第132話 分身が歩く

 カチャカチャと、部屋に響く何かを叩く音。


 醜悪な肉体を、何も身につけずむき出しにしている男。

 カズタカはパソコン型のiGODを操作している。


「ふぁあう……くそっ、こんな時間に来やがって、だからガキは嫌いなんだよ。早起きして得があるとか勘違いしてんじゃねーよ」


 時間は朝の七時少し前。

 普通に定職に就いてる者ならば起きていても不思議ではない時間でも、ニートであったカズタカには、早すぎる時間。

 そんな時間に鳴り響いた警告音に、カズタカは起こされた。


 侵入者が現れたからだ。

 昨日逃してしまった高校生二人組。

 巨乳のJKと、男子高校生。

 彼らが、マンションの地下に現れた。

 一応、彼らの対策は昨日のうちに設定しているが念のためカズタカは起きてきた。

 昨日逃してしまったように、不測の事態という事が起きるかもしれないからだ。


「……地下にいない。もう階段を上ったのか、めんどくせーな」


 舌打ちをして、カズタカはパソコンの画面を切り替える。

 そこに表示されていたのは、二組の男女。

 昨日の高校生たちだ。


「いたいた……馬鹿みたいに立ってやがる。だからゆとりのクズは……ん?」


 カズタカは高校生たちの様子をよく見ようとカメラを操作し、そして動きを止めた。


「マジかよ……」


 その画面に映し出されていたのは、二人の高校生のうちの、女の子の方。


 巨乳のJK。

 彼女の胸の大きさや、スタイルの良さは昨日の映像で分かっていた。

 なので、昨日は遠すぎてよく判断出来なかった巨乳JKの顔の美醜を見ようとカメラを操作したのだが


「……キタ。……キタキタキタキタキタキタ!!!」


 カズタカのパソコンには、巨乳JKの笑みが映し出されていた。

 白い肌に、高すぎず、でも綺麗に通った鼻筋。

 微笑んでいて分かりにくいが、だが美しい切れ長の目。


 間違いなく、彼女は美少女だった。

 それも、カズタカが選りすぐった女性達の中の誰よりも。


 そんな少女が両手を軽く握り、顔の横でガッツポーズをしている。

 なんと愛らしい。


 カズタカの興奮は高まっていく。


「やっべぇ天使、マジ天使。巨乳で美少女って、何ですかそれ! イチカたんを越えた天使が俺の元にやってキターーーーーーー!!」


 カズタカは、慌ただしくパソコンを操作し始める。


「絶対生け捕りにしてやる。まっててね美少女巨乳JKたん。可愛がってあげるから……」


 カズタカの眠気など、完全にどこかにいってしまった。

 巨乳JK……セイを捕まえるために、カズタカはさらに準備を進める。





「……ストップ」


 一階のエントランスからエレベーターの近くにあった階段を上ろうとした途端、シンジが立ち止まる。


「きゃっ」


 シンジのすぐ後ろを歩いていたセイは、突然立ち止まったシンジの背中にぶつかった。


「……だから近すぎるって」


「すみません」


 謝りながら、少しだけラッキーと思うセイ。

 この距離を保ちながら歩こうと心に誓う。


「……まぁ、いいや。とりあえず、常春さん、『分身』出して」


「え……『分身』ですか?」


 突如言われたシンジの指示。


『分身』は、昨日セイが拾得した『くノ一』の固有技能だ。

 効果は、自分を模した分身を生み出す。

 セイは、一応、昨日走っている間に『分身』を使ってみている。


 ただし、一回だけだ。

 その理由は簡単。


「『分身』は、使うと私動けなくなるんですけど。疲れちゃって」


『分身』は、使用するとSPを大量に消費してしまうのだ。

 消費するSPは、今のセイなら一体で250P。

 セイのSPのほぼ全てだ。


 さらに、分身を継続させるのに一秒ごとに3P、SPを消費する。

 これらの消費SPは使い慣れていくことで少なくなると思われるが、現状では大変コストのかかる技能である。

 なので、セイが『分身』の使用を戸惑うのも当然の反応であろう。


「大丈夫。SPを回復するアイテムは準備しているから。とにかく、『分身』を出して、先に階段を歩かせて」


 そう言って、シンジはセイに回復薬と似たような小瓶を見せる。

 制服のどこかに仕込んでいたのだろう。

 シンジの準備の良さに感心し、セイは『分身』を使うことにする。


 疲れて動けなくなるとシンジに迷惑をかけてしまうかもしれないと思っていたのだが、その理由が無くなった以上、セイにシンジの指示を逆らうという選択は無い。


「分かりました……じゃあ、使いますね。『分身』!」


 セイが技能の名前を言うと同時に、セイの体が淡く光る。

 そして、その光は徐々に、具体的な存在感を高めていき、五秒ほどでセイの姿形にそっくりな人形に姿を変える。


「……あっ」


『分身』を作り終えた途端、セイは膝から崩れるようにその場に座り込んだ。

 フルマラソンを全力で走り終えたような疲労が、セイの体を襲いだす。


「ほら、『栄養薬』飲める?」


 シンジは、座り込んだセイに近づき、SPを回復させる薬、『栄養薬』を手渡す。


「あ……ありがとう……ございます」


 力なく頭を下げた後、セイは『栄養薬』を飲み干す。


「……ふぅ」


 薬を飲み終え、セイは何事も無かったかのように立ち上がる。

 飲んだだけで疲労が無くなる薬。便利なモノだ。

 変わる前の世界ならば、そういった薬は心身に悪影響を及ぼす危険な薬物しかなさそうであるが『栄養薬』にそういったリスクはなさそうである。


「大丈夫? 動けそう?」


「はい。問題ありません」


 自身の元気をアピールするかのように、セイはシンジの前で飛び跳ねて見せる。

 ゆさゆさと揺らしながら、可愛らしく。


「……じゃあ、行こうか」


 そんなセイの仕草に対し特にコメントせずにシンジは目線を階段に移す。

 それどころではないのだ。


「先に、『分身』を先行させて。その後を俺、常春さんの順番で。疲れたら、これ飲んで」


 シンジは、セイに『栄養薬』を数本渡す。


「はい。分かりました」


 セイは笑顔で『栄養薬』を受け取り、大切そうにリュックの中に入れる。


「疲れたらすぐに飲めるように、ポケットに入れた方が便利だと思うけど」


 その様子を見て、シンジはすかさず指摘する。


「あ……そうです、よね」


 指摘され、セイはリュックの中に入れた『栄養薬』を取り出して制服の上着のポケットに入れる。

 少しだけ、残念そうに。


「行くよ。『分身』を動かして」


「はい」


 セイと姿形が全く一緒の、セイの『分身』が歩き始める。

 セイ曰く、『分身』は、使用者が思ったとおりに行動するそうだ。

『歩け』と思えば歩き、『走れ』と思えば走る。


 障害物などがあれば自動的に察知し、回避も出来る。

 その説明を聞いて、シンジは『自宅警備士』で死鬼などに命令した時と似ていると感じた。

 どうやら、変わった世界において、何かに命令して操ることはそこまで難しいことではない様である。


 セイの『分身』の後を、シンジが歩き始める。

 そのすぐ後をセイ。


「とりあえず、三十階付近まで進もうか。そこからしか人の気配はしないし」


 二人と一体は、進む。

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