第112話 技の名前が大切

「この先に、金庫があるんですか?」


 明らかに、今までと作りの違う扉を見てセイが言う。

 その扉は、一言で言えば厳重だ。

 重厚そうな扉には、通常のカギに加えてカードキーの認証装置と指紋か何かを読み込むセンサー。

 セキュリティの質と量が、他の扉と比べてケタ外れにスゴイ。


「たぶん、そうみたいだね」


 シンジは、そう言いながら扉に手をかざす。


「『アーキー』」


 シンジの手のひらと、扉が光る。

 だが、何も起きた様子はない。


「……ちっ、まだ無理か。結構レベルが上がったから、開けれると思ったんだけどな」


 シンジは、悔しそうに顔をゆがめる。


「……何をなさったんですか?」


「『アーキー』って言う、解錠の魔法を使ったんだけど……開かなかった。まだ俺の魔力じゃ無理みたいだな」


 伊達に、銀行では無いようだ。

 シンジの魔法では、重要な施設の扉は開けられないようだ。


「魔法が無理なら……壊すか」


 ため息を吐きながら、シンジは二本の剣を構える。


「また、さっきの壁を壊した技を使うんですか?」


「うん。水蒸気爆発を利用した『バースト・エントロピー』ハイソにも使ってたけど……」


 言いながら、ふと、目の端にいるセイの様子が気になったシンジ。

 セイのほうに顔を向けると、セイはどこか不満気な顔をしていた。


「……どうしたの?」


「え? いや……その、その技の名前なんですけど……」


「うん」


「なんか、弱そうですよね? バーストは、まだ理解できますけど、エントロピーって、よく分からないですし」


 セイは、首を傾げながら言う。


「弱……そう?」


 その、セイの一言に、シンジは驚愕の表情を浮かべる。

『バースト・エントロピー』という名前は、シンジが、セイが寝ている間に考えた名前だ。


 複数の候補の中から、単語の意味、語感の良さ、そして、格好良さ。

 全ての要素を検討し、悩み、捻り、考えた名前だ。


 それを、弱そうと言われるとは……!


 シンジの表情が、徐々に険しくなっていく。


「……え!? あっ! いや、そういう意味では無くてですね。その、あの」


「いや、今常春さんは、確実に弱そうと言った。俺が必死になって考えた技の名前を弱そうって……!」


「ご、ごめんなさい」


 シンジの様子に、セイは自分がシンジの地雷を踏んだことに気が付いた。

 

 炎と氷が出る剣が出た時、涙を流した男、シンジ。

 自身が作ったアーティファクトに、「|笑えない色(ブラックジョーク)」なんて名前を付ける男、シンジ。


 彼のプライド(中二病)は、いま激しく揺さぶられているのだ。


「コレは、謝ってすむ問題じゃない……分かるでしょ?」


「は、はい」


 正直、セイに今のシンジの心境は少しも理解出来ないのだが。


 だが、シンジに見捨てられる事を恐れたセイはとにかくシンジの言うことにうなづく。


「……そう、これは謝ってすむ問題じゃない。そんな話じゃない」


 シンジは、腕を組んで、指を激しく動かす。

 シンジがかなりイラついている事を、セイはその様子から察する。


「あ、あの。では、私は何をすればいいですか?」


 そんな様子のシンジに、セイは目に涙を浮かべながら、質問する。

 見捨てられるのは、一人になるのは、本当にイヤなのだ。


 だが、シンジはセイを、睨むだけ。


 まるで、セイが死鬼を殺せなかった時に、口論していた時のような表情である。

 むしろ、それよりも、険しく、冷たい。


 その原因が、ただ、中二臭い技の名前に、疑問を抱いたという事なのに。


 人によって、同じ情報でも感じるモノが違う。


 価値観とは難しい。


「そうだな……」


 セイは、震えながらシンジの言葉を待つ。

 何でもするから、許してほしいと、本気で思っている。


 そのセイに、シンジは言う。


「じゃあ、決めて」


「……はい?」


 セイは、シンジの言葉が理解できずに疑問の声を出す。


「だから、決めて。この技の名前。常春さんが、カッコ良くて、強そうだと思う名前を、考えて」


 シンジの言葉を上手く飲み込めず、セイは固まる。


「ほら、早く!」


「は、はい!」


 シンジに促され、セイは勢い良く返事をする。


(わ、技の名前……技の名前)


 慌てふためきながら、セイは知恵を絞り始めた。


「ほら、あと10秒。10、9、8……」


「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


 焦らされ、さらに困惑を深めるセイ。


(ど、どうしよう。えっと、先輩の武器の名前ってなんだっけ)


「5……4……3……2……1……残念。時間だ。じゃあ……」


「『|炎馬氷鹿蒸(えんまひょうかしょう)』!!」


 ギリギリのタイミングで、セイは考えた名前を叫ぶ。


「……えん?」


「『|炎馬氷鹿蒸(えんまひょうかしょう)』……で、どうでしょうか? 先輩の武器の名前から考えたんですけど……エンは炎、マは馬。ヒョウは氷で、カは鹿。ショウは蒸気のジョウ……です」


 シンジは、セイの考えた名前を聞いたまま、動かない。


(うう……どっち?)


 セイの考えた名前は、有りなのか、無しなのか。

 セイはシンジの反応を伺うが、どちらか読めない。


「……」


 そのまま何も言わず、シンジは後ろを振り返り、金庫へと続く扉の前に立つ。


「『炎馬氷鹿蒸(えんまひょうかしょう)』!!」


 そして、突然二本の剣を交差させ、爆発を起こした。


 セイの考えた名前と共に。


 爆発を受けた重厚な金属の扉は、粉々に破壊される。

 少しだけ、先ほど壁に向かって撃ったときより威力が高いのではとセイは思った。



「……先輩?」


 いきなり鳴り響いた爆発の音に、耳を押さえながら、セイはシンジの様子を伺う。


「……けないからな」


「はい?」


 爆発の影響か、シンジの声を聞き取れなかったセイは、もう一度シンジの言葉を確認する。

 すると、シンジは振り返り、セイを指さした。


「負けないからな! 今度は、今度は絶対、俺の方がカッコいい名前を付けるからな!」


 そう言って、シンジは壊れた扉を越え、走っていく。

 涙と共に。


「……え? あっ、ちょっと! 待って下さい。置いていかないで下さい!」


 そのシンジの後をセイは慌てて付いていく。


 ゲームのやりすぎで、最早中二病を越えてしまっているシンジと、ゲームなど触れたことも無く、故に、名前を付けるときに躊躇なく漢字を選べるセイ。


 そんな彼らの暴走(中二病)を、止める者は誰もいない。

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