第101話 セイが死んだら
『治癒士』を極めているシンジは、半蔵が生きていることが分かったように見ただけでセイの死が分かった。
シンジは、倒れているセイに近づいていく。
若干、廊下が傾いている。
セイが倒れている先の方に、回復薬が転がっているのを見つけた。
シンジが落とした場所よりも回復薬の場所が遠い。
おそらく、セイは傾斜に沿って廊下を転がっていく回復薬を取ろうとして、手を伸ばした時に崩落した天井の壁に腕を千切られたのだろう。
シンジはおもむろにセイを抱き抱える。
案の定。
セイの額には角が生えていた。
「ぐああああああ……」
ガブリ。
と、シンジの肩にセイが噛みつく。
噛む力がかなり強い。
セイのレベルが高いからだろう。
シンジの制服と一緒にセイはシンジの肩の肉を噛みちぎる。
シンジは、それを黙って受け入れながらステータスの表記を思い出していた。
ステータスには、HPや筋力、瞬発力、集中力の項目はあったが、防御力という項目は無かった。
つまり、HPが防御力。
ということなのだろう。
だから、例えば今HPが満タンの状態であるシンジの頭の上に10キロ程度の岩の塊が落ちてきても、死にはしない。ちょっと血が出る程度で済むだろう。
だが、これがもしシンジのHPが少ない状態で落ちてくると死んでしまうのかもしれない。
そう、今のセイのように。
正直、楽観視していた。
シンジは、セイが生きていると思っていた。
回復薬を近くに落としていたし、セイのケガはヒドいモノではあったが即死するようなモノでは無かったと思っていた。
セイのレベルが高かったからだ。
仮に、回復薬を使えなくてもシンジが到着するまではセイは生きていられたはずだった。
HPが減っていなければ。
屋根が崩落していなければ。
セイの腕が、千切れなければ。
セイは生きていたはずだ。
シンジに何か落ち度はあったか、と言われれば特にないだろう。
シンジ自身、つい先ほどまで命がけで闘っていたしここに来るまでの間にあった出来事も死鬼の捕獲とケガ人の治療だ。
仮に、半蔵を助けていなければセイを救えただろうか。
その答えはノーだ。
シンジと半蔵とのやりとりは数分だ。
セイは、それよりも前に死んでいる。
だから、シンジがセイの死に対して何か責任があるわけではない。
(……なのに、なんで俺は噛まれているんだ?)
セイの噛みつきなんて、防ごうと思えば今のシンジなら簡単に出来る。
だが、シンジは黙ってセイに噛まれていた。
死んでしまって、死鬼になったのなら、さっさと凍らせてエリカのようにアイテムボックスに収納すればいいのに。
(……そうだな。早く凍らせて)
シンジは蒼鹿の柄を握る。
死鬼になったセイはシンジの肩の肉を咀嚼していた。
美味しそうに。
じっくり、噛んで、飲み込む。
そして、言った。
「…………いか……ない……でぇ……」
セイの目から、丸い滴がポロポロとこぼれて落ちていく。
それを見たシンジは、蒼鹿から手を離し、そっとセイを抱きしめていた。
「ぐあう!」
間髪いれずセイがシンジの肩にかじりつく。
当然、痛い。
だが、シンジは黙って噛まれている。
(……罪悪感、かな)
理屈ではなく、感じてしまう罪悪感。
それを抑えるために噛まれているのだろうか。
確かに、痛みは、罪悪感を和らげる特効薬だ。
セイに噛まれる事でシンジは安らぎのようなモノを感じてはいる。
(……けど、常春さんが死んだからって、罪悪感を感じるか?)
シンジが救えなかった人など、セイだけではない。
この数日で沢山いた。
モモは、シンジが傍観している最中に田村に食われていったし、山口はシンジが見捨てたから、死んでしまった。
しかし、彼女たちの死にシンジは罪悪感を感じてはいない。
(嫌われていた……から?)
