第115話 『真摯な紳士』が使えるか
閑静な住宅街。
そこにある、砂場と、鉄棒くらいしか遊具が存在しない小さな公園の片隅。
「ふんふんふーん」
完全に顔を出した太陽の光を浴びながら、少女は上機嫌に顔を動かしていた。
あっちをキョロリ。
こっちをキョロリ。
くるりと回って、後ろをキョロリ。
周囲を一周するように見た後、少女は満足げ気にうなづき、自動販売機の前で何か作業している少年に声を掛ける。
「異常はありません。先輩!」
「そう、それは良かった」
興味なさげに、少女、セイの報告を聞いた少年シンジは、作業の手を止めずに相づちを打つ。
周囲を警戒して欲しいとお願いしてから、セイはずっとあの調子だ。
先ほどのような報告は、もう十回目を軽く越えている。
(やる気があって元気があるのは良いことだけど、さ)
シンジは、自動販売機からくすねたお金をポイントに変換して、立ち上がる。
シンジが振り返ると、すぐそばに、セイ。
「先輩。私、役に立ってますか?」
十分に昇った朝日を浴びて、セイは輝くような笑顔でシンジに問いかける。
「うん。ありがとう。助かるよ」
その笑顔に答えるように表情を作りながら、シンジは礼を言う。
「え、えへへ……この辺りの地理は詳しいので、分からない事があったら、何でも聞いて下さいね」
照れ笑いをしながら、セイは再び周囲をキョロキョロと警戒し始めた。
(やっぱ、念のためポイントを稼がないとな)
その、セイの硝子(ガラス)の様な笑顔に、シンジはポイントの必要性を改めて認識する。
銀行を出てから、いくつか自動販売機などお金がありそうなモノを物色してきたが、まだ20万円も稼いでいない。
ATMなど、大金がありそうなモノの中の現金は全て奪われていたのが原因だ。
今、シンジたちは住宅街にいるため、周囲の家からお金を集めようとすれば、もう少し稼げるかもしれないが……
(高級住宅地、ってわけでもないし、一軒にいくらあるか分からないしな。どこにお金をおいているか探すのも面倒だし。それに何より、生き残っている人に会うのがな)
シンジは周囲にある住宅に目をやる。
何軒か、動いているモノの気配があった。
それが、生者か、死者か、魔物か、生き物か。
そして、善人か、はたまた悪人か。
判断する事は出来ない。
(やっぱアソコに行くしかない、か)
シンジは、すぐ近くに佇む山に目を向ける。
標高は百メートルも無いちょっとした小山。
だが、その山からはどこか荘厳な雰囲気が漂っている。
もう秋も半ば。
片足を冬に突っ込んでいる時期だというのに、紅葉する気配さえ無い、恐ろしいほど青々とした木々が生い茂っているからだろうか。
(……ちょっと、準備するか)
シンジは山から目を離し、iGODを操作する。
「常春さん、コレ持ってって」
そして、アイテムボックスからあるモノを取り出したシンジは、それをセイに放り投げる。
「え……わたっ! これ、何ですか? 杖?」
あっちを見て、こっちを見て。
体をせわしなく動かしていたセイは、突然投げられた木で出来た棒状のモノを慌てながら受け取る。
ソレは、黒い木で出来た杖のようなモノだった。
「見覚えあるでしょ?」
シンジに言われ、セイは先ほど投げられた杖をよく見る。
「……コレ、昨日の、猫の男の子が持っていた……」
「そう。『|真摯な紳士(ジェントルマン)』って言う、ハイソが持っていた武器。常春さんに貸すから、使って」
iGODを胸ポケットにしまいながら、シンジは言う。
「えっ? そんな、使えませんよ。もう、短剣もお借りしているのに」
ハイソが持っていたというなら、この杖は強力な武器のはずだ。
セイはすでにシンジから『ミスリルの短剣』を借りている。
それなのに、また武器を借りるなど、申し分けなさすぎる。
そう思ったセイは半ば反射的に杖をシンジに返そうと手をのばす。
その杖を見ながら、シンジはわざとらしく言う。
「その武器を使いこなせるようになれば、常春さんもっと頼りになるのになぁ。常春さんに俺の事守ってもらいたいのになぁ」
「お借りします。頑張って使いこなします」
あっさりと、セイは杖を自分の方に戻す。
だんだん、シンジは今のセイの扱い方をマスターしつつあった。
