第86話 シシトが助ける

 シシト達は5階に到着し、廊下をわたり屋上に続く階段の前にやってきた。

 階段の前に、扉がある。

 生徒たちが簡単に屋上に行けないようにするために設置された扉だ。


「……なぁ。そういえば、屋上の鍵ってあるのか?」


「……私はもらってないけど」


 その扉の前で、シシトたちは呆然と立ち尽くしていた。


 そう、屋上には鍵がかかっているのだ。

 目の前の扉と、屋上に出る扉。

 その二カ所。

 鍵が無いと入れない。


「……トランシーバーで、聞いて見るわ」


 ロナが、半蔵に借りたトランシーバーでヘリの隊員に連絡を取り始めた。

 シシトはその間、どうしようかと頭を悩ませる。


「うーん……ん? どうした? コトリ?」


 シシトが悩んでいると、コトリがシシトの腕をちょいちょいと引いた。


 シシトがコトリの方を向くと、コトリは無言で一差し指をコトリ自身に向ける。


「え? 自分に任せろって?」


 コクリとうなずくコトリ。


 そのままコトリは扉まで歩いていき、扉の前に立つとおもむろにポケットの中から細い金属の棒を取り出した。


「……何、それ?」


「針金」


 そう言いながら、コトリは棒を扉の鍵穴に突っ込み動かし始める。


「いや、さすがに、そんなモノで開くはずが……」


 シシトが困惑していると、せわしなく動いていたコトリの手が止まった。


「え、まさか……」


 コトリが扉のノブに手をかけ、ひねる。


「……開かない」


「だよね」


 扉の鍵は、かかったままだった。


 コトリは針金を手から落とす。

 そして静かに泣き始めた。


「いや、コトリ!? どうしたの? なんで?」


 慌てたシシトはコトリの元に駆け寄る。


「だって……開かないから……」


「いや、開かなかったけどさ、何も泣くこと……」


「シシトが……頑張っていたから」


「え?」


「シシトが、カッコ良かったから、私も……」


 そう言いながらコトリはシシトの胸に顔を埋める。

 とりあえず、コトリの頭を、シシトは撫でた。


 シシトは、まだロナ達の手を引いただけなのだが。

 コトリには、そのシシトの様子が、とても頑張っていてカッコ良く見えたようだ。

 だから、自分も何かしようと頑張ったのだろう。

 シシトは、コトリの頭を撫でながら、何か方法はないか探した。


 屋上前の扉は、後から設置されたモノのようで木で出来ている簡単な作りだ。


 開ける事は出来なくても壊す事は出来るかもしれない。


 そう考えたシシトは、扉を壊せる道具が無いか思案する。

 箒。

 イス。

 消火器。

 ……


 どれも扉を破壊する事は出来そうだが、時間がかかるだろう。

 シシトが思案している中、ロナが通信を終える。


「……どうだった?」


「宮間さんが、ヘリから降りて、鍵を開けているそうなんだけど、苦戦しているみたい……どうしたの? 何かあった?」


 シシトにしがみついているコトリを見ながらロナが首を傾げる。


「いや、コトリが鍵を開けようとして失敗してさ」


「ああ……まぁ、扉は木で出来ているから、壊せばいいんだろうけどさ、どうしようか。せめて、こっちの扉は、私たちがどうにかしたほうがいいんだろうけど……ハンマーとか無いから、時間がかかっちゃうよね」


「あっ」


 困ったように頭を掻いていたロナを、シシトが指さす。


「どうしたのよ?」


「それだ!」


 シシトは、コトリを離しロナに近づく。


「え? ちょっと、何なの?」


 急にシシトが近づいてきた事に戸惑ったロナを無視して、シシトはロナの手を取る。


「……これ、使えないかな」


 そのロナの手の中にあったのは、半蔵がロナに渡した拳銃。


「……これをどうするの?」


「半蔵さんの話だと、この銃、散弾が出るんでしょ? 何発か撃ったら、この扉を壊すことが出来るんじゃないかな? 映画とかで良くあるし」


「うーん……? 確かにあるけど、そういうのって、専用の弾でやるんじゃ……」


 シシトの提案に、あまり乗り気ではないロナ。

 そんなロナからシシトは銃を奪う。


「あ、こら!」


「時間が無いんだ。試してみようぜ。開かなくても、傷が入れば、壊しやすくなるし……」


 さっそく扉に向けて、銃を構えるシシト。

 引き金を引く。


 ……何も起きない。


「……あれ?」


「アンタバカでしょ! 説明も聞かないでいきなり銃を撃とうとして! いい? 銃には、安全装置ってのが付いていて、それを解除しないと撃てないようになっているの! 貸して!」


