第135話 人形が襲ってくる

「……ふぅ」


 出すモノを出し、セイは安堵の息を吐いた。

 シンジが栄養薬を飲めるように時間を置いて行動してくれたのはありがたいが、結局このような事態になってしまった。

 我慢できるモノではないと理解しつつも、どこか申し訳ないとセイは思う。


「……よし!」


 身体面としてはスッキリして、セイは準備を整える。

 あと三階上れば敵との戦いだ。

 自分が何が出来るか分からないが、足手まといにならないようにシンジの言うことを聞いて頑張ろう。

 そうすれば、申し訳ないと思う気持ちの面もスッキリとするはずだ。

 そんな決意を胸に、セイはトイレの扉を開く。


「お待たせしまし……たぁあっつ!?」


 開けた途端、セイの視界に高熱の炎が広がる。

 やけどはしなかったがめちゃくちゃ熱い。

 おもわず、セイは芸人のリアクションのような声を出してしまった。


「な……何が」


「常春さん、下がって! 俺の後ろ!」


 困惑しているセイに、シンジの指示が飛ぶ。


「え……きゃあっ!?」


 指示の内容を、聞き返そうとした時、再び炎があがる。

 今度はちゃんと女性のような声を出せたセイ。

 とりあえずシンジの後ろに『分身』と並んで立つ。


「ど……どう、何がどうなって……?」


「敵だよ。玄関の外」


「げ、玄関?」


 セイは、シンジが言っているこの部屋の玄関に目をやる。


「な、何ですか、あれ」


 そこには、銀色に輝くまるでロボットのような人形立っていた。

 大きさは平均的な成人男性と同じくらいだろうか。

 そんな人形が、氷で出来た弓をつがえて立っている。


「さぁ? なんだろう……ね!」


 銀色の人形が、氷で出来た弓から氷の矢を放つ。

 その矢をセイの問いに答えながら、シンジは紅馬で溶かして迎撃する。


「なんだろうねって、アレが何か分からないんですか?」


「知らないよ。まぁ、ゴーレムとかそこら辺の類のモノじゃないの? とにかく、アレは敵だ。今から停止させるから、常春さんは自分の身と『分身』を守ってて」


「え?」


 あっさりと、言ってのけたシンジは、再び飛んできた氷の矢を防ぐ。


「停止って、どうやって……」


「えーっと……そういえば、これ、技名が無かった。くそう……とりあえず、えいやっ!」


 セイの問いに答えようとし、その答えを簡潔に出来るその技の名前がまだ無いことにへこみながら、シンジは放った。


 その技は、シンジがセイを助けた時に使った技で、ハイソとの戦いの時にも使った技。


 紅馬でもう一つの短剣である蒼鹿の柄を打ち、炎の爆発力で弾丸のように蒼鹿を弾き飛ばす技。


 技の名前はまだ無い。


 そんな技だが、威力の高さは折り紙付き。

 銀色の人形が放った氷の矢を、粉々に打ち砕きながら蒼鹿は飛んでいき、そして銀色の人形の胸部に突き刺さる。


「凍ってろ」


 そのシンジの言葉と共に、人形の体は凍り始め、完全に凍結し、人形の動きを停止させた。


「……ふぅ。怪我はないよね?」


 飛んでいった蒼鹿を、繋いでいる鞭を使って回収しながら、シンジは、横目で、セイの様子を確認する。


「はい。大丈夫です」


 シンジの問いに、セイは元気よく返事を返す。


 氷の矢。

 最初に襲われた時のような弾幕を張られたらこちらも怪我を負ったかもしれないが、そんな事はなく何も問題なく倒せた。


「……ん?」


 少し、ひっかかりを感じるシンジ。


「どうしました?」


 シンジの様子が気になった、セイが声をかけた。

 その時だった。


「いや……避けろ!」


「え?」


 言いながら、シンジはセイを突き飛ばす。


「きゃっ!?」


 突然突き飛ばされ、廊下の壁にぶつかったセイは、悲鳴を上げる。

 何が起きたのか。


「……先輩!?」


 確認しようとセイはすぐにシンジの方を向き、そして驚きの声を上げた。


「……ぐぅぅ」