「でも、お借りしますけど、コレが武器なんですか? ただの綺麗な杖にしか見えないんですけど」
不思議そうに視線を動かしながら、セイは杖を見る。
「ん? ああそうか。常春さんが見たのは、抜き身の状態だけなのか。それ、仕込み刀みたいになっているから、抜いてみてよ」
昨晩のセイの状況を思い出し、一人で納得するシンジ。
「抜くって、どうやって……」
杖を、色々いじくりまわすセイ。
セイの白く長い指が、黒光りする棒の至るところに触れていく。
セイも、祖父から様々な武道を習っていた事もあり、武器を触るのは嫌いではない。
むしろ、好きである。
特に好んでいるのが刀剣類のため、シンジから仕込み刀と言われ、セイは実は内心興味津々だったりする。
「えっと……あ、抜けました」
セイが杖の持ち手の部分をもって回転させると、あっさりと杖はその中身を露わにさせた。
白銀に輝く、刃渡り六十センチほどの刃。
反射する太陽の光を、より白く、より明るくさせているかのように目がくらむほどの明るさを放っている。
「わぁ……綺麗」
セイの口から、感嘆の声が漏れてくる。
セイも、同じように白銀に輝くミスリル製の短剣を持っているが、刃の長さが違う。
短剣の倍以上の長さを持つ剣を見て、セイは改めてミスリルの美しさに気が付いた。
「まぁ、剣よりも、重要なのはその鞘の部分なんだけどね」
シンジは、セイが持っている木の棒の方を指さす。
「こっち、ですか?」
「うん。それ、空間を回転させる能力があるんだけど、昨日俺が回転しながら吹き飛ばされたの覚えていない?」
「……はい。覚えています。そうですか、空間を回転させる、ですか」
シンジが吹き飛んでいった、悔しい思い出を思い出しながら、セイは興味深そうに仕込み杖の鞘の方を見る。
黒い艶のある木が、セイの顔を反射していた。
「ちょっと、回転させてみてよ。出来れば、心強い武器になるから」
シンジに言われて、セイは木の棒を横に向ける。
棒を持つ手に力を入れ、向けた方向に何も無いことを確認する。
「……えっと、どうすれば回転するんですか?」
回転させようとして、その方法を知らなかったセイは、シンジに聞く。
「え? 知らない」
シンジの間の抜けた回答に、力が抜けるセイ。
「……知らないって、じゃあ、どうやって回転させればいいんですか」
目を細め、非難の混じった目で、セイはシンジを見つめる。
「うーん……じゃあ、木の棒の周りの空間が回転していくのをイメージしてみて。こういうのって、イメージが発動の鍵だったりするのが、よくあるから」
不満そうな顔のまま、セイは姿勢を正し、言われたとおりの事をイメージしようとしながら木の棒を持つ。
(空間が回転する。空間が回転する……)
「……すみません。空間が回転するって、どんな状況ですか?」
しようとして、出来なかった。
空間が回転するなど日常では起こりえない現象のため、セイがイメージ出来ないのも無理はない。
「え? 普通に、目の前の空間がぐるぐる回る感じで……」
「それが、よく分からないんですけど」
申し訳なさそうに、セイがつぶやく。
「うーん……じゃあ、俺の言う光景をイメージして」
ちょっと困ったような表情を浮かべたシンジは、すぐにセイにアドバイスをする。
「まずは、大量の水が、渦を巻きながら、排水溝に流れ落ちるイメージをして。コレは見たことあるでしょ? ぐるぐる回って、水と一緒に、木の葉や木の枝なんかが、落ちていくの。それが、目の前の空間で同じように起きる。木の棒の先端から、風が回って、砂が回って、ぐるぐるぐるぐる全てが回って、混ざって、破壊されていく」
シンジの言葉一つ一つを飲み込むようににうなづくセイ。
その言葉を脳内で整理し、セイは再び目を閉じる。
(……回転する、イメージ。流れる水のように。ぐるぐる回る、空気、砂、空間)
イメージが固まり始めた時、セイは自分の体の何かが、杖に吸い取られる感覚を覚えた。
常に自分の周りに流れている、気配のようなモノ。
世界が変わり、魔物を倒し、レベルが上がる度に強く感じるようになってきた、気配。
それが、セイの手を伝い、杖に飲まれていく。
(……っ!)
