第125話 シンジがいないと……

(いない!? やっぱり……)


 セイは、リビングを出て、急いで玄関に向かう。


(やっぱり、私を置いて……)


 玄関に着いたセイは、靴も履かずに玄関の扉を開けようとした。


「なに? どうしたの?」


 そのとき、セイの後方、上の方から声が掛かる。


「先輩?」


 声をかけてきたのは、二階に向かう階段の途中にいたシンジだった。


「先輩……」


 シンジの姿を見て安堵したセイは、その場に座り込む。


「なんで玄関にいるの? 素足で」


 階段を下り、セイの元に向かったシンジは、玄関に座り込んでいるセイの様子を見て怪訝な顔をする。


「だって……先輩が、いなくなってたから」


 今にも泣きそうに瞳に涙を溜めながら、セイはシンジを見上げる。

 その姿は、まるで雨の日に捨てられた子犬である。


「いや、常春さんがお風呂に入っている間に、空いている部屋を片づけて布団を敷いていたんだけど」


「お布団……」


 シンジの答えを聞いて、セイは魂が抜けたようにつぶやく。


「うん。これから寝るし。常春さんも、ソファじゃなくてちゃんとした布団で寝たいでしょ?」


「……あの、そのことなんですけど、これから寝るんですか?」


 セイの問いに、シンジは首を傾げる。


「え? そうだけど、なんで?」


「だって、このマンションのどこかに私たちを狙っていた人がいるんですよね? その人を倒さないで、お風呂に入ったり、ましてや眠るなんて」


「ああ、なるほど」


 その、セイの問いで、やっとシンジは今の状況を把握した。

 つまり、セイは警戒して、心配したのだ。

 マンションから攻撃してきた者がいるのに、リラックスしている現状に。

 だから、考えた。

 そして答えが出たのだ。

 セイが休んでいる間に、シンジが一人で襲撃者を倒しに行った、と。


「大丈夫だよ。休んで。たぶん、俺たちを狙ってきた奴は、俺たちがココにいるなんて知らないから」


 シンジは、まだ座り込んでいるセイに手を貸す。


「……なんでそんな事が分かるんですか?」


 シンジの手を借り、セイは立ち上がる。


「気配を感じなかった、って事があるけど、それより、備蓄品に何も手が付けられていなかったってのが一番の根拠かな?」


「備蓄品って、先ほどの、食料品とかの事ですよね?」


 座った時に付いた、砂や小石を払いながらセイは聞いた。


「そう。あそこの段ボールが何も開いていなかったでしょ? 誰かに触られた跡が全くない。だから、俺たちを狙って来た奴は、倉庫どころか、こっち側の通路の存在も知らないんじゃないかな?」


「……それはおかしくないですか?」


 シンジの答えに、セイは疑問を抱く。


「ん? なんで?」


「だって、銀行で先輩は言っていたじゃないですか。私たちみたいに余裕がある人は、食料品なんて興味が無いって。だったら、私たちを攻撃してきた人は、食料をたくさん持ってて、それで倉庫の食料品を持って行かなかったのかも……」


「それは無いかな」


 セイの疑問を、シンジは否定する。


「どうしてですか?」


「だって、倉庫にあるのは食料品でも、高級品だよ? それに、食料以外にも、お酒やたばこだってある。今の、そしてこれからの事を考えると、あの倉庫を発見して、あそこに有るモノにまったく手を付けないのはあり得ない」


 シンジは、はっきりと断言する。

 あの倉庫に有るモノは、ほとんど嗜好品に近い高級品だ。

 仮に、そういったモノに興味が無いとしてもそういったモノはこれからドンドン価値が上がる。

 ソレは、少し知恵を働かせれば誰でも分かることだ。

 シンジがあの倉庫のモノを持ってこなかったのは、たんに自分の家がすぐ近くにあったから。

 そうでない者は、あの倉庫からなんらかの物資を運び出しているはずだ。


「うーん……」


 セイは、まだどこか不満げに、首を横にしている。


「運び出さなくても、もしあの倉庫に今の状況で人が入っていたら、中身を確認するくらいはしていたと思うよ。常春さんも、キャビアって書いてある段ボールの中身、見たくなったでしょ?」


「うっ……まぁ、そうですけど」


 誰もが知っている高級品。

 シンジがいたから見なかったが、もし誰もいなかったら、確かに中身を確認していたかもしれない。


「と、いうわけで、ここの場所は、襲撃してきた奴に知られてない可能性が高い。少なくとも、この家に関しては、俺が『支配』しているから安心だ。だから、今日はもうお風呂に入って、寝よう。戦うのは、明日」


 そういって、シンジはセイに手のひらを向ける。


「『ジョーキィ』はい、上がっていいよ」


 汚れることを気にして、まだ、玄関の土間にいたセイ。

 申し訳なさそうに、廊下に戻る。


「お風呂、途中だったんでしょ? 入ってきなよ」


「いえ、先ほどの魔法は、おそらく体を綺麗にする魔法ですよね? だったら、もう大丈夫です」


 シンジがかけた魔法が、どのような魔法か。

 セイは自分の体の様子を見て、すぐに理解した。

 完全に乾かしていなかった髪や、体から、完全に湿り気が無くなっている。

 砂などの汚れも、何も付いていない。


「そう、じゃあリビングで待ってって。もう少ししたら、お布団敷けると思うから」


「あの、何かお手伝いすることは?」


「うーん。特に無いかな。散らかっているの、見られたくないし」


「そう……ですか」


 セイは、そう言って、その場から動こうとしない。


「……大丈夫。今日は本当に戦わないから。俺も布団を敷いたら、風呂に入って寝るよ」


「本当ですか?」


「ああ、本当」


 セイが、シンジを見つめる。

 その目を、シンジも見つめ返す。


「……分かりました。待ってます」


 頷いて。

 諦めて。

 セイはリビングに向かう。


 その様子を見送ったシンジは、二階に上がる。


「はぁ……ヤバいな」


 ポツリと、階段を上りながら、シンジはつぶやいた。


「ギリギリって感じだ」


 ひしひしと伝わってくる、限界。

 それを感じながらシンジはセイの寝床を準備した。

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