第105話 半蔵が警戒する

「…………で、これどう使えばいいんだ?」


 滝本の笑いと半蔵の叫びが落ち着いた後、半蔵は滝本に巻物を見せながら聞く。


「まぁ、だいたい、iGODってのはその物体のイメージ通りの使い方をするんでそのまま開けばいいんじゃないですか?」



 滝本に言われ、巻物のiGODを半蔵は開く。

 見た目は何メートルもの紙が巻かれていそうだったが、実際は十数センチ程しか開けなかった。

 そこには、若干古風な文字で色々書かれている。

 書かれている文字の範囲は、ちょうど大きめのタブレット端末の画面同じくらいだろうか。


「……完全に、巻物。ってわけじゃないのか。まぁ、でも体に仕込みやすいだろうし、範囲も広めだから悪くないかもな」


「……ん? なにか言ったか」


「あ、ああ。いや、何も。後で教えます。それより、その中身を見てください」


 ポツリとつぶやいた滝本を見る半蔵。

 しかし、滝本は首を振った後半蔵に巻物を見るように要求するだけだ。


 気にはなるが、あとで教えるなら、いいだろう。

 そのまま、半蔵は巻物に書かれている文字を読んでいく。


「『始めての方へ』 『ステータスチェッカー』 『ハロワ神殿』 『総合売却カイトリ』 『総合販売ウルトラ』 『総合掲示板』……なんだ、こりゃ?」


「まずはステータスを確認しましょうか。『ステータスチェッカー』って書かれている文字を触ってください」


 そう滝本に言われ、半蔵は『ステータスチェッカー』を触る。

 すると、まるでタブレット端末を触っているかのように、巻物に書かれている内容が変わる。


-------------------------------------

名前  門街 半蔵 

性別  男

種族  人間

年齢  44

Lv  8

職業  一般人★5


HP  190

MP  120

SP  160

筋力  22

瞬発力 23

集中力 19

魔力  15

運   18

技能  なし

所有P 15540P

-------------------------------------


「へぇ…………さすがは隊長さん。レベルの割には、べらぼうに強いですね」


 半蔵のステータスを見て、感嘆の声を上げる滝本。


「そうなのか? よく分からんが……それで、これからどうすればいい?」


「そうですね。もう一般人は極めているので、職業を選びましょうか。ココを触ってください」



 滝本に言われた通りの場所を半蔵は触る。


「『ハロワ神殿』って……」


「そこで職業を選べるんですよ」


「さっきから、なんなんだ? 職業って? 俺はもう仕事についているぞ?」


 ゲームをあまりした事が無い半蔵は、ゲーム的な職業を選ぶ、という概念をイマイチ理解出来ない。


「なんて言えばいいのか……要は、メイセイのヤツが半蔵さんを治した魔法やら、技能が使えるようになるための……資格、みたいな感じですね。教師は、教師だから、人にモノを教える事ができるでしょう? そんな感じです。職業につかないと、魔法やら何やら出来ないんですよ」