 堪えるような、声を漏らしているシンジの右腕に、氷の矢が突き刺さっている。

 透明な矢は、シンジの血で赤く染まっていた。


「何が……」


 シンジの怪我の原因を探ろうとし、セイはすぐにその原因を特定した。


「……なんで、いつの間に」


 セイの目線の先。

 廊下の先にあるリビングに、先ほどの機械人形とまったく同じ人形が三体、並んでいた。


 同じように、三体とも氷の弓を構えている。


「逃げるよ!」


 状況を不利だとシンジが判断したと同時に、氷の矢が飛んできた。

 昨日よりは少ないが、だが雨のような弾幕である。


「ちっ!」


 シンジは、とっさに蒼鹿を廊下の壁に突き刺す。

 すると、みるみるうちに凍り付き、氷の壁を作り出した。

 氷の矢の弾幕は、氷の壁に阻まれシンジ達の元へは届かない。


「……行くよ」


「は、はい!」


 その隙に、シンジ達は部屋から逃げ出す。


「あの……お怪我は大丈夫ですか?」


 廊下を走り、玄関を出ながらセイはシンジに聞く。

 まだ、シンジの右腕には矢が刺さっていた。

 それが、非常に痛々しくて、辛い。


「大丈夫。それより……」


 セイの前を走っていたシンジが、足を止める。


「あっ……」


 シンジ達が向かおうとしていた先、階段の上には、また機械人形がいた。

 今度は、五体。

 もちろん、皆氷の弓を持っている。


「くそっ!」


 セイとシンジは、慌てて三十三階の通路の方に身を隠す。

 セイの『分身』ももちろん一緒に。


 隠れた後に、シンジ達がいた場所に氷の矢が降り注いだ。

 あっと言う間に、コンクリートで出来た床が、氷で埋め尽くされていく。


「な……なんで、何体いるんですか!? アレ!」


「知らねーよ!!」


 絶え間なく降り注ぐ氷の矢の音に負けないように声を張り上げるセイとシンジ。


「ど、どうするんですか? このままだと階段を上る事は出来ませんよ」


「分かっている!」


 言いながら、シンジは周囲をキョロキョロと見渡す。

 警戒しているというより、何かを探している様子だ。

 シンジも、現状の打開策を模索しているのだ。


 セイも、シンジと同じように周囲を見る。

 そして、自分たちが隠れている通路の、階段を挟んで向こう側の通路に、あるモノを見つけた。


「せ、先輩。エレベーター。エレベーターは? 動かせないなら、先輩が命令して……」


「もう、命令したよ。命令は効かない。命令してもこのマンションのモノは動かない」


「え?」


 苦々しい顔をして、シンジは答える。


「このエレベーターも、さっきの部屋の鍵も、機械人形も、全部命令してみたけど、全然効かない」


「そんな……」


『自宅警備士』の『超内弁慶』は、自室だと思った場所にあるモノに命令して操る能力。

 モノなら、生き物の死体……死鬼さえ操れる。

 それが、命令している本人よりも弱いモノならばだ。


「な、なんで効かないんですか?」


「さぁ? 三十六階にいる奴が『自宅警備士』で、俺より強いとかそんな理由じゃねーの? 気配は弱そうな奴なんだけど……」


 シンジも、分からない。

 なぜ自分の『超内弁慶』が効かないのか。

 階段を登りながら考えてはいたが、結論は出ていないのだ。

 とにかく、優先順位は、現状の打破だ。

 まずは、階段にいる機械人形達をどうにかしなくてはならない。


 シンジは、蒼鹿を構える。


 機械人形が凍るのは、実証済み。

 ここから少し距離はあるが、蒼鹿を壁に刺して凍らせてみるのが得策だろうとシンジは判断する。


 階段を凍らせてしまうと、登りにくくなり、追撃が来てしまうとどうにもならないが、部屋の中に閉じこめた人形達も、いつ氷の壁を壊してこちらにやってくるか分からない。


 時間は無い。


 とりあえず、やってみようとシンジが決断する。


 そんなシンジを、セイは見ていた。

 腕にはまだ氷の矢が刺さっているのに、それを気にしている様子は全くない。

 

