第72話 料理が終わる

「これ、普通のおにぎりに見えるけど」


「ああ、普通に、この世界にある材料で作ったご飯と味噌汁だよ。まぁ、米は藻塩で作ったミネラルたっぷりのお米で、味噌も出汁も最高級品で作った奴だけどさ」


 シンジは、おにぎりを食べてみる。

 米の甘みと旨みが怒濤のように押し寄せてくる。


 次は味噌汁。


 旨み、塩分、そして香りが、全て高レベル。


 だが……


「けど、なぜかイマイチでしょ? 今朝、女の子が作ってくれた料理と比べて。向こうの方が、材料が悪いのに」


 コタロウが、おにぎりを持ちながら残念そうに言う。


「お前……」


「ああ、勘違いしないでよ? 別に心の声が聞こえたとかじゃないから。やろうと思えばできるけど。まぁ、シンジの考えている事は、顔を見ればだいたい分かるさ。そして、俺もそう思っているだけ」


 コタロウは、少し寂しそうだ。


「『決められた見えない悪戯サイコロトリック』を使えば、最高級の食材で作られた、最高級の料理を食べる事が出来る。ただ、そこまで。どんなに設定を変えても、心のこもった手料理にはかなわない」


 コタロウは、おにぎりを皿の上に戻した。


「異世界の料理を食べてもらったのは、それが原因。食べたことの無い味なら、違和感を感じることなく食べてもらえると思ったからね。工場で大量生産されているモノなら、再現は簡単なんだけど」


 コタロウは、グラスに入っているジュースを飲む。

 そして、グラスを置くときに、ポツリとつぶやいた。


「ホント、使えない力だ」


 その声は、聞こえるかどうか分からないほどの音量だったが、シンジははっきり聞き取った。


 コタロウが何を思っているのかくらい、シンジも顔を見れば分かる。


「……なぁ、その技能や職業なんだけど、もしかして、個人差、があるのか」


 暗くなった雰囲気を変えるため、シンジは自分から質問することにした。


「ああ、基本職である戦士 格闘家 旅人 芸人 魔法使い 治療士 技術者なんかは、ほとんどの人が成れるよ。もちろん、どこにでも例外はあるし、その職業の中でも、人によって適正はあるけど」


 コタロウは、おにぎりには手を付けず、ジュースを飲みながら質問に答えていく。


「けど、たとえば、俺の『遊戯制作者』や、シンジの『自宅警備士』は、固有職と言って、そもそもその職業が表示さえされていない人もいる」


「ふーん……『自宅警備士』ってレアなのか」


 自室の中にあるモノを操れるようになるなんて、確かに、かなりキワモノの部類に入る力だろう。


 自分が、特別な存在だと知って、内心嬉しくなるシンジ。

 特別な存在だと言われて、嬉しくない者はいないだろう。


「まぁ、最近はニート様やフリーター様が結構いらっしゃるから、『自宅警備士』の素養を持っている人は結構いるかもな」


「おい!」


 そんなシンジの気持ちを見透かしたかのように、コタロウがテンションが下がることを言ってくる。

 シンジも、掲示板で、職業を『自宅警備士』に選んで苦労している人の書き込みを読んでいたので、誰でも成れる職業だと思ってはいたのだが。


「でも、シンジなら、2次職。上級職になると、完全にオリジナルの職業があるよ」


「……そうなのか?」


「ああ、『自宅警備士』で、そこまで戦闘能力を保持したままの人って、そうはいないだろうし。掲示板を見て知っていると思うけど、他の『自宅警備士』の人ってほとんど寝たきり状態になってたでしょ」


 書き込みの内容を思い出すシンジ。


 確かに、ほとんどが、

 『ウッハwwww動けねーーwwww』

 『ヤバイwwwwヤバイwwwwおしっこwww漏れるwww』

 『かあちゃん、ごめん……俺が働かないばかりに……(そのまま『超内弁慶』で、部屋のゲーム機を動かす俺。直感的な操作が出来て、逆に捗る!)』

 『コレが、宇宙飛行士が経験する筋力低下の症状かな…………そうか、つまりニート=宇宙なんだよ!』


 など、体を動かせない事に危惧する内容ばかり……一部例外もあるが、ばかりであった。


「どんな職業か教えてあげようか?シンジの上級職」


「……分かるのか?」


「当然。言ったでしょ? 見下ろす事が出来るって。設定を決めるためには、その空間の元々の情報を知らないとね」


 コタロウが、iGODを操作すると、コタロウの背後に大量の紙が現れた。

 シンジの足下まで、紙だらけになる。


「この学校にいる生徒全員の、名前、住所、身長、体重。スリーサイズなんかの個人情報から、趣味、食べ物の好み、好きな人、普段考えている事なんかの内面的な情報、才能や可能性とか本人さえ知らない事まで書いてある」


