第110話 セイがくノ一になる

「……なんですか、コレ」


「さすがに、コレは俺も予想外だな」


 学校を出て、しばらく歩いたシンジとセイは、眼前に広がる光景に唖然としていた。


「……ここ、コンビニがあった所ですよね?」


 綺麗に……本当に、これ以上は無いというほど綺麗に何も無い更地を見て、セイは言う。


「ああ、そうだな。ここは学校の皆がよく通っていたコンビニで……俺がコタロウと待ち合わせしていたコンビニがあった所……だと思う」


 そう言いながらシンジは、もう何もないコンビニの跡地に入っていく。

 セイも、シンジの後に付いていく。


「……何が、あったんですかね」


 きょろきょろと辺りを見回しながら、疑問を投げかけるセイ。


「……さあな。分からないけど……ただ、これだけは言えるな」


 シンジはしゃがみ込み、確認するように綺麗な面になっている地面の土をつかむ。


「コタロウはここにいない。……それに、たぶん戻ってもこない。コタロウと一緒に、行動することは出来ないって事だ」


 そう言って、シンジはつかんだ土を離した。

 ぱらぱらと、土が風に舞って飛んでいく。


「……やっぱり、先輩は、その、山田先輩と一緒に居たかったですか?」


 シンジは、飛んでいった土の行く先を、ただ見ている。


「……どうだろうな。アイツは一番気心が知れた友達だし、それに、今の現状を一番詳しく知っている奴ではあるけど」


 シンジは、立ち上がる。


「けど、アイツがいると、ちょっと便利すぎるかもな。何でも出来るし」


 手に着いた土を払うシンジ。


「『聖域の勇者』の正体が、山田先輩、でしたっけ」


「ああ、『決められた見えない悪戯(サイコロトリック)』ていう、何でも出来る反則みたいな技能を持っている勇者様だよ。まぁ、なんか変なこと言うようだけどさ」


 シンジが、セイの方向を向く。


「ちょっとだけ、良かったと思う自分もいるんだよな。アイツがいると、甘えそうだし」


 照れくさそうに、シンジが笑う。


 それを見て、セイの心に、チクリと棘が刺さる。


(……先輩。さっきから、山田先輩の事を少しも心配していない。待ち合わせしていた場所が、こんな惨状になっているのに。それだけ、先輩は山田先輩の事を……)


 信頼。


 その強さが、そのまま二人の友情の強さ。


 シンジとコタロウとの間にあるその関係は、たぶん、セイがこれからどんなに頑張っても、越えることは出来ないだろう。


 セイは、少しだけ、シンジに嫉妬していたコタロウの事が好きだった女子生徒たちの気持ちが分かった。


 正直、うらやましい。


「……ん? なんだこれ?」


 そんなセイの気持ちを知ってか知らずか。


 シンジは目の前に落ちている紙のようなモノを拾う。


 手紙、のようだ。


「こんなモノ、落ちてたっけ?」


「……さぁ? 無かったような気がしますけど」


 不思議そうにしながら、シンジは手紙を広げる。

 何か、文字が書いてある。


『私、ユウシャ。今、アナタの後ろにいるの』


「…………」


 ゆっくりと、シンジは、後ろを振り返ってみた。


 誰もいない。


 そのまま目線を下げると、また手紙が落ちていた。


 シンジは再び手紙を拾い、そこに書いてある文字を読む。


『ニャアハッハッハ! 引っかかったな、バーカ。俺はいないよーだ。期待した? ねぇ、期待した? シンジは寂しがり屋だなぁ。アッハッハッハッハッハ…………byコタロウ』