 集中力。

 それが桁違いなのだろう。


 人形の対処はセイには出来ない。

 とりあえずシンジの怪我をどうにかした方がいいだろう。

 セイが回復薬をアイテムボックスから取出そうとしたときだ。

 セイは、自分の脚の違和感に気付く。


「なっ!?」


 セイのくるぶし。

 そこを、金属の手に握られていた。

 床から生えていた手に、握られていた。


「きゃっ!」


「常春さん!?」


 手が、移動する。

 床から壁に。

 それに引きずられて、セイの体も移動する。

 持ち上がる。


 「きゃあっ!? ちょ、ちょっと!」


 セイは慌ててスカートを押さえる。


 ちょうど、人の背の高さ辺りまで来たところで、手の移動は止まった。

 そして、手が、徐々に壁から抜け出てくる。

 手の次は頭、首、肩、腹部。


 セイを逆さまに宙づりしながら、出てきたのは金属で出来た人形だった。


 だが、先ほど部屋で相対したモノや、階段で氷の矢を打ち続けているモノと、少し違う。


 まずは、大きさがこちらの方が頭一つ分階段にいる人形よりも大きいし、それに何より、体の輝きが違った。


 階段にいる人形達の体の色をアルミホイルなどと同じ様な銀色だとするならば、こちらの人形の体は、白銀、とでもいうだろうか。


 どこか、息を飲むような、銀色で輝いている。


「……うおらぁあ!」


 その、人形の体の正体に気付いたシンジは駆け寄ると、左手に持っていた蒼鹿を渾身の力で人形の白銀の体に突き立てた。


「……くそっ!」


 だが、利き腕ではない左腕での攻撃とはいえ、白銀の人形には傷一つ付いていなかった。


「……ミスリルかよ!」


 ミスリルで出来た人形がシンジに向けて腕を振る。

 それをシンジは軽々と避ける。


「せ、先輩!」


 羞恥でスカートを押さえていたセイは、赤く染まった顔を引き締める。

 恥ずかしがっている場合では無い。


「……やぁああ!!」

 スカートを押さえていた手を離し、セイは両手でミスリルの短剣をミスリル人形に突き立てた。

 セイの白いパンツが丸見えになるが、セイは一切気にしない。


 恥も何もかもかなぐり捨てた攻撃であったが、それでもミスリルで出来た人形に傷を付けることは出来なかった。


 シンジの攻撃でも傷が付かないのだ。

 セイの攻撃でどうにかなるわけがない。


「ちっ!」


 セイの『分身』も加わり攻撃するが効果は無い。

 『分身』の攻撃力はセイと同程度だ。

 当然だろう。


「……ふぅ」


 その様子を見ていたシンジは、息を吐く。

 トントンとリズムを刻み、意識を世界に広げていく。

 今のシンジでは、あのミスリル人形に傷をつける事は出来ない。

 なら、変える。自分を。意識を。世界を。


(……あれは?)


 攻撃しながら、セイはシンジの変化を見ていた。

 あれは見たことがある。


(触手と闘ったときの……)


 芸術的までに身体を動かした呼吸法。

 

(やっぱり、あれは……)


