第100話 半蔵が起きる
4階に登ると、廊下に人が倒れていた。
男性だ。
全身がズタズタに切り裂かれている。
だが、死んではいない。
まだ、かすかに息がある。
本当に、かすかだが。
シンジは、すぐに回復薬をアイテムボックスから取り出すと、男性にぶっかけながら回復魔法を使用する。
シンジの回復魔法だけでは、間に合わないと判断したからだ。
回復魔法と回復薬の相乗効果で、男性の傷はすぐに治っていく。
しばらくすると、男性の体にあった無数の傷は消え、そして男性は目を覚ました。
「うっ……」
「お、起きた。大丈夫ですか?」
「あー……大丈夫だ。大丈夫だけど、ちょっと待ってくれ」
体を起こした男性は、額に手を当て頭を振る。
「ここは……学校の廊下か。俺は全身を切り裂かれたはずなんだが」
男性は自分の血で汚れている廊下を見て、独り言のようにつぶやく。
「そうですね、血だらけで倒れていましたよ」
その男性の言葉を、シンジは肯定する。
「じゃあ、何で……」
「俺が治しました」
シンジがそう言うと、男性は怪しんだ様子でシンジを見る。
「悪い。俺の記憶が確かなら、こんな設備が無い場所で、治せるような傷ではなかったんだが」
「あー……魔法を使いました。まぁ、信じられないでしょうから、詳しくはミサコさん達から聞いてください」
男性が着ている服から、この男性もミサコ達の仲間だと判断したシンジ。
シンジから突然出てきたミサコの名前に、男性はさらに怪しんだ顔でシンジを見る。
「ミサコ達を、知っているのか?」
「はい。校庭で会いました。えっと、あなたが、半蔵さん、ですか? ミサコさん達が、連絡を取りたがっていましたけど」
「ああ、俺が半蔵だ。そうか、ミサコ達が」
シンジの質問に肯定し、半蔵は手を顎に当てる。
起きたばかりで分からない事ばかりだが、まずは状況を整理しなくてはいけないと半蔵はシンジを見る。
「……今、何時か分かるか?」
「今は、夜の12時、0時を過ぎたくらいですね」
「ってことは、俺が気を失ってから、そこまで時間は経ってないな」
半蔵は、じっくりとシンジを観察した。
時間が経過していないことが、よりいっそう半蔵のシンジに対する怪しさを増加させていたからだ。
だが、シンジを改めてよく見た半蔵はその疑惑をすぐに撤回する。
シンジが嘘をついてなさそうということもあるが、それよりも
(……このガキ、やべぇな)
校庭で見たドラゴン以上の強さを半蔵はシンジから感じとっていた。
この強さの者が、わざわざ死にかけていた奴を騙そうとしているとは考えにくい。
「下……から上がってきたのか? 途中で、ロナお嬢様……金髪の、一年生の女の子だが、その子は見なかったか?」
「あー……いえ、その子は見て無いですけど。ああ、でも、学校の上を飛んでいたヘリは、さっき、あっちの方角に向かって飛んでいきましたよ」
シンジが指し示した方角はロナの家がある方角だ。
「……そうか」
半蔵は、ほっと息を吐く。
ロナの安全を確保するまで、ヘリの操縦をしている向井には学校から離れるなと厳命してある。
まだ、確定ではないが、ヘリがロナの家に向かっているということはおそらくロナ達は無事に脱出することが出来たのだろう。
「ミサコ達は、どこにいるんだ?」
「食堂です。そこで、皆を守ってくれています」
「……何人生きている?」
「俺が到着した時には、半蔵さんと同じような格好をしている人は、ミサコさんと、ブレンダさんの二人だけでした。学校の人で生きている人は、全部で30人くらいですね」
二人、だけ。
(……ロイ 基山 北条)
ミサコ達以外の校庭にいた部下のことを半蔵は思い浮かべる。
生きているのは5人中、2人。
あのドラゴン相手では、多いと思うべきだろう。
「そういえば、ドラゴンはどうした?」
「俺が倒しました」
事も無げに、シンジは言うシン。
「そう、か」
どこか、やりきれない思いが芽生えたが、半蔵は何とかその思いを押し殺す。
シンジのことを、ドラゴンよりも強いと思った半蔵の推測は正しかったということなのだが、それでも、どこか、納得できないモノがある。
「どっちにしても、ミサコ達から詳しい話を聞く必要があるな」
半蔵は、立ち上がる。
「……そういえば、白い仮面を被った女、見たか?」
「いいえ? 見てないですけど」