 グシャっと、シンジは手紙を丸める。


「え、っと。何が書いてあったんですか?」


「ああ、ただの約束をスッポカしたクズ野郎からのメッセージだよ。気にしないで」


「はぁ」


 シンジは、丸めた手紙をポケットに入れると、立ち上がる。


「じゃあ、行こうか。とりあえず……」


 もう、用は無い。

 コンビニがあった場所をシンジとセイが離れようとしたとき、二人の背後に、何か落ちる音が聞こえてきた。


「……行こうか」


「はい」


 落ちて来たモノを無視して、歩き始めるシンジとセイ。


 すると、背後で何回もモノが落ちる音が聞こえ始めた。


「何だよ!!」


 あまりにしつこいその音に、シンジとセイは振り返る。


 すると、今度は、手紙ではなく、何か封筒のようなモノ一つだけ落ちていた。


 どうやら、この封筒を何度も落としていたようだ。


 ちょっと、汚れている。


「何ですかね」


「さあな。どうせまた下らない事でも書いてあるんじゃねーの?」


 シンジは、封筒の中身を見る。


「……え? 何ですかその大金!?」


 その様子を後ろから見ていたセイが、声を上げる。

 封筒の中には、100万円の札束が3つ入っていた。


「手紙も入っているな」


 シンジは、お金と一緒に入っていた手紙を開く。


『いや、ゴメンゴメン。さっきのは冗談。それと、待ち合わせの約束を守れなくて、ゴメン。実は今、異世界にいた時との因縁の相手(邪神の化身、みたいな奴?)と戦っててさ。しばらくシンジと一緒にいれないと思う。お詫びに、300万円を同封したから、パーティの補強にでも使ってよ。じゃあ、また。PS、常春ちゃんへ。シンジは意外と抜けている所もあるから、しっかり支えてあげてね。あと、シンジの好物は唐揚げとか子供っぽい料理だ。byコタロウ』


 コタロウからの手紙を読み終えるシンジとセイ。


「ふーん。てか、邪神って」


 コタロウの手紙にある、いかにもラスボスよりも強そうな裏ボスみたいな敵を見て、呆れたような顔をするシンジ。


 どこまでゲームなのだろうか。

 そんな面もちでいるシンジの横で、セイはブツブツと何かをつぶやいている。


「……唐揚げ、は大丈夫。油とか、調味料はカフェから持ってきたから。あと、子供っぽい料理っていうと……オムライス、とか? でも、作った事がない。ああ、子供っぽい料理って洋食しか思いつかない。和食ばっかり習ったからなぁ……どうしよう」


「……常春さん?」


「はい!?」


 びくりと肩を上げて反応するセイ。

 相当、夢中だったようだ。


「えーっと、大丈夫?」


「は、はい。大丈夫です! 頑張ります! 任せてください!」


 やけに元気な返事をするセイ。

 どうやら、今後の食事には期待出来そうだな、とシンジは思う。


 シンジとしては、そっちでは無い方を頑張ってほしいのだが……


「まぁ、いっか。それより、この300万円だけど」


 シンジは、セイに封筒に入っている3つの札束を見せる。


「はい。どうするんですか? とりあえず、ポイントにして……」


「ほい」


 シンジはセイに300万円を渡す。


「え……ああ。撮影するために、持っていろ、って事ですか」


 セイは、300万円をシンジが撮影しやすい位置に持つ。


「いや、それは常春さんのポイントに変えて」


「なるほど、分かりました…………って、ええ!?」


 頷き、そして、シンジの言葉の意味を理解して驚きの声を上げるセイ。


「え!? なんで? というか、出来ません!」


 セイは、シンジに先ほど受け取った300万円を返そうとする。

 先ほど、シンジの言うことには素直に従うと決めたセイであったが、流石にコレは首を縦に振れない。

 もうすでに、セイはシンジから多大な恩を受けている。

 蘇生薬も、使ってもらっているのだ。


 だから、コレ以上、何かを受け取る事は出来ない。


「なんで、って。コタロウも書いてたじゃん。パーティの補強をしろって。弱い奴から強くするのが、ゲームの基本だしね」


「補強って……確かに、私は先輩より弱いですけど……でも……」


 だが、かといって、シンジの意向に背く事も、出来ない。


 遠慮と誓いの板挟みになり、セイは困惑しながら語尾を濁す。


「……どうしても、私に使うんですか?」


「うん。また死なれて、蘇生薬を使う事になったら無駄でしょ?」


「ぐっ!」


 痛い所を突かれた。

 セイは、しばらく悩み、決める。


「……わかりました」


 セイは、シンジの言うことに従う事にした。

 これ以上、借りを作りたくはなかったのだが。


 情けないような、恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちで、セイは300万円を自分のポイントに変える。


「それで、……補強って、何をするんですか? 武器なら、あのお借りしているナイフで十分なんですけど」


「麒麟児と、レベルアップと職業の適性技能を習得してもらう。あと、アイテムボックス。俺のはもう拡張出来ないしね。常春さんも使えるようになった方が便利だろうし。ポイントが余れば、修繕魔法も習得してもらおうかな。5000ポイントだし。結構倒してきたでしょ? 魔物」


