第133話 出来る事が違う

「ふぅ……」


 それから、しばらく歩き、十階付近に到達した頃、シンジは息を吐いた。


「どうかしたんですか?」


 少し疲れているような、そんな様子を見せたシンジを気遣いセイが声をかける。


「いや、何でもない」


 そのセイに対し返答しながら、シンジは本当に何でもないのだと自分に言い聞かせていた。

 今のシンジは、前方にセイの『分身』後方にセイの『本体』がいる、という状況なのだが、ただそれぞれの言葉に『すぐそばに』という言葉が付く状況である。


 後ろからグイグイと迫ってくるセイと少しでも距離を広げようとした結果、前のセイの『分身』との距離が詰まり、挟まれてしまった今の状況なのだが、この状況、実に疲れるモノだ。


 シンジとしては罠や敵の感知に労力を使いたい所なのだが、どうしても気が散ってしまうからだ。


 目をこらそうとすれば、セイの『分身』の出る所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいる肢体が目に入るし、臭いを気にすれば前後から甘い香りが漂い、耳を澄ませば、『分身』を使用してSPを消費しているセイから、少し荒れた息づかいが聞こえてくる。


 前門の虎後門の狼……もとい、前門の美少女後門の美少女である。


 通常の、平和な世界ならば今のシンジの状況は幸運としか言えない状況なのかもしれないが、今は、ただ疲れるだけである。


 しかし、だ。


「……ストップ」


 再び、突然立ち止まるシンジ。


「きゃっ」


 そして、再び、シンジにぶつかるセイ。

 顔は背中に、両手は腰に。

 今度は前回の反省を活かし、ちゃんとシンジに抱きつくようにしてぶつかっているあたり、中々重傷である。


「……ふぅ」


 そんなセイのぶつかりに、努めて反応しないよう、シンジは息を吐く。

 セイの顔が背中に、両手が腰にあるということは、セイの豊満な部分は、シンジの腰付近に押しつけられているのだ。

 それに反応している状況ではないし、反応して良い状態でもない。


「……だから近すぎるって」


 シンジは、なんとか耐える。


「すみません」


 照れくさそうに、しかしうれしそうにしながら、セイはシンジから離れる。

 少しだけだが。


「……それで、どうしたんですか?」


 まだ、照れくさそうに頬を染めているセイがシンジに訪ねる。


「ちょっとこの先にね」


 シンジは、正面に立っているセイの『分身』に目を向ける。

 シンジ達が立ち止まったことで、『分身』も自動的に立ち止まったようである。

 おそらく、セイが『分身』を動かしている時に、無意識のうちに今の距離感を保つように動かしていたので止まったのだろう。

 本当に、かなり融通が利く『分身』である。


「この先……」


 セイは、立っている場所をずらして、階段の先を見てみた。

 そこは、十一階の踊り場で、何か不自然な点はない。

 ただ、コンクリートの廊下が見えるだけである。


「先って、何かあるんですか?」


 セイも、注意深く辺りを観察してみるが、特に異常はない。

 感じない。

 敵が潜んでいるような気配は一切無いのだ。


「うーん……とにかく、『分身』を先に行かせて。そうすれば分かるから」


「はぁ……じゃあ、進め」


 セイは、とりあえずシンジに言われたとおりに『分身』を先に行かせることにした。

 セイの『分身』が、階段を上っていく。

 何事もなく。

 そして、踊り場を越えて、十二階に向かう階段を踏み出した時。


「……え?」


 急に、セイの『分身』が姿を消した。


「え……なんで?」


「やっぱあったか」


 突然消えたセイの『分身』に、セイは驚く。


「何が、起こったんですか?」


 動揺など一切なく、むしろ納得しているシンジに、セイは疑問の答えを求めた。


「見たまんまだよ。踊り場付近に罠があって、その罠に『分身』が引っかかったんだよ」


 さらりと、当然のように答えるシンジ。


「罠って……」


「たぶん、『分身』はどこかに移動させられたんじゃないかな? 仕掛けた奴らがいる場所とか。ゲームとかだとよくあるし……それに今の状況だとかなり有効なタイプの罠だし」


 戦力を分断するだけでかなり効果的であろうが、それ以外にも、情報を聞き出す、人質にするなど、二人組の片方を移動させ、自分たちのエリアに連れてくることが出来れば、相手に対して圧倒的に優位に立つことが出来るだろう。