 滝本に教えられ……それでも、まだ把握しきれていない半蔵だったが、とりあえず巻物に視線を戻す。

 元々、どちらかと言えば半蔵は習うより慣れるタイプの人間である。

 とりあえず、やってみるのだ。


 巻物には、様々な職業の名前のような物が書かれていた。


「『戦士』に『格闘家』……『魔法使い』? なんだ、これは? まるでゲームみたいだな」


 怪訝な表情をする半蔵。


「まぁ、魔法なんてゲームみたいな事を出来るようにするための職業ですからね」


「この中からどれかを選ぶって話だが……これは……どれを選べばいいんだ?」


 首をかしげる半蔵


「無難なのは盾が使える『戦士』や治療が出来る『治癒士』ですけど……後は、まぁ、最後に書かれている固有職、ですかね」


 滝本は、最後に書かれている職業の名前を指さす。


「……『守護者』? なんだ、コレはどんな事が出来るようになるんだ?」


 説明には、

-------------------------------------

 守護者

 人を守るための加護を得る職業。

 戦士よりも守りに特化している。

 固有技能(防壁) 周囲に、壁を生み出す。


 上昇ステータス HP SP 筋力 集中力

 低下ステータス 瞬発力

--------------------------------------

 と書かれている。


「さぁ? 何が出来るんですかね?」


 両手を広げる滝本。


「お前、さっきからふざけていないか?」


 その滝本の様子に、半蔵は怒気をはらんだ声を出した。


「あはは、いやいやいや。そんな事ないですよ。その半蔵さんの職業は、固有職って言って、限られた人にしかなれない職業なんで。だから誰も詳細は分からない。ただ、限られた人にしかなれない、って事は、その職業に適正が有るってことだから、俺はその職業をススメたんですよ」


 必死に弁明する滝本の様子に、滝本が冗談を言っていないと分かる。

 先ほど、巻物の件で精神状態が良く無かった事もあって、自分も少々大人げない対応をしてしまったと反省する。


「……でも、半蔵さんの固有職、忍者じゃないのか」


 滝本はぽつりとこぼした。


「……やっぱり、一発殴っていいか」


 半蔵は、さらなる怒気を発しながら滝本に近づく。


「すんません! 冗談です! 冗談! ホント、すんません」


 近づいてくる半蔵を手で制しながら、滝本は謝る。


「……まぁ、いいか」


 数歩近づいて、数歩後ずさって。

 半蔵は呆れたように肩を落とす。


 呆れたのは、冗談を言った滝本にか。

 それとも、その冗談を聞き流せなかった自分にか。


 半蔵は肩を落とした後、すぐに滝本にオススメされた『守護者』を選択した。


「あ、ソレでいいんですか?」


「ああ、どうせ、こんな物よく分からん。なら詳しいヤツの意見を聞くさ」


 最後に、確認の選択肢が出て、半蔵はOKを選ぶ。

 半蔵の体が淡く光る。


「……コレで終わり、か?」


 光が収まった後、半蔵は体を軽く動かしてみる。


「特に異常は無いが……いや、若干、力が強くなったか。変わりに、少し体にキレが無い感じが……」


「ステータスが変わったんで、ちょっと影響が出ているだけですよ。まぁ、そこまで大幅にステータスが変わる職業って訳でも無さそうですね。ヒドいヤツだと、体が動かせなくなる職業もあるんで」


