第61話 シンジが警戒される

「あーあー……くせぇ…………『リーサイ』だと、体の汚れは取れないしなぁ……なんだっけ? 『ジョーキィ』だっけ?」


 シンジの体が、淡く光る。

 すると、シンジの体にこびりついていたドラゴンの血やら体液が、綺麗 さっぱり落ちて無くなった。

 服も、新品同様綺麗になっている。


「おお! さすが『光魔法』の浄化魔法。綺麗になった」


 シンジは、自分のほっぺたに手を当てる。


「……皮脂汚れもない。これは……ニキビ男子には夢のような魔法!?」


 別に、シンジの肌は、ニキビなど無く、綺麗なのだが。

 若干、新しく覚えたばかりの魔法を使って、シンジのテンションは上がっていた。


「やっぱ魔法って便利だなぁ。ザ・ファンタジーって感じだし。覚えてよかった…………ああ!?」


 シンジが一人で叫ぶ。


「しまった! 『闇魔法』の練習もしておけばよかった! 練習台沢山あったのに……魔物相手に無双するのに熱中していた!」


 シンジは、残念そうに、頭を下げる。


「……まぁ、いいか。その分のMPを、『回復魔法』の練習に充てれば」


 シンジは、そう言いながら、座っているリツの方に歩いてくる。


 そんなリツは、放心していた。


「は……?」


 生徒を食べ。

 光り輝くマオを殺し。

 リツにとって、この学校の生徒にとって、恐怖の権化とも言うべきドラゴンの頭部が燃やされた。


 殺された。


 一人の男子生徒によって。

 さえない男子生徒によって。

 リツの頭は、うまく状況を理解できていなかった。


「おいおいおい、どうなってんだこりゃ。めちゃくちゃ速い奴が魔物どもを殺しまくってくれたと思ったら、あれ、明星だよなぁ」


 そして、状況が理解出来ない人たちが、いつの間にかリツの後ろにもいた。

 美術教師の滝本だ。


 滝本が銃を持っていて、その後ろに、リツたちの前を走っていた女性隊員たちがいた。


 女性隊員たちは、警戒するようにシンジを睨んでいる。


 ドラゴンを倒したと思われる少年だ。

 警戒してもおかしくないだろう。


「あ、滝本先生」


 そんな滝本に、シンジは手を挙げて挨拶した。

 気さくに。


 以前、滝本が担当している美術の授業中に、シンジが適当に絵を書いて課題を終わらせた後、こっそりとゲームをしていたらそれが滝本にバレた事があった。

 他の教師ならば、見つかった瞬間にゲーム機は没収になるのだが、滝本はシンジを見逃した。


 そして、授業が終わった後に、滝本はシンジを呼び出してこう言ったのだ。


『なぁ、明星。お前が今日やっていたゲームって、ドラモンハンターズってやつだろ? 実は、今落とそうとしている女の子が、そのゲームの事が好きでさ。先生にやり方教えてくれねぇか?』


 それから、シンジはコタロウと一緒に、昼休みや放課後の時間を使って滝本のゲーム特訓に付き合った。

 一か月ほど、毎日。


 おかげで滝本は、かなりゲームが上手くなった。


 が、


 結局、滝本の恋は実らなかった。


 滝本の彼女曰く、ゲームが上手すぎて逆に気持ち悪かったらしい。

 まぁ、そんな事もあって、滝本はシンジが苦手ではない数少ない教師の一人になった。

 滝本の授業だけはシンジもゲームをせずに熱心に受けていたくらいだ。


 だから、シンジは親しげに滝本に近づいたのだが、

 シンジのそんな動きを警戒して女性隊員たちはシンジに向けて銃を構えた。


「止まれ、近づくな!」


 シンジは、女性隊員に言われて一旦止まろうとしたが、やめた。


「おいおい。こいつは、俺の大事な生徒だ。変なことは止めてくれ」


 滝本が、女性隊員たちを手で制してくれたからだ。


 女性隊員たちは、滝本の顔を見て不服そうな顔をする。

 そのまま、2人の女性隊員は滝本の顔を見ていたが、諦めたのか、呆れたような顔をしながら女性隊員たちは銃を下ろした。


「すまねえな。ピリピリしちまって」


「良いですよ。別に。こんな状況ですし。それより、先生、その人たちは?」


 シンジは、女性隊員を指差す。


「ああ、なんか、一年にロナって名前のお金持ちがいるんだが、そこの私設の警備隊員らしい。名前は……」


 滝本が横目で、女性隊員を見ると、


「……ブレンダ」


「郡山 美佐子だ」


 と、言葉数が少ないモノの、ミサコとブレンダは名前を名乗った。

 2人とも、とても綺麗なのだが。


「……なんか、冷たい感じですね」


「そうか? 逃げている時は、結構熱かったけどな。俺がオークに襲われそうになっていた時、涙目になりながら、必死で助けようとしてくれて……」


 滝本が嬉しそうに語り出すと、ブレンダとミサコは、滝本の脇をこずいた。

 二人とも、無表情ではあったが、顔の色は真っ赤である

 照れたのだろう。

 その微笑ましい様子を見て、悪い人たちではなさそうだとシンジは判断した。


「銃を持っているってことは、滝本先生と、その二人は、魔物を倒しているんですよね?」


 シンジは、観察するように滝本達3人を見る。


「ん? ああ。 コボルトとかゴブリンとかだけどな。それがどうした?」


 滝本が答える。


「じゃあ、校庭にいる人たちを、集めてもらっていいですか? ケガをしている人も。 手遅れに見えても、念のため連れてきてください。一応、校庭にいる魔物は全滅させたと思いますけど、まだ生きているかもしれないので、慎重に」


「あ、ああ……わかった。おまえは、どうするんだ?」


 滝本の問いに、シンジはリツを指さす。


「治療をします。後で俺も、ケガで動けない人とかがいたら手伝うので」


 滝本は、シンジの目を見てうなずいた。


「よし、わかった。生きている奴をここに集めてこよう」


 滝本が、ミサコたちの方を向く。


 ミサコたちの眉は寄っていた。


 ただの男子高校生が、治療をすると言っているのだ。

 重症の女の子を。

 いくらドラゴンを倒したといっても、怪しいことこの上ない。

 むしろ、ドラゴンを倒したからこそ怪しい。


 だが、滝本は、そんなミサコたちの首に抱きつくように腕をかける。


「……っ!?」


「ほらほら、さっさと行くぞ。明星が周囲の魔物を一掃してくれたけど、いつ新しい群れが襲ってくるか分からないからな。どっちにしても、無事な奴は集めないといけなかったんだ。怪しむのはいいが、その前にやるべきことをしないとな」


 そのまま、滝本はブレンダとミサコを引きずっていった。

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