第57話 マオが勇者……?

夜なのに、闇なのに、煌々とした光があふれている。


 その、神秘的な光景に、一人の男性教諭は、ただただ、感動していた。


 その感動を生み出している人物、マオは、半蔵と話している。


「……お前、なんだそれ?」


 半蔵の疑問に、マオは笑顔を返す。


「ドラゴンがいるなら、それを倒すモノがある。それだけです」


 そう言いながら、マオは黒いドラゴンに向かって歩いていく。


「お、おい! 何するつもりだ!」


「あのドラゴンの相手は、私がします。あなた方は、周りの雑魚をお願いしますね」


 半蔵は、そう言いながら、ドラゴンの元へ歩いていくマオを止めようと思ったが、やめた。


 マオが微笑んでいたからだ。

 笑顔で、危険に、ドラゴンに向かっていく者を止める義理はない。


 それに、半蔵が最優先にしなくてはいけない事は、マオを止める事ではない。

 ロナの身の安全の確保である。


「……おい、離陸の準備をしていろ。もしアイツがやられたら、すぐに飛べ」


 半蔵が、向井に言う。


 マオが本当にドラゴンに勝てるなら、よし。

 もし殺された場合……

 半蔵は、一心にマオを見ている生徒たちを見る。


 彼らの目に込められているのは、期待。

 希望。


(……出来れば、倒してほしいねぇ。若いヤツが死ぬのは、おっさん、なるべく見たくないよ)


 倒してくれた方が、部下たちの生存確率も上がるだろう。

 半蔵は、あまり期待せずに、ロナの後を付いていくように移動する。

 光り輝くマオが皆の、化け物の、ドラゴンの注目を集めている隙に、ロナがいる食堂に向かうためだ。





(貝間貝間貝間ぁあああああああああああああ!)


 埴生は、輝きながら歩いていくマオを見て叫んだ。

 心の中で。


 同時に思い出されるのは、彼が今まで関係を持った、女子生徒たちの姿。


 埴生は、清らかな少女が好きだった。

 清純な処女が好きであった。


 愛を愛し、友情を友とし、間違いを犯した生徒は、正義によって正す、そんな人としての理想を体現した自分には、自分と同じように、清らかで、清潔な女性でないとだめであると、そう思っていた。


 だから、埴生は、教職について、生徒と関係を持つようになった。


 まだ、何にも染まっていない、純粋で綺麗な少女たち。

 それこそが、自分にふさわしい。


 埴生は、そういった少女と、処女と、何人も交際してきた。


 だが、彼女たちはダメであった。


 確かに、彼と関係を持つようになった時は、少女たちは、純粋な処女であった。

 清らかな乙女であった。


 しかし、学校を卒業し、専門学校や、大学、就職など、社会に飛び立っていった少女たちは、礼儀作法や、年上とのつきあい方。

 そして、社会常識などを学び、成長していった。

 人として。


 だが、埴生は、その成長を、汚されたと判断した。


 なんだ? その厚い化粧は?

 なんだ? その人の気持ちを読みとろうとする言葉使いは?

 なんだ? その計算が裏にある媚びた甘えは?

 なんだ? 責任を取れとは?


