第106話 冒険が始まる
「……何をしているんですか?」
カフェにある食料や今後役に立ちそうなモノをアイテムボックスに収納したシンジとセイ。
残るは、シンジが連れて行くと言っていた、カフェに佇む女子の死鬼たちだけなのだが……
「え? さっきも見せたと思うけど、アイテムボックスは、iGODで撮影することで収納出来るんだよ。だから、彼女たちを撮らないと」
そう言って、iGODのレンズを死鬼の女子たちに向けるシンジ。
「いえ、そんな事を言っているのではなくてですね……」
呆れたように、シンジを見下しているセイは、言う。
「なんで、寝そべりながら彼女たちを撮影しているんですか?」
物理的に、下に見ているセイとシンジの目が合う。
「……やれやれ常春さんは何も分かってないね」
そう言って、シンジは目線をiGODに戻す。
……iGODに表示されている、女子のスカートの中身に戻す。
「……何を、分かってないのですか?」
「いいかい? 今、俺が撮っているのは、女子の死鬼だ。彼女たちを撮影して、アイテムボックスに入れようとしている。だが、もし、その撮影がずれて、彼女たちの腕だけを撮影してしまった場合……彼女たちはどうなるのだろう? 収納されない? 収納される? それとも……腕だけアイテムボックスに、収納される? 答えは分からない。だが、俺は、彼女たちの腕がちぎれるのなんて見たくない。 だから俺は、安全に、確実に収納するため、こんな窮屈な姿勢で、撮影しているのだよ」
「……なるほど」
長々と、やけに説得力のありそうな事を言ったシンジに、セイはうなずく。
「………………いや、いやいや。なんですかその理屈! だからって、そんな盗撮みたいなマネ、する必要ないじゃないですか!」
「うしゃしゃひゃひゃひゃ……!」
セイのツッコミを無視し、高速で床を這いながら女子の死鬼たちを撮影し、アイテムボックスに収納していくシンジ。
「ぐっ……」
一瞬、まるでゴキブリのように動くシンジの頭をド突こうと思ったセイだが、なんとか思いとどまる。
つい先ほど、そんなシンジについて行くと宣言したばかりなのだ。
(…………耐える。耐えるの。目を閉じて、見ないようにして、精神を落ち着かせて……)
目を閉じ、深呼吸するセイ。
胸に空気が出て、入って。
その度に、苛立ちで高ぶった心が静かになっていく。
(……よし)
そして、ある程度気持ちが収まった所で、セイは目を開ける。
開けると、セイはシンジと再び目があった。
セイは下を向いて目を開けており、そこでシンジと目が合うという事は、つまり、シンジはセイの足下にいた。
「…………はい、チーズ」
シンジが手にしているタブレット端末、iGODが光る。
フラッシュが焚かれたのだ。
つまり、今、セイは撮られた。
足下から、舐めるように。
スカートの中身を、シンジに。
「……っきゃぁあああ!?」
セイは顔を赤くしながら、とっさに後ろに下がる。
もう、シンジは撮影を終えており、その行為に意味はないのだが、距離を置きたくなるのは当然の事だろう。
「なっ!? ななな、なんで!? なんで私を撮って……というか、何をっ!?」
羞恥と驚きで呂律が回らなくなっているセイは、口をパクパクさせながらなんとかシンジに疑問を提示する。
そんな顔を真っ赤にしてパニックになっているセイをよそに、シンジは普通に起きあがると、その疑問に答える。
「いや、なんか目を閉じて隙だらけだったしさ。チャンスだと思って」
「そんなチャンスなんてありません!」
あははと笑うシンジに、涙目のセイ。
「だから言ったじゃん。セクハラするって」
「ぐうう……」
恨めしそうにシンジを見ていたセイは、シンジの言葉で、目を悔しそうに変える。
ぐうの音も出ない。
ぐうと唸ったが。
「……ところでさ。なんか、スースーしたりしない?」
突然、シンジがそんな質問をセイにしてきた。
その質問に一瞬首を横にしたセイは、すぐに自身の異常に気づく。
「……あっ! パンツが! え!? ええ!?ちょっ? ええ!?」
スカートを押さえ、あわてて周囲をキョロキョロとするセイ。
「なるほど。普通は、生き物は収納出来ないし、生き物が身に付けている物は収納出来ないけど、ちゃんと時間をかけて、近距離からピントを合わせて物だけ撮れば、それだけを収納出来るのか。……戦いには使えそうにないけど」