そのまま、体が崩れていくような感覚。
ソレを感じ取ったセイは、慌てて目を開ける。
同時に、セイの前方で、砂が舞い上がった。
それはまるで、横に回転する竜巻のようだった。
半径一メートルほどの回転がセイが持つ『|真摯な紳士(ジェントルマン)』から発生している。
回転しながら、杖の先端で踊るように回り続ける砂や小石。
それらが数秒舞った後、バラバラと解散し、落ちていった。
「……成功したみたいだね」
後ろでセイを静観していたシンジが、声をかける。
「はっあ、い」
それとほぼ同時に、セイがよろめきながら両膝に手をおいた。
肩で息を吐き、吸うを繰り返している。
「だ、大丈夫?」
セイの様子に驚いたシンジは、駆け寄り、セイの肩を支える
「だ、大丈夫……です」
セイの体から、汗も、吹き出てきた。
傷一つないセイの体に、玉のような汗がいくつも浮かび始める。
「ちょっとiGODを確認してみて」
シンジに言われ、思うように動かせない体を、無理矢理動かし、セイはなんとか自分のiGODを起動する。
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名前 常春 清
性別 女
種族 人間
年齢 15
Lv 18
職業 くノ一☆2
HP 560
MP 160
SP 15/400
筋力 46
瞬発力 52
集中力 41
魔力 13
運 10
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「SPが切れかかっている。ハイソの『|真摯な紳士(ジェントルマン)』はSPを消費するのか」
セイのiGODをのぞき込み、ステータスを確認するシンジ。
セイの異常も、それが原因だろう。
考察しながら、シンジはセイを近くにあるベンチに連れて行く。
「SPを消費しているだけだったら、すぐに元に戻ると思うから、そのまま安静にしていて」
セイをベンチに座らせたあと、シンジはセイから刃を戻した『|真摯な紳士(ジェントルマン)』を受け取り、しげしげと観察し始めた。
「うーんSPの消費か……でも、ハイソは連発してたけど、そんなそぶり見せなかったんだよな。慣れとかか?」
「そう、かもしれません。回転させようとすると、杖に何かを無理矢理奪われる感覚があったので」
まだ顔の青いセイが、息を切らしながら、答える。
「まるで、大きな掃除機に体を吸い込まれるような感覚でした。バラバラになりながら、消えてしまうような」
セイの意見を聞き、シンジはもう一度杖をよく見る。
「……」
そのまま、シンジは無言で杖を振り始めた。
杖の動きに合わせ、ひゅんひゅんと、風を切る音がシンジの周りから聞こえてくる。
振る度に、音が鋭く、大きくなっていく。
その音が、いつの間にか近くにいる木の葉や砂を踊りに誘った。
最初は一枚。一粒だった木の葉や砂が、杖の動きに合わせて数を増やす。
数が増えるにつれて、木の葉や砂が回転し、互いにぶつかって音を奏でる。
かさかさ。
ぱらぱら。
ひゅーひゅー。
ソロだった演奏が、いつの間にかオーケストラに変わっていった。
一分にも満たない短い演奏は、あっという間に終演を迎える。
シンジが杖を止めると、木の葉たちはまるで命を失ったかのように、地面に落ちて、動かなくなった。
「……うん。なるほど」
「えぇ……」
あっけなく、簡単に杖の回転を使いこなしたシンジに、セイは賞賛よりも先に落胆の気持ちが先に出てしまう。
「……まぁ、先輩だし。先輩だし」
