市街地と女学院死闘編

第104話 半蔵が滝本と出会う

「……ヒドいな、こりゃあ」


 自分のケガを治してくれた、やけに強いメイセイという少年に教えられたミサコ達がいるという食堂に向かっていた半蔵は、至る所の壁に穴が空いている光景を見てつい声を出してしまう。


 壮絶だ。

 まるで、空襲でも起きたかのような、圧倒的な破壊の痕跡。


「……お嬢様達は、本当に脱出出来た、のか?」


 その、人が生き残れているととても思えない学校の状況に、半蔵はついロナ達を探しに元来た道を戻ろうとする。


 が、すぐに思いとどまる。


「いや。ヘリがロナお嬢様のご自宅に向かったのなら、ちゃんと脱出出来たはず。そう、命令していた。なら、まずはミサコ達と再会するべき、だ」


 そう、自分に言い聞かせて半蔵は食堂へと向かう。


 ヘリが飛び立ったのは、ロナを救出できた場合とは別にもう一つの可能性があるのだが、半蔵はその事を考えないようにしていた。


 そうだった場合。


 どちらにしても半蔵がやるべき行動に変わりは無いのだ。


「化け物たちの姿は、もうほとんど無いんだな」


 食堂がある建物へと続く渡り廊下を進みながら半蔵は校庭の様子を見る。


 至る所に化け物の死体や、血が飛び散っている。


 これを、全てあのメイセイという少年がしたのだろうか。


「ドラゴン、の姿も無いか」


 どれほどあの少年は強いのだろうか。


「もしかしたら、常春のじいさん並みかもな」


 鬼のように強い……いや、屋敷にやってきたドラゴンの一匹を素手で倒してしまったのだから、ドラゴンよりも強い自分の師匠の姿を半蔵は思い出す。


「……さすがに、そこまでじゃねーな。常春のじいさんは、異常だ」


 そう思いつつ半蔵は食堂に到着した。


「人の気配はあるな」


 食堂の扉の前で、半蔵は立ち止まった。

 中から確かに複数の人の気配がする。


「あの少年が嘘をついているとは思ってないが」


 半蔵の脳裏に、一瞬白い仮面の少女が浮かぶ。

 もし、仮に、あのメイセイという少年が白い仮面の少女の仲間だった場合。

 食堂の中は敵だらけ、という可能性もある。


 念のため、ナイフを取り出しつつ半蔵は慎重に扉を開ける。


「コタ君!?」



 すると、中から一人に少女が飛び出してきた。


 半蔵は、反射的ナイフを少女の首に当てようとして、寸前で止める。


 明らかに、少女は敵意などみじんもない、一般人だったからだ。

 飛び出した少女は、その大きな胸を揺らしながら、頭を上げ、半蔵の顔を見る。


「……なんだ、おっさんじゃん。紛らわしいことしてんじゃねーよ」


 半蔵の顔を見た後、ぺっ、と少女は地面に唾を吐いた。


 敵意…………はない、はずだ。


 少女はきびすを返し、食堂の中に戻っていく。


「コタくーん、どこー。潮花だよー。いるんでしょー。メイセイくんに聞いたよー。私メイセイくんと友達になったんだー。だから隠れてないで、お話しよー」


 そう言って、少女は食堂の中にある鍋やらカーテンの裏をひっくり返す。


(……誰を捜しているか知らないが、そんな場所に人はいないだろ)


 そんな少女の様子を呆れながら半蔵が見ていると、奥の方から女性が二人歩いてきた。


「隊長!?」


「ミサコ! ブレンダ! よかった、無事だったか!」


 半蔵の部下の女性隊員、ブレンダとミサコだ。


 再会した3人は、手を取り合いお互いの無事を確かめ合う。


「ケガはないか?」


「はい。私たちは無事です。でも、半蔵隊長も……」


 目尻に涙を浮かべながら、半蔵の無事を喜んでいたミサコは言葉尻を濁らせる。


「基山たちの事は聞いている。だが、とりあえず、お互いの無事を喜ぼう」


「は、はい!」


 背筋を伸ばすブレンダとミサコ。


「ところで、ロナお嬢様から連絡はあったか? ヘリはもう飛び立っているようだが……」


「はい。まだ、無線が届く範囲にいた時に、一度連絡が……ロナお嬢様は、ご無事のようです。友人の方々と、ヘリにのってご自宅の方に……あっ! そういえば、ロナお嬢様に半蔵隊長のご無事をお伝えしないと……隊長が死んでしまったと、悲しんでおられたので」


 そう言って、ミサコとブレンダはきびすを返す。


「ん?」


 少々、ミサコ達の言葉に疑問を持った半蔵だったがその疑問はすぐに消える。


「お? もういいのか?」


 ちょうど彼女たちの前に男性が立っていたからだ。


 無精ひげを生やした、少し怪しい風貌の男性。


 ドラゴンが襲撃してくる前に、ブレンダとミサコをナンパしていた男性。


「ええ。大丈夫。これから、ヘリとの通信の準備をしないと」


「トランシーバーはもう届かないし、一度本部に連絡して……」


「そうか、よかったな。半蔵さんが無事で」


 二人の肩に手をおく男性。

 ブレンダとミサコは、その手に少し頬を染める。


 その親しげな様子に半蔵の意識は持って行かれていた。


「貴方は……滝本、さんだったか?」


「ええ、名前を覚えてくれてましたか。滝本です。それにしてもよかった。ミサコもブレンダも、半蔵さんの事を本当に心配してましたから。メイセイから連絡は来てましたけどね。やっぱり実際に目で見るのとは違いますから」


