第64話 川田が訴える

 川田は、マオが殺された後、恐怖でその場から動けないグループにいた。

 田口と一緒に、マオが殺された事に唖然とし、襲いかかってくる化け物に竦み、混乱している所を、魔物に腕を噛みちぎられた。


 その後、意識を失った川田は、滝本に連れてこられ、シンジの治療を受けた。


 そして、ほどなくして、意識を取り戻した。


 意識を取り戻した直後、化け物に腕をちぎられてからの記憶が無かった川田は、近くにいた女子から、不思議な力で、自分たちを助けてくれている人がいることを聞いた。


 マオのような救世主の登場を期待した川田は、一度お礼を言おうと治療している人物を見る。


 一瞬、時間が止まった。


 皆の治療をしているという人物がシンジだったからだ。


 川田の親友、田所を殺した奴。


 川田は、シンジの姿を見て、驚愕し、怒りに震えた。


 人殺しの分際で、何をしているのだろう。

 川田は、己の拳を堅く握りしめた。

 友情が、ふつふつと湧く。

 怒りが、グラグラと沸騰する。

 とりあえず、痛めつけようと思い、シンジに近づこうとした時、腕を人に取られた。


 川田の腕を取ったのは田口だった。


 もう一人の、川田の親友。


 田口は川田が治療を受けたあと、ブレンダによってシンジの元へ運ばれ、折れていた肩と、千切れ飛んでいた右足首を、シンジに治してもらっていた。


 川田と違い、意識のあった田口は、始めシンジの治療を拒んだが、川田の治療を見たブレンダに諭され、しょうがなく、シンジの治療を受けた。


 治療後は、滝本たちの手伝いをしていた田口だが、起きた川田が、怒りの形相でシンジの方に駆け寄ろうとしていたのを見て、あわてて止めに入ったのだった。


 理由は、簡単だ。


「今は止めとこうぜ」


 川田の耳もとで、ささやくように、田口は言う。


「……なんでだよ! アイツは、タドを……!」


「ケガを治療しているアイツを殴ったりしたら、俺たちが悪い奴みたいに思われるって! ヤるなら、治療が終わった後。アイツが、変なことをしようとしたとき。絶対、アイツは何かするから」


 川田は、田口の目を見る。

 まっすぐ、川田を見ていた。

 すっきりと澄んでいる、友情の目だ。

 田口の目に、川田は絆を確認する。


「分かった……大人しくしている。でも、変なことって、アイツが何かするのか、分かっているのか?」


 川田の問いに、田口は首を横に振る。


「それは分からない……けど、タドを殺した奴なんだ。そんな奴の近くに、下着姿の女の子がゴロゴロしているんだぜ? 大人しくしていると思うか?」


 田口の言葉に、川田は周囲を見渡した。


 皆、制服がビリビリに破れていた。

 男女関係なく。

 いや、女子の方が、衣服のダメージが大きい者が多い。

 一部の女子などはほぼ下着姿だ。


「しかも、アイツのすぐそばに、潮花さんがいる。下着姿で」


 川田は、すぐさま、田口が言った方向を見た。


 潮花律。

 黄金の乳を持つ女子。


 シンジのすぐそばに立っているリツの下着姿を見て思わず、川田の喉が鳴る。

 プルプルに大きな胸を守っているのが、水色のブラジャーだけだからだ。

 さらに、所々、破かれたと思われる制服の一部が残っている。

 今のリツの姿は、とても扇情的であった。


 川田は、大きくなりつつある小さな自分をごまかすためにさりげなくポジションを変える。


 なるほど、確かに、川田でさえ、この状況では自分を押さえるのは難しい。

 なら、シンジならば、親友を殺した凶悪な最悪な男ならば、必ず何かしらの行動はとるだろう。

 田口の言葉に納得した川田は、大人しくシンジが何か行動するのを待つことにした。



 そして、シンジが行動を起こした。


 シンジが、下着姿のリツを見て何か揉めている。


 もう少し、決定的な行動を起こした時に動きたいところではあったが、川田の我慢は限界だった。


 シンジが、感謝されていることに。

 まるで、シンジが良い奴であるかのような、現状に。


 シンジは違う。


 シンジは、友人を殺した、凶悪犯。

 なぜ、皆それが分からない?