 汚らしい。


 こいつもクズか。


 そうやって、埴生は、今まで関係を持った少女たちを切り捨てていったのだ。


 高貴で、正義で、清らかな自分にはふさわしくない、と。


 そんな埴生の前に、理想が現れていた。


 何も変えていない、生まれたままの、綺麗で清楚な黒い髪。

 見ほれる立ち姿。

 心に響く、声。


 何より、誰に対しても、優しく、厳しい、美しい心。


 埴生は、マオこそが、自分の横に立つべき人物であると確信していた。

 自分の、愛と絆と友情と正義は、マオとともに歩むことで、完成する。

 このおかしく変わってしまった世界で、自分とマオこそが、アダムとイブであるのだと、埴生は決めた。


 マオには、付き合っている彼氏がいると聞いた事があるが、大丈夫。


 マオは必ず、自分を選ぶ。

 なぜなら、自分こそ、マオの理想であるはずだから。


 マオが、ただ一人、黒いドラゴンの前に立つ。


「か、会長ぉおおおおお」


「頑張れぇええ!」


「負けないでぇえええ!」


 マオに向けて声援を送る生徒たち。

 声を振り絞り、気持ちを振り絞り、マオの勝利を祈っている。


 今、埴生の前で繰り広げられている光景は、まさに伝説であった。


 力なき民衆の声援を受け、凶悪な、凶暴な黒いドラゴンの前に立つ、清らかな聖剣を持つ聖女。


 勇者。


 そう、これは弱き者を守る正義の勇者と悪のドラゴンの戦いなのだ。


 マオが勇者ならば、自分は、それを見いだした正義の王か。

 埴生は笑う。


 正義と悪の対決。


 ならば、正義が負ける訳がない。


 悪は、いつでも滅びるだけ。

 勝つのは、正義(自分)だ。


 黒いドラゴンがその死神の鎌のような右腕を振るう。


 マオは、その刃を、輝き煌めく聖剣で受けた。


 死の鎌と聖剣が、高音の金属音を出しながら互いの刃を削っていく。


 3メートルは超える巨大な化け物と、少女の鍔迫り合いが成立している。

 それだけでも、奇跡だ。

 その奇跡の光景に、埴生や、学生たちの期待とテンションが高まっていく。

 マオは、退治してくれる。五日前に、皆を恐怖に陥れた、あの、ドラゴンを。


 あの、死神を。


 悪魔を。


 魔王を。


「いけぇええええええええええええええええ!」

「やっちゃえええええええええええええええ!」


 生徒たちの声援の声が、一層大きく成っていく。


 その時、マオは、笑った。


『聖魔王剣ルーノス』


 マオが、ガチャ以外の、ある方法で入手した、この世に一振りしか存在しない剣。


 能力。

 使用者に対する好意的な想いを、使用者の力に変える。

 王が、支持してくれる民衆の力を、権力に変えるように。


 まさしく、人々に慈愛をそそぎ、導くマオにとって、最適とも言える武器だ。


 慈愛は人のためならず。


 今まで、マオが皆に注いできた愛が、この時、戻ってくる。


 生徒たちの声を、希望を、期待を、マオは力に変えた。

 聖剣の輝きは増し、マオ自身からも光が発せられる。


 圧倒的な光の力。


 ドラゴンがマオに気を取られている間に、マオを追い越し校舎に向かっていた半蔵も、思わず足が止まる。


 この場にいた全ての人間が、膝を折ってしまいそうな、聖なる光の圧力。


 それを、一人の少女が放っている。


「ハァアアアアッ!」


 マオが皆の光を、刃に乗せた。

 マオの聖剣が、徐々にドラゴンの鎌を押し返していく。


 その時。

 光が、消える。




 切られたからだ。


 マオの胴体が。


 横に。


 まっぷたつに、切り裂かれた。


 単純な話だった。

 マオは、ドラゴンの右腕の鎌を、剣で受け止めていた。

 だから、ドラゴンはマオが受けていた鎌の、反対側の鎌。


 左腕の鎌で、マオを切り裂いたのだ。


 光が消え、校庭に闇が戻る。


 驚愕の顔を浮かべながら、内蔵を地面に落としていくマオの上半身を、ドラゴンの強靱な尻尾が弾き飛ばす。


 吹き飛んだマオの体が、べちゃべちゃと泥の固まりのような音を立てて、落ちてくる。


「……え?」


 何が起きたか、埴生はよく分からなかった。

 しかし近くに落ちてきたモノを見て、埴生も理解する。


 それは、顔。


 聖女の、勇者の、正義の、慈愛の、理想の、マオの、顔。


 頭。


 驚愕したままのマオの顔は、地面の土で汚れていた。


「う……うわぁああああああああああああああああああ」


 埴生の叫びと一緒に、マオに声援を送っていた生徒たちも、叫び、驚き、混乱し、絶望する。


 規律がハジけた。


「飛べ!」


 ロナの元へ向かっていた半蔵は、マオの死を見た瞬間、無線を使い、ヘリの運転席にいた向井に指示を出す。


 結局、マオは殺された。


 マオが何をしたかったのか、半蔵には分からなかった。


 大層な剣を見せびらかして、自分のカリスマ性を高めようとでもしていたのか。


 死んだら無意味ではないか。

 それとも、本当に、勝算があったのか。

 分からないし、分かる方法もないが。

 死んだ人物のことを考えても、意味がない。


 半蔵は、前を向く。

 半蔵の背後では、予想通り、マオが死んだことで、校庭はパニックになった。


 混乱しながらヘリに乗ろうとした生徒たちをおいて、ヘリは地面を離れた。

 今飛ばなかったら、ヘリは離陸するタイミングを逃していただろう。


 もう、校庭の周囲はオカシくなった人や、ゴブリンたちに囲まれてしまっている。


 それらから、ドラゴンから生徒たちを守るようにこれから半蔵の5名の部下は命をかけて戦うだろう。



 そんな部下たちを誇らしく思いながら半蔵は食堂を目指す。


 ロナの元へ、任務を果たすために。

 半蔵は無線でエリーに連絡を取る。


 つながらない。


 エリーの身にも何か起きたのかもしれない。


 半蔵の目の前にも化け物の群れが現れた。

 オカシクなった生徒たちもいる。

 半蔵は銃を構える。

 弾は実弾だ。

 網など、使う余裕があるはずもない。

 ロナがこの化け物たちの仲間入りをしていない事を願って、半蔵は化け物の群に走っていった。

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