 滝本が、半蔵に手を差し出す。


 それに答える半蔵。


「よろしく」


「ああ、こちらこそ」


 二人はがっちりと握手して、そしてお互いの手を離す。


 二人が握手をしている間に、ミサコとブレンダは立ち去っていった。


「しかし、本当に良かった。今はまだコタロウが張った結界が残っているから魔物が入っては来ないけど、それもいつ切れるか分かりませんからね。生徒達を守るにも3人では少々心細かった所なんですよ」


「結界……? 3人?」


 そう、疑問に思った半蔵は、滝本の背中にある銃を見る。

 それは、半蔵たちが使用しているアサルトライフルだ。


「これでも、一応教師なんでね。生徒達を守るために命がけで戦う。なんてカッコいい事は言いませんが、一応責任は果たさないと」


 そう言って、滝本が少し笑う。


 それを見て、半蔵は自身が思っていた滝本に対するイメージを少し変える。


 変わっている男だと思ったがマトモな大人でもあるようだ。


「そう言えば半蔵さん。メイセイのヤツから、魔法、について教えるように言われているんですけど。何か聞いてます?」


「ああ。そういった話はしたが……。貴方は……あの、メイセイという少年と親しいのですかね? どうも、生徒と教師以上の親しみを感じるが」


「まぁ、色々ありまして。では、まずは半蔵さんのiGODを呼び出しますか」


「iGOD?」



「簡単に言えば、魔法とか使えるようになる道具の事ですよ。ミサコ達も準備に時間がかかるみたいですし、ちゃっちゃと済ませましょうか」


 そう言って、滝本は胸元から旧型の携帯電話のような物を取り出す。


「これがiGOD。俺のは、古い携帯電話のような形ですけど……形は人それぞれ。ミサコやブレンダの物は、最新型のスマートフォンみたいでしたね」


 滝本は、自分のiGODを半蔵に渡す。


 受け取ったiGODをしげしげと観察する半蔵。


「コレが、魔法、とやらに関係しているのか?」


「ええコレを使って、魔法やら今までは出来なかった技術、技能を覚える事が出来ます。まぁ、コレを手にしても、すぐに使える訳ではないですけどね。それに、半蔵さんなら魔法より物理面を強くしたほうがいいんじゃないですか。強いし。とにかく、半蔵さんにはまず、自分のiGODを呼び出してもらいましょうか。コレのような端末をイメージして、『リゴット』と詠んでください。そうすれば、半蔵さんのiGODが手元に帰ってきますから」


「帰ってくる?」


「元々、何らかの魔物を倒した時点で、近くに現れるんですよ、コレ。まぁ、ブレンダやミサコの話から、どうも銃で戦って動きまくってたから、iGODが落ちてきた事に気づかなかったようですけどね」


「ふーむ」


 言われてみて、確かに初めて死鬼を倒した時、見慣れぬ木箱が落ちていたと思う半蔵。


 あれが、iGODという物なのだろうか。


「じゃあ、呼び出してください。何にせよ、iGODがないと、魔法について教えることも出来ないので」


「……分かった」


 呼び出す、という事自体まるで魔法のようであるが、ソレを知る事はとても重要な事だと半蔵は考えている。


 ドラゴンから逃げ出し、白い仮面に敗北し。

 半蔵が覚えている危機感は、実はかなり強い。

 怪しい風貌の男性の教えを、素直に受けるほどに。


 半蔵は、滝本に言われたとおり、意識を集中する。


 携帯電話のような、機械。

 iGOD。

 半蔵は、イメージしながら、言う。


「『リゴッド』」


 半蔵が言った瞬間。


 半蔵の手のひらが淡く光り、そして、その光が収まる。


「…………おい」


「こりゃまた、珍しい」


 半蔵の手に有ったのは、最新鋭のスマートフォン…………ではなくクルクルと巻かれた紙。


 巻物だった。


「どうなってんだ、こりゃ? スマフォみたいな機械が出てくるんじゃなかったのか?」


「ああ、まぁiGODってのは、魔物を初めて倒したとき、本人が望む、文字を表示する物体が形になるから……半蔵さん、巻物、欲しかったんですか?」


「ぐっ!?」


 身に覚えが有る半蔵。


 セイの祖父から護衛術や武術を学ぶ際、手裏剣やクナイなどのいわゆる忍道具の扱いを覚える機会があったのだが、その際、想像以上に考えられた忍道具の数々に半蔵は心を奪われた。


 その時以来、そういった道具を集める事が半蔵の密かな趣味だったのだ。


 だが、その趣味を人に言った事はない。

 なぜなら、


「……半蔵で、巻物……ぷっ」


 滝本が、笑い声を漏らす。


「ぐぐっ!?」


 こうなるからだ。


 もし、部下に……とくにエリーなどにこのことを知られたら、


『ぷっ! 半蔵さんって、忍道具を集めるのが趣味なんですか? 忍者みたいな名前で、その趣味……ぷっぷ。キャラ付けがストレート過ぎて……もっと工夫してくださいよ』


 とからかわれる事は、明白だった。

 それは、キツイ。


「こ、これは、違う。その、これは……」


「はいはい。分かりました。半蔵ですもんね。しょうがない。半蔵ですから。分かりました。半蔵さん。半蔵さんが巻物を持っていても、全然問題無いです……ぷっ」


 どうしても、こらえきれず、噴き出す滝本。


「くぐぐぐぐぐぐうっ!」


 半蔵は、怒りで震えることしかできなかった。



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