第103話 最強が出会う

「シンジも、素直じゃないなぁ」


 学校の近くにあるコンビニ。

 普段なら、お昼ご飯を買いにくる生徒や近所の人がお店の中に常にいる人気店。


 だが、今はその面影はない。

 店の商品はすべて強奪されているし、ATMさえ破壊されている。


 そんなコンビニのレジに、腰をかけている少年。

 彼は、携帯ゲーム機のような機械でシンジとセイの様子を観察していた。


 コタロウ。


『聖域の勇者』


 彼は、シンジとセイのやりとりを微笑ましそうに楽しんでいた。


「常春さんを生き返らせた理由をおっぱいの感触とか言っていたけど、本当は別だろうに」


 彼は、独り言を言っている、わけではない。

 彼は今、一人ではない。


「まぁ、その本当にシンジ自身が気付いていない可能性もあるけど。気付いていないというか、まだ感覚の状態というか。なぁ、どう思う?」


 そうコタロウに問われ、コタロウの後ろで静かに佇んでいた少女が口を開ける。


「……わかりません。私には、本当に明星くんが彼女の体に劣情を催していたようにしか思えませんでしたが……」


 その少女は、とても長く、美しい、黒い髪を持っていた。


 彼女の名前は、


 貝間 真央 (かいま まお)。


 ハイソの配下、黒いカマのドラゴンに胴体を切られ、体をバラバラにされ、死んだはずの少女。


「……おまえは、死んでも変わらないんだな」


 呆れたように、コタロウはマオを見る。


「まぁ、生まれ変わるってのは、生まれるから変われるんだよな。ただ、無駄に殺されただけじゃ、何も変化出来ないか」


「無駄……ですか?」


 マオは首をかしげる。


「ああ、 無駄にカッコつけて、無駄に献上されただけの武器を見せびらかして、無駄にドラゴンに挑んで殺されて、無駄に頭を働かせたせいで、70人以上の命を殺してしまったのは、無駄な死、だろ?」


「……そうですね」


 自身の死について無駄だと罵られても、マオは静かな顔をしていた。


「『暴れている人は、元に戻せます! だから、誰も殺さないように、がんばりましょう!』 とか言って、綺麗事を振りかざして皆を扇動していたなぁ……そんなに人の上に立ちたかったか?」


 コタロウの言葉に、マオはただうつむくだけだ。

 言葉を受け入れるだけだ。


「いいか? 綺麗な言葉は、強い奴しか使っちゃいけない。お前みたいな弱い奴が綺麗事を並べても、ろくな事にならない」


 なぜなら、コタロウの方がマオより上だから。



「わかったか? 『魔王』様?」


 コタロウが、マオを、『魔王』を倒した勇者だから。


 オウマ帝国の女帝。

 魔人の王。


 魔王 ナイフォール・オウマ・グロア


 それが、マオの5年前までの名前。


 城に秘密裏に進入したコタロウに圧倒され、そして惚れ込んでしまった時に捨てた名前。


 貝間 真央 (かいま まお)というコタロウが名づけた名前になった瞬間に彼女はコタロウの下になった。



 なぜなら、恋をしたから。

 恋は、落ちるモノだから。


 だから、マオはコタロウの罵倒を黙って受け入れる。


「……はい」


 マオは、素直に返事をする。


 反論はない。

 マオは、本心からコタロウの言葉を有り難いと思っていた。

 至らない自分に与えてくださる、厳しい言葉。

 コタロウの罵倒は叱責なのだ。


 叱り。


 つまり、コタロウは自分を教育してくださっているのだと、マオは感激している。


 マオは、コタロウに対してはいつも受け身だ。

 だが、受け止めてはない。


 恋は、勘違いから始まる。

 そして、勘違いのまま進んでいく。


 今のコタロウの言葉をマオはこう聞いている。


『強くなれ。強くなって、次は皆を守れるようになれ。そして、強い王になり、俺と一緒に国を作ろう』


 と。


 厳しくも暖かい言葉だとマオはコタロウの優しさに感動している。


(生き返らせてもらい、さらにお言葉までいただけるなんて……本当に、ありがとうございます)


