第85話 半蔵が闘う
なるべく速く。
だが、慎重に。
半蔵はロナたちを連れて、校舎の階段を上っていた。
まだ、先ほどのような強力なオカシくなった人がいるかもしれない。
あのときは正面から相対出来たため何とか切り抜けられたが、背後からや角を曲がった先で急襲されたら、ひとたまりもないだろう。
そのため、半蔵たちが進むスピードはどうしても遅くなった。
それだけではない。
現在、先頭に半蔵、その後ろにロナ、シシト、コトリと、このような順番で歩いているのだが、ロナ達が非常に暗い表情をしていた。
その彼らの暗い気持ちが、そのまま進むスピードに影響している。
女子生徒たちを倒した後、シシトがセイ達を助けに行かない事に反発したがそれは半蔵が殴って黙らせた。
黙らせたのだ。
むりやり、強引に、彼らの友人を見捨てる事を決定した。
そうやって、無理矢理決められた、意にそぐわない行動というものはどうしても動きに支障が出てしまうものだ。
だが、それをケアする時間はない。
今はただ、一刻も早く屋上を目指す事だ。
半蔵は、そう判断しただ黙々と周囲の警戒に力を入れた。
「……ロナお嬢様」
3階の階段を登りきり、4階から5階に向かおうとした時半蔵はその気配に気がついた。
殺気、というには、やや甘い。
殺意と敵意と無邪気と喜びが、混ざっている。
狂気。
そんな表現に近い感情を持つ者が、この廊下の先にいる。
しかも、確実に、先ほどの女子生徒たちよりも強い。
半蔵は考える。
逃げるか、戦うか。
逃げるのはダメだ。
女子生徒たちを倒した後に、上空のヘリには屋上に来てすぐに乗り込めるように準備をするよう伝えてあるが、ヘリに乗り込むのにはどうしても時間がかかる。
その間に襲われたら、ひとたまりもない。
この相手は、ヘタをすればヘリさえ落とせそうだ。
そんな直感。
どうするか。
屋上まであと一階。
距離にすれば、数十メートルといったところ。
感じている狂気の矛先を確認し、半蔵は決める。
戦う。
それしかない。
「どうしたの、半蔵?」
半蔵は、警戒しながらポケットからいくつか物を取りだした。
「トランシーバーです。もう、ヘリは屋上の上空で待機していると思いますが、念のため、屋上に到着したら使ってください。それとコレも……」
半蔵は、トランシーバーと一緒に、冷たい、金属で出来たモノを渡す。
それは、日常の日本では、見ることが無いモノ。
拳銃だ。
「半蔵、コレ……」
「向こうにいたときに練習された事はあるので、扱いはお分かりでしょう。弾は特別に散弾が出るように改良されているので、お嬢様の腕でも当たるはずです。もしもの時は、コレで身を守ってください」
むりやり、半蔵は戸惑っているロナに銃を握らせる。
「小僧」
ロナに背を向け、気配を感じる方に身を構えた半蔵は、シシトの事を見ずに話しかける。
「お嬢様を任せた。癪だが、お前以外に男がいないからな」
「え?」
「俺はお前を認めてないが、お嬢様はお前を認めている。そのことを忘れるなよ」
シシトは、何も返すことができなかった。
半蔵にこのような言葉をかけられた事が、今までなかったからだ。
「半蔵、貴方、どうしたの?」
「……近くに、危険なヤツがいます。自分は、これからソイツの相手をしますのでお嬢様たちは先に屋上に向かってください。いいですね?」
ロナたちを守りながら、戦える相手では無い。
半蔵はそう判断した。
半蔵の言葉に、ロナが返事をしようとしたとき。
廊下の先に人影が現れた。
「……何、あれ」
白いマントに、白い仮面。
「ハイドマン?」
その装束に覚えのあったシシトは、つぶやく。
「行ってください!」
半蔵は、その白い仮面に向かって駆けだした。
一瞬のうちに、白い仮面に肉薄する半蔵。
レベルアップした、達人。
その身体能力は、現存するアスリートの誰よりも高いだろう。
半蔵は走りながらナイフを取り出しており、間合いに入った瞬間すでにそのナイフを振っていた。
居合いにも似た、その軌道だけで鋭さを感じさせるほどの半蔵のナイフ。
そのナイフは空を切っていた。
余裕とも取れる、白い仮面の軽やかなステップは、1歩ほど半蔵との距離を取ることに成功していたからだ。
白い仮面は、手を挙げる。
(手刀)
そんな言葉が半蔵の脳裏に過ぎるが、だが、仮にそのまま白い仮面が手を振り下ろした所で、距離が遠く半蔵には当たらない。
が、半蔵は反射的にナイフを、白い仮面が振り下ろした軌道に持ってきていた。
半蔵の手に伝わる、重い衝撃。
遅れて聞こえてくる、金属がぶつかり合う音。
「……なんだ、それ」
白い仮面は、いつの間にか1メートルほどの長さがある槍を持っていた。
「手品か? この奇術師……うお!?」
ナイフで槍を受け止めていた半蔵の体が、飛んでいく。
白い仮面が槍を横に振った事で、吹き飛ばされてしまったのだ。
ガラスを割りながら、教室を転がる半蔵。
半蔵は、ショックを受けていた。
あっさりと、力比べで、負けたことに。
しかも、その相手が……
「……女の子かよ、お前」
白い仮面が槍を振り回した時、マントの隙間から見えた学生服。
紛れもなく、女子生徒のモノだった。
「女に力で負けるなんてなぁ……年は取りたくないもんだ」
教室の扉を蹴破ってきた、白い仮面をつけた女子生徒を見ながら半蔵は苦笑するしかなかった。
「半蔵!」
白い仮面に吹き飛ばされた半蔵を見て、ロナは悲鳴を上げ駆け寄ろうとする。
「ロナ!」
そのロナを、シシトは止めた。
「離して! 半蔵が!」
「ダメだ! 半蔵さんに、ロナの事を任せられた。だから、ダメだ!」
シシトは、ロナの肩を引き自分の方に向ける。
「やっと、分かった」
「シシト?」
「半蔵さんに、任せられて。ユイに、任せられて。自分が、守る立場になって、やっと分かった。人は、そんなに、沢山のモノを守れない。とくに、俺みたいな弱いヤツは、目の前の事だけしかできない。しかも両手に、掴める分だけしか、守れない」
そう言いながら、シシトはロナと後ろで震えていたコトリの手を持つ。
「今は、ロナとコトリだけ。二人だけを助ける。俺が守る。目の前で、どんな事があっても。目の前以外で、どんな事があっても」
シシトは二人の手を引き、階段を進み始める。
「シシト!?」
「……シシト」
大股で、早歩きで。
手を引かれているロナ達は半ば駆け足になっていた。
「ユイも、常春さんも、半蔵さんも、皆、俺たちを、ロナとコトリを逃がすために戦ってくれているんだ。じゃあ、俺たちは逃げないと! 逃げないとダメだ!」
シシトの目には、涙があふれていた。
自分たちを逃がすために戦ってくれている人たちのカッコよさと、自身のこれまでの情けなさが、シシトの涙線を痛いほど刺激していた。
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