第55話 エリーが絞める

「うーん……」


 エリーは、目の前の状況をどうしようか困ったように笑いながら考える。


「アンタねぇ! あれだけ言ったのに、なんでまた一人で行こうとするのよ! 半蔵が来てから、皆で行けばいいでしょう?」


「あと数時間後には、脱出するんだろ? 時間がないじゃないか。だから、百合野さんを早く見つけないと……」


 ここは校舎側の2階の廊下。


 そこで、シシトとロナは、喧嘩をしていた。


 半蔵がロナと口論した後、一度校庭に戻って、指示を出してくると言って食堂を去っていった。


 すると、シシトも、「トイレに行ってくる」と言って、食堂を後にしようとしたのだが、それを、ロナが止めた。


 なぜか。


 それは、シシトの本当の目的が、マドカを探しに行くことだったからだ。

 ロナに本心を見破られたシシトは、それでも、マドカを探しに行こうとして、食堂を出て行く。

 ロナがシシトの後を追いながら、口論を続けるうちに、いつの間にか、渡り廊下を過ぎて、彼らは2階の廊下まで来ていたのだった。



「あははは、なんかこんな状況なのに、相変わらずって感じだねー」


 二人の、喧嘩している様子を見て、ユイが笑う。


「……仲がいい」


 コトリも、横で呟く。


「仲良くない!」


 シシトと、ロナが、まったく同時に叫ぶ。


 息もぴったり。


 そんな様子を見て、3人の少女たちは、乾いた笑い声を上げるしかなかった。


「マネすんなよ!」

「何よ! アンタが私のマネをしたんでしょ?」


 また喧嘩を始める二人。

 まるで、そうすることで、お互いの愛情を確かめているようでもある。


「……あははは。はぁ、しょうがないですね」


 エリーが、喧嘩をしている二人の間に入る。


「シシト君」


 エリーが、その青い瞳で、シシトを見つめる。


「な、なんですか?」


 エリーのような、美人なお姉さんに見つめられて、顔を真っ赤にするシシト。

 これだけ美少女に囲まれていても、美人には弱いようだ。


「君は、今自分がしている行動が、どれだけ皆に迷惑をかけているのか、分かっているのかな?」


 エリーのその問いに、シシトは、ただ頷き、言う。


「はい……でも、行かないと行けないんです。百合野さんは、きっと待っているから」


「どうしても、今すぐ行かないといけないの? 半蔵隊長は待てない?」


「はい。なるべく早く、助けてあげたいんです」


 シシトはうなずく。

 シシトの、その苦悩に満ちた、決意の表情を見て、エリーも決めた。


「オーケー。じゃあ……」


 エリーは、もともと面倒見がいい性格だ。

 年下の男の子の我が儘を聞いてあげると、幸福を感じてしまうタイプ。


 大事な警護対象のお嬢様の想い人という事もあるので、ロナのため、という側面をあるのかもしれないが、それだけでなく、シシト自身も、何か、エリーの奥底にある母性をくすぐるのだ。


 守ってあげたい。

 尽くして上げたい。


 そう思わせる何かが、シシトにはあった。


 だからエリーはシシトの背後にまわり、抱きつく。

 先ほど、ユイたちがしたように。


「え? エリーさ……」


 そして、エリーはそのままシシトの首を絞めた。


 冗談ではなく、本気で。

 意識をとばす為に。


 シシトの体から力が抜ける。

 エリーの絞め技に、シシトはすぐに気を失ってしまった。


「ちょっと!? エリー? 貴方何をして……」


 ロナがエリーに詰め寄る。


 シシトは危険だった。

 このままにしておくと、任務に支障を来たしてしまう。

 エリーはそう判断した。


 実際、エリーは一瞬だけ、ロナの護衛を放り出してシシトのために動こうと思ってしまったのだ。


 だから、エリーはシシトの意識を飛ばした。


 エリーはシシトの首から腕を放す。


「眠っていただきました。今のうちに、食堂に戻りましょう。軽くしたので、彼の意識が戻る頃には、半蔵さんも戻ってくるはず……」





「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」






 エリーの言葉が、校庭の方から聞こえてきた雄叫びに遮られる。


 ドラゴンの威嚇。


 恐ろしい声だ。


 本能的に、皆の体の動きが止まった。


 当然だ。


 この声は、生物として、人間よりも遙かに強大な力を持つモノが、その声で弱者を獲物を止める為に生み出したモノだ。


 生き物ならば、身はすくみ、固まってしまう。そんな声。


 だからこそ、この声を聞いて動けるのは彼よりも強い者か…………生きてはいない者のみであり……


 堅い煎餅が割れるような音が聞こえてきた。


 エリーからだ。

 エリーの頭から。


 エリーのその綺麗な顔の右上半分。


 光り輝く太陽のような金色の髪。

 雲のように白い肌。

 空のような青色の眼。


 は、無くなっていた。


 半月状にパックリと。


「ふぁっ、んぅ……」


 妙に艶めかしい声を出しながらエリーはシシトと一緒に倒れる。


 エリーの、まだ誰にも見せた事のない内部がシシトの顔にこぼれていく。


「うっ……」


 その衝撃がシシトの意識を覚醒させた。


 しかし、倒れた彼を心配する余裕のある者はいなかった。


 なぜなら、彼らが立っていた位置のすぐ後ろにいる人物を皆見ていたから。


 生前ではありえない光景。

 主役であるシシトよりも目立つ事など、彼には一度もなかった。


「ばりん……ぐじゅじゅ……ぽりん……ぐずる」


 マスクを外した口の中から頭蓋骨と脳髄が混ざる音が聞こえてくる。


 エリーの綺麗な顔と彼女の感性を作り出してきた部分がぐちゃぐちゃに同化して、スープに変わる。


「いっ……いやぁあああああああああああ!!!」


 ロナが叫んだ。


 その声を聞きながら、彼は、土屋 匡太(つちや きょうた)は、口の中で出来たばかりの新鮮な美女のスープを満足そうに飲み干した。

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