 そんな罠も、『分身』によってあっけなく無効化されたのだが。


「……追撃はなし。周りに気配も無い、か。そうだ。せっかくだから、常春さん『分身』を暴れさせて」


「え?」


「『分身』が相手の場所にいるなら、暴れることで正確が位置が分かるかもしれないし、相手を倒すことが出来るかも」


「え……ああ、なるほど。分かりました」


 突然の罠と、シンジの突拍子の無い提案に少し困惑していたセイだが、すぐに理解して言われたとおり『分身』に命令する。


『暴れて、近くの敵を倒せ』と。


 だが、命令して少し時間が経っても、どこからも何か暴れているような音は聞こえてこない。


「……どうしたんでしょうか」


「あー……常春さん、SPってどうなっている?」


 シンジに言われ、セイは自分のiGODからステータスを確認してみる。


「えっと……103です」


「減ってない?」


「はい、減って……あ」


 そこで、セイは気付く。


「SPが減らないです。103のまま……あ、回復して104になりました。ということは……」


「『分身』が消えたんだろうね。罠にかかったからか、常春さんから離れすぎて使えなくなったのか。多分後者かな? 使える距離までは実験してなかったからな……」


 シンジは、考え込むように腕を組む。


「あの……先輩」


 そんなシンジにセイが声をかける。

 シンジの考察の邪魔をしてはいけないと思いつつ、セイの中にある疑問と……劣等感が、セイに声をかけさせた。


「何?」


「……なんで罠があるって分かったんですか? 私は全然気付かなかったのに」


「なんでって、あの場所から違和感を感じたから」


 簡単に、当たり前のように答えるシンジ。

 答えた後、考察するようにあさっての方向を向いてしまう。


 違和感。


 そのようなモノ、セイは一切感じなかった。

 少なくても、見た目は何も無かったはずだ。


「……やっぱり、先輩はスゴいですね。罠もですけど、敵が三十階付近にいることも看破されて、私なんかとは全然……」


「……え?」


 ぽつりとつぶやいたセイの言葉に、シンジが反応する。


「……? どうしました?」


「いや……もしかして、気配とか感じなかったの? 三十階……いや正確には三六階に人が一人と、二十体近くの死鬼がいるんだけど」


 隠す気もない、バレバレの気配をシンジはこのマンションに入ってからずっと感じてきている。

 あまりにさらけ出されているその気配に、シンジは囮か罠だと疑ってしまっているほどなのだが。


「はい……申し訳ありません。私も数メートル離れている死鬼や人の気配はわかりますけど、流石に十階以上離れている人の気配なんて、分からないです」


 申し訳なさそうに、セイは答える。


「そうか……」


 セイの言うことは本当だろう。

 そして、自分の方が異常だと、シンジは理解する。

 レベルが上がり、感覚が鋭くなったから出来るようになった感知だと思っていたが、それでも階層が違う人物達の気配を感じ取れるのは、異常だ。


「というか、先輩は、iGODの地図を使って敵の居場所が分かったんじゃないですか?」


 セイの言っている地図は旅人の技能『地球図』のことだ。

 半径一キロの正確な地図と、死鬼などの位置情報を教えてくれる。


「いや、単純に感じ取っただけだから……そういえば、地図があったな」


 思い出したように、シンジが答える。

 簡単に人の位置を感じ取れてしまい、逆に地図の存在を忘れてしまっていたのだ。

 こういうところが、抜けている。


「えっと……あ、青い丸がある。敵味方関係無く人に反応するのか。三十六階に青い丸が一つと、赤い丸が……十八個。罠の位置情報とかまでは載ってないな。流石に」


 シンジは制服の内ポケットからiGODを取り出して地図を確認し、そして元の場所に戻す。


「ということは、敵はその一人と死鬼だけということですか?」


「いや、昨日のコマベエみたいに、気配を消されていると反応しないからね。地図の情報はあんまり信用しないほうが良いと思う」


「そう……ですか」


 否定され、気配を感じ取れなくて申し訳なく思っていたセイはさらに落ち込んでしまう。

 そんな、最早見慣れてしまった光景に内心でため息をしながら、シンジはセイに栄養薬を数本追加で渡す。


「というわけで、これからも今までどおり『分身』を使って進んで行こうか。とりあえず、まずは『分身』を出して、さっきの罠の上を通らせて。何回でも作動するのか確認したいから」


 セイは、シンジから栄養薬を受け取る。申し訳なさそうに。


「……これは、常春さんにしか出来ないことだからね」


「はい?」


「『分身』は常春さんにしか出来ないから。俺は感知するけど、『分身』して、罠を起動させたり出来ない。だから、俺は常春さんを頼りにしている」


「頼り……」


「そう。じゃあ進もうか。『分身』出して」


「……はい!」


 素直に、明るくなるセイ。

 そんなセイの素直さ……簡単さに、シンジは少しだけ胸が痛むのだ。

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