第48話 マオが怪しい

「ありがとう、駕篭くん。後は私から話すわ」


 シシトの肩に置いていたセイの手を離すようにしながら、マオがシシトの肩に手をおく。

 そしてシシトに向かって微笑んだ。


「は、はい」


 すぐ近くで、マオの慈愛の微笑みを見たシシトは、顔を真っ赤にして立ち上がり、休憩室を去ろうとする。


「駕篭君」


 そんなシシトの背中に、マオは話しかける。


「あんまり、怖がらないでね。彼女も、被害者だから。いつものように、接してあげて」


「恐……?」


 セイは、マオが何を言っているか分からなかった。


 しかし、そんなマオの言葉を聞いて、シシトは踵を返すと、セイの手を取り、言う。


「お、俺、常春さんの事、好きだから」


「……は、はぁ?」


 突然、シシトからの、好きな男の子からの告白。

 セイは状況が飲み込めなかった。


「いつもマジメでしっかりしている人だって、俺は知っているから。嫌いになったりしないから」


「う、……うん」


 とりあえず、うなずくセイ。

 何かおかしい。

 シシトが好きな人は、百合野かロナのはずだ。


 それくらい、恋愛に疎いセイも知っている。


「あ、あの、好きって……」


「へ? ああ、友達としてって事だよ。常春さんの事は何があっても大切な友達だと思っているよ」


 予想通りの答えだった。

 無駄にドキドキしなくてよかったとセイは思った。

 しかし、なぜ今更このような事を言うのか。


 シシトは、言うだけ言うと、そのまま休憩室から出て行ってしまった。



「よかったわね」


 シシトが休憩室から出ていくのを見送ったマオは、セイに言う。


「……何がですか?」


「何がって、友達だって言ってくれる人がいて。貴方殺人まで犯したのに」


 当たり前のように、マオは言う。


「……何を言っているんですか? 私は人殺しなんてして……もしかして、貴方が、私の事を人殺しだと」


「そうよ」


 当然のように、マオが肯定する。


「なんで、そんな事を! それに、私は殺してなんて……」


「これを見ても、同じ事が言えるのかしら?」


 マオは、ピンク色のタブレット端末と、短剣を取り出した。

 それは、セイのiGODと、シンジから借りている『ミスリルの短剣』だった。


「なんでそれを……」


「制服の内ポケットに入っていたわ。それで、貴方がこんなモノを持っている訳を、聞かせてもらいましょうか」


 マオは、セイにタブレットと短剣を返しながら、問う。

 セイはそれを受け取り、見つめたままだった。


「……心配しなくても、皆事情は知っているわ。貴方は、ただ彼に騙されて、殺してしまった。貴方を悪く言う人はいない。彼も閉じこめているし、安心して……」


「会長は、なんでコレの事を知っているんです?」


 セイは、マオにタブレットを見せるようにしながら、逆に聞いた。


「コレは、死鬼を、人を殺さなければ、手に入らないはずです。そして、会長はそのことを知っている。どうしてですか?」


 セイは、自分が殺人者ではないという弁明をやめることにした。

 シンジの罪の釈明も、今はしない。

 元々、シンジが、人からどう思われているか、という事にあまり頓着していないように思えるからだ。


 セイ個人としては、シンジを悪く言われることは、かなり腹立たしいのだが、今、それに力を注いでも、シンジの役に立つとは思えない。


 それよりも、今すべきことは、情報である。

 会長は、今の現状についてどこまで知っているのか。

 会長は、何者なのか。

 なぜ、シンジを目の敵のように扱っているのか。

 それを知ることが先だ。


 マオは、怪しい。

 タブレットの事もそうだが、シシトやマオの話ではシンジは閉じこめられているらしい。

 あの、シンジが。


 どうやったのか。

 簡単に閉じこめることが出来るような人物ではない事を、セイは知っている。


 会長の事を知らないとシンジを助けられないと、セイは判断した。



「貴方はやっぱり、人の死鬼を殺してしまったのね……可哀そうに」


 マオは、残念そうな顔で、セイを見つめ、セイの手を優しく握る。

 そして、瞳に愛を込めた。


 慈愛の眼。


 もし本当に、セイが人を殺していて、そのことに傷ついていたら、セイはマオに抱きつき、懺悔していたかもしれない。

 それほどの包容力を感じさせる瞳だ。


 セイの懐柔。


 それが、マオの狙いなのだろう。

 だから、セイにタブレットと武器を返した。

 信頼と武器を持たしても平気だという、力の差を見せるため。


 おそらく、レベルが上がって強くなってしまっている人を、手元に置いていきたい。

