第58話 リツが走る

「いやぁあああああああ」

「ひぃいい……」

「きゃぁああああああああああああああ」


「走って! 校舎の中に!」


 銃を撃ちながら走っている女性隊員が、叫ぶ。


 周囲は、化け物の群。

 化け物たちは、銃弾に仲間が倒れていくのに、どんどん近づいてくる。


 そんな中を、必死に、少女は逃げまどっていた。


 彼女の名前は、潮花 律(しおばな りつ)


 3年C組。

 成績、ふつう。

 運動能力 ふつう。


 容姿 上の下。


 貝間や、ロナ、荒尾など、容姿の面では一部の女子に劣るが、それ以外の女子生徒には負けてないと彼女自身は思っている。


 その自信を支えているのは、胸。


 胸 美巨乳。


 一部のおっぱい好きの男子生徒たちから、美術品として飾っておきたい、『黄金の乳』と言われるほどの、おっぱいが、リツの自慢。



 今、生徒たちは、大きく3つのグループに分かれていた。


 一つは、ドラゴンから離れるように、校庭から逃げだそうとする、女性隊員の後に付いて行けたグループ。


 もう一つは、マオが死んでしまった恐怖で、その場から動けなくなったグループ。


 最後は、マオが死んでしまった恐怖でパニックになり、勝手な方向へ、バラバラに逃げ出してしまったグループ。



 リツは、その中でも、最初のグループに属していた。


 というよりも、他のグループには、死しかない。


 バラバラに逃げたグループは、あっさり化け物に掴まってしまい、その場にいたグループの周りは、もう化け物に囲まれてしまっている。


 いや、化け物に囲まれているという状況は、リツたちも同じである。


「ぎゃっ!」


 リツの右隣を走っていた男子生徒の姿が消える。


「た、助けてぐるぶうう……」



 背後から、男子生徒の断末魔が聞こえてきた。


 おそらく、腕か何かを、化け物に捕まれてしまったのだろう。


 校庭から脱出しようとしているグループには、始め、約70名近い人数がいた。


 グループの集団の先頭に、女性の隊員二名がいて、化け物を銃で殺しながら道を切り開いていき、もう一人が、後方で、生徒たちを襲おうとしている化け物を殺す。

 そんな陣形であったが、70人もの人数を、3人だけで守りきるのは、不可能だった。

 陣形の外側にいる者から次々と化け物に襲われ、死んでいく。


 もう、生き残っている人数は、50名ほども満たない。


 リツは、右隣の男子生徒が消えた瞬間、無理矢理集団の中に回り込んでいく。


 結果、リツの左にいた少女が、集団の外側になった。


「えっ? あっ……きゃあっ!」



 リツの後方で、少女の悲鳴が聞こえた。


 襲われたのだろう。

 あの化け物どもに。


 リツは、今の自分の行いが、悪い事であるとは思わなかった。

 思う余裕もなかった。


 生きたいからだ。


 生きるためには、最善を尽くさなくてはいけない。


 自分にとって最も善いことに、犠牲が出ても、しょうがないじゃないか。


 そう、コレがリツの本心だ。

 いや、もしかしたら、人間全てが持っている、心なのかもしれない。


 しかし、彼女は、いや、彼らは、つい先ほどまでは、こんな感情を持っていなかった。


 マオが、死ぬまでは。


 リツは、周りで次々と消えていく生徒たちの声を聞きながら、悪態をつく。


(あの、良い面した性悪女め!)


 悪態の相手は、マオだ。


(さんざんカッコつけて! 綺麗事をペラペラ並べて! 結局! 死んで! 何が、外の方が安全よ! 私たちも死にかけているじゃない!)


 こんな事は、マオが生きている間は、思いもしなかったのだが。


(だいたい、普段の態度も気に入らなかったのよ! あの人の彼女面して! 偉そうに命令して! なんであんな奴の言うこと聞いていたんだろ!)


