第56話 セイが動く

「ああ、もう! なんなのコレ!」


 金属で出来た扉を蹴飛ばし、少女は廊下に座る。


「……先輩」


 少女は、セイは、この扉の先に閉じこめられているはずの人物を想いつぶやく。

 セイの手は、マメがつぶれて、血だらけだった。


 セイは、マオたちが休憩室から出て行ったあと、すぐに食堂の裏口から抜け出して、シンジが捕まっているという体育館まで来た。

 裏口から抜け出た際に、少しだけ外を通ったのだが死鬼の姿はほとんどなく、誰にも会わずに体育館まで行く事が出来た。

 見張りでもいるかと思ったが救助のヘリが来たことでやめたのか、体育館の扉の前には誰もいなかった。


 セイは、すぐさま、シンジを助けるために体育館の中に入ろうとしたのだが……


「これがあるから、あっさり武器を返したんだ」


 セイは、思い出していた。

 マオが、救助が来たとマオを呼びに来た男子生徒と立ち去る時にこっちを見て笑っていた事を。


『そうそう、明星くんは、体育館にいるわ。彼が抜け出すなんて事はないから、安心してね』


 そう言っていた事を。


 安心。


 それは、何も心配する事が無いという事。

 自信があったのだろう。


 全てに。


 シンジが抜け出すという事はありえず。

 セイがシンジを助け出すという事も、ありえない。

 出来ない。

 武器を持っていようが、何をしようが。


 そう、マオは確信していたのだ。


 セイはため息混じりに、扉を見る。

 なんの変哲もない、体育館の扉。

 しかし、それは、オカシすぎた。


 先ほど、セイは体育館の扉を蹴ったが、何も音が鳴らなかった。


 金属の扉を蹴ったのだ。


 銅鑼のような音が響いて良いものだが、何も鳴らない。


 なぜなら、セイは扉を蹴れていないから。


 セイは立ち上がり、体育館の扉のノブを掴む。


 マメがやぶけた手のひらが痛むが、気にしている時ではない。


 ノブは、つかめた。

 これは、出来る。

 しかし、ノブをどんなに回しても、この扉は開かない。


 ならば、と、セイは、金属で出来たイスを簡単に曲げられるほどの力で、廊下の床さえ簡単に切り裂く『ミスリルの短剣』を、体育館の扉に突き立てる。


 結果は……セイは散々試してきたのだが、扉に触れる事さえ出来なかった。


 ある程度の……おそらく、体育館を破壊出来るだけの速度と威力の有るモノが体育館に近づくと、なにか見えないもので遮られてしまうようだ。


 まるで、ダイラタンシー現象のように。


 この見えない邪魔は、扉だけでなく、体育館全体に施されているようだ。

 まだ、外からと、体育館の床にあたる、食堂の天井は試していないが、おそらく、どちらも無駄であろう。


 なぜなら、コレを施したのは、おそらくあのマオだからだ。

 そんな簡単な欠点、残しておくはずがない。



「どうしよう……」


 完全な、手詰まり。

 セイには何も出来ない。


 セイは、再び力なく廊下に座り込んだ。


 数日前は、廊下に座っていた生徒を注意していたセイだが今は自分が座っている。


 変わったからだ。

 世界も、セイも。


 そんな変わった世界に、セイはついていけていない。

 対応出来ているのは、セイが知っている限りシンジだけだ。


 もし、仮に、セイとシンジの立場が逆なら……シンジが、セイを助けようとしないのではないか、という話はおいていて、逆ならばおそらくシンジはセイを体育館から脱出させているだろう。


 なんらかの方法を使って。


 セイは、悔しかった。

 何も出来ない自分が。

 足手まといでしかない自分が。

 結局、マオについても、シンジより情報を持っている事、勇者本人か、関係者であろうということしか分からなかった。

 もう少し、会話を続けることが出来ていたら、情報を引き出せたかもしれないが、結局出来てはいない。


 自分の無力さが、ただ、悔しかった。


 セイが、自分の無能に、思わず涙を流しそうになった時、それは聞こえた。




「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


「っっつっつっつ!?」


 凶悪な咆哮。

 思わず体が固まる。

 猫耳美少年ほどではないが、その声の主の力を感じさせるには十分な咆哮。


 外で何が起きているのか、セイが確認しようとしたそのとき。


「いっ……いやぁあああああああああああ!!!」


 少女の叫びが聞こえた。

 距離はかなり近い。


 セイは自分が何も出来なかった体育館の扉を見る。


 少しだけ、迷い。


 セイは声が聞こえた方に向かって駆けだした。

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