「そうか、俺はソイツにやられたんだ。どっかの、ヒーロー物みたいな白い仮面に、白いマントを羽織っている。どんな方法かは分からないが、気がついたら、俺は全身を切られていた。中身は長身の女で、君と同じ学校の生徒だと思う。一応、気をつけてくれ」
(まぁ、このガキが負けるとは思わないがな)
半蔵の注意に、シンジはうなづいた。
「っと、そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったな。俺はロンゴミアントコーポレーションで警備部隊の隊長をしている門街 半蔵(かどまち はんぞう)だ」
「明星 真司(めいせい しんじ)です」
半蔵が差し出した手を、シンジは握る。
(……メイセイ、か)
それは聞き覚えのある名前だった。
ロナが言っていた、人を殺してしまった少年の名前。
だが、目の前にいる少年は半蔵の予想通り、気が狂った殺人鬼などには見えない。
しっかりとした強さを、持っている。
「メイセイ君か。遅れて申し訳ないが、ケガを治してくれて、ありがとう。この礼は、後で必ずする」
「ああ、いいですよ。そんなの。それより、早く食堂に向かってください。半蔵さんのことを待っていると思うので」
「……君は、来ないのか?」
「ちょっと、用事があるので。先に行っていてください」
こんな化け物がいるかもしれない場所で、用事。
さきほど、半蔵が白い仮面について警告したのに。
(……愚問だな)
明らかに、半蔵よりもシンジの方が強いのだ。
彼をどうにか出来る存在など、そうそういないだろう。
「じゃあ、俺は食堂に向かう。また、会おう」
「ええ、また」
そう言って、二人は別れた。
(まぁ、大丈夫かな)
階段を下りていく半蔵の姿を見ながら、シンジは思う。
まだ校舎に死鬼などの魔物がいる可能性があるが、シンジが見たところ半蔵は中々強い。
先ほど捕らえたエリカという死鬼と同じくらいか、それ以上の実力はあるだろう。
(エリカさんのことは、言わなくて良かったよな。半蔵さんも、死にかけたばっかだし)
ミサコたちの安否を聞かれた時、エリカのことも言おうとシンジは思ったがやめておいた。
理由は、ミサコたちに言わないでおこうと思ったのと同じだ。
(……白い仮面の女、ねぇ)
そういえば、セイの近くに白いマントが落ちていたと思うシンジ。
だが、セイがその白い仮面の女という可能性は無いだろう。
(常春さん。血塗れだったからなぁ……マントをつけていたら、あそこまで汚れないでしょ)
マントにも血がついていたようだが、セイの体についていた量と比べるとほんの少しだ。
マントを外した後に血を浴びたという可能性も、無いわけではないが。
それに、何より。
(常春さんに、半蔵さんを襲うイメージがない。まじめで、しっかりしている子だったからな)
セイは怒って人を殴ることはあるが、それも理由があってのことだ。
むやみやたらに、人を傷つけるような人物では無いことを、わずか数日の関係だがシンジは知っていた。
友達の死を、ちゃんと悲しむことができる人物であることを知っていた。
人を殺せない。しっかりとした倫理観を持っていることを、知っていた。
そんなセイが、半蔵を襲うことはないだろう。
「……早く、行くか」
少々、時間がかかってしまった。
シンジは、セイがいる5階に向かった。
シンジの学校の校舎は二つに分かれており、渡り廊下で行き来する構造になっている。
片方の校庭側の校舎がハイソの攻撃で、今にも崩れそうなほどボロボロになっているのはシンジはもちろん知っていた。
だが、この結果は予想出来なかった。
シンジが5階について、目にしたのは夜空だった。
満月が、見える。
屋根が崩れ落ちていた。
その崩れ落ちた屋根から漏れる、満月の光りの下に一人の少女がいた。
シンジは、その少女に近づく。
その少女は、倒れていた。
赤い血にまみれ、廊下にうつ伏せの状態で。
両の足は切れている。
そして、さらに、崩壊した天井の下に向かって伸ばしている少女の右腕は、明らかに、つぶれ、千切れ、血の塊に変わっている。
両足と、右腕。
それらが離れてしまった部分から、噴き出すように出血している少女。
セイは、死んでいた。
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