セイは、顔を上に向け目を閉じる。
情けなさが、空から降ってくるようだ。
「おーい。帰っておいで」
そんな、半ば現実を放棄し始めたセイを、シンジは呼び戻す。
「……何ですか」
「いや、回転のコツが分かったから、話を聞いて」
セイは目線をシンジに戻す。
「回転のコツは、簡単に言えば、小さく回すことっぽい」
シンジは、杖を振る。
シンジが杖を動かす度に、爽やかな微風が、セイの肌をなでていく。
「少しだけ、小さく回す。すると、こっちの想定より大きく回るから、後は少しずつ調整して、ベストの回転を見つける」
そう言って、杖を振るのをやめたシンジは、セイに杖を返す。
「少し……」
「今、実演して見せたから、多少は回転のイメージが掴めたでしょ? 回復したら、やってみて」
セイは杖を両手に持ち、じっと見つめる。
「……あの、先輩」
「何?」
「これは、遠慮などではないんですけど……この武器は、先輩が使った方がいいのでは?」
セイは、少し、伏し目がちにしながら、杖をシンジに返そうと手を突き出す。
「コレの扱いは、先輩の方が私よりも数倍上手ですし……それに、この武器は先輩が命がけで戦った相手の武器なんですよね?」
少しだけ、諭すような目で、シンジを見つめる。
「だったら、やっぱり先輩がこの武器を使うべきです。それが、相手を倒した先輩の義務だと思います」
セイの目を、見つめ返し、シンジは少しだけ笑った。
「分かった。常春さんの言うことはもっともだと思う」
「じゃあ……」
「でも、やっぱり常春さんがそれを持っていて」
セイの意見を肯定したシンジの答えは、さきほどまでと変わらなかった。
「な、なんで……」
「俺には双剣があるからね。両手ふさがるし、コレは使えないよ。それに、何度も言うけど、強化が必要なのは常春さんだ。俺じゃない。さぁ、早く『|真摯な紳士(ジェントルマン)』を使えるようにならないと。SPは回復した?」
焦らせるように、シンジは言う。
そのシンジの態度に、セイは薄々思っていた疑問を口にする。
「あの、そもそも、なんでそんなに焦って私を強くさせようと? 今まで敵に苦戦してませんし、銀行を襲った奴らの気配も無いのに」
銀行からここまで歩いてきて、出会った魔物は全てセイが倒してきた。
コボルトも、ゴブリンも、オークも。
セイは『ミスリルの短剣』で何の問題もなく、倒せたのだ。
なのになぜ、シンジは半ば強引に、『|真摯な紳士(ジェントルマン)』をセイに使わせようとするのか。
セイは不思議だった。
「今、どこに向かおうとしているのか分かりませんが、この周辺の地理は詳しいですし、地の利は……」
そこまで言って、セイが気が付く。
「……この公園。もしかして」
周囲を見渡し、セイは、今自分がいる場所がどこか、正確に把握した。
いや、今まで、場所は分かっていたが、その意味を考えていなかったのだ。
この場所は、セイが祖父から許嫁がいることを聞き、逃げ込んだ公園。
この公園で、セイは彼女の想い人であったシシトに悩みを打ち明けた。
セイの初恋のきっかけになった公園だ。
つまり、この公園の近くには……
「そう、この公園は常春さんの家の近くにある公園で、俺たちが今から向かうのは、あの山」
シンジは、背後にそびえる、木々が生い茂った荘厳な小山を指さす。
「常春さんの実家がある、快清山です」
シンジの言葉を聞いて、セイは視界が回転しているような感覚に襲われた。
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