 それを聞いて、シンジは、すぐ近くに落ちていた紙を拾おうとするのを止める。


「コレ、消してくれ。あと、職業は教えなくていい」


「あ、そう」


 コタロウがiGODを操作すると、一瞬で紙が消えた。


「……大変だったな」


 シンジの気遣いに、コタロウは笑う。


「そうでもないさ。コレが強制的に頭の中に入ってくるわけじゃないし」


 だが、それでも、人の全てを知ることが出来るのだ。

 綺麗な事も、汚い事も。

 良いことなわけが、ない。

 それをシンジは知っている。


「情報を紙に出すだけじゃなくて、気になった女の子の裸とか、リアルサイズで肉体として再現出来るしな」


 コタロウが、にやけた顔で言いながら指を動かしている。


「マジで!?」


 その、夢のような話に、もちろんシンジは食いつく。


「ああ、モデルの仕事で仕事場が近かった時があったからな。アイドルの前山桜子とか、シンジも好きな女優の堀中マミとか、再現して触りまくったよ」


 そこまで言うと、ふっと、また、コタロウの顔が寂しげになる。


「まぁ、コレもやっぱり、本物の、心がある肉体には、かなわないんだけどな」


「コタロウ……」


「再現した女優の体より、シンジのお尻の方が何倍も気持ちよかったよ」


 コタロウの言葉に、反射的にシンジはイスを引く。


「いや、冗談だって」


「冗談でも、ひくわ! そこは、貝間さんとかにしとけよ」


「いや、アイツは気持ちよくねーし」


 ハハハとコタロウが笑う。

 本当に、マオの事が可哀想だと思うシンジ。

 そこで、ふと思い出す。


「そういや、貝間さんの職業って何だよ」


「ああ、アイツの職業は……」


 コタロウがシンジの皿に目を向ける。

 シンジの皿は、すでに空になっていた。


「その前に、最後の料理を出そうか。おい、準備して」


 コタロウが、テーブルの端で浮いていた3人の小さな女の子たちに向かって言う。


 その言葉を聞いて、ビクリと、金色のメイド服を着た女の子たちは体を震わせた。


 女の子たちは、動こうとしない。

 先ほどまで、元気なくらい羽を羽ばたかせて働いていたのに。


「……何しているの? 準備」


 コタロウに念を押されて、女の子たちは観念したかのようにゆっくりと動き出した。

 黄金の少女達は、テーブルの上にある食器を片づけていく。

 そして、一人の女の子が、キッチンから、真っ白な陶磁器で出来たお皿を持ってきた。

 他の子も、ミルクポットのようなモノと、なにか布で覆われたバスケットのようなモノを持ってくる。


 それらを、彼女達はシンジの前だけに並べ始めた。


「コタロウは食べないのか?」


「ああ、最後の料理は、シンジだけの特別」


 女の子たちが、お皿を片づけ、持ってきたモノを並べ終わる。

 そこには、何かが入っているバスケットと、メープルシロップのようなモノが入っているミルクポットと、そして、何もない、空のお皿があるだけだった。


「ん? なんだ? 何を食えばいいんだ」


 シンジが困惑していると


「おい」


 とコタロウが、女の子たちを促す。


 すると、3人の小さな女の子たちが、その髪の色と間逆の暗い顔をしながら、ゆっくりとシンジの前に横に並んで整列した。


 そして、ぺこりと頭を下げる。

 何があるのかとシンジが見守っていると、急に女の子たちが、その黄金で出来たメイド服のような服を脱ぎ始めた。


「へ?」


 恥ずかしそうに、一枚一枚、小さな服を脱いでいき、下着まで……小さい下着を履いていたようだ。

 下着まで脱いでいき、少女達は何も着ていない生まれたままの姿になった。

 黄金の少女達は、恥ずかしそうに、両手で、恥部を隠している。


「早くしろ」


 コタロウに言われ、裸になった黄金の少女達は、そのまま並んでお皿の上に登り、横になる。


「隠すな」


 まだ、両手で見て欲しくないところを隠していた少女たちは、ゆっくりと手を下ろしていく。


 とても、とても綺麗な肢体だ。


 全てが終わった時、シンジの目の前お皿には、3人の小さな少女たちが裸になって、三の文字を作っていた。


「いや、コレなんだよ!?」


 思わず、叫ぶシンジ。


 なんで、いきなり少女たちのストリップショーを見せられたのか、分からなかった。


「いや、料理だよ。最後の料理。シンジ、女体盛り好きでしょ? それと似たようなもんだよ」


 コタロウの言おうとしている事に、気づき、シンジは戦慄する。


「お前……まさか……」


「そう、これが最後の料理。デザート。黄金妖精少女の踊り喰い~世界樹の樹液と共に~さぁ、召し上がれ」


 コタロウが、うれしそうに、両手を広げた。

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