第73話 妖精がデザート

「く え る か ぁああああああああ!」


 シンジは、勢いよく立ち上がる。

 衝撃でイスが倒れた。


「落ち着けよシンジ」


「落ち着ける訳ないだろうが!」


 平静な様子のコタロウに、シンジは叫ぶ。


 今まで、給仕してきてくれた女の子たちを食べる。


 たとえ、それが人間ではなくてもいくら何でも無理だ。


「でも、コレって、向こうの世界では最高級のデザートなんだぜ? 貴族や王族でさえ滅多に食べられない超ごちそう。なぜなら、強くなれるからな」


「はぁ?」


「こいつらの名前は、はぐれゴールデンフェアリースライムって言ってな」


「ちょっと待った」


「何?」


「名前を気にしたら負けか?」


「負けだな。あきらめろ」


 シンジは負けた。


 コタロウは、話を続ける。


「まぁ、ゴールデンって名前からも分かるとおり、こいつらを食べると莫大な経験値を得ることが出来るんだよ」


「……経験値」


「そう、こいつらを食べたら、シンジ、あの猫耳魔人とまともに闘うことが出来るようになるだろうね」


 コタロウの話に、シンジは少しだけ反応する。

 コタロウは、それを見逃さない。


「やっぱり、闘いたかったんだ」


 コタロウは笑う。


「意外と負けず嫌いだからなぁ、シンジ。学校から逃げ出そうとしたのも、強くなって、後でリベンジするためでしょ」


 シンジは、何も答えない。


「コン・ハイソ。オウマ帝国特務部隊隊長。職業は『調教師』の上級職『召喚士』。技能の『召喚』は、距離に関係なく、モノを呼び出せる。ちなみに『調教師』の技能は、『調教』魔物や死鬼を操れる力がある。まぁ、シンジの『超内弁慶』と同じように、自分よりも強い奴は操れないけどね。彼は五日前、それらの能力を使って、魔物をこの学校に呼び出し、生徒たちを殺戮した」


 コタロウは、そう言いながら、模型の学校の屋上に、ハイソの形を模した人形を置く。


「そんな彼は、すぐに撤退することになる。俺が、この学校の周囲に設定を作ったから。『魔物や魔人、天使などの異世界の者は、俺が許可したモノ以外存在できない』っていう設定。その設定に負けて、ハイソたちは元の異世界に帰った」


