第54話 マオが闘う
身がすくむ。動けない。
ドラゴンの雄叫びを聞いて、半蔵は腹の底を、冷たい棍棒でえぐられたような衝撃を感じた。
あの屋敷を襲ったワイバーンでさえ、ここまででは無かった。
あの黒いドラゴンは、おそらくワイバーンよりもさらに強い。
半蔵は一瞬で悟った。
「向井! ヘリを出せ!」
半蔵は、ヘリに向かって叫ぶ。
「し、しかし」
生徒たちをヘリに乗せるために、ヘリに乗り込んでいた宮間が、半蔵に抗議をしようとした。
そのとき、グラウンドの周りから、うめき声のような声が聞こえ始めた。
どこから沸いてきたのか。
いつから、現れたのか。
校庭の周りに、大量の人影が蠢いていた。
オカシくなった人たちや、ゴブリン、コボルト、などの化け物。
さらには、醜悪な顔をした2足歩行のイノシシのような化け物、オークもいた。
少なくとも、数百体はいる。
校庭は完全に包囲されていた。
ついさっきまで、姿は見えなかったのに。
半蔵は、生徒達に聞かれないように、耳元で怒鳴るように宮間に言う。
「俺たちの任務を忘れたか! まず、ヘリを飛ばして上空に待機。その間に、俺はお嬢様の身の安全を確保してくるから、無線での連絡を待て! いいな!」
半蔵は、生徒たちの周りにいる隊員たちにも、命令する。
「ロイ、基山は、ドラゴンを校庭の奥に誘導しろ! 学校に近づけるな! ブレンダとミサコ、北条は、化け物どもの包囲を突破して、屋上を目指せ! そこなら、ヘリで救出できる!」
半蔵は、あえて部下たちに命令していない部分を残した。
それは、自分たちの仕事ではない。
だから、半蔵が命令する権限はないのだ。
しかし、彼らなら、きっと……
「ちょっ、ちょっと待った!」
半蔵の言葉を聞いて、埴生という男性教諭が詰め寄ってくる。
「ヘリはまだ何人か乗るだろう? 何で飛ばすんだ? なぁ?」
このドラゴンは、5日前。
黒い触手と一緒に学校に現れ、体育館と校庭で、生徒たちを食い殺しまくったドラゴンである。
その時の恐怖を、埴生は覚えていた。
だからこそ、必死だった。
このまま、半蔵達に見捨てられたら、皆死んでしまう。
大切な生徒たちが。
大切な、自分の命が。
終わるのだ。
それは、許されない。
だが、そんな埴生の悲痛なお願いに、半蔵は何も答えなかった。
半蔵は、今から校舎に戻り、ロナの元へ行かなくては行けないからだ。
こんな奴と問答している暇も無い。
「アンタは救助に来てくれたんだろ? 助けに来たんだろ? それなのに、子供を置いて逃げる気か? それでも人間か!?」
埴生がそう言いながら、半蔵の胸ぐらを掴もうとするが、半蔵はあっさり埴生の腕を取ると、そのまま地面に叩きつける。
「ぐっは!」
手をはたきながら、地面に転がっている埴生を見る半蔵。
そして、埴生の耳に口を近づけると、ささやくように言う。
「人間だよ。しっかり労働に生きている人間。そして、勘違いしているかもしれないが、俺たちは別に自衛隊とかじゃない。税金でおマンマ食べている訳でもないし、この子たちを守る義務もない。雇い先から言われた任務が最優先だ」
「ぐうう……」
悔しそうな目で、埴生は半蔵を睨みつけた。
しかし、半蔵がにらみ返すと埴生はあっさりと目線を逸らしてしまう。
安い正義感だ。
半蔵はそう思った。
「ひぃいいいい」
「うっ……ううううう」
「嫌だぁ……嫌だぁ……死にたくない……死にたくない!」
埴生の、焦りや恐怖が生徒達に伝わってしまったのだろうか。
つい先ほどまで、しっかりとしていた生徒たちが、次々に不安を口にし始めた。
パニック寸前だ。
「大丈夫! 君たちは私たちが守るから! 校舎まで逃げれば大丈夫! ヘリは、安全のために一度飛ばしてしまうけど、後で必ず来るから! 脅えないで並んで!」
命令されたブレンダとミサコ、北条は、半蔵に言われなくても、生徒たちを守るように、陣形を作っていた。
そして、脅えている生徒や腰を抜かしてしまっている生徒達に、安心するように声もかけていた。
子供たちを救出しろとは、一言も言っていないのに。
彼らだけで逃げた方が、助かる確率も高いだろうに。
良い部下だ。
本当に。
「無理だよぉ……だって、皆あのドラゴンに……」
「お願いだから、私もヘリに乗せて!」
だが、彼らの声かけも空しく、生徒たちの混乱は爆発寸前だった。
それほど、あのドラゴンは彼らのトラウマとして残っているモノなのだろう。
ヘリの離陸を急がないといけない。
早く飛ばさないと、生徒たちがヘリにムリヤリ乗り込もうとしてくるかもしれないからだ。
まだ離陸していないヘリに向かって、半蔵は叫ぶ。
「向井、何をしている! さっさと……」
「待ってください」
そんな半蔵の叫びを、かき消すように少女の声が響いた。
マオだ。
マオの声が響くと、混乱しかけていた生徒達も徐々に落ち着き始めた。
「……あのドラゴンを倒せば、残りの雑魚は貴方たちでも対応できるはずですよね?」
「……何言ってんだお前?」
半蔵が疑問で返す中マオは制服の内ポケットから真っ黒なスマートフォンのようなモノを取り出して、操作を始める。
「あまり使いたくは無かったのですが……」
黒いスマホをタップするマオ。
すると、突然マオの手、真黒の鞘に納められた長剣が現れた。
マオはその剣を黒い鞘から解き放つ。
それは、光だった。
絶望の夜空に煌めいた希望の流星。
反射ではなく、剣の刃そのものが輝きを放ち、闇を切り裂くように周囲を照らす。
「『聖魔王剣ルーノス』」
マオは慣れた手つきで剣を上に掲げる。
「皆さん、安心してください。アレは私が倒します」
マオは並んでいる生徒達の方を向き慈愛の表情で微笑んだ。
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