 もう、しっかりとシンジの中でセイをどのように補強するのか、決まっているようだ。

 セイが持っているだろうポイントまで、計算に入っている。


「確かに、それくらいのポイントはあると思いますが……では、その技能を習得すればいいんですね?」


 iGODを起動し、シンジに言われた技能を習得していくセイ。

 言われたまま、余計な事は考えないようにしていた。


「……オッケー。それで大丈夫なはず。じゃあ、ステータス見せて」


 言われたとおり、自分のステータスをシンジに見せるセイ。


「うん、習得出来ている。……あ」


「……どうしたんですか?」


 何かに気づいたような声を出したシンジに、セイが聞く。


「常春さん、職業、一般人のままだね」


「職業、ですか?」


 シンジに言われ、セイも気づく。


「職業って、確か、先輩がカフェでクモとかに命令したような能力が手に入るモノ、でしたっけ?」


「そうそう。せっかくだし、職業も変えようか。『ハロワ神殿』ってアプリを開いて」


『ハロワ神殿』のアプリを起動するセイ。


 そこには、色々な職業の名前が書かれていた。


「……どうすればいいですか?」


 ゲームなどしたことがないセイは、どうすればいいか分からなくなり、シンジに指示を仰ぐ。


「そうだね。とりあえず、一番最後の職業を選んでみて」


「コレですか?」


 そう言われ、セイはシンジが指名した職業をタップする。

 すると、その職業の説明が現れた。


ーーーーーーーーーーーーーー

くノ一

肉体を駆使し、敵を欺き制圧する職業。

体術のみではなく、隠密術や房中術など肉体を駆使した幅広い技能を習得可能。

固有技能(分身) 自分の肉体を模した、分身を生み出す。


上昇ステータス HP SP 筋力 瞬発力 集中力

低下ステータス MP 魔力

ーーーーーーーーーーーーーー


「くノ一……忍者の事ですね。確かに強そうですけど。これにしますか?」


 確認の為、シンジの方を見るセイ。

 すると、シンジは、やけに真剣な顔をしていた。


「……どうしたんですか」


「……エロい」


「え?」


 突然訳の分からない事を言い出すシンジ。


「え? エロいって、何が、何でですか?」


 疑問の声を出すしかないセイ。


「いや、だって、房中術ってさ」


 照れくさそうに、セイから目をそらすシンジ。


「ぼうちゅうじゅつ?」


 聞き覚えない単語を発するシンジ。

 セイは、もう一度、職業の説明を良く読んでみた。

 すると、たしかにそのような記述が書いてある。


「え? 房中術って、何ですか?」


 シンジに問うセイ。

 この言葉の、ドコにエロい要素があるのだろう。


「あ、いや。知らないならいいや。それで、エロ春さんはその職業でいいの?」


「誰がエロ春ですか!?」


 シンジに詰め寄るセイ。


「本当に、何ですか、房中術って」


「いや、知らないなら知らない方がいいと思うけど……」


「教えてください」


 真剣な目をしたセイに、シンジは少し悩んだ後、耳打ちしてこっそりと教える。


「…………!?」


 それを聞いて、セイは耳まで真っ赤にする。


「な、なんですかソレ!?」


「まぁ、俺も詳しくは知らないけどさ。そうらしいよ」


 さすがのシンジも、照れくさそうに頬を染めている。

 女子にこう言ったワードを教えるのは、色々キツい。


「そ、そんなの出来るわけないじゃないですか。コレ、ダメです。この職業、ダメです」


 セイは、首を振って、『くノ一』の職業を拒否する。


「あー……まぁ、常春さんが好きなモノを選ぶのが一番だと思うけどさ」


 シンジは、困ったような顔して言う。


「ただ、俺としては『くノ一』を選んでもらった方が助かるんだよな」


 そう言ったシンジに、セイは目を細める。


「……スケベ」


「いや、違うよ!? これはマジで違うよ? あの、ただ、俺はもう全ての基本職を極めているから、俺が習得出来ない常春さんの固有職を選んでもらった方が、いざって時、助かると思って」


 慌てて弁解するシンジ。

 シンジは元々、セイに固有職があったら、まずはそれを選んでもらうつもりだったのだ。

 まさかセイの固有職に、あんなワードが書かれているとは、シンジも予想外である。


「それに、その房中術って技能も、後で購入したら習得出来ますよって意味で、習得しなかったら、意味はないと思うし……」


 セイは、シンジの言葉を聞いて、そして決める。


「……わかりました」


 セイは、そのまま『くノ一』の職業を選ぶ。


「あ、それでいいの?」


「はい。確かに、先輩のおっしゃるとおり、私がその技能を習得しなければいいだけみたいですし、それに……先輩がスケベな事は、知ってますし」


「うっ……」


 痛い所を突かれたシンジの顔に、少しだけ満足したセイは笑みを浮かべる。


(……助かる、か)


 セイは、シンジがさきほど言った、『いざって時、助かる』という言葉を思い返す。


(……先輩の助けになるなら、これでいい。これがいい)


「それで、これからどうするんですか?」


 上機嫌なセイは、シンジの指示を仰いだ。


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名前  常春 清

性別  女

種族  人間

年齢  15

Lv  18

職業  くノ一☆1


HP  560

MP  160

SP  400

筋力  46

瞬発力 52

集中力 41

魔力  13

運   10

技能  分身

    麒麟児

    レベルアップ適正

    職業適正

    アイテムボックス30

所有P 1535P

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