「おい、そういう事は言っておけよ」


 しれっと、危ないことを滝本は言う。


「ああ、大丈夫。半蔵さんの職業に、その危ないヤツは無かったんで。で、次は……」


 滝本は顎の無精ひげに手をやる。


「うーん……一度、技能がどんな効果か確かめた方がいいかも、ですね。でも、ここじゃ狭いし生徒もいるんで……外はまだ暗いしなぁ」


 滝本が今後の方針を考えていると、ミサコ達が無線機を抱えて戻ってきた。


「すみません。遅くなりました。回線を接続するのに遅れて……半蔵隊長、ヘリに乗っている宮間と通信がとれました」


「おお、でかした」


 ミサコから、半蔵は無線機を受け取る。


「あーこちら半蔵だ。宮間か?」


「半蔵隊長!? 本当に、隊長ですか!? 良かった、お嬢様達から、隊長はもう、お亡くなりになったと……」


 宮間はやけにうれしそうな声を出していた。


 その声の後ろから、騒がしい音が聞こえる。


「あ、お嬢様、もう代わるので、そんなに慌てなくても……」


「半蔵!? 半蔵なの!?」


 宮間に変わり、少女の声が聞こえてくる。


 この声を、半蔵は知っている。


「ロナお嬢様! ご無事でしたか。おケガなどなされておりませんか!?」


 慌てるように、半蔵は矢継ぎ早に聞く。

 その問いに、うんうんと、涙を交えながら答えるロナ。


「大丈夫、ケガしてないよ。それにしても、半蔵も良かったね。シシトが、半蔵が全身傷だらけで、血塗れになって倒れていたと言っていたから……」


「ええ、大丈夫です。あの白い仮面相手に、不覚をとりましたが、なんとか無事です……今、なんとおっしゃいましたか?」


 半蔵は、なぜか出てきた少年の名前が気になった。

 なぜ、シシトが自分が白い仮面に全身を切り裂かれた事を知っていたのだろうか。


 シシトは、ロナと一緒に避難していたはずだ。


 いや、そもそも、なぜロナは半蔵が死にかけていた事を知っていたのだろうか。


 その疑問が再び沸いてきた。


「だから、シシトが、貴方が倒れているのを見ていたのよ。そうだ、半蔵。シシトにお礼を言って。シシトが、半蔵が殺されかけた時にちょうど通りがかってくれたから、半蔵はトドメを刺されないで済んだと思うし、それに、敵(かたき)を討ってくれたんだから」


 半蔵は、ロナが何を言っているのか分からなかった。


 敵(かたき)を討った?

 困惑している半蔵をよそに、ロナはシシトと通話を変わる。


「もしもし、半蔵さん? シシトです」


「あ、ああ。半蔵だ。お嬢様が、お前が、敵(かたき)……白い仮面を倒したと言っていたが……」


「……はい。俺が……倒しました」


 半蔵の問いに、やけに小さな、元気のない声でシシトが答える。


 そのシシトの声の様子から、半蔵にある予想が芽生える。


(やはり、あの白い仮面は……)


 半蔵は、白い仮面と相対したとき、身長などの身体的特徴や、身のこなしなどから、ある程度白い仮面の正体を予想していた。


 あまり長い時間観察したわけではないので確証は無いが、このシシトの声の様子から推測するに、ほぼ間違いはないだろう。


 あの、白い仮面の正体は……


「俺が……俺が、白い仮面の……常春さんの足を切ったんです!」


「……………………はぁ?」


 半蔵はあっけに取られた。

 なぜ、ここで、半蔵の師匠の孫娘の名前が出てくるのだろうか。


 半蔵が予想していた白い仮面の正体は、シシトの幼なじみである岡野ユイという長身の少女だ。


 突然出てきた意外な名前に、半蔵は言葉を出せない。


「俺が……俺が……うわぁあああああああ!!」


 突然、通信先から、狂ったような奇声が聞こえてきた。

 シシトだ。

 その、あまりに大きな、悲痛な叫びに、半蔵は、思わず通信機から耳を離す。


「シシト! 落ち着いて! さっきも言ったじゃない! 貴方は何も悪くない、常春さんの事は仕方ない! 可哀想だけど、あの時は貴方が常春さんを切らなかったら、多分皆死んでいた。貴方が頑張ったおかげで、助かった命が沢山あるの! 岡野さんも、小鳥ちゃんも、私も。そして、半蔵も。貴方がいたから、助かったの。貴方が皆を救ったの」


