第111話 死鬼が銀行に
「バースト・エントロピー!!」
鉄筋コンクリートで出来た壁が、強烈な爆発音と共に粉々に破壊された。
その破壊を起こした少年、シンジは、崩壊した壁の噴煙に紛れて建物の中へ入っていく。
「……何しているんですか!?」
その後ろには、セイがシンジの行動に驚きながら立っていた。
「いや、何って、見りゃ分かるじゃん」
そう言って、シンジは建物の内部を指さす。
「銀行強盗」
コタロウと待ち合わせしていたコンビニの跡地を出たシンジとセイは、そのまま街の方へと歩き始めた。
シンジが行きたい場所があると言うので、セイは黙って付いていったのだが、到着した場所はコンビニのすぐ近くにある銀行の支店だった。
銀行は、このような状況ならば当然かもしれないがシャッターが下りていて営業していないのは明らかだった。
そんな銀行に着いた瞬間、シンジは朱と蒼の双剣、ソードブレイカーズ朱馬・蒼鹿の二本の剣を構え、銀行の壁を破壊したのだ。
唐突すぎるシンジの行動に、セイは開いた口が塞がらない心境である。
「ぎ、銀行強盗って、まさか、銀行にあるお金を……」
「そう、盗む。ポイントに変えようと思って」
「でも、それって、泥棒じゃ……」
「カフェの食料とか勝手に食べてたのに、今更じゃん」
そう言って、シンジはドンドン銀行の奥へと進んでいく。
「え……そうですけど……待って下さい!」
慌てて、シンジの後を追うセイ。
確かに、シンジの言うとおりセイも今までカフェにある食料を使って食事をしてきたし、その食料を勝手に持ってきている。
盗む、という行為はすでにセイは行ってきているのだ。
ただ、セイは銀行にあるお金を盗む、という行為について、カフェにある食料を持って行く事に比べて罪悪感を感じていた。
盗む場所が銀行という、神聖さえ感じるほどセキュリティが行き届いた場所だからか。
それとも、盗むモノが生きるために必ず必要となる食物ではなく、お金という欲の象徴のようなモノだからか。
その罪悪感の原因がはっきりと分からなかったセイだったが、それでもシンジの後に付いて歩いていく。
(これは悪いことかもしれない……でも、先輩が行くんだ。やるんだ。だったら、私も同じ事をする。付いていく!)
よくわからない罪悪感など捨てて、信じる者に付き従うセイ。
通常なら、受付の人がいるカウンターを越え、銀行で働いている人たち以外は入れなさそうな場所を歩いていると、シンジは急に立ち止まった。
「……敵、ですね」
それとほぼ同時に、セイも気づく。
前方から、胸もとに穴が空いている受付の制服を着た女性行員が歩いてきた。
年齢は40代後半から、50代といった所だろうか。
胸もとに穴が空いているため谷間が見えるが、あまり嬉しいという感情は湧いてこない。
彼女の容姿があまり良くないためだろうか。
失礼な話ではあるが。
もちろんそれだけではない。
推定50代の女性行員は、額に角が生えていて表情自体が虚ろにゆがんでいた。
死鬼になっている。
奥にはスーツに身を包んだ男性の死鬼の姿も見える。
「……死鬼が2体。しゃべらない、ということは、強くはないようですね」
まだ、しゃべってないというだけかもしれないが、それ以上に直感で目の前にいる死鬼達は強い死鬼ではないと思うセイ。
昨日散々戦ったのだ。
なんとなく、死鬼の強さが分かるようになっているのだろう。
「常春さん、やる?」
シンジも、相手の強さが分かっているのか、まったく緊張してなさそうな面もちで、セイの方を向いて死鬼達を指さす。
「え……いいんですか?」
「うん。早く職業の熟練度を上げないとね。それに、ステータスも変化したから、体を動かして慣れた方がいいと思うよ。まぁ、まだ体を動かすのが難しいなら、俺が……」
「大丈夫です! いきます!」
シンジに言われ、セイは勢いよくそして嬉しそうに死鬼に向かっていく。
「がぁあああああ」
襲ってくる女性行員の死鬼の噛みつきをあっさりと避けたセイは、奥にいる男性行員の死鬼の角を、シンジから借りている『ミスリルの短剣』で切り飛ばす。
角を失った男性の死鬼は、あっという間にバラバラになって消える。
シンジの言うとおり、職業を変えたことによってセイのステータスは変わっている。