それは、あるだろう。
シンジは、同学年の女子。
特に、マオと近しい者や、コタロウのファンから、嫌われていた。
荒尾や、山口も、そんな女子たちの一人だ。
(でも、なぁ……)
それでも、セイの死に対するシンジの罪悪感は異質だ。
シンジが思い返すのは、首を噛みちぎられた少女。
マドカのことだ。
彼女は、シンジに対して敵意や悪意を持っていなかった。
だから、彼女の死に対して少し思うところがあったのだろう。
シンジは、マドカが死んだ、反省して誓いをたてている。
だが、それでも、やはりマドカの死に対する罪悪感と、セイの死に対する罪悪感は、違う。
何が違うのか。
マドカの時は決意をし、セイの時は噛まれている。
行動と受け身。
その違い。
「……ああ、分かった。これ、罪悪感じゃない。ただ、許せないだけだ。自分が」
シンジは、答えを出した。
シンジはセイのケガの状態を見て、助けるつもりで行動していた。
回復薬を近くに落とし、セイのケガの状態からそれで助かると思った。
なのに、出来なかった。
やろうとした事が出来なかった自分に対する単なる苛立ち。
単なる負けず嫌い。
それが、シンジがセイに噛まれている理由。
悔しい時に、堅く拳を握りしめるようにセイに噛まれているのだ。
「じゃあ、どうすっかなぁ……ゲームの時は、出来なかった事はコンティニューすればいいんだけど」
この場合のコンティニューは、セイを生き返らせること、だろう。
だが、シンジはこれまで思ってきた。
ポイントはとても重要だ、と。
蘇生薬を使うのは、コタロウと、両親のような、大切な人にだけ。
それ以外には使わない。
セイがその三人と同じくらい大切か、と問われれば、シンジはすぐにNOというだろう。
まだセイとシンジは出会って数日しかたっていないのだ
友人とはいえない、単なる知り合い。
そして、知り合い程度を生き返らせるつもりは無い。
例え、美人でもだ。
実際、シンジはマドカを生き返らせていないし、エリカなどその他の人に蘇生薬を使おうなどと、思ってもいない。
ただ、自分の失敗を隠すためだけに使わないと決めている物を使ってもいいのだろうか。
シンジは悩む。
「……価値、か」
コタロウや、両親と比べると、セイの価値はシンジの中で圧倒的に劣る。
だが、蘇生薬の価値。
10000ポイント。
お金で言えば、100万円。
その価値と比べてみるとどうだろうか。
命の価値は地球よりも重い、という言葉があるが、今の世界では世界の仕組みにその値段が提示されてしまっている。
人を死鬼の状態から戻せる蘇生薬の値段。
100万円が、今の世界での命の値段と思っていいだろう。
その価値とセイがつり合うのならば、セイを生き返らせてもいいのではないだろうか。
シンジは100万円で何が出来たか。
蒼鹿・朱馬のような強力な武器を入手した。
アイテムボックスのような便利な技能を拾得した。
それと、同じくらいの価値がセイにあるか。
シンジは、思い返す。
「……ないな」
なかった。
シンジの思い出の中に、セイが100万円分の活躍をした記憶は無かった。
一番強烈な思い出が、セイが黒い触手のトドメをシンジから奪ったことなのだ。
足を引っ張っているだけである。
「……他には、膝枕、か」
セイと交わした約束。
だが、膝枕など死鬼の状態でも、やってもらえる話である。
むしろ、エロいことだけ考えるのならば、死鬼の方が色々命令できる分、都合がいい。
「……なんか、考えれば考えるほど、常春さんを生き返らせる理由がないな」
そう、シンジが言うと、少しだけセイの噛む力が弱くなった気がした。
「意識……はない、よな」
死鬼は、生前の欲望に沿って行動するだけだ。
状況に応じて反応を変える事は出来ないはず、である。
「ああ、でも、高レベルの死鬼は、襲う対象を認識して行動することは出来るのか。じゃあ、レベルが高いと、ありうるのかもしれないな」
ミチヤマという死鬼が、セイを執拗に襲おうとしていた事をシンジは思い出す。
思い出しながら、シンジはセイの胸を揉んでみた。
刺激に反応するのならば何か反応があるだろう。そんな思いで揉んでみたのだが。
「……あれ?」
生じた、違和感。
シンジは、確かめるように何度もセイの胸を揉む。
もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ………………
「ぎゃう!」
「痛い!」
セイの噛みつきが強くなった。
シンジの肩の肉が、再び喰いちぎられる。
「いってぇ…………」
肩を抑えるシンジ。
シンジの肩の肉を食べているセイはどこか怒っているような気がする。
シンジは、思わず笑う。
「あー……これってどうなんだ? レベルが上がるほど、死鬼は生前の欲望に従うだけじゃなくて、生前と同じように、何らかの刺激に反応して行動出来るってことか?」
ミチヤマが言葉を話していたように。
レベルが上がるほど、元の生きている人に近づくのだろう。
実際、セイはシンジの肩の肉を食べるだけでそれ以上の行動を取らない。
このままレベルを上げていけば、いずれ、会話など出来るようになるかもしれない。
ただ、おそらく、どんなにレベルを上げても完全に生きている時と同じ状態にはならないだろうと思われるし、それに、会話が出来るまでどれだけレベルを上げたらいいのか分からないが。
「なるほどね……」
シンジは、今は何も触っていない手を見る。
先ほどの行動で、分かった事がある。
セイを生き返らせる理由だ。
蘇生薬に、100万円に匹敵する、セイの価値だ。
それは、死鬼のままでは、物足りない事。
生が、必要な事。
「まぁ、よく考えたら、美少女女子高生の膝枕って、100万円の価値があるのかもな」
シンジは、自分のiGODを操作する。
「こんな世界だ。自分のやりたいように。『楽』して『楽しく』なればいいか」
その理由は、あまりに、非常識なことかもしれない。
恥ずべき事なのかもしれない。
だが、それがシンジの理由なのだからしょうがない。
むしろ、人を生き返らせようとする事自体、非常識なのだ。
その理由が非常識なのは、しょうがない。
「『リーサイ』」
シンジはセイに修繕魔法をかけた。
セイの体が淡く光り、手や足が元に戻っていく。
「ぐあう!」
戻ると同時に、セイが元気よく大きく口を開けて飛びかかってきた。
シンジは、その口に栓を開けたビンを突っ込む。
蘇生薬の、ビンだ。
「……そういえば、騙したお詫びに、蘇生薬欲しがっていたっけ」
セイは、ビンの中身をおとなしく飲み干していく。
「じゃあ、その分も合わせて、って事で」
蘇生薬の中身が無くなった時、セイの体が淡く光り始めた。
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