 コタロウが、ハイソの人形を上に上げる。


「本当は、死鬼も拒否して良かったけど、そこまですると設定の範囲が狭くなるからね。それはしなかったけど。けど、結局、今日、俺の設定は破られた」


 コタロウが、再びハイソの人形を屋上に置く。


「五日も同じ設定だったからな。破られて当然だろうけど。何でも出来るって事は、何も出来ない事だからな。ホント、使えない技能だ」


 自嘲気味の言葉を吐く、コタロウ。


「……そのせいで、また魔物が現れて、シンジはハイソと闘うことになった」


 コタロウは、シンジの目を見て、言う。


「そして、殺されかけた」


 シンジは、何も言わない。

 ただ、黙っていた。

 静寂を体育館が満たす中、それは突然聞こえた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア」


 ドラゴンの咆哮。


 シンジはその声を聞いて、固まり、動けなくなる。

 冷や汗が、止まらない。


「懐かしいねぇ、サイズドラゴンの声」


 コタロウは、その声に反応せずグラスのジュースを飲んでいる。


「……なんだ? この声」


 シンジはやっと動けるようになり、コタロウに聞く。


「ドラゴンだよ。ハイソたちが、また俺の設定を破ったみたい……お?」


 コタロウが、シンジの背後を興味深そうに見ていた。

 それにつられて、シンジも振り返る。


 後ろを見ると、積み上げられていた死鬼たちが、光りながら徐々に消えていく。


「周囲にある死鬼たちまで利用するつもりか、今回はヤル気だね」


 コタロウが、iGODを操作する。


 すると、学校の模型の周りに、次々と人形が現れ始めた。

 人の人形から、猿や犬の化け物、ドラゴンの人形まである。

 かなりの数だ。


「助けるために集めた死鬼に囲まれているのか、とんだ笑い話だね」


 コタロウは、模型の校庭の方を見ながら、笑う。


「なぁ、コレって」


「ん? 今の学校の状況。人形は全部魔物だね」


「……マジかよ」


 言葉もない。


 途方も無い数の魔物に、学校は占領されている。


「さて、シンジ、どうする?」


「どうするって、何を?」


 分かっていて、シンジは聞く。


「コレ、食べるの? 食べないの?」


コタロウは、皿の上に寝ている少女たちを指さす。


「コレ食べないと、シンジはハイソと闘えないだろうね」


「……おまえは闘わないのか?」


「知ってるでしょ? 俺の好きなこと」


 傍観。

 コタロウはいつも、シンジがゲームをしているのを、見ているだけ。


「もしかして、こいつらが生きているから食べられないとか思っている? なら、安心していいよ。こいつら、俺が設定して作ったから」


 シンジは、皿の上に寝ている少女たちを見る。

 諦めたのか、目を閉じていた。


 そして、かすかに、震えている。


「……作った?」


「ああ、周囲の魔力を使って、はぐれゴールデンフェアリースライムを3体設定して形にした」


 シンジは、コタロウの眼を見る。

 ウソは言っていない。

 そんな目では無い。


 シンジは、再び、少女達を見る。

 綺麗な黄金色の髪。

 黄金比と呼ぶにふさわしい整えられた造形。

 美しい白い肌。

 傷一つ無い、まるで、生まれたての赤子のような肌。

 作りモノのような、肌。

 シンジの目の前の皿に横たわっている少女達は、まさしく、人形、といっていい程の完璧な美を持っている。


「つまり、さっきの料理と同じだよ。ドラゴンの肉や、魚の肉みたいに。コイツらは、形が人に似ていて、動いているだけ」


「……これ、どうやって食べるんだ?」


「そのポットに入っている、世界樹の樹液をかけて、パクリ、と」


「この、バスケットに入っているモノは何だ?」


 コタロウは、すらすらと答える。


「彼女達は、一見、小さな人間の美少女に見えるからね。言ったでしょ? 貴族たちのごちそうだ、って。食べる前に、いろいろ楽しむのが、貴族の嗜みだってさ」


 シンジは、バスケットの上にかかっていた布をとる。


 その中には、彼女達の身長に合わせたのだろう。

 小さな、凶悪な、拷問器具がいくつもあった。


「嗜む?」


 コタロウの問いに


「やらねーよ」


 即答で拒否するシンジ。


 シンジは、テーブルの縁をつかみ、再び黄金の少女たちを見る。

 凝視する。

 見目麗しい、美少女たちだ。

 ……美味しそうに、見えなくもない。


「……これ食ったら、どれくらい強くなるんだ?」


「今のシンジのレベルだと、10は確実に上がるね」


「……そうか」


 シンジは、世界樹の樹液が入ったポットを手に持つ。

 それを見て、お皿の上に乗っている少女たちのふるえが、大きくなる。

 彼女達は、お互いの手を握っていた。


 励ますように。

 癒すように。

 これから訪れる悲惨な目が、少しでも軽減されるように。

 生の終わりが、少しでも良いモノであるように。


 だが、彼女たちの生は作られた物。

 食べるために作られた物。


 人が食べるために作られた物なら、食べてもいい。

 増やせるものなら、食べてもいい。


 クジラなどは食べてはダメで、牛などは食べてもいいと言っていた人の結論の一つ。

 命を頂くという行為に置いて、それは一つの正義なのだろう。



 シンジは、意を決する。


「ゴメンな」


 そう、呟き。


 そして、口の中に入れた。

 甘い味だ。

 メープルシロップなんかと比べても、何倍も甘い。

 しかし、嫌にならない。

 爽やかささえある、不思議な甘み。


 実に美味い。







 世界樹の樹液は。


 ポットの中身を全て飲み終えたシンジは、ポットをテーブルの上に置く。


「シンジ……」


「甘い! 旨い! もういい!」


 満足げに、シンジは宣言する。


「食べないの?」


「口の中が檄甘になったからな。もうデザートは食えない食いたくない」


「そのままじゃハイソと闘えないよ? 闘ったら、確実に殺されるよ」


「いいよ。逃げるし」


 シンジは言い切る。


「俺はな、自分のやりたいことをやりたいだけだ。無駄にストレスを感じたくないだけ。『楽』を『楽しむ』こんな女の子食って強くなっても、『楽』でもないし『楽しく』もない。後味が悪いだけだろうが!」