 シンジの体が、消える。

 身体的な能力ではなく、ただ身体の使い方で自分の速度を上げたシンジは、ミスリル人形に肉薄していた。


「……」


 ミスリル人形は機械的にシンジを迎撃しようとするが、その腕を上げた時には、すでにシンジはミスリル人形の背後にいた。


「……」


 ミスリル人形は振り返るが、その時点ですでに終わっている。


 いつの間にかミスリル人形の腕と胴体には、シンジの短剣をつなぐ緑色のロープ。


 『龍髭乃鞭』が巻き付いていたのだ。


 鋼鉄を軽々と切り裂く鞭が、ミスリルも切り落とす。


 胴体と腕を切り離されたミスリル人形はセイから手を離し、床に倒れた。


「……先輩!」


 セイはすぐにシンジに駆け寄る。


「ああ、常春さん。無事だった? 怪我してない?」


「私は大丈夫ですけど……」


 セイはシンジのまだ氷の矢が刺さっている腕を見て、顔をゆがめる。


「……ん? ああパンツの事なら気にしないで、あんなバトル中にじっくり見るなんて無粋な真似していないから」


「そんな話はしていません!!」


 セイは顔を真っ赤にして怒る。


「……ああ、でも集中していたから、ゴメン、目に焼き付いているよ。どうしよう、めっちゃ可愛いパンツだったから……」


「可愛っ!? もう! パンツから話題を変えてください!」


 セイの顔はもう茹ダコのように火照っていた。


「そんなことより、まずは先輩の腕を治しましょう。回復薬を……」


「大丈夫だよ。それより……」


「大丈夫じゃ無いです!」


 セイは声を荒げる。


「でも、氷の壁も持たないし、早くここから逃げた方が……」

「逃げるにしても、お怪我を治した方がいいでしょう? あんな無理をして……」


 セイは悲しそうに目を伏せて回復薬を取出す。


「……無理?」


「さっきの戦いでしていた呼吸法ですよ。あれをしたら、相当お体に負担があったはずです。右腕が使えたらアレをする必要もなかったはずですよね?」


シンジがミスリル人形に苦戦した理由は、利き腕が使えなかったからだ。

利き腕が使えたら、もっと楽に倒せていただろう。


「……まぁ、そうかもだけど。けど、負担? 呼吸法なんて、俺……」


 突如、シンジの体が宙に浮いた。


「なっ!?」

「えっ!?」


 二人が驚愕の声を上げたときには、シンジの体が宙に浮いたまま連れて行かれる。


「……これは!?」


 自身の体を浮かせているモノの正体。

 それをシンジはすぐに理解する。


「……人形!?」


 いつの間にか、さきほど倒したはずのミスリル人形の上半身が消えていた。


(……そうか! こいつは床を透過してきた。足が無くても……下半身がなくても、移動出来る!)


 セイが足首を掴まれたとき、ミスリル人形は床から手を出していた。

 おそらく、物質を透過して移動出来る能力があるのだろう。

 そして、その時は移動に足を使う必要がないと思われる。 

 

 シンジがそこまでの考察を終えると、人形はすでにマンションの壁に到着していた。


 その先に広がるのは、地上100メートル以上の高さからの絶景。



 自然を楽しむために作られたこのマンションは、通路から自然の景色が楽しめるようになっている。

 なので、当然、その通路の壁は人の胸元程度の高さしかなく、そこから上は何もない。


 あるのは、外だ。


 三十三階の高さがある、外だ。


 そのまま、シンジを抱えてミスリル人形は外へと飛び出す。


「くっ!」


 シンジはすぐさま持っていた蒼鹿を発動させる。

 蒼鹿から氷が伸び、マンションの壁に突き刺さる。

 氷が、シンジの落下を阻止した。


「よし、これで……!」


 助かった。そう思った時だ。


 マンションに刺さった氷が、砕かれた。

 同時に、ミスリル人形の下半身が飛び出てくる。


「……お前もかよ!」


 上半身が動けて、下半身が動けない理由は無い。

 下半身がマンションを透過しながら移動し、シンジが突き刺した氷を砕いたのだ。


 シンジは慌てて蒼鹿を発動させようとする。


「……がっ!?」


 だが、それは出来なかった。

 ミスリル人形の下半身が、自分の残っていた腕を……シンジが切り落としていた腕を、蹴りつけてきたからだ。


「……やべっ」


「……先輩!」


 シンジは、そのままミスリル人形と共に33階の高さから地上へと落ちていった。


  




 

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