 リツがそんな事を思っている間に、後ろからしていた、銃撃の音が聞こえなくなった。

 護衛をしていた人が、殺されたのだろう。

 銃撃の数が減り、急に横から襲ってくる化け物の数が増えていった。

 ドンドン、生徒たちの人数が減っていく。


 リツは、必死に走って、もっとも安全な列の中央に回り込んだ。


 リツの綺麗なおっぱいが、体の動きに合わせて、ぶるぶる揺れる。


(死ねない死ねない死ねない死ねない! 私は死ねない! ここまで綺麗なおっぱいにするために、いろいろ努力したんだ。体操したり、マッサージしたり、豆乳飲んだり、してきたんだ! あの人に見てもらうために!)


「ゴアアアアア」


 大きなうめき声が聞こえてきた。


 校庭から脱出しようとしているグループの前方で、化け物たちの中でも、一際大きな、銀色の毛におおわれている二足歩行のイノシシのような化け物が、巨大な岩を持ち上げている。


 見覚えのある岩の形だ。


 あれは、学校の創立記念の時に作られた、創立記念碑の、岩。


 綺麗で、頑丈そうで、大きくて、重そうな、岩。

 今まで、生徒たちを見守ってきた、岩。


「くっ!」


 前を走っていた女性たちが、岩を持ち上げている化け物に向かって、引き金を引く。


 銃弾が、化け物に当たる。

 しかし、今まで、他の化け物たちの頭部を吹き飛ばしてきた弾は、銀色の毛皮に弾かれてしまった。


 銃が効かない化け物。

 岩を持ち上げるような、強力な化け物。


「ブゥ……アアアアァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 化け物は、生徒たちの集団に向かって、岩を投げてきた。


