第134話 限界が近い

 それから日が十分に昇り、朝から昼に変わろうとする頃、シンジ達は三十三階に到着した。

 時間にして三~四時間程度。

 わずか三十三階の階段を上るにしては、シンジたちにしても、一般的にしても、時間がかかりすぎているだろう。

 もちろん、それには理由がある。


 あの後、セイが新しく出した『分身』は十一階に上る階段にあった罠にかからなかった。

 罠はどうやら一度作動すると使えなくなるタイプのモノだったようだ。

 そのことを確認したシンジ達は、『分身』を先頭にして階段を上り続けた。


 だが、十一階以降、階段付近に仕掛けられている罠の数が急増し始めた。

 十階まで一つも設置されていなかったのに、十一階以降は、十七階に一つ。続いて二十二階、二十五階、二十六階……三十二階から三十三階には、一メートルおきに罠が置いてあるような状況になっていた。

 罠は、どうやら限りなく人に近いモノが近づかない限り作動しないようで、例えば人型の氷を罠の上に放り投げても罠を作動させる事が出来なかった。


 なので、罠を起動させて解除するためにはセイの『分身』が必要で、そのたびにシンジ達は足止めを食らってしまう。


 セイに問題が生じるからだ。

『分身』を使えるようにする栄養薬は、一瓶100P。

 買えないポイントではなく、それが問題ではない。


 問題は、栄養薬は回復薬と同じ様な瓶に入った液体であるということだ。


 瓶自体は人差し指程度の大きさで、一本に入っている薬の量も大したことはない。

 せいぜい数十ミリリットル程度であろう。

 だが、仮に一本に五十ミリリットルの薬が入っていたとして、それを十本飲めば五百ミリリットル。


 ペットボトル一本分だ。


 栄養薬を飲むことに、ゲームのようなペナルティは無い。

 また副作用も無い。


 だが、問題は生じる。

 人の消化器官は、無限ではないのだ。

 そのことは、シンジも予見していた。

 なので、罠にかかる度にセイのSPを自然回復させて、ゆっくりと階段を上っていたのだが……


「うぅぅぅ……すみません」


「いや、いいよ」


 結局、問題が生じてしまう。


 セイにSPを自然回復させていたといっても、SPの回復はどうやら精々一時間に200~300程度のようであり、どうしても栄養薬を飲ませないわけにはいかなかった。


 結果として、三十三階に来るまでの間に三十本以上、セイは栄養薬を飲むことになった。


 となると、問題は……


「も……もう、我慢できません」


 セイは顔を真っ赤にして前を歩いているシンジの肩を掴む。

 その顔は、必死だ。


「わかったから。後少しだから」


 そんなセイをなだめつつ、シンジはセイの『分身』を追い越し、階段から一番近い部屋の扉に向かう。


 鍵は掛かっている。


「……ダメか。じゃあ、『アーキー』」


 一応確認し、開かなかった扉にむかってシンジは解錠の魔法を唱える。


 カチャリと鍵が外れる音が聞こえた。

 魔法は効果があったようだ。

 扉を開き、シンジは部屋の中に入る。


 一応、高級マンション明野ヴィレッジ。

 部屋の中は綺麗に整頓され、住んでいた者の品の良さが所々現れている。


「うぅぅうううう……」


 部屋に入って、数秒足を止めていたシンジの背後で、セイが、呻く。


「ああ……ごめんごめん。えっと、こっちかな」


 特に罠や敵の気配を感じなかったシンジは、部屋の中に入っていく。

 廊下の先には、広いリビング。

 ベランダも見える。

 だが、目的地は違う。

 シンジが足を止めたのは、リビングに向かう廊下の途中にある扉の前。


「ここじゃない?」


「し、失礼します!」


 自身の『分身』とシンジを押しやるように追い越し、セイは慌てた様子でその扉の中に入る。


「……ごゆっくり」


 その言葉をかき消すように、セイが閉めた扉の音が響く。

 その振動で、『トイレ』と書かれた扉に付いている標識が、激しく揺れた。


 1・5リットル以上の液体を飲んだのだ。

 出したいモノが、当然あるだろう。

 そのことにシンジは不満はない。

 有るはずがない。

 セイが栄養薬を飲んで、『分身』を出してくれなければ、罠を解除する事は出来なかったのだから。


 なので、不満はないが……不安はある。


「……」


 シンジは、気配を探り始めた。


 すぐ近くのセイの気配はなるべく気にしないであげて、三階上の人と死鬼の気配を探る。

 何も変わらない。


 動いていない。

 そして、それ以外に生き物の気配は、無い。


 シンジは、隣に立っているセイの『分身』を横目で見た。


 こちらも、変わらない。

 切れ長の目、世の女性がうらやみ男性は興奮する、バスト、ウエスト、ヒップのライン、傷一つ無い白く透明感のある肌。

 本体であるセイと、何一つ変わらない容姿である。


 そんな『分身』は、立ったまま身動き一つしない。


 セイが歩いておらず、新しい命令もしていないからだろう。

 おそらく、どんな事があっても、何をしても、この『分身』はセイの命令が無い限り動かないはずだ。


 動けないはずだ。


 そう思ったシンジは左手で、セイの『分身』の肩を抱き、引き寄せる。


 何のために?


 決まっている。




 左手に『分身』の柔らかい肉体を感じながら、シンジは右手に持っていた炎の短剣朱馬を発動させる。


 朱馬から発生した燃え上がる炎は、蒸発させた。

 突然飛来してきていた、氷の矢。

 昨日、マンションから放たれたモノと同じモノ。

 シンジは、入るときに開けたままにしておいた玄関の扉の先を見る。


 そこには、人影があった。


 全身が銀色に鈍く輝いている、人型のモノ。


 機械人形。


 そんな言葉が当てはまる物体。


「……なるほど」


 これが答えだと、シンジは理解する。


 うっすらと感じていた、不安の答え。

 気配は、変わっていない。

 今も、三階上に、一人の気配がある。

 死鬼の気配もある。

 そして、扉の先、玄関の外に立っているモノの気配は、ない。


 呼吸、心臓、その他体が動く音。

 臭い。

 体温。

 それらの総合が気配とするならば、気配とは、究極的に言えば、命なのだろう。

 ならば、命の無い人形に、気配は無い。


 その気配が読めなかった理由の回答を得ながら、シンジはセイの『分身』を背後に追いやり、玄関の外にいる人形と対峙した。


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