第60話 ドラゴンが食べようとする

 今日のドラゴンは、不機嫌だった。

 いきなり、檻から出されたと思ったら、見慣れぬ場所。

 数日前に来た事があるのだが、ドラゴンはそんな些細な事は忘れていた。


 とりあえず、吠えてみると、ピカピカ光る妙にウザったい餌が、ドラゴンの元にやってきた。

 ピカピカが邪魔だったので、右腕で切り裂いて食おうと思ったら、ピカピカの餌は生意気にも抵抗してきた。

 腹が立ったので、その餌はすぐに逆の手で切り裂いて、尻尾で弾き飛ばした。


 でも、イライラは収まらない。

 そんなドラゴンに今度は2匹の餌が小さい何かを沢山ぶつけてきた。

 痛くもないが、邪魔だった。

 そんな餌を、ドラゴンはすぐに切り裂いて、食べてしまった。

 

 だが、それでもイライラは収まらない。


 こんな時は、やけ食いだ。

 今日は沢山食べよう。


 そうドラゴンが思っていると、目の前に、柔らかそうな餌がいた。

 やけ食いのスタートには、良い餌だ。

 食べよう。

 ドラゴンが口を開けると、突然体を動かせなくなった。


 何か、体を、透明なモノが覆っている。

 それが、ドラゴンの体の動きを阻害していた。


 何だこれは?


 体験した事のない現象に、ドラゴンは、体を動かし、暴れた。


 おかげで、体を覆っていた、邪魔なモノは取り除く事が出来たが、イライラはさらに溜まった。


 ドラゴンは大きな声で吠える事にした。


 この付近に対する宣告だ。


 食べ尽くす、と。

 無駄な抵抗はやめろ、と。


 吠え終わると、ドラゴンのすぐ近くには、小さな餌がいた。

 逃げようともしない。

 むしろ、近づいてきている。

 良い心がけだ。

 八つ裂きにして、殺して、食べてしまおう。


 ドラゴンは、目の前にいる小さな生き物に向かって、その巨大な鎌の様に発達した右腕の爪を振るう。


 横から、刈り取るように。


 近くにいた、銀色のハイオークを、それこそ雑草のごとくあっさりと両断しながら、ドラゴンの鎌は小さな餌、少年に迫った。


 その爪は、ドラゴンにとってまさしく必殺の爪だ。


 全ての生き物は、獲物は、餌は、この爪で切り裂いてきた。

 このいかにも弱そうな生き物も、すぐに両断されるだろう。


 ドラゴンの、鎌のような爪が少年の体を通り過ぎる。


 高い音を出しながら。


 ドラゴンにとって、それは聞いたことが無い音だった。


 餌が切れる時には、音など出ない。


 なんの抵抗もなく、スッパリと切れるからだ。


 ドラゴンは、小さな餌がいた所を見てみる。


 まだ、餌がいた。立っている。


 まだ、自慢の爪が、鎌が、餌のところにあった。


 オカシい。


 爪は、自分の右腕の先に、有るはずだ。


 ドラゴンは、自身の右腕を見てみる。


 オカシかった。


 何が? 形が。


 綺麗な三日月のような形をしていたドラゴンの爪は、途中でスッパリ無くなっていた。


 折られた。


 誰に?


 決まっている。


 その折れた爪の破片は、小さな餌の横に落ちているのだから。


「グオアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ドラゴンは、哮る。


 今日一番の苛立ち。

 大事な爪を、自慢の爪を、折られるなどあってはならないことなのだ。


 残った左腕の爪を、小さな餌に、シンジに向かって振り下ろすドラゴン。


 その爪を、シンジは紅馬で受けるように上に構える。


 ソードブレイカーズ 紅馬・蒼鹿。


 ソードブレイカーとは、剣を折るために作られた剣だ。

 もちろん、紅馬、蒼鹿にも、その特徴は、ある。


 より強く。

 より破壊に特化して。


 シンジは、紅馬のギザギザの峰の後ろに設けられた鉤のような場所で、ドラゴンの爪を受けた。


 紅馬は、煌々と熱されている。

 そして、ドラゴンの爪は、先ほど、蒼鹿によってキンキンに冷やされていた。


 冷え切ったドラゴンの爪が、紅馬の熱によって急激に熱くなる。

 それによって、起きる現象。


 熱衝撃。


 温度差によって生じた、物体のほんの少しの大きさの違いが、破壊を起こす現象。


 ドラゴンの、鋼鉄よりも堅い爪にも、それは発生した。


 ほんの少しだけ、ドラゴンの爪に生じた、小さなヒビが、徐々に大きくなっていく。


 ドラゴンが、シンジに向かって爪を振り下ろしていくほど、爪の破壊は徹底的なモノになり、そして、



 割れる。


 砕ける。

 自慢の爪が。

 必殺の爪が。

 生き物に死を与える、絶望の鎌が。

 生き物を餌に変える、ナイフが。

 無くなった。


 一瞬、唖然としていたが、すぐにドラゴンは別の行動に移る。

 餌が、餌でないなど、あってはならないのだ。

 爪がダメなら、直接食らえばいい。


 ドラゴンは、その大きな口を開けて、シンジに食らいつこうとしてきた。


 噛みつき。

 ほとんどの肉食獣が、獲物を狩る時に使う攻撃方法の一つだろう。


 ただし、その攻撃が有効なのは、相手が、獲物の時だけだ。餌の時だけだ。


 自分よりも強いモノが相手の時は、それは口の中という弱点をさらけ出す結果にしかならない。


 シンジは、その大きい口の中に、紅馬を放り投げた。


 同時に、蒼鹿を発動。


 緑色のヒモを通して、蒼鹿の氷結が紅馬に伝わり、二本の短剣は、巨大な槍に変わる。


 強靭な氷の硬度は、鋼に匹敵する。

 うろこなど無い、柔らかい口内の肉では、その侵入を止められない。


 そのまま、ドラゴンは上あごから氷の槍で脳天を貫かれた。


 そして、穂先に付いていた紅馬が、ダメ押しとばかりに炎を上げる。


「グルアッ……?」


 一瞬のうちに脳の主要な部分を燃やされたドラゴンは、暴れる事もなくその自惚れた命を終わらせた。

 ドラゴンが前のめりに倒れる。


 訪れる静寂。


 死んでしまったドラゴンの口の中から、シンジは出てきた。

 その表情は、険しいモノだった。

 理由はもちろん。


「……うぇぇ……涎でベトベト。血も付いたぁ……」


 ドラゴンの涎と血で、体が汚れていたからだ。

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