第131話 誰もいないが良くは無い
「やっぱり、ここにもいないか」
階段を上がり、一階にたどり着いたシンジ達。
そこも、地下同様もぬけの殻。
誰もいない豪華な空間が広がっている。
「どうしたんですか?」
明らかに、エントランスに突入する前よりも緊張感を張りつめているシンジの様子をセイは不思議に思う。
敵がいない。
それは良いことではないのだろうか。
「うーん、ちょっとね……」
セイの質問に、答えたような、答えなかったような、そんな曖昧な返事をしながら、シンジは近くにあったエレベーターに近づきボタンを押す。
「動かない、か。こりゃ思ったよりも厄介だな」
ボタンを数回連打した後、シンジはエレベーターの扉の前で腕を組んで考え込み始めた。
「あの……何が厄介なんですか?」
状況が分からず、シンジの考えている内容も分からず、若干疎外感を感じ始めたセイは、詰め寄るように再度シンジに質問を投げかけた。
「何がって……いや、逆に聞こうか。常春さんは、今の状況をどう思う?」
振り返らず、そのままエレベーターの前で腕を組みながら、シンジがセイに問う。
「え?」
突然、聞かれたシンジの問いに、セイは言葉を詰まらせる。
「えっと……」
「いるべきはずの場所に、誰もいない。この状況をどう思うか、正直に言ってみて」
「正直、ですか」
正直な答え。
それは、敵がいなくて良かった。ラッキー、だ。
だが、その答えは、シンジの考えと、おそらく違う答え。
それくらい、セイも分かる。
そんな予感が、セイを縛り、声を出せなくする。
答えたくない。
「……正直、良かったのではないかと」
だが、聞かれた以上返さなくてはいけない。
苦渋の決断。
絞り出すようにセイは今の状況について自分が思った率直な感想を返した。
「ふーん、良かった。何で良かったと思ったの?」
シンジの質問は、続く。
「それは、やはり戦わなくて済んだので、戦わないに越した事はないと」
「うん、そうだね。戦いが無いに越した事はない」
シンジの同意に、セイは安堵する。
「でも、なんで誰もいなかったと思う?」
「それは、その……」
まだ終わらないシンジの質問。
ズレたくないのに。
そんな思いを抱きながら、セイは答えを考える。
正解は何か。
セイは、今までのシンジの言葉を思い返し、そして答える。
「探知出来ていないからじゃないですか? 昨日も、相手は何も分かっていなかったじゃないですか。だから警戒出来なくて……」
「分からないなら、警戒しているでしょ? 何言っているの?」
今まで、エレベーターを見ていたシンジが振り返りセイの方を見る。
シンジの目は、少しだけ冷たかった。
「うぅ……もう、分からないです! 何ですか、答えは? 正解を教えてください!」
シンジの目を見て、心が折れたセイは涙目になりながらシンジに詰め寄る。
「うぉ!? いや、答えとかじゃなくて、単に意見の交換をしようと……」
「私の意見なんてどうでも良いです! 私は先輩の考えに従いますから、先輩がどう思っているか言ってください!」
勢いのまま、セイは言い放つ。
その言葉を聞いて、シンジは口を閉じた。
そして、目を閉じ、手のひらを閉じすぐに開く。
「わかった。簡単に俺の考えをまとめるね」
そう言ったシンジの口調は穏やかであった。
穏やかで、温厚で。
目はまるでセイの事を見ていない。
「はい、お願いします」
その、シンジの変化にセイは反応出来なかった。
出来るほど心に余裕がない。
「まず、俺は今の状況をかなりマズいと思っている。なんでかっていうと、今俺たちと襲撃者は立場が逆転しているから」
「逆転?」
セイは、首をかしげる。
「うん。俺たちの予定では、地下やこの階で警戒しているはずの襲撃者たちを奇襲して、相手の戦力を減らしつつ、混乱させて叩くはずだったんだけど、それが今逆転している。アレがあるから」
シンジは、エレベーターの扉の端の方にある物体を指さす。
「監視カメラ、ですか?」
「そう。あのカメラは、元々このマンションに設置されているモノだけど、全てのフロアに置かれている。その画像を見れるのは、地下にある警備室だけなんだけど……」
少しだけ言いよどんだシンジの言葉に、セイが続く。
「ソレを、襲撃者の人たちが見ているかもしれないってことですか。でも、あんなモノ見つける度に破壊していけばいいんじゃないですか?」
「監視カメラ……というか、視覚から得る情報って、こっちが視認出来ていたら、相手も分かる類の情報だからね。見つける度に破壊してもあんまり意味がない。それに、襲撃者が自分たちでさらに分かりにくくて高性能な探知機を仕掛けている可能性もある」
軽く、息を吐き、シンジは続ける。
「つまり、俺たちは、今も、そしてこれからも襲撃者から監視され続けるってわけだ」
「なるほど」
セイが、うなづく。
「なるほどって……とにかく、監視出来ているって事は、相手はこっちをいつでも奇襲出来るわけだ。好きな場所で、好きなタイミングで。奇襲するつもりが、奇襲される。それが今の状況だよ」
「そうですか」
セイが、うんうんとうなづく。
「いや、そうですかって」
「大丈夫です」
セイは、言い切る。
「大丈夫?」
「はい。だって先輩は、あんなに強かった猫耳の少年を倒したんですよ?」
セイは、微笑む。
「だから、大丈夫です。確かに、今はいつ奇襲されるか分からないですけど、先輩ならきっと襲撃してきた人たちを倒すことが出来ます。大丈夫です」
そう言って、セイは顔の横でちいさくガッツポーズを作る。
顔は、笑顔。
元気で、とても可愛らしい、励ましの顔。
「……ありがとう」
シンジは、その顔を見て、お礼を返す。
目を閉じ、笑顔で。
セイの顔を見ないように。
励ますのは、当事者では無い者がすること。
そんな言葉を飲む込むために。
「じゃあ、行くか。どっちにしても、進まないといけないし」
シンジはそう言って、『笑えない冗談(ブラックジョーク)』で作った無音空間を解除する。
遮られていた音の情報が、シンジ達の空間に溢れていく。
聞こえてくるのは、無駄に動いている空調や電灯や、カメラの音。
そして、上の方から伝わってくる、隠す気の無い、一人の人物の気配。
「……行くか」
小さく、つぶやいて。
シンジは、階段に向かって歩き出す。
「はい」
そのあとをセイがついて行く。
進むのはマンション。
行動を監視され、そして襲撃を予想されている、要塞。
そこに二人で挑むことに、シンジは不安でしょうがなかった。
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