だが、肉体的なステータスに低下は無く、上昇しているステータスばかりなので、その点は問題なくセイは動くことが出来た。
残りは1体。
女性の死鬼だ。
通常、死鬼は欲望に沿って動くので、女性の死鬼なら男性であるシンジに向かっていくはずだが、距離があったためシンジの事に気づかなかったのだろう。
女性の死鬼はセイの方に向かってくる。
「…………」
向かってくる女性行員の死鬼を見て、セイは動きを止める。
思索。
その間に、女性行員の死鬼は、セイに肉薄していた。
女性行員の噛みつきを、上半身をそらすだけで避けたセイは襲ってくる女性行員の攻撃をいなし続ける。
(……先輩はどうしてたっけ)
思い返すのは、シンジが3階で女子生徒の死鬼を凍らせていた事。
(……その前は)
4階で、襲ってきた女子生徒を蹴り飛ばすシンジの姿。
(……よし)
セイは、避けるのをやめる。
「ごあっ!?」
噛みつこうと襲ってきた女性行員の胸に、カウンターになるように正拳突きを喰らわせるセイ。
肋骨が折れる音が、聞こえてくる。
「はぁあああああああ」
その音に怯むことなく、セイは女性行員を拳で突いていく。
胸だけでなく、腕も、肩も、腹も、腰も、喉も。
「しぃっ!」
最後に、回し蹴りを決めるセイ。
蹴りを足に受けた女性行員の死鬼は、その場に崩れるように倒れた。
足の骨が折れ、太股を突き破っている。
さらに、上半身の骨もバラバラに砕かれたのだ。
人の肉体の構造を考えると、立てる訳がない。
「……ふぅ」
ピクピクと痙攣はしているが、女性行員は強い死鬼のようにすぐにケガを治す気配はない。
少し残心して様子を見たが、しばらくは大丈夫そうなのでシンジの元へ戻るセイ。
「倒しました」
「……のか」
「え?」
ぼそっと言ったシンジの言葉を聞き取れなかったセイは、聞き返す。
「いや、何でもない。ところで、経験値は入っているの?」
シンジの質問に、セイは自分のiGODを見て答える。
「はい……えっと、入ってます。2体分です」
「そっか。首とか切り落とさなくても、経験値が入るってことは、やっぱり行動不能にするか……HPを0にすれば、経験値がもらえる、って解釈でいいのかな。問題は、どっちかって事なんだけど……」
シンジは首を横にしながら考察する。
「……HPを0にするって事と、行動不能は、同じ意味じゃないんですか?」
「いや、微妙に違うでしょ」
そう言って、シンジはセイが先ほど戦った女性行員に近づく。
「俺は女の子の死鬼は凍らせているけど」
蒼い短剣を女性行員に当てるシンジ。
あっという間に、女性行員は氷柱の中に閉じこめられた。
「経験値は……入って無いか。ただ、コレは常春さんが先に倒したからだろうけど。けど、通常は凍らせただけでも経験値は入っているんだよな」
自分のiGODを見て、考えながら言うシンジ。
「……凍らせて、動けなくてしているから、ですよね? つまり、行動不能にすれば経験値が手に入る、という事でいいのでは」
「そう。だけど、……あ、思い出した」
そう言って、シンジは自分の手のひらを打つ。
「そう言えば、ドラゴンを凍らせた時、経験値が入っていなかったんだ」
独り言のように、シンジは言う。
「ドラゴン、ですか?」
「ああ、常春さんは知らないのか。学校にドラゴンがいてさ。そいつを一時的に凍らせていたんだけど、その時に経験値は、入ってなかったんだよな……じゃあ、やっぱりHPを0にしたら経験値が入る、って線で考えたら良さそうだな。凍らせただけの死鬼から経験値が入ったのは、凍らせた時にHPが0になったから、かな」
シンジが、そう結論付けていると、セイも何か考えているような顔をしている。
「どうしたの、常春さん?」
「……え? は、はい!」
そうとう、集中していたようだ。
シンジから声をかけられて、びっくりしたように反応するセイ。
「何か、考え事?」
「ええ、……少し。おじいちゃん……祖父の事が頭に浮かんで」
照れくさそうに、セイは言う。
「おじいちゃん?」
「はい。私の家は『清常流』という、代々続く武術の家系で、警備会社の運営なども行っているのですが、祖父はその武術の師範。父が師範代なんです」
セイは、困ったように頬を掻く。
「その、父は、どちらかと言えば真面目で、無口な人なんですけど、祖父は、豪快と言うか……そうですね、豪傑、という言葉がしっくりくる人でして」
