第59話 シンジが殲滅する
「……ゴブリン、コボルト……不細工な、イノシシみたいなのは、オークって奴かな? あとは死鬼が……体育館にいた奴らもいるのか」
シンジは、ヒモみたいなモノで繋がっている二本の短剣を持ちながら、校庭の様子を確認する。
「……いまいち体もしっくりこないし、本命が来るまでの間準備運動でもしようかね。こっちは、5分は持つだろうし。色々試したいし」
うんっと、伸びをするシンジ。
「明星君?」
シンジの、あまりに自然体な様子に、不思議な気持ちになるリツ。
彼は、この化け物の大群を恐れていないのだろうか。
そんな疑問がリツのアタマをよぎる。
「ゴメンね、潮花さん。痛いだろうけど、先に雑魚を始末してくる」
シンジが息を吐く。
「『闘気合』」
シンジが言い終わった瞬間。
シンジの姿が消える。
(えっ?)
消えたシンジを探して、リツが周囲をキョロキョロと見回すと、始め、リツたちが並んでいた付近から、炎が上がっていた。
「グゴゲエエエエ!!」
「ブウウギャグ……」
化け物たちの、悲鳴が聞こえてくる。
しかし、その悲鳴はすぐに止んだ。
悲鳴を出すモノが、消えたからだ。
「ゴブウウ!?」
今度は、リツの背後からだ。
石碑が落ちてきた場所。
また、化け物の悲鳴が聞こえ、消える。
今度は、氷の柱が立っていた。
次は、ヘリがあった場所から。
あっちから。
こっちから。
炎と氷が、次々と沸いていく。
そのたびに、校庭の、あらゆる場所から化け物の悲鳴が聞こえ、消えていった。
「え? 何? 何が起きているの?」
突然校庭で繰り広げられてるショーのような光景にリツは困惑する。
見た目は、綺麗だ。
BGMは最低だが。
そんな光景に目を取られている間に、
「ごぶふん」
「……あっ」
いつの間にか、リツの目の前には、銀色の体毛に覆われた、二足歩行の大きなイノシシのような化け物がいた。
あの、記念碑を投げてきた化け物だ。
化け物は、脇に何か抱えている。
肌色の物体。
それは、制服を破られた女子生徒だった。
意識が無いのか。
…………死んでいるのか。
抱えられている女子生徒は動かない。
その太股から、血が混じった液体が伝わっていた。
リツを見つめる、銀色のイノシシの化け物。
化け物は、リツの胸元を見ると、にやっと、口角をゆがませた。
「ひっ」
リツはその化け物の表情に、女性として、本能的に恐怖を覚える。
逃げないと。
リツは立ち上がろうとするが、
「あっ!?」
あまりの恐怖に、右足が折れている事を忘れていたリツは、立ち上がれず、そのまま尻餅をついてしまう。
「ぶっふっふっふっふ」
笑いながら、イノシシの化け物が近づいてくる。
「ひっ……!」
脇に抱えていた少女を地面に落とし、イノシシの化け物はリツの制服を掴む。
「きゃあっ!?」
化け物が力を込めると、簡単に、リツの制服が破られた。
露わになる、リツの水色の下着。
「ぶっぶぶうぶうううう」
イノシシの化け物は、リツの下着にも手を着けようとする。
「やめっ……!」
リツは、反射的にその手を取り、抵抗しようとするが。
その瞬間、骨の折れる音が響いた。
「いっぎ!?」
リツは、折れていた右足をイノシシの化け物に殴られた。
さらに折れる右足。
あまりの激痛に、目の前が一瞬真っ白になる。
動けない。
「ひっ……ひっ……何よ、それ……」
半裸で、泣いているリツの姿に、イノシシの化け物は興奮したのだろうか。
人間の足はあろう大きさの棒がイノシシから現れていた。
「ぎゃん!?」
イノシシの化け物に、両足を捕まれるリツ。
折れた足が痛んだ。
リツの顔が、痛みと恐怖で、ゆがんでいく。
その顔を見て、イノシシの化け物の口角がさらに上がる。
実に、うれしそうに。
「やめ……やめてぇ」
リツは懇願するが、目の前の化け物には通用しないだろう。
イノシシの化け物が、リツの土で汚れたショーツに手をかけようとしたとき、
「ぶぎぃ!?」
突然。イノシシの化け物が悲鳴を上げたと同時に、その顔が見えなくなった。
「お前でラスト!」
イノシシの化け物が、蹴られたからだ。
二本の短剣を持った少年に。
今、リツの目の前にあるのは、その少年の背中。シンジの背中だった。
シンジは、リツの方を一瞥もせず、ただ蹴られて倒れている、イノシシの化け物を見ていた。
「さーてと。たぶんお前が、この雑魚たちの中で一番強いよな? 銀色だし。 ちょっと、試したい技が……」
シンジがイノシシの化け物に何か言おうとしたとき、ガラスが割れるような音が聞こえてきた。
ピキピキと。
「……マジかー。もうちょっと持つかと思ったけど」
割れているのは、黒いドラゴンを覆っていた氷だった。
氷に、次々と亀裂が入っていく。
その様子を、残念そうにシンジは見ていた。
銀色のイノシシの化け物はすでに立ち上がっているのに。
「前!」
リツはシンジに向かって叫ぶ。
リツの声を聞いて、シンジは振り返り、リツの方を見た。
イノシシの化け物に背を向けるように。
「ん? 潮花さん? なんで裸……?」
「そんな事より! 前!」
何をのんきな。
背後から、銀色のイノシシがその巨大な岩を投げることが出来る豪腕で、シンジを殴りつけようとする。
が。
「ああ、こいつに襲われたのか。ゴメンね。魔物を倒すのが楽しすぎて夢中になってた」
シンジは振り返ることもなく、イノシシの化け物の両腕を切り落としていた。
銃弾でさえ跳ね返していた、銀色の毛皮を切り裂いて。
「ぴ……ぴぎぃいいいいいいいいい」
イノシシの化け物が叫ぶ。
痛いのだろう。
腕を切り落とされたのだから。
化け物でも痛みはあるようだ。
そんな叫びをかき消すように聞こえてきた。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ドラゴンの、咆哮。
弱者を縛る強者の激怒の声に、リツも、痛がっていたイノシシの化け物も、周囲にいた生き物全ての体が硬直する。
「元気だなー」
だが、シンジだけは平然としていた。
平然と、ドラゴンの元へ歩いていた。
何事も無いかのように。
「せっかくのドラゴン退治だし、時間をかけて楽しみたい所なんだけどさ」
シンジは、紅い剣をドラゴンに向ける。
「死にかけている人が結構いたし、手遅れになる前に速攻で終わらせる、な」
シンジはドラゴンを見て、申し訳なさそうにつぶやいた。
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