 管理したい。

 そういった考えからだと思われる。。

 レベルを上げて強い人物は、危険だが上手く使えば役に立つ。



 多分、マオは本当にシンジがセイを脅して無理やり死鬼を殺させたと思っている。


 セイは、マオとよく委員会で会っていた。


 だから、優しい言葉と瞳だけで、懐柔できると判断したのだろう。

 実際、セイはマオの事を、誰にでも優しく厳しい相手の事を良く考え、相手の事を良くする事を考える事が出来る理想の女性だと思っていた。


 尊敬もしていた。信頼もしていた。


 ただ、セイは先ほどマオが見せたシンジに対する目を見ていた。


 普段マオが見せている慈愛とは、真逆の眼。

 もし、セイが本当にシンジに脅されていたら、マオの愛に忠誠を誓ったかもしれないが……。

 あんな目をシンジに見せた以上、マオはセイの敵になった。


 委員会の仕事で、数回顔を合わせた程度で、命の恩人に対する恩を覆すことはできない。


 シンジのために、マオの情報を引き出す。

 それが今のセイの役目。


 セイは、マオの様子からさきほどの質問に答える意志はなさそうだと判断した。

 ならば、別の方向からアプローチをする。



「……そんな事、コレの討伐情報を見れば分かるんじゃないですか?」


 セイはタブレットをマオに見せる。

 セイの問いにマオは少し困ったフリをしながら返答した。

 困っていないのに。


「……それはね。持ち主が死なない限り、他人には操作出来ないのよ。だから私には、貴方が何を倒してきたのか見ることは出来ない」


 タブレットの操作は他人は出来ない。

 知らない情報だ。

 シンジもセイに言ってない。

 おそらくシンジも知らないことだろう。


 やはり、マオの方が、シンジよりも現状について把握しているようだ。

 マオの狙いがセイの懐柔なら、ある程度情報を出してくると思っていた。

 信頼を得るため。

 シンジも知らない情報を教えることで、シンジよりも従うべき相手だと印象付けるため。



「そうなんですか……さすが勇者ですね」


「えっ……?」


 セイの出した、予想外の単語にマオが一瞬だけ動揺した顔を見せる。

 何を言っているのか分からない、といった表情では無い。

 言われると思っていなかった言葉を言われた時の反応だ。

 つまり、知っている知識を、隠したいと思っている情報を問われた時の反応だ。



「……なんですか? 勇者とは。私はそんなおとぎ話のような」


 しかしすぐにマオは平静に戻った。

 ソレを見てセイは確信する。


 今の現状をシンジよりも詳しく知っていそうな人物。


 セイの持っている情報で該当しそうなのは猫耳少年が言っていた、勇者という人物しかいなかったのだがマオの反応から見ても間違いない。

 

 マオはおそらく、勇者本人かもしくはそれに関係する人物だろう。

 セイはさらに追及してみることにする。


「勇者じゃないんですか? 触手の魔物を倒した後に、猫の男の子が来て言っていたんですよ。ここを勇者がいる施設だとかなんとか。会長、やけに現状についてお詳しいので、会長が勇者だと思ったのですが」


 マオは何も答えない。

 ただ、ほんの少しだけ唇が震えている。

 効いているようだ。

 ソレを見てセイは、攻めの手を強めていく。


「50人、殺したらしいですよ。勇者とやらを捜し出すために。無力な人たちを、50人も。情報を聞き出すために拷問もしたそうです。ヒドいですよね……勇者という人がすぐに助けてくれれば、その人たちも死なずに済んだかもしれないのに」



 拷問したなど猫耳の少年はそのような事は言っていない。

 しかし、あえて過激にした。


 マオの反応を引き出すため。


 セイは伊達に弁護士の娘ではない。

 言いながらセイはマオの様子をしっかりと観察する。


「拷問……!?」


 驚愕の表情を見せるマオ。


 セイは、マオのこのような様子を初めて見た。

 壇上の上に立っているマオはいつも気品にあふれ、強さに満ちていた。

 そんなマオが初めて見せた弱さ。


 明らかに、動揺していた。


「……何をそんなに驚いているんですか? 勇者の情報を聞き出すために、それくらいの事はするでしょう? もう何人も殺されているんですし。それとも、やっぱり、会長が勇者で、それで責任を感じて……」


 マオがセイの言葉に反応し息をためて何か言おうとした、そのとき。勢いよく扉が開いた。



「会長! ヘリが校庭に! 救助です! 救助がきました!」


 マオの信奉者の男子生徒が、興奮した様子で保健室に飛び込んできた。

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