 シンジは、テーブルの上に綺麗に畳まれておいてある小さなメイド服を手に取る。

 そして、お皿の上に寝ている少女たちの近くの置いてあげる。


「ほら、服を着ろ。俺はおまえ等を食わないから、な?」


 服を受け取った少女たちは、目をぱちくりと開き、そしてシンジの意図を理解したのか、うれしそうに服を着始めた。


「……ごめんな」


 シンジは、再びぽつりと言う。


「俺を強くさせるために、生き残らせるために準備したんだろうけど、やっぱ無理だわ」


 そして、コタロウの方を見て笑う。


「それに、こんなチートみたいな方法でレベルを上げてもつまらないしな。やっぱ着実に強くなりたいし」


 シンジのその答えに、コタロウは思わず笑う。


「そりゃあ、ごめんな」


「こっちも、ごめん」


「いや、そうじゃなくてだな」


 コタロウのその声を隠すように、いきなり黄金の妖精少女たちが、シンジの目の前に現れた。


 もう、服は着たようだ。

 蝶のような羽をパタパタとはためかせて、シンジの顔の前を飛んでいる。

 そして、シンジに頭を下げて、微笑んだ。


「へ?」


 煌びやかに輝く少女たちの美しい微笑に目を奪われている間に、彼女たちはシンジの唇に自分の唇を重ねた。


 三つの小さな柔らかい感触。


 シンジ、地味にファーストキス。


 ファーストが、サードもあり、困惑するシンジは、さらに混乱する。


 シンジにキスをした妖精の少女たちが、金に煌めく光の粉になっていく。


「な、どうした?」


 その粉は、シンジの周囲をぐるぐると回りながら上昇し、光を強くしながらシンジの頭に降り注いだ。


「うお!?」


 強くなった光に、目を閉じるシンジ。


 数秒後、光が収まり、目を開けると、妖精の少女たちは消えていた。

 そして鳴り響く、小気味の良い音。


「うおおお!?」


 連続で、けたたましい程に脳内で鳴るレベルアップのファンファーレに、シンジは身悶える。


「はい、完了」


 コタロウが、席を立つ。

 テーブルと、イスが消えた。


 体育館の入り口にあったキッチンも、跡形もなく消えている。


「な、なにが起きたんだ?」


 やっと終わった音に困惑しながら、シンジはコタロウに聞く。


「はぐれゴールデンフェアリースライムはさ、本当は、自分が気に入った相手に力を与える魔物なんだよ」


「気に入った?」


「そう、気に入った相手に口づけして、力の粒子になってその相手に取り込まれる。どうやら、この光景が、貴族たちの間違ったデザート文化を生み出したみたいだけどね。取り込むことで強くなるなら、体内に取り込んでも……食べても強くなるんじゃないか、ってね」


 コタロウが、悲しそうな顔をする。


「それでも、ある程度は強くなるけどさ。本来のゴールデンフェアリーの力じゃない。当然だよね。自分をむりやり食べようとする奴に、力を与えるバカな生き物はいない」


「でも、気にいるって、俺あの子たちに何もしていないような……」


「食べなかっただろ。それだけで良いんだよ」


「それだけ……」


「殺さないで、食べないで、傷つけないで、見逃す。それだけで彼女たちは助けてもらった恩を感じ、その生き物に力を与える。実に簡単で、平和的な方法。その方法をアツキの貴族たちはやらなかった。知っていたのか、知らなかったのか。知っていて、やっていたのか。拷問器具まで用意するのが嗜みだから、どっちかは、まぁ想像出来るよね」


 コタロウの表情を見て、シンジは思う。

 おそらく、コタロウはこの妖精少女の料理を食べた事があるのではないかと。

 どのような経緯で、どのような形で、食べたのかは分からないが。


 聞く内容では無いだろう。

 聞いていい内容でもないだろう。


 その予想を心に留めて、シンジはコタロウと会話する。


「じゃあ、今の俺って」


「iGODでステータスを見てみなよ。そうすれば分かるから」


 コタロウに言われて確認してみようとするが、制服のどこを触ってもiGODがない。


「ああ、そうか、マオの奴が没収しているのか。iGODをイメージしながら、『リゴット』って言ってみて。これが、遠くにある自分のiGODを呼び出す魔法だから」


「『リゴット』」


 さっそく唱えてみると、シンジの手元に、銀色の七インチサイズのタブレット端末が現れた。

 シンジのiGODだ。


「あと、マオの奴が没収していたから、俺の方で回収した」


 コタロウが、シンジに向かって袋を投げる。

 シンジのスマフォに、空の財布、そして、紅馬と蒼鹿の双剣も入っていた。


「サンキュー」


「いいから、ステータス。確認して見ろよ」


 シンジは、自分のiGODを操作する。

 ステータス画面を表示し、見て、目を閉じ、もう一度見る。


「んな!?」


 奇声を上げるシンジ。


「さて、食事も終わったし、次は身支度だな」


 コタロウは、虹色に輝く拳くらいの大きさの球を取り出した。









 時は戻り。

 校庭。


 シンジは、ハイソと対峙していた。

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