満足気に、うなづくシンジ。
「そ、そんな事どうでもいいですから、早く、私のパンツ、返してください!」
セイが、若干シンジから距離を取りつつ、片手はスカートを押さえ、片手はシンジに向かって伸ばす。
「……………………?」
そんなセイに、シンジは首をかしげる。
「いや、『?』じゃなくて、本当に、お願いしますから、返してください。これだと、私動けません」
本当に困った様子のセイに、シンジはやれやれと首を振りながらiGODを操作してセイのパンツを取り出す。
「はい。白色のパンツ。動きやすい素材なのかな? 伸縮性があるね。絹とかじゃなさそうだけど。けど、触りごごちが良い。汗を吸って、暖かくしてくれるタイプのヤツかな? とても実用的で、いいと思うよ」
「そんなに解説しないでください!」
奪うようにシンジから自身のパンツを受け取ると、調理場の陰に隠れてパンツを履くセイ。
「……まったく。それで、もう女の子たちの収納は終わったんですか?」
「んー? まだ。ちょっと、悩んでいてさ」
パンツを履き終わったセイは、シンジが見ている方向を見る。
そこには、二人の死鬼が残っていた。
「……百合野さんと、水橋さん。ですか」
その二人は、セイの友人だ。
「何で、悩んでいるんですか? 連れていきましょうよ」
セイの言葉に、シンジはマドカたちを見ながら答える。
「シシト君がいるのに?」
シンジの出したその名前に、セイは体をビクリと振るわせる。
シンジは、その様子を横目で見ていた。
「……はい。連れて行った方が、いいと思います」
セイは、シンジの方を見ようともせず、うつむいたまま言う。
「彼女たち……特に、百合野さんは、話で聞いた事があるけど、シシト君の事が好きなんだよね? それで、シシト君も、百合野さんの事が好きなんだよね」
セイは、黙ったままだ。
「シシト君は今、超大金持ちのロナってお嬢様と一緒にいる。たぶん、彼女たちの分くらいの蘇生薬程度のお金なら、出せるはずだ。そうじゃなくても、ちゃんと保護するだろうね。彼女たちはまだレベルが1だから、簡単に拘束できるし。それなのに、連れて行った方がいいの?」
ちなみに、シンジは少し前に食堂にいる滝本に、カフェにいる女子生徒たちとエリーについて相談している。
エリーは、やはり強すぎるためこのままシンジが管理をし、事態が落ち着いたら半蔵たちに任せる事になったが、他の女子生徒たちは、誰か、生き返らせたいと思う人がいたらその人に任せようという事になった。
だが、滝本が食堂に避難している生徒たちにシンジが保護していた生徒たちについて聞いたところ、誰も彼女たちを生き返らせたいと名乗り出る者はいなかった。
校庭で生き返らせようとしていた人たちが襲ってきた事が、まだ彼らの心に残っていたのだろう。
食堂の生き残りの中には、カフェで保護している女子生徒の彼氏なども、実はいたのだが。
だからシンジはシシトがマドカたちを探しているのなら、彼に任せた方がいいのではないか、と思ったのだ。
シンジの問いに、セイは少し悩むそぶりを見せ、そしてうなずく。
「はい。連れて行った方が、いいです」
「……理由を聞いてもいい?」
シンジの問いに、セイは、重く口を動かす。
「……切られたんです」
「切られた?」
「はい。先輩と再会した時、私の両足が切断されていましたよね? あれ……シシト君がしたんです。私が土屋くん……さっきカフェに侵入してきた死鬼ですけど、彼がシシト君を襲おうとしていて、私が土屋君の首をはね飛ばしたら……私を、『殺人鬼』だと言って、シシト君は岡野さんが持っていた小刀を振り回して、私の足を切ったんです」
言い終わって、セイは深く息を吐いた。
「なるほど、ね」
セイの話から、あのときの状況を何となく掴むシンジ。
おそらく、田所を殺したシンジのような状況だったのだろう。
土屋という少年がシシトの友人で、彼を殺したからセイに対してシシトは怒った。
セイにしてみれば、許せる話ではなく。
シシトからしてみても、セイの事は許せなかったのだろう。
悲しい話だ。
とてつもなく、理不尽な話だ。
だが。
「……それで、なんで彼女たちを連れていった方がいいの?」
「……え?」
「多分だけど、シシト君がわざわざ避難先からこの学校に帰ってきたのってさ、この百合野さんを探しに来たから、だよね? なのに、連れていくんだ? 俺はそれで悩んでいたんだけど」
