第87話 足りないモノが多い

「くっそ! 速えぇなぁ! オイ!」


 白い仮面が突き出してくる槍の連撃を、半蔵は刃渡り30センチほどのナイフで受け続けていた。


 白い仮面の槍は、1メートルはある。


 リーチの差。

 闘いに置いて、それは重要な要素。

 半蔵と白い仮面の戦いは、終始白い仮面が半蔵を圧倒していた。


 武器も、身体能力も、白い仮面は全て半蔵より上。


 半蔵が受け身に回ってしまってもしょうがないほど、半蔵には足りないモノが多すぎた。


「ちっ!」


 半蔵のナイフが、とうとう白い仮面の槍にはじき飛ばされてしまった。


 丸腰になる半蔵。


 白い仮面は無防備な半蔵の腹部めがけて、槍を突き入れる。


「……なんてな」


 ナイフを飛ばされた事に焦る事もなく、半蔵は白い仮面の槍を掴んでいた。


「多少は、槍の扱いに慣れているみたいだけどな、まだまだだな。チャンスだからってそんな力を込めたら、どんなに速くても簡単に見切れるんだよ」


 槍を半蔵に掴まれた白い仮面は、半蔵をふりほどこうとするが、しかし、槍は動かない。


「不思議だろ? お前の方が力は強いはずなのに、俺がちょっとこうして腰を入れてやるだけで、動かせなくなる。まぁ、コレが、体術、武道ってヤツだ」


 そう言いながら、半蔵は背中に背負っていた武器を白い仮面に向ける。


「で、コレが、銃だ」


 躊躇なく、半蔵は白い仮面に向けて引き金を引いた。


 槍から手を離し、銃弾を避ける白い仮面。


 教室の黒板を穴だらけにするほど半蔵は白い仮面に向けて銃弾を浴びせたが、一発も当たらない。



「ちっ、やっぱ無理か」


 半蔵は銃口を下ろし、撃つのを止めた。

 白い仮面は平然とした様子で、黒板の前に立っている。


 余裕、だったのだろう。


「なぁ、今更こんな事を聞くのも何だがよ」


 半蔵は役に立たない銃を捨てる。


「お前、マトモだろ? オカシクなった奴じゃない。なんで、襲ってきた? しかも、狙いは俺だ」


 だから、半蔵はロナ達を先に行かせた。

 狙われているのが自分なら、自分だけ残った方がロナ達は安全だと判断したのだ。


 そんな半蔵の問いに、白い仮面は何も返さない。

 ただ、返事の代わりとばかりに腰の方に手をやり、小さな小刀を取り出してそれを半蔵の方に向けた。


「答える気なし。しょうがないねぇ。生きてようが、死んでようが、襲ってくるならやらないとな」


 半蔵も、白い仮面から奪った槍を構える。


 一瞬、二人は視線を交わしそして動いた。


 瞬きをする間もなく、白い仮面は半蔵との距離を詰め小刀を突き刺す。

 武器が小さく、軽くなった分、さらに速さを増した白い仮面の一撃。

 それは、半蔵の槍によって、防がれていた。


「これでも、色々してきたからな。本当の槍の使い方、見せてやるよ」


 白い仮面は、息を付く暇もないほどのスピードで、半蔵に切りつけていくが、半蔵は難なくソレを捌いていく。


「どうした!? 槍に比べて、ナイフは苦手か?」


 先ほどとは、うって変わって攻勢に乗り出した半蔵。

 不利と判断したのか白い仮面は逃げるように教室を飛び出した。


「逃がすか!」


 白い仮面が向かったのは、ロナ達が登っていった階段とは逆の方向。

 だが、その廊下は階段に向かっている。


 上か下か。

 どちらに向かうか分からないが、白い仮面が少しでもロナ達に近づかないようにしなくては行けない。

 半蔵は白い仮面を追いかける。


 半蔵と、白い仮面が階段まで到着したそのときソレは現れた。


「うばぁああああああああああ!」


「うお!?」


 半蔵の死角を付くように襲いかかってきたのは、半蔵が先ほど拘束したはずの女子生徒たち。


 罠だ。

 これが、白い仮面の狙い。


 白い仮面がそのタイミングに合わせて振り返り、半蔵に向けて小刀を振り下ろした。


 だが。


「甘い!」


 半蔵は、突然の奇襲に慌てる事は無かった。

 的確な動きで一瞬のうちに槍で女子生徒たち角を切り飛ばし、そして白い仮面の小刀を弾いた。


 経験。


 二人の勝負を決めるのは、結局のところコレなのだろう。

 どれだけ、物事を知っているか。

 その情報量の過多。


「かはっ!?」


 突然、半蔵の全身に赤い線が現れ、そこから液体があふれ出した。

 おびただしい量の血液が、半蔵の意識を奪っていく。


「な……ぁ?」


 そのまま崩れるように、半蔵は倒れた。


 なぜ、自分の全身が切り刻まれたのか。半蔵は分からなかっただろう。


 見えない刃が放出される小刀の存在など、半蔵は知らない。

 想像さえ出来ない。


 iGODの事を知らないのだから。


 半蔵は、終始足りていなかったのだ。

 武器も、身体能力も、そして、知識も、経験も。

 白い仮面、ユイの方が上回っていた。



 ユイは、半蔵を切り裂いた『疾風の小刀』をスカートのポケットにしまう。


「ふぅ……」


 ユイは、息を吐いた。

 そのため息に込められているのは、半蔵を殺してしまった事に対する後悔の気持ち……なのではない。

 かといって、殺されてしまった配下にしていた少女たちに対する思いでもない。


 ただ、半蔵が『サーベイランス』を最後に触ってしまったためハエの視界を見ることが出来なくなり、シシトの行方がわからなくなったからだ。


 半蔵が強い事は分かっていたため、使い慣れていない『疾風の小刀』ではなく『サーベイランス』をユイは使ったのだが、結局勝負を決めたのは『疾風の小刀』であった。

 セイの時は扱いなれておらず、上手く刃を生み出す事が出来なかったが先ほどは上手に出来た。

 思ったよりも簡単だ。

 コレならばはじめから『疾風の小刀』で戦えば良かったと、自分にグチをこぼしながらユイはふと階段を見上げた。


 そこには、ユイの大好きなシシトが、おびえたような目をして立っていた。

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