 すすり声を上げるシシトと、ロナの声が通信機から聞こえてくる。


「大丈夫……貴方の罪は、私も背負うから。貴方は一人じゃないから。安心して。私は、変わらないから。いつまでも、貴方の事を支え続けるから。彼女、のままだから」


 そのロナの言葉に、シシトのすすり声が収まっていく。


「……お嬢様、そろそろ、ご自宅に到着いたします。一旦、通信を切らないと」


 宮間の声が聞こえてくる。


「……そう、分かった。じゃあ、半蔵、一度通信を切るわね。必ず、迎えに行くから、待っていて。もちろん、他の人たちも乗れるように、ヘリの準備をさせるから」


「……はぁ、分かりました」


 突然、通話先で繰り広げられた恋愛映画のラストシーンのようなお話に、半蔵はあっけにとられたままだ。


 つい、気の抜けたような返事を返してしまった。


「半蔵。私たちが迎えに行くまで、必ず無事でいてね。たぶん、半蔵の元気な姿を見たら、シシトも元気を取り戻すと思うから」


 そう言って、ロナは通信を切ってしまった。


「……なんだったんだ?」


 通信機を見て、半蔵は首を傾げる。

 通話を始めた当初は、純粋にロナの元気な声を聞けて嬉しかったが……


「常春の嬢ちゃんが、白い仮面?」


 後半から始まった、怒濤の展開に、その嬉しさもどこかに行ってしまった。


「しかも、その嬢ちゃんを、シシトが、切った?」


 訳が分からなかった。


 まず、そもそも、あの白い仮面の中身が常春の嬢ちゃん……セイだということはほぼあり得ないと半蔵は確信していた。


 確かに、あの白い仮面の身のこなしの速さや力の強さは、半蔵も遅れを取るほどの実力ではあったが……格闘、という事をだけを考えれば、せいぜい中級者、と言って良いレベルだった。

 少なくとも、半蔵の部下の中で、屈指の実力を誇るエリーと肩を並べる実力を持つセイの動きではない。


 なぜ、セイが白い仮面の正体になっているのだろうか。


 そして、そんな実力者であるセイをシシトが、何の格闘技の経験もない一般人の少年が、切った。


 半蔵が意識を失っている間に何が起きたのだろうか。


 ロナに詳しく話を聞かなくてはいけない。


「あっ……そういえば」


 半蔵は、そこでロナに伝えなくてはいけなかった事を思い出す。


「メイセイ少年の事を、言い忘れていた」


 半蔵のケガを治してくれた、メイセイという少年。

 ロナは彼の事を凶悪な殺人鬼と言っていたが、半蔵は実際に会ってみて彼がそのような人物ではないと思っている。


 そのことは、しっかりと伝えた方がいいだろう。


「……なぜだろうな、なんか、イヤな予感がするんだよな」


 半蔵は、自分の予感が、無視できないモノであると知ってる。


 警備という仕事をして、培ったモノなのか。

 それとも、自分の予感の鋭さが、半蔵を隊長という地位にまで押し上げたのか。


 それは、分からないが。


「とりあえずは、迎えが来るまで生き残らないとな」


 そう言って、半蔵は食堂を見渡す。


 疲れ切ったような顔で、眠っている生徒たち。

 逆に、辺りを警戒するように気を張りながら起き続けている生徒たち。


「コタくーん、どこー? 今なら、ちょっと恥ずかしいけど、私のこの大きなお胸を触っていいよー。なんなら、私をマオちゃんの代わりに、彼女にしてもいいよー」


 空の鍋を引きずりながら、食堂を動き回る少女。


「滝本、さん。コレは、どうしたらいいのでしょうか?」


「んー? ああ、滝本さんなんて、他人行儀で呼ばないでよ。俺の下の名前は、直紀だから。ナオキって呼んで。ドゥーユゥーオーケェイ?」


「わかった……ナ、ナオキ」


「なぁ、ナオキ。こっちは何なんだ?」


 両手に、女性を抱えて、彼女たちが持っているタブレット端末を扱う男性。


 皆バラバラだ。


 数時間前の統率された、結束力のある集団の様子は欠片も無い。

 だが、


「……生き残る事に、問題はなさそうだな」


 不思議と、今の状況の方が先ほどよりマシに思えた。

 おそらく、今の彼らなら仮にドラゴンが現れても各自がそれぞれやるべき事を行えるだろう。


 力ある者に頼りきり、考えない。

 そんな事は無いはずだ。


「じゃあ、おじさんも頑張りますかね」


 そう、気合いの声を出し、とりあえず自分の部下とイチャイチャしている男の頭を殴りに半蔵は向かった。

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