 今度は、ロナがシシトから銃を奪う。


「それと、撃つ場所が近過ぎ。その位置だと、破片が飛んでくるかもしれないでしょ!」


 ロナは、シシトとコトリを扉から遠ざける。


「まったく……ほら、これで撃てるわ。ついでに、撃ち方も教えてあげる」


 ロナは、シシトに銃を持たせる。


「といっても、私も、数回だけ、教養程度に撃っただけだから詳しく無いんだけどね。撃ち方は人それぞれらしいけど……とにかく、銃は両手でしっかり持つこと。あと、両手をまっすぐ延ばして……そう。それで、あとは狙いを定めて引き金を引いてみて」


 シシトは、言われたとおり引き金を引く。


 思ったよりも小さい音を出しながら発射された弾は、小さな金属の弾をばらまいた。


「……」


 一瞬、ロナとシシトは言葉を失った。

 軽い感じで発射された銃弾は、木で出来た扉を粉々に粉砕していたからだ。


「開いたな」


「開いたわね、というか、壊れたわ」


 目の前で起きたあまりの光景に、唖然とする2人。


「……あう」


「コトリ!?」


 コトリは、その破壊を見ただけで、気を失ってしまった。

 慌ててシシトはコトリを支える。


「……シシト、肩とか大丈夫? あんなモノ撃ったら、衝撃とかがスゴいはずなんだけど」


「いや、全然。エアガンくらいの反動しか無かったよ」


「……そう。なんか、結構トンデモナイモノを渡したのね、半蔵。最新作かしら……また武器とか作って」


 ブツブツと文句をつぶやくロナとは対称的に、コトリを抱きしめていたシシトは、興奮していた。


 すさまじい力。

 破壊の快感。

 充足感。

 シシトの心の奥底に、ある思いが沸いてくる。


「お嬢様!? お嬢様!? 大丈夫ですか!? 何か、崩れるような音が聞こえましたが……」


 そんなシシトの思いを、階段の上から聞こえてきた声が打ち消した。


「……さぁ、行こう」


 シシトは、すぐにコトリを背負い、階段を登る。

 そこで見たのは、半開きになった屋上に出る扉と、扉のノブと配水管に巻かれている金属の鎖、そして扉の隙間から顔を出している男の姿だった。


「ああ、よかった。お嬢様。ご無事でしたか」


 扉の隙間から、ロナの姿を確認した男は、安堵の声を出す。


「ええ、私は無事よ。それで、どう? この鎖が邪魔なのよね? どうにか出来そう?」


 ロナの問いに、宮間は顔を縦に振った。


「はい。今、チャカのヤツがヘリに戻って、鎖を切るための装備を準備しています。カッターがあれば良かったんですけど、必要最低限の装備で来たんで……おそらく、バナーで焼き切るか、最悪の場合、威力を調整した爆弾を使う必要があるかもしれません」


「どれくらいで終わりそう?」


「10分……いえ、15分もあれば、なんとか」


「そう、どちらにしても、時間がかかるのね」


「時間……」


 時間がかかる、というロナの言葉に、シシトが反応する。


「……どうしたの? シシト?」


 シシトは、宮間の顔を見て、ロナの顔を見た。


 もう、大丈夫ではないか。

 そんな声が、心の中で聞こえた気がした。


「ロナ。ちょっと、ここで待ってて」


 そう言うと、シシトはコトリを廊下に寝かせる。


「……何するつもり?」


「ユイ達を助けてくる」


 はっきり、言いきるシシト。


「……アンタ! 今までの話しを聞いてたの!?」


 この期に及んで、まだそのような事を言い始めたシシトに、ロナは、詰め寄る。


「聞いていた。そして、ロナとコトリを、ちゃんと屋上まで連れてきた。だったら、次は、皆の番だ」


 詰め寄ってきたロナを、シシトは抱きしめた。


「なぁっ!?」


 いきなり抱きつかれ、戸惑うロナを無視しシシトは話し続ける。


「半蔵さんは、男なら守れ、って言った。俺は弱いから、両手の数だけ。二人だけしか守れないけど、ロナとコトリは、もう安全だろ?」


 ロナは、何も答えない。


「だったら、次はユイと常春さんを、守らないと、助けないと」


 シシトがやろうとしている事は、ロナの望みでもあった。

 脱出するなら、皆で。

 だが、シシトには、この場に居て欲しい。

 自分のそばにいてほしい。

 ロナの中で二つの望みがぶつかり合うが、その答えはすでに決まっていた。


「……帰ってきなさいよ?」


 ロナは、声を振り絞った。

 二人の望みが、一緒なのだ。

 こうなるに決まっていた。

 ロナが出した、苦渋の答えに、シシトは力強く答える。


「ああ。必ず」


 そう言って、ロナの頭を撫でたシシトは、階段を駆け下りた。

 目指す場所は、向かいの校舎の2階。


 シシトには、自信があった。

 強力な武器が、その手にあったからだ。

 力を手に入れた自分は、必ず、ユイとセイを、自身の親友から助け出す事が出来ると、信じていた。


 二人とも、すでに2階にはおらず、助けるような状況では無いのだとシシトは思ってもいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る