 教えなくてはいけないと、川田の正義が燃える。



「今! 潮花さんになにをしようとした! この人殺し!」


 川田は、シンジを指さし罵倒する。


 マオがいたときと、同じように。

 田口も立ち上がり、川田に続く。


「タドを殺して、次は潮花さんか? ケガを治したフリして、俺たちを殺そうとしてたのか? 皆、だまされるなよ! こいつは、簡単に人を殺すどうしようもない奴なんだ!」


 そう言いながら、二人は、シンジの元に歩いていく。

 大股で、威勢良く。


 気持ちよかった。


 シンジのことを悪く言えるのが。

 心の底からスッキリしていく。

 まるで、自分が正義の味方になったようだ。


 いや、シンジは田所を殺したのだ。


 川田と田口は、まさしく、友情のために行動している正義の味方そのものである。

 二人は、そう確信した。


「潮花さんから離れろよ、このクズ!」


 そして、川田が、シンジに掴みかかろうとしたとき、


「おいおいおい。ちょっと、落ち着けよ」


 間に、滝本が割り込んできた。


「なんだ? おまえらどうしたんだ?」


 川田をなだめるように、話す滝本。


「どうしたって、言ったでしょ? ソイツ、タドを殺したんです。人殺しです」


 川田が、シンジを睨む。


「いや、それは先生も聞いたけどな……あれだろ? おまえたちの友達は、死鬼……おかしくなってしまった後に殺されたんだろ?」


「……だからなんですか?」


 田所は、親友は、シンジに。首をはねられて死んだのだ。

 許せるモノではない。

 思い出すだけで、涙がでて、吐き気がする。

 川田たちにとっての最悪の権化。

 それがシンジだ。


「先生も殺したぞ?」


 そんなシンジの間に立っていた滝本は、突然言った。


「なにを、ですか?」


 川田たちも、一瞬シンジに対する怒りを忘れて、聞いてしまう。


「いや、だから、おかしくなった人。こんな状況だ。チンタラ拘束する余裕もない。襲ってきたら、撃つしかないだろ? それにな……」


 滝本は、申し訳なさそうに川田の方を見て、言う。


「川田、お前を助ける時にも、先生はおかしくなった生徒を殺したぞ? 多分、ギリギリで事切れたんだろうな。お前のすぐ横にいた生徒が死鬼になった。だから、俺はこの銃でその生徒の頭を撃って、殺した。そのおかげでお前は今生きているわけなんだが……それでも、お前は先生を人殺しと呼ぶのか?」


 滝本の言葉に、川田の眉が寄る。


「いや、でも、明星の奴と、先生は違います。先生は、俺を守るためにしてくれましたけど、アイツは、ただ何の理由も無くタドを……」


「同じだ。人を襲うようになってしまった人を殺した。命を守るために。先生と、明星は一緒だ」


 普段、不真面目でいつもふざけている滝本が見せた、真剣な瞳。


 川田は、思わずたじろぐ。


「でも、今、明星は、潮花さんの方を向いて、何か変なことを……」


 シンジの方を見ながら、田口が言う。


 リツは、そんな川田と田口を見た後、シンジを見た。


 川田達は、リツにとって、自分の事をおだててくれる、良いヤツだった。

 優しくしてくれるし、遊べば一生懸命楽しませようとしてくれる、友人。

 その川田達の目的が、自分の胸である事はリツはもちろん知っていた。

 知ってはいたが、それは自分に好意を持ってくれているという事であり、その点は別に嫌だと思っていない。

 むしろ、川田達は、今の恋が終わった時のキープにしようと考えていたくらいだ。


 そんな川田達がシンジを罵っている。


 リツの嫌いなシンジ。


 シンジに殺されたという田所。


 ちょっと太めだったけど、面白い人だったなぁと、リツは田所の事を思い返す。


 が。


 ソレはソレ。

 今は状況が違う。


 リツは、シンジの腕を引き耳元で囁く。


「……制服、直すんでしょ? 早くしなさいよ」


「……ん? ああ」


 シンジはリツの方を見て、魔法をかける。


「『リーサイ』」


 シンジの修繕魔法を受けて、リツの周りが淡く光る。


「……本当に、直った」


 クルリと回るリツ。

 ボロボロで、布切れしかなかったリツの制服が新品同様に戻っていた。


「これが服とかを元に戻す魔法」


「……コレって、皆のも直せるの?」


「ああ、切れはしでも残っていれば」


 リツは、シンジの言葉を受けて川田たちの後ろ、治療が終わった生徒たちの方に声をかける。


「みんなー、明星くんが、制服直してくれるって! 制服が破けたりしている人はこっちにきて並んで!」


 リツのその言葉を聞いて、生徒たち。

 特に、女子たちが喜んでシンジの元へやってきた。

 寒いし、恥ずかしいし、当然だ。


「お、おい。待てよ! ソイツは人殺しだぞ! オイ! 聞けよ!」


 川田は、シンジの元に並ぼうとする生徒たちを止めよう声をかけるが、川田たちの話を聞こうとする者は誰もいない。

 川田の声は、言葉は、正義の言葉のはずなのに。

 友情の声は誰にも届かない。


「なんでだよ! ソイツは、人を……俺の親友を、タドを殺したんだぞ!」


 川田達が何度叫んでも、生徒たちはシンジの元へ並んだ。

 魔法で、服を直して貰っていた。


 人間に必要なモノ。衣食住。

 その中でも、衣は最初だ。

 衣は、服は、人として生きるために、時として食よりも大切なのだ。

 そんな大切なモノの前には、別の誰かの大切な人が殺された、なんて些細な問題は関係なかった。


「皆、気づいたんだよ」


 そんな光景を見て唖然としていた川田たちに、滝本が語りかける。


「人殺しがどうとか、甘っちょろいことを言える状況じゃないってな。そして、貝間も死んで、そんな状況で頼りになるのがどんな奴なのかって事もな」


 シンジに制服を戻してもらえた女子生徒は、本当に嬉しそうだった。

 手を取り合って、喜んでいる。

 そして、何度も、何度も、シンジに頭を下げていた。


 そんなシンジに対する皆の視線は期待のまなざし。


 希望の思い。


 それは、つい先ほどまでマオが受けていたモノであった。

 慈愛の、正義のマオが受けていたモノだ。

 決して、親友を殺した極悪人であるシンジが受けて良いモノではないはずだ。


「なんでだよ……おかしいだろ、アイツは、タドを殺したのに……おかしいだろ!」


 川田は、そのやるせない思いを地面にぶつけた。

 殴ると痛いので、何度も、何度も、力強く地面を踏む。

 田口はただ座って泣いていた。


「恨みなんてモノは、共感は出来ても、共有は出来ない。けど、喜びは共有出来る。まぁ、お前たちにはまだ難しい話かもな」


 そう言って、滝本は川田たちから離れていった。


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