモノ以外に、何か特典のようなモノが存在するようだからだ。
シンジがその事に気が付き始めたのは、セイから自分の探知能力の高さを指摘された時だ。
確かに、いくらレベルが上がり、ステータス、身体能力が向上したとしても、三十階以上の高さにいる人物の位置を感知出来るのは、異常すぎる。
シンジは、そのとき、その理由を考え、そしてある仮説を立てた。
それが、職業による隠し特典、隠しボーナスだ。
例えば、魔法使いになれば、魔法を使う際の消費MPが軽減されるなど、ステータスには表示されない特典があるゲームは数多く存在する。
そして、こういった特典は、基本的にその職業の個性的な部分を強化するモノが多い。
シンジがそのとき就いていた職業は、『旅人』。
その固有技能は、『地球図』周りの状況を察知し、正確な地図を作り出す能力だ。
今の異常なほどの感知能力が、この『地球図』を強化するためのモノならば、このゲームのように変わってしまった世界での隠し特典は、その職業の固有技能を補正し、強化するモノなのではないか、シンジはそう考えた。
ただ、この考察は状況から考えた、ただの推論であり、証拠もデータも何も無いものである。
試すには余裕がある状況とはいえなかったし、それに『旅人』の隠し特典が感知能力の向上ならば、それは非常に役に立つモノであった。
シンジが、落とされるまでは。
「いてぇ……いてぇえ……」
カズタカは、自分の腕を押さえてわめき続けている。
そんなカズタカに、シンジは一歩一歩ゆっくりと近づいていく。
汗をかきながら。
この汗は、疲労によるものだ。
『自宅警備士』に職業を変えて、シンジのステータスは半分近くまで低下した。
ステータスを考えると、まだ一般人の倍近い数値はあるだろうが、今までの身体能力が半分になったのだ。
シンジの感覚としては、鉛で出来たウエットスーツを着て動いているようなモノだろう。
だが、それでも『自宅警備士』に変えた効果は絶大だ。
「う……わぁああああああ」
近づいてくるシンジを見て、恐れたのか、シンジに向かって、カズタカが拳銃を発砲する。
しかし、その銃弾はシンジのすぐ横にいた『ミスリルタロちゃん』に防がれてしまう。
「う……ぐうう……」
「終わりだな。あきらめろ。アンタが支配しているモノは、全部俺が支配している」
シンジが言い終えると、カズタカの後ろにいた銀色の人形、それと、周りでスポーツ器具を動かしていた全裸の死鬼の女性達が、器具を動かすのを止めてカズタカの周りを囲み始めた。
もう、カズタカの命令は聞かないと宣言しているかのように。
「ぐ……なんで……僕ちゃんは『自宅警備士』レベル6で……熟練度も8は越えている。なんで、なんで……」
「……」
弱いな、という言葉をシンジは飲み込む。
弱くても、ある程度シンジを追いつめたし、そもそも初めの時点ではシンジはカズタカの支配を越えられなかったのだ。
おそらく、『自宅警備士』の隠し特典は『超内弁慶』の支配力の向上であり、おそらくそれは、同じ『自宅警備士』同士でなくては、戦う事も出来ないほど強力な特典なのだろう。
『自宅警備士』になると、ほとんどのステータスが半分近くになるのだ。
そのリスクを考えると、当然のメリットなのかもしれない。
「ぐぅ……なんでだ……この世界の支配者は俺様のはずだろ……なんで」
カズタカは、ぶつぶつとうめき続けている。
「とりあえず、常春さんから退いてくれないか? 重そうだし。これ以上無駄な抵抗するつもりなら、こっちも……」
「え……偉そうに指図するなぁああああ!」
カズタカは、倒れているセイに銃口を向けた。
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