呆れたような顔に変わるセイ。
「いつも、私たちに言うんですよ『武術家たるもの、その拳は全てに勝らねばならん。儂も、この拳で様々なモノを破壊してきた。岩を砕き、鋼鉄を破壊し……金剛石を破壊した時は、少し勿体なかったな。脆いくせに、金だけはアホのように掛かったからの。……そうじゃな、物だけでなく、生き物とも色々戦ったな。熊、狼、獅子、虎、龍。全て倒し、超えてきた。儂の今の目標は神じゃが、これはまだまだ出来そうにないな。がはははは……』とか、なんとか。当時は龍って何を言っているんだろうって思ってましたけど」
セイは、また、思案している顔に戻る。
「もしかしたら、常春さんのおじいちゃん、『勇者』だったのかもしれないね」
シンジに言われ、セイもうなづく。
「はい。そうですね。今思えばそうかもしれません。祖父は、色々規格外の人でしたから。それこそ、龍とか本当に拳だけで殺せそうな……」
祖父との思い出を、遠い目をしながら思い出すセイ。
なんだかんだ言いつつ、セイは祖父の事を好きなのだとシンジは思う。
そんなセイと会話しながらも、周囲を警戒していたシンジは、セイに気になった事を聞いてみた。
「そういえば、家の人たちの事、心配じゃないの? 今まで、そういった話聞かなかったけど」
シンジの問いに、セイは遠い目を止め、眉を寄せる。
「うーん、そうですね」
少し、考え、セイは言う。
「正直な所、あまり心配はしてない、です。皆、強いですから。特に、父と祖父が死ぬなんて、考えられないですね。母も、祖母も、父達と一緒にいるでしょうし」
「それでも家族の様子を知りたい、とか思わないの? 家に帰りたい。とかは?」
「……安全の確認はしたいですけど、もう携帯もつながらないみたいですし……。ただ、家に帰りたい、とは思わないですね」
セイの意外な答えに、シンジは少し驚く。
「どうして?」
「そうですね。リスクが高いから、ですかね。皆が無事だった場合、さっきも言ったとおり、私の家は警備会社をしているので皆警備の仕事に行っているでしょうから、家には誰もいないと思います。逆に無事ではなかった場合ですが……死鬼になった祖父や父と戦うなど、考えたくもありません」
セイのその口調は、単純に、死鬼化した身内を殺したくないというモノではなかった。
その言葉には、恐怖が混じっている。
それは、つまり。
「死鬼化したおじいちゃん達と戦ったら、こっちが負けるって事? 常春さんも、俺も、レベルアップして身体能力がかなり向上しているのに?」
シンジの疑問に、セイは力強くうなづく。
「はい。勝てる気がしません」
セイのそのはっきりとした答えに、シンジは頭を掻く。
増長しているつもりはないが、今のシンジ達は一般人の数倍の身体能力を持っている。
それでも勝てないと、セイは言うのだ。
セイが過去の強かった祖父達の思い出に引きずられているだけという可能性もあるが、シンジの印象では、セイは物事の判断をするときかなり公平に考えられるタイプの人間だ。
そういった事は無いだろう。
「まぁ、勇者かもしれない、って考えたら、そうなのかな。そうじゃなくても、武道の達人って、たしかに人外的な強さだし……じゃあ、常春さんは、家に帰らなくてもいいんだ?」
自分が以前戦わされた、父の友人だという武道家の人達を思い出し、セイの意見に納得するシンジ。
当時、また小学生だったシンジだが、武道家の人達と組み手をさせられた時、相手に何も出来ずに遊ばれたのだ。
それから、中学生や、高校生になっても、その武道家の人達と何度か組み手をしたが……一回もマトモに戦える事は無かった。
もし、その武道家の人達が死鬼になっていたら……確かに、勝てないかもしれないと、シンジは思う。
「はい。このまま、先輩に付いていきます。家に行く必要も無いです」
目に強烈な意志を宿して、シンジの問いに答えるセイ。
そんなセイに呆れながら、シンジは歩き始める。
「……じゃあ、行こうか。こっちに金庫があるみたいだし」
シンジ達は、凍らせた死鬼をそのままおいて、銀行の奥へと進んでいく。
(大丈夫、だよな)
進みながら、シンジは少しだけ不安を抱えていた。
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