シンジの問いに、セイは不機嫌そうに眉を寄せる。
「はい。だって、このままココに置いていくと、危ないですから」
「危ない、って誰が? 何に対して?」
「決まっているじゃないですか。百合野さんたちが、シシトくんに傷つけられるかもしれないって事です。シシト君は、私の足を切った人ですよ? そんな危険な人物の所に友人を任せるなんてできません」
「でも、シシト君が百合野さんたちを傷つけるとは限らないよね? いや、むしろシシトくんは友人に対してそこまで怒るという事は、百合野さんに対して傷つけるような事はしないんじゃない?」
「……何が言いたいんですか?」
「別に。ただ、常春さんが彼女たちを連れていきたいと思った本当の理由を知りたくてさ。愛し合う二人を引き裂いてまで」
そう、シンジに言われ、セイは黙ってしまう。
「言っていいよ。なんとなく、察しはついているから」
セイは、数秒ほど悩むそぶりを見せたが、意を決したように言葉を吐き出す。
「嫌がらせ……」
「うん」
「嫌がらせを、したいんです」
シンジは、黙ってうなずく。
「さっき、見たんです。校庭で、シシトくんが、ロナさんや、岡野さん……私を、中庭に突き落としたあの女と、楽しそうに、仲良くはしゃいでいるのを。私の足を切り落として、殺したばかりですよ!? なのに、彼らは楽しそうに……そんなの、許せる訳ないじゃないですか!」
最初の方は小声だったセイの言葉が、徐々に、大きく、感情が、入っていく。
「だから、だから! あの人が探している百合野さんを、連れて行って、あの人に、あいつらに、少しでも、少しでも、何かを……」
セイの全身が震えていた。
「うん。分かった」
そう言って、シンジはすぐに動くと、百合野たちを撮影しiGODに収納した。
「はぁ……はぁ……」
セイは、大きく息を吐いている。
吐き出したからだ。
言葉を。
気持ちを。
自分が醜いと思っている、感情を。
その嫌悪感が、セイの息を乱している。
「お疲れ。頑張ったね」
そう言いながら、シンジは自販機から命令して取り出したペットボトルに入っているジュースをセイに渡す。
「ダメ……ですよね?」
それを受け取りながら、セイは消えそうな声でつぶやく。
「こんな、汚い気持ち。ダメですよね? 最低だ……」
そう言って、セイはうつむく。
「いや、ダメじゃないよ? 全然」
セイは、恐る恐る顔を上げる。
「そもそも、俺が無理矢理言わせたしね。なんか、常春さんが色々ため込んでいそうだったからさ。せっかくこれから一緒に行動するパーティーになるのに、暗い気持ちを飼っているままだと、こっちも楽しくないしね」
「パーティー?」
party
意味は、社交の集まり。政党。
そして、仲間。
「そ。パーティーは楽しくないと。まぁ、本音を全てぶちまけろ、とは言わないけど、パーティーだったら、ある程度の情報は共有しないとね」
シンジが、ペットボトルをセイに向ける。
「ほら、常春さんも。さっき渡したでしょ?」
そう言われ、セイも慌ててペットボトルをシンジに向ける。
二人とも、中身はグレープ味の炭酸飲料。
「乾杯……ですか?」
「ああ。俺たちのパーティーの始まりを祝して。まぁ、今更だけどさ」
ペットボトル同士。
柔らかく当たって音は出なかったが、二人が口にした飲み物の味は、冷たくて美味しい。
「……でも、シシト君の復讐のために百合野さんたちを連れていくって事は、百合野さんたちに対するセクハラは、限度なく過剰にヤっちまっていいって事ですかね、姉御?」
口元をゆがめ、悪い顔をするシンジ。
「……私に先輩を止める権利は無いですけど……一応、友達だから、というのも本当の理由ですからね?」
セイの顔は一応微笑んではいるが、どこか、威圧感がある。
「そっか、分かった」
分かって、いたが。
「じゃあ、コレを飲んだらそろそろ行こうか。いつシシト君が5階まで来るか分からないし」
セイは、うなずく。
二人きりのカフェに、どんどん太陽の光が入ってくる。
今日は晴天。
仲間と冒険をするには、良い日だろう。
おそらく、街は、冒険という言葉が似合うほど、様変わりしているはずだ。
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