 この恩を返さなくてはいけない。

 だが、その相手はコタロウではない。

 自分が出来る程度の事ではコタロウは何も喜ぶことは出来ない。

 だから、他の人に返そう。

 誰か、別の、力なき民に。


 この思いが、マオの慈愛の原点。


 だから、マオは、コタロウにだけは慈愛を与えることは出来ない。


 慈愛とは、相手よりも上の立場に立つことで施せるモノだからだ。


「……やっぱ、向こうの奴らはダメだな。面白く無い。こんな低能が王だったんだからな」


 そんな、表面上は素直なマオにコタロウは呆れ果てつぶやく。

 マオが話を歪曲して受け止めている事を、コタロウは気付いている。


 そんな相手と会話をしていても楽しい訳がない。


「……シンジが相手だったら、もう少し有意義な会話が出来たんだろうな」


「……それはありえません!」


 急に、今まで静かな口調だったマオが声を荒げる。


「彼のような、無能なただの変態が、コタロウ様にとって有意義な時間を与えることが出来るわけがありません!」


 常にコタロウに対して受け身なマオだが、唯一コタロウに反論する時がある。


 それは、シンジに関すること。


 コタロウの高すぎるシンジへの信頼が、マオの高すぎる嫉妬心を刺激した結果、マオの勘違いは表面にあぶり出される。


「それも、変わらないんだな、お前は。お前を殺したドラゴンをシンジが倒したのに」


「それは、コタロウ様が優秀だからです! 彼の力など、何もありません! あんな……あんな汚らわしい血の男など……!」


 マオが、コタロウを讃える言葉と、シンジを罵倒する言葉を矢継ぎ早にがなり立てる。


 恋が絡む……愛が絡む嫉妬心ほど、醜く、そして意味のない感情はない。


 ほとんど場合、それは勘違いか、妄想だからだ。


 そんな無駄な感情の爆発を聞き流しながら、コタロウはシンジたちがいる学校の方を見る。


 心の底から、失敗したな、とコタロウは思った。


 元々、コタロウがマオをこっちの世界に連れてきたのも、死んだマオを生き返らせたのも、シンジがセイを生き返らせた本当の理由と似たようなモノだったりする。


 セイも変わってしまい、その期待されている役目を果たせそうかわからないが、まだ変わる機会はあるだろう。

 シンジと一緒にいるのだから。


 だが、マオはもう手遅れかもしれない。


「はぁ……」


 コタロウは、ため息をつく。


「……早いなぁ」


 コタロウは、振り返らずに言った。


 いつの間にか、マオのうるさい言葉が止んでいる。


「メイセイ……シンジ……」


 コタロウが振り返ると、そこにはボロボロの外套を纏った、薄汚れた男が立っていた。


「久しぶりだね。ムショクのおっさん」


 その汚れた彼の手には、マオの、もう何も言えなくなっている生首がぶら下がっている。


「……あーあ。また無駄に死んで……早すぎだろ、死ぬの」


 コタロウは、iGODから、盾を取り出し、構える。


「メイセイ……シンジィイイイイイイイイイイイイイ!」


 男が、吠える。

 目は血走り、口からは唾がまき散らされている。


「ああ、その名前、偽名だからな。俺の本当の名前は、コタロウだ」


「……コタロウ?」


 コタロウは、油断なく、盾を構える。


 臨戦態勢だ。


 警戒しなくてはならない。


 全力を。

 死力を尽くさなくてはいけない。


 目の前にいる男は、オウマ帝国の軍隊を正面から壊滅させた男。


 『無職の放浪者』


 『御技の予言師』『贋作の義賊』『素手喧嘩の武士』


 世界最強。神に最も近いと思われる彼らに並ぶ……いや、それ以上に強い、世界最強の男。


「……コタロウ……コタロウ……コタロウコタロウコタロウウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアア」



 男は、咆哮し、コタロウに襲いかかる。


(……やっぱ、一緒に行けないか)


 コタロウは、盾に力を込めながら思う。


(シンジと一緒に、変わったこの世界を楽しみたかったんだけどな)


 男の手のひらが、コタロウの盾に触れた瞬間、強烈な光によって周囲の世界が白に変わってく。


「楽しめよ、シンジ。俺の分までな」


 光が収まった時、その空間には、何も存在しなかった。


 コンビニも、男も、コタロウも。


 消えている。


 ただ、何もない空き地が一つ残されているだけだった。

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