第49話 エリーが見た
「あと5分くらい、ですね。隊長」
黒い戦闘服に身を包んだ金髪の女性が、近くにいた男性に声をかける。
彼女の名前は、エリカ・ピーターソン。
愛称はエリー。21歳。アメリカ出身の日系人。
戦闘服がはじけそうな胸とお尻を持っているが、まだその整った顔にはあどけなさが残っている金髪美女だ。
「……そうだな。お嬢様が無事だといいが」
女性に話しかけられた男性は、窓から外の景色を見る。
彼の名前は、門街 半蔵(かどまち はんぞう)。44歳。
エリーの上司に当たる。日本人。
彼の短めの髪には、所々白髪が混じっていてそれが彼の人生の深みを表しているようだ。
半蔵が見ている街の景色には、光が煌々と灯っていた。
当然だ。
電力や、その他のインフラには政府が早々に自衛隊を派遣し維持に努めている。
人命救助よりも、優先して。
人の命よりも、エネルギー。
そのエネルギーで、人は生きていけるので難しい判断ではあるのだが。
実際、半蔵たちも水道や電気など動いているインフラに助けられた面はある。
「屋敷の安全確保に、これほど手間取るとはな……」
「あんな怪獣映画に出てくるような化け物が相手だったのです。我が社の力を持ってしても、どうしようもありません」
ロンゴミアントコーポレーション。
兵器開発で力を付けた、世界有数の大企業。
兵器の技術を活かし、車や、造船、製鉄、製糸、医療や器械など、あらゆる部門に、技術や商品を提供している。
彼らは、その会社の、警備部隊だ。
半蔵は、その警備部隊の隊長。
元が、戦争兵器の開発会社だった事もあり、その警備部隊も、警備というよりもはや軍隊のような装備と、人員で構成されている。
今、彼らが搭乗しているヘリも、黒の特殊塗料でコーティングされているステルス機能を持った特殊なモノだ。
所持している武器は、もちろん実弾を撃てる銃のほかに、鉄球や拘束用の網を発射出来る、殺傷能力の少ない捕獲用のモノまである。
闇夜にとけ込むように移動している彼らは、最新の兵器とレーダーが搭載されている現状でも気を抜けないでいた。
今まで見てきて、戦ってきた謎の化け物の存在のせいだ。
ゾンビのようにおかしくなった人。
おとぎ話に出てくるような見た目のゴブリンやコボルト、オーク。
……そして、空を飛ぶ、大型の爬虫類、ドラゴン。
ゴブリン、オークまでなら、銃などで倒せたが、ドラゴンだけは別格だった。
彼らが相対したドラゴンは、正確にはワイバーンと言う、前足が翼に変わった、下級の竜の一種なのだが、それを一匹倒すのに、通常の弾では鋼鉄よりも堅い鱗の前に歯が立たず、戦車用の実弾が必要だった。
懇意にしている警備会社の協力もあって、なんとかテーマパークほどの広さを持つモンマス家の安全を確保出来たが、それまでの間に彼らの中にも相当数の死者が出た。
変わってしまった世界の化け物。
彼らは、その危険性を身を持って知っていた。
「……見えてきました」
エリーが、窓から外の様子を確認する。
女原高等学校。
なんの変哲もない普通の学校。
超一流企業の会長の娘が通うような学校ではないが、一般人の感性を学ぶためという名目で、彼女はこの学校に通っている。
しかし、このような事態になるなら、もっと警備が行き届くような、例えば近くにある私立 雲鐘(くもかね)女学院大学付属の高等学校など、しっかりとした学校に通わせていただきたかったと半蔵は思っていた。
まぁ、入学前に雲鐘学院で問題が発生して通えなかったのだが。
それに、この学校に通ったおかげで、金や権力が絡むことのない親しい友人をロナは沢山作れたのでその点は良かったのだろう。
「あの小僧は許せんがな」
「え? なにか言いました? 隊長?」
「いや、何でもない」
ロナと妙に親しくしている男子生徒を思いだし苦々しい気持ちになる半蔵。
彼はロナを幼少期から見守っていた。
美しく清らかに育ったお嬢様に近寄るハエのようなゴミ。
半蔵は、シシトの事が嫌いだった。
「……おかしいですね」
エリーがつぶやく。
「なにがだ?」
「いえ……先ほど、ちらりと校門が見えたのですが、やけにしっかりしているな、と」
「しっかり?」
「はい。事故でも起きたのか、横転した車やバスが校門に転がっていたのですが、それが、しっかりと、人が進入出来ないように、乱雑に並んでいたので」
「乱雑なのに、しっかりとは、また妙な言い回しだな」
「でも、そうとしか言えない感じで……」
エリーが頭を掻く。
エリーは、アメリカ出身だがもう日本に住んで5年は経つ。
言葉の使い方が間違っているわけではないだろう。
半蔵はエリーが見たモノを見ようと、身を乗り出して見るがもう校門は校舎に隠れて見えなくなっていた。
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