 両手で、ポイッというよりも、ビュン!と勢いよく。


 もちろん、飛んでくる岩は、ビュン!なんて軽い恐怖では無く、死を招く絶望の塊。

 絶望の塊は、正確に、生徒たちの集団の真ん中に向かって、飛んでくる。


「避けろ!」


 女性隊員が叫ぶ。

 無茶な事を言う。


 特に、一番安全だと思っていた、真ん中にいたリツには無茶すぎる。

 リツは、何とか、直撃は避けようと、体を右に走らせるが……



 巨大な岩が、生徒たちの群の中心に命中した。


 逃げきれなかった生徒が岩につぶされ、一瞬でミンチになる。


 なんとか岩を避けた生徒も、巨大な岩が地面に衝突した衝撃で、吹き飛ばされてしまった。


 今まで、50人の生徒がいた場所には、誰もいない。

 生徒たちの血で汚れた創立記念碑のみが、ただそこに立っていた。




「うっ……」


 リツは、何とか岩の直撃を避ける事が出来た。


 吹き飛ばされてしまったが。


 逃げないと。


 そう思い、リツは、立ち上がろうするが、上手く出来ない。

 右足が、何かおかしい。

 リツは、顔を動かし、自身の足を確認してみた。


 リツの右足は、あり得ないほどに、折れていた。


 右に、左に、バキバキと。


 肉を突き破って、骨も見えている。

 痛みは、不思議とほとんど無い。

 今は、まだ。


 それが、逆に不気味だった。


「グルルルル……」


 リツの前方で、うなり声と共に、グチャグチャと、何かを汚く食べている音が聞こえてきた。


 リツは、その音が聞こえた方向をみる。


 その光景は、何か、映画のワンシーンのようであった。


 リツが、このシーンを見るのは、二度目。


 一度目は、五日前。


 もう一度、同じようなシーンを見ることになるとは、リツも思わなかった。

 見たくないと思っていた。

 黒い恐竜のような化け物、ドラゴンが、地面を食べている光景。


 もちろん、土を食べている訳ではないだろう。


 ドラゴンが食べているのは、餌。


 食料。


 肉。

 人の、肉。


「グアウ!」


 黒いドラゴンが、食べているモノを見せびらかすように上に上げる。


 それは、黒い戦闘服に身を包んだ男性の体だった。


 ドラゴンを、足止めして、誘導しようとしていた者の末路だ。


 ドラゴンは、口を器用に開けて、締めて、男性の体を噛み砕いて、飲み込んだ。

 一瞬で、男性の体は、ドラゴンの胃の中に消えた。


「グルルル……」


 ドラゴンを誘導しようとしていた男性は、2人いたはずだ。


 しかし、もう、ドラゴンの周りに、肉はなかった。

 先ほどの男性の体が、2体目の餌だったのだろう。


 ドラゴンはまだ食べ足りないのか、新しい餌を求めて、あたりをキョロキョロと見回す。


 そして、リツと目があった。


「あっ……あっ……」


 ヘビに睨まれたカエル。

 ドラゴンと目があった人間。


 リツは動けなかった。

 ドラゴンに狙われた人の末路を知っていたから。


 皆がオカシくなり始めた初日に、あのドラゴンは校庭に現れて、何人もの生徒を食い殺していた。


(み、見逃してもらえないかな……私、そこそこ可愛いし、オッパイは綺麗で大きいし。食べるのもったいなくない? ねぇ?)


 そんな事はあり得ないと、思わず笑う。


 リツは、あのドラゴンについて、マオが話していたのを思い出した。

 ドラゴンは、避難放送が流れた時は、体育館にいて、その後、校庭に現れたそうだ。


 おそらく、体育館にいた人を、食べ終わったから。


 餌を探して、校庭に来た。


 それくらい、食欲旺盛の、化け物。


 そんな化け物の姿が消えたということは、もう満腹になったからだ。

 ドラゴンは、は虫類のような見た目だったし、ドラゴンが蛇やトカゲの仲間ならば、一度食事をしたら、次に何か食事をするのはだいぶ期間が空くはず。


 そう、マオは結論付け。

 ドラゴンが怖いと言っていた人を説得し、学校は安全だ、救助が来るまで、学校に立て籠ろう。と言っていた。


(食べてるじゃん、人! 安全じゃないじゃん、学校! なんなの? アイツ?)


 リツは、またマオを頭の中で罵った。

 その時は、マオの意見に、リツはただ頷いていたのだが。


 ドラゴンは、一歩一歩、リツに近づいてくる。


(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!)


 リツには、死ねない理由がたくさんあった。


(友達に借りたマンガまだ全部読んでないし、毎週見ているドラマの続きが気になるし、駅前に出来たフレンチトーストのお店にも行ってないし、先週買ったブーツも履いてないし……)


「グラウウウァア……」


 ドラゴンが、目の前に来た。


(寒し、セットも乱れているから、お化粧直したいし、痛いし、ミーちゃんに餌あげてないし、怖いし、友達のSNSに、いいね!ってしないといけないし)


「グラウアアアアアアアア……」


 ドラゴンが、口を開ける。


(好きな人に告白してないし、好きな人とデートしてないし、好きな人とキスしてないし、好きな人に自慢のオッパイさわってもらってないし……)


「アアアアアアアアアアア」


「死にたくないよ……コタくん……」


 ドラゴンの牙が、リツに迫る。

 リツはあまりの恐怖に目を閉じた。




「………………え?」


 しかし、その牙がリツの肉体を傷つける事は無かった。


 ドラゴンは、止まっていたから。

 周囲を氷で覆われて。




「おおお……カッケー。マジでドラゴンだ。黒いドラゴン。腕とか鎌みたいだな。まるで、剣竜じゃん。スゲー。なんか、ゲームっぽくなってきたな。超燃える」


 ドラゴンの後ろから人の声が聞こえてきた。


 その声は聞いた事がある。


 リツの好きな人の近くにいつもいた、男の声。


「ん? なんだ、潮花さんがいたのか。元気?」


 ひょうひょうとした態度で、ドラゴンの後ろから姿を表した少年。

 彼は、両手に緑色のヒモのようなモノでつながった、紅色と蒼色の短い剣を持っていた。


「……元気では、なさそうだね」


 彼の名前は明星 真司


 リツが大